医学界新聞

寄稿

2013.10.21

【寄稿】

がん治療に伴う外見の変化をどうケアし,支援するか

野澤 桂子(国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センター・センター長)


がん治療に伴う,外見の変化に対する苦痛とケアへのニーズ

 がんの治療は日進月歩で発達し,分子標的薬など新しい薬も次々と実用化されています。集学的かつ積極的ながん治療は効果が期待できる反面,患者の身体への侵襲性も大きく,脱毛や瘢痕などさまざまな外見の変化をもたらします。そしてその変化は,医療者が想像する以上に,がん患者に心理社会的なストレスを与えています。

 2009年に筆者らが実施した抗がん剤治療に伴う身体症状の苦痛度調査でも,女性患者374人(平均57.74±11.18歳)における苦痛度TOP 20の半数以上は,外見に現われる治療の副作用でした。頭髪はもちろんのこと,まゆ毛やまつ毛の脱毛,顔の変色などは痛みなどの自覚症状を伴わないにもかかわらず,発熱などの代表的な副作用より苦痛度が高い,という結果が導き出されています[PMID:23436588]。

 さらに,がん研究センター中央病院において外見関連の情報やケアの提供に関するニーズを調査したところ,97%もの患者が病院でのケアの提供を希望していました。対象患者は,男性264人・女性374人(平均59.54±11.70歳)であり,性別や年齢にかかわらず,外見に関する情報やケアのニーズは高いことがわかります。また自身の就業の有無にかかわらず,患者の多くが,仕事中は従来通りの姿を装うことが重要だと答えていました。

社会の中で生きているゆえの苦痛

 なぜ,患者は,外見の変化をこれほどまでに苦痛と感じるのでしょうか。

 外からわかる身体症状は,吐き気や頭痛などと異なり,身体の苦痛だけでなく「自分は魅力的でなくなった」という自己イメージの低下をもたらします。その上,がん患者にとっての外見の変化は「病気や死の象徴」としての意味をも有しています。そうしたことが,患者に自尊感情の低下をもたらしたり,従前のように他者と対等な関係でいられなくなる,といった不安を生じさせ,心理的な苦痛になると考えられます。

 私たち人間は,「社会」の中に生きてこそはじめて「生きる」動物であり,外見は,そんな人間と社会との接点となるものです。とりわけ外見への意識の高まっている現代社会においては,“外から見える自分”が気になるのは当然のことかもしれません。

 例えば,無人島に一人でいたら,多くの方が髭も剃らないし,また化粧もしないと思います。それと同じように,無人島では,がん治療によって外見がどのように変化したとしても,多くの患者はこれほどまでに悩まないでしょう。頭痛や腹痛のように,どこにいても,一人でいても苦しい身体的苦痛と異なり,外見の変化による苦痛は,他者の存在に大きく依存する心理社会的苦痛なのです。ここがこの問題の奥深いところです。

医療者が支援を行う意義とは

 では実際に必要とされているのは,どのような支援なのでしょうか。

 まず,患者の本当の悩みが変化したその「部分」ではなく,その先にある「社会」との関係にあることを意識する必要があります。実際に「ウィッグの相談です」と言って来られた方が,ウィッグの相談は5分で終えられ,その後に「実は,仕事復帰で悩んでいるのです」というお話をされます。患者は「ウィッグ」や「脱毛」のみに悩んでいるのではないため,適切なアドバイスをするには,治療背景を含め,患者が社会の中で過ごすにはどのような方法があるのか,という視点で考えなければなりません。

 「外見=アピアランス(Appearance)」の支援というと,一般的には,美容上の支援が想像されます。しかし,決して美容的に美しくすることではありません。医療の場で行うべきアピアランス支援の本質は「患者と社会をつなぐこと」ですから,どれほど立派なウィッグをつけても,きれいな化粧を施しても,外に出られなければ,あるいは家庭の中でも生き生き過ごせなければ意味を成しません。逆に,その人らしく過ごせているのであれば,外見の問題を周囲が気にする必要もなくなります。外見はあくまで,社会的な動物である人間が,家庭を含む社会の中で豊かに過ごすためのツールの一つにすぎないのです。

 医療者は,疾患や患者の心理に対する深い理解をもとに,髪,爪,皮膚のことなど,さまざまな症状に対する具体的な情報やアドバイスを,患者にとって本当に必要な範囲で提供することができます。例えば,若い男性が治療による薄毛に悩んだ場合に,ウィッグ店に行けば「どの製品を選ぶか」という選択しかなくなるでしょう。しかし彼にとって必要なのは,今後の見通しであったり,通学,就職,恋愛等の今後のライフイベントに「いつ,どのような状況でどうすればよいのか」といったアドバイスです。その内容によっては,ウィッグすら不要になるかもしれません。

 もちろん症状によっては,美容の専門家や企業と連携することが必要な場合もあります。しかし全体のコーディネートは,患者のことを最も理解する立場の医療者が行うことが重要であり,特に,医療現場でチーム医療をとりまとめてきた看護師の得意とする役割ではないかと考えています。

ニーズに応じて段階的なサポートを

 病院という環境や,限られた資源を前提に,小児・男性・女性を含む患者の多様なニーズに合致したサポートを提供するためには,段階的な支援プログラムで対応していくのが適切です。筆者らは,患者の苦痛やニーズの研究をもとに外見関連の段階的患者支援プログラム(がんセンターモデル)を作成し,提案してきました()。このプログラムは,各段階に応じて,目的や対象者,提供者や提供内容を変えつつ,トータルなマネジメントを病院が行うものです。

 がんセンターモデル

 患者のニーズが高く,医療者が直接実施するものとしては,第1段階および第2段階が非常に重要です。そのための医療者向け講習会を,本年12月22日に実施する予定です。なお,第3段階および第4段階の個別介入は,患者のニーズが限定されるとともに,美容の技術も専門的になることから,がん医療に関する基礎的な教育を受けた美容の専門家が行います。

臨床・研究・教育を推進するアピアランス支援センター

 本年4月1日,国立がん研究センター中央病院の共通部門の一つとして,「アピアランス支援センター」が新たに加わりました。

 当センターの目的は,外見の問題に関する臨床と研究,教育活動を通して,患者が「社会に生きる」・「人として生きる」ことを支援するものです。そのため,患者の相談を受けるだけでなく,皮膚科医・形成外科医・腫瘍内科医がスタッフ併任となり,心理士・薬剤師・看護師も含めたチームを形成して,新たな課題の解決や検証を行います。そして必要に応じて,美容専門家などとも連携します。

 実際の現場では,がんセンターモデルを念頭に運営を行い,医療者による,すぐに役立つ抗がん剤治療のための“遊び心のある”外見ケアプログラム(情報提供中心)だけでなく,個別相談,成人式・結婚式などのライフイベントのプロデュースまで,あらゆるシーンをサポートしています。また,外見に関する事項は,エビデンスが極めて少ない半面,危険な情報も多いため,情報収集や研究も積極的に行っていきます。将来的には,外見ケアに関するガイドラインの作成も視野に入れて活動を進めています。

 皆様のところにも,アンケートなどが届くかもしれません。患者さんのためのプログラムを作っていくために,ぜひご協力をお願いします。

:アピアランス支援センターのシンボルマーク「オレンジクローバー」。たくさんのハートが集まり,患者さんが輝くことを支えるイメージで作られた。デザインやアレンジは,遺族やがんサバイバーらによるもの。
:がんサバイバーの方の成人式にあたって,ウィッグなどをコーディネートした例。こうした個別のライフイベントにも対応している。


野澤桂子氏
立教大法学部卒。在仏中,疾病による外見の変化に悩む患者の問題を知る。帰国後臨床心理士資格,心理学博士号を取得し,2002年より北里大病院,05年より国立がんセンターにてサポートプログラムを実践。山野美容芸術短大教授を経て,13年より現職。

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