医学界新聞

対談・座談会

2014.04.28

鼎談
“プライマリ・ケア医”と“臨床研究”が支える
未来の健康長寿社会を見据えて

Michael J. Klag氏
ジョンズホプキンス大学 School of Public Health学長
井村 裕夫氏
京都大学名誉教授/先端医療振興財団理事長
福原 俊一氏
京都大学教授・医療疫学/福島県立医科大学副学長=司会


 超高齢社会が到来した日本。現行の医療に限界が指摘される中,新たな医療モデル・方略が求められている。その絶好の議論の場となるのが「第29回日本医学会総会2015関西」「World Health Summit Regional Meeting 2015」(MEMO)だ。

 このたび本紙では,「World Health Summit Regional Meeting 2015」の会長を務める福原俊一氏を司会に,「第29回日本医学会総会2015関西」会頭・井村裕夫氏,そして社会健康医学分野で世界最大,かつ最も歴史のある教育機関である米国ジョンズホプキンス大School of Public Healthの学長・Michael J. Klag氏を迎え,鼎談を企画。地域を支える臨床医に求められる役割と,未来の医療を担う次世代の育成の在り方について議論した。


福原 2015年,京都の地で「第29回日本医学会総会2015関西」「World Health Summit Regional Meeting 2015」が開催されます。

 まず,それぞれの会が今回掲げている主題について教えてください。

井村 来年開催する日本医学会総会では,未曽有の少子高齢化社会を迎える日本において医療制度をどのように変革すべきか,またどのような人材を育成していくべきかなどについて議論したいと考えています。

 今,日本は現行の医療の在り方を考え直す転換点に直面しています。例えば,50年以上続いてきた国民皆保険制度も再検討されるべき項目の一つです。言うまでもなく,「いつも」「どこでも」「誰でも」医療を受けられることを保証する大変優れた制度であり,日本人の寿命の延長に大きな貢献をしてきた制度でしょう。しかしながら,少子高齢化に伴って労働人口の減少が進んでいる中では,将来的には財源の確保が危ぶまれ,従来の形式のまま維持することが困難と考えられているのです。こうした社会構造の転換期においていかなる改革が必要か,その論点を洗い出し,解決策を見いだしたいと思っています。

Klag World Health Summit においても超高齢社会は重大なテーマと位置付けており,高齢化が先行している日本の実践は世界中が注目しています。来年のWorld Health Summit Regional Meeting では,世界,その中でもアジア地域や日本の健康医療諸課題について,特に超高齢社会において健康長寿を実現するための方策と,医学アカデミアが担うべき社会的責任を議論したいと考えています。

「見つけて治す」から「予測し,予防する」

福原 お2人の話からもわかるとおり,超高齢社会における医療の在り方という難問への挑戦が,世界共通の課題となっています。

 今,私が考えているのは,超高齢社会が到来した現代にあって,従来の高度先進医療のモデルのみでは,現在の医療システムが早晩立ち行かなくなるのではないか,ということです。というのも,厚労省の「平成24年簡易生命表の概況」1)では,たとえ悪性新生物・心疾患・脳血管疾患による早期死亡を根絶し得たとしても,平均寿命を約5-6年程度延ばすことにしか寄与しないと報告しています。

 この報告から明らかなのは,これまで医療が力を注いできた「寿命を延ばすこと」が生物学的限界に近づいているということです。つまり,これからの医療の目的は,「寿命を延ばすこと」から「与えられた寿命をいかに良く生きるか」にシフトしていく必要があると思っています。

井村 疾患を「見つけて治す」モデルから,「予測し,予防する」モデルへと切り替えるということですね。長らく治療によって寿命を延ばすことが命題であった医学界は,大きな変革を迫られていると言えるかもしれません。

Klag まずは医療システムという大きな枠組みについてお話ししたいと思います。「予防」に重きを置き,健康長寿の実現を図る医療システムを構築するという点から考えると,2つのことを考慮する必要があるでしょう。ひとつが「プライマリ・ケア医(総合診療医)を土台に据えた医療システムの構築」,そしてもうひとつが「プライマリ・ケア医の質の向上」です。

 今後,患者のボリューム層は高齢者となり,複数の疾患をかかえているケースが多くなると予測されます。多様な疾患を併せ持つ患者をプライマリ・ケア医が診て,必要に応じて専門医へとコーディネートする仕組みが費用対効果という点から有効なことは明らかです。

 そして,そこで問われるものこそ,コーディネートを担うプライマリ・ケア医の質でしょう。病気の成因や薬剤の研究,診断・治療の科学的知見が蓄積され,無数のエビデンスがある中で,目の前の多様な疾患をかかえる高齢患者にとって,いかなる診断法や治療が適切であるかを判断する――。これは決して簡単なことではありません。だからこそ,地域の医療を担う医師の臨床的な判断力の向上を図っていかねばならないのです。

井村 特に米国では地域のプライマリ・ケア医と専門医の役割分担が明確ですから,それらの連携の質を上げ,スムーズにする設計が大きなポイントになるのだと思います。

 一方で,日本では米国のような区別が厳密になされているわけではありません。地域のプライマリ・ケアを支えているのは,総合診療に関する専門的なトレーニングを受けた医師とは限りませんし,プライマリ・ケア領域への関心は高まっていると言えども,若い医師の大多数は特定分野の専門医をめざす傾向があります。米国のようなプライマリ・ケア医と専門医の役割を明確にした仕組みは大きなヒントになると思うのですが,現状の日本の実情に沿ったシステム・制度を検討していくことが必要でしょう。

福原 超高齢社会に適応できる医療システムに変革していくとともに,臨床医一人ひとりの実践する医療も,「治療」から「予防」へ,重点をシフトしていく必要があります。これまで予防というと,臨床医は「公衆衛生の専門家や保健所の仕事」と考えがちでしたからね。

井村 ええ。従来の「病気になったら医療機関まで来てもらう」という姿勢を正し,市民に“能動的な健康維持”を働き掛けていかねばなりません。

 例えば,喫煙は健康を害する重要な因子ですから,医師としてはその防止に努めたいけれど,こればかりは個人が能動的に喫煙をやめるほかありません。健康を害する事柄についても,一人ひとりの患者さんに対して教育・啓発を担う。その役割も臨床医の重要な職務であることを再認識する必要があるでしょう。

Klag 患者や住民への個人指導に加え,公衆衛生の視点から地域全体に向けた予防の最善策を考えていくことも,地域で活躍する臨床医の新たな役割として挙げられるかもしれません。

 喫煙に関連付けてお話しすると,地域住民全体の健康を改善する最も効果的な介入方法は,「公共の場での禁煙」であることが知られています。実際に米国ニューヨーク市では公共の場での禁煙が政策化されたことで,喫煙人口が市民全体の20%以下となり,同市民の寿命が3年延びたという成果もある。であれば,医師として自治体の政策立案者へその方策を提言する役割もあると思うのです。

福原 医療の現場を知っているからこそ,地域全体の健康長寿の実現に資する方略も考えられるということですね。

Klag ええ。個人を対象とした医療の現場と,地域全体を対象とした予防の両面を理解する新しいタイプの医師に活躍してもらうことが,地域の健康維持・向上のために極めて有効でしょう。

■臨床研究のリテラシー教育が,日本発臨床研究推進の鍵

福原 ただ,健康長寿を達成するための取り組みを開始するだけでは不十分です。われわれはそうした取り組みの質,これによってもたらされるアウトカムを測定し,科学的に評価する。そして,この評価に基づいて施策をさらに修正・改善していくことが求められます。その有効な手法の一つが「臨床研究」であることは間違いありません。

 しかし,日本では基礎研究と比較して,臨床研究がさほど重視されてきませんでした。ともすれば“基礎医学研究こそが本当の科学”とされ,臨床研究は“ワンランク下の科学”とされる傾向すらありました。

 そうした状況を反映してか,近年では日本の臨床研究の発信力が低下していることが懸念されています。基礎研究と比較し,臨床研究の発信力が弱いことは以前から指摘されていましたが,特にこの10年間でその傾向に拍車がかかっていることは見逃せません。事実,昨年の時点で,主要医学雑誌120誌に掲載された日本発の論文数は世界29位と,かつてよりもその順位を落としているのです。

井村 日本発の臨床研究の促進こそ,今後の医療を充実させるための重要なポイントと言えるでしょうね。

 私が日本の臨床研究の脆弱さを痛感したのは,『New England Journal of Medicine』誌編集委員に選出された95年にまでさかのぼります。日本人の投稿論文を読んでみると,他国の論文と比較し,研究の質の低さが目立った。臨床研究を行うための訓練,特に疫学や統計学の知識が十分でないことを痛感したのです。

福原 そうした背景もあって,井村先生は政府に対して臨床疫学・統計学の重要性を提言し続けてこられ,主要大学への大型の社会健康医学系大学院専攻の設置にも尽力されてきたわけですね。

井村 ええ。質の高い研究を行うためには,まず臨床疫学や統計学の専門家を育成する必要があると考えたのです。

 しかし,いまだ日本の臨床疫学家や生物統計家の数が少ない状況は変わっていません。このように専門家が少ない状況では,日本の臨床研究の質を高めることも,推...

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