医学書院

検索
HOME週刊医学界新聞 > 第3054号 2013年12月02日

第3054号 2013年12月2日


【寄稿】

“国際基準”の医師に必要な言語技術を(後編)
世界の医療現場で求められる言語技術スキル

三森 ゆりか(つくば言語技術教育研究所 所長)


前編はこちら

 前編では,世界医学教育連盟(World Federation for Medical Education)が「国際基準の医学教育」において,「コミュニケーション」と「分析および批判的思考」の重視を提言するとき,当然のこととして想定されている「言語技術」の概要を示した。

 後編では,学校教育の中で言語技術を学習していない日本の医学生が,最低限身につけるべきスキルを具体的に紹介する。日本人が言葉を道具として使いながら,国内に限らず,世界の現場で医療行為をするためには,「分析的・批判的思考」「物語」「説明」を身につけておく必要があるだろう。

分析的・批判的思考を養う「絵の分析」

 観察力と分析力・批判的思考力の訓練に有効なのが,「絵の分析」と「テクストの分析」である。紙面の都合上,本稿では「絵の分析」のみ紹介する。

 「絵の分析」とは,対象とする絵画やイラストが「なぜそのように見えるのか」について,絵に描かれた事実(データ)からその根拠を分析し,提示する訓練である。詳細な観察力と描かれた個々の事柄の因果関係を深く考察する力を養うのに有効である。「絵の分析」では基本的には次の観点から考察する(なお,内容や意味が含まれる絵画やイラストのタイトルを参加者に知らせるのは分析終了後である)。

(1)設定……場所,季節,天気,時間,時代背景等
(2)人物……性別,年齢,所属,職業,階級,性格,感情,その他人物にかかわること等
(3)状況……絵の中の状況(登場人物が何を考え,どんな行動をしているか等)
(4)その他……象徴性のあるもの,音・香り・色の意味,作者の背景等

 ヘンリー・ウォリス(Henry Wallis)の作品「チャタートンの死(The Death of Chatterton)」を用いて,どのようなことを分析し,提示することができるかを下記に例示した。この訓練では,絵画に示された事実を証拠に,参加者は自らの解釈を論証することが求められる。このような絵の分析は,患者の態度や表情,患部の観察・分析力の向上に直結する。また,対象を分析的に見る能力を一度獲得すると,事柄の因果関係や背景についての考察も可能となり,結果的に分析的・批判的思考能力の向上へとつながるのである。

 医学教育の分野においては,イェール大医学部名誉教授ブレーヴァーマン(Irwin Braverman)博士が,医学部1年生の必修科目「Observational Skills」1)の中で,医学生の観察力の向上を目的に絵の分析を取り入れている。筆者の指導する「絵の分析」と,博士の「Observational Skills」における絵の観察の実施方法が非常に似通っていることから,10年ほど前から筆者と情報交換を行っている。

◆絵画を用いた「絵の分析」例

Henry Wallis, 『The Death of Chatterton』. 1856, The Yale Center for British Arts.

【設定(場所)】
意見:都会にある建物の屋根裏部屋
理由:窓外の風景の下部に建物の屋根が拡がっている(その上方は空しか見えない)/窓の両脇が斜めに前にせり出している(屋根の形状と一致)
【人物】
意見:(1)20歳前後,(2)男,(3)十分な収入がない
理由:(1)骨格が細い・顔にしわがない・ひげや胸毛がない,(2)胸が平ら・腰が細い等の体型,(3)屋根裏部屋に居住
【状況】
意見:(1)死んでいる,(2)自殺している
理由:(1)ベッドに横たわっている/頭がベッドからずり落ちたまま止まっている/右肩がねじれている/顔が青ざめている/目がかすかに開いている/ろうそくの火が少し前に消えたところ(煙が立ち上っている)⇒命の火が消える(暗示)/窓辺の花が散っている(暗示)/床の上でグラスが砕けて散乱している(暗示),(2)右手の先の床の上に小さな瓶(おそらく毒の入っていた瓶)/胸の上に左手で掻きむしったような青いあざ⇒自殺の原因は床の上にちぎられ,散乱している紙にかかわることか
※なお,この絵画は実在のモデルが存在するため,ある程度の答えを確認できる

「物語の構造」を踏まえた説明

 思考した内容を提示するための方法をブラッシュアップすることも不可欠である。言語技術を指導する国々では,「物語」は,子供が楽しむものとしてあるだけでなく,人の心に寄り添って話す際に重要なスキルの養成にもつながると考えられており,実際に高校卒業まで“物語る”訓練が実施されている。

 この物語る能力は,病状をめぐり,人の精神の在り方にも影響を与えかねない立場にある医師には特に不可欠と言えるだろう。例えば,重大な病気を抱え,その先行きに不安を抱えている患者に対し,問答形式で結論と理由だけを手短に提示するのは問題である。あまりにも率直な言い方となり,患者の精神的打撃が大きなものにもなりかねないからだ。

 そこで有効なのが「物語の構造(Story structure)」()である。この構造を踏まえた上で病気の進展を提示すると,患者は自らの置かれている状況を理解しやすい。というのも,「物語」は幼いころから親しくなじんだ形式であり,その形式で話されるとつい傾聴したくなるからである。したがって,物語の構造を利用して病状を示した後に治療方法の選択肢を示すと,患者にとっては受け入れやすく,また選択しやすくなる。当然,この物語の構造は患者に対する病状説明ばかりでなく,さまざまなプレゼンテーションにも活用できる。親しんだ語りの形式は聞き手を惹きつけるのである2)

 物語の構造

情報提示の順序を意識する

 一方で,端的に重要な情報を提示するには,その提示順序の知識が重要になる。説明の方法は,大きく下記の2種類に分けられる。

◆時系列(Chronological order)
・情報を時間の順序で配列して示す
・古いものから新しいものに向かって示すのが一般的
◆空間配列(Spatial order)
・空間的にとらえた情報を論理的に配列する
・大きい情報から小さい情報に向かって,入れ子状(inductive)に提示する

 後者の「空間配列」に基づいた説明法は,言語技術教育の実施国では小学校4-6年生あたりで徹底的に指導されるのが一般的であるのに対し,日本では指導されない。しかし,空間配列に基づかない説明は,言語技術教育の実施国においては「説明」として受け入れられないことすらあり,日本人の説明が「わかりにくい」と指摘される原因も,実はこの空間配列の知識の欠如にあることが多い。

 ここではフランス国旗を例に,空間配列に則った説明の方法を解説する。国旗の概念は知っているが,それがどのような形状・デザインであるかを知らない相手に対して情報を提示する場合,相手が国旗を頭の中でイメージできるよう説明するには「大きな情報から小さな情報」に向かって情報を配列するとよい。つまり,フランス国旗の(1)形,(2)模様,(3)色,(4)色の意味の順序に提示するのである。全体の前提となる情報である形(縦2横3の比率の横長の長方形)をまず示し,その上でその中に収まっている模様(3等分の縦じま)に言及し,さらにそれらの色(左から,青,白,赤)と,それぞれの意味を説明する。このように大きいものから小さいものに向かって,論理的に情報を配列することで,説明は極めてわかりやすいものになる。

 これから医学を学び,国内外で医師として働こうとしている医学生・若手医師にとっては,世界の多くの国で学習されている「言語技術」の獲得は必要にして不可欠である。紙面の都合上,十分な解説ができなかった部分については,拙著『大学生・社会人のための言語技術トレーニング』(大修館書店)を参照いただければ幸いである。

参考文献・URL
1)Observational Skills
2)バーバラ・ミント.考える技術・書く技術.ダイヤモンド社;1999.