医学界新聞

寄稿

2013.07.15

【寄稿】

Palliative Care――the right way forward
人権としての緩和ケア:ヨーロッパ緩和ケア学会第13回大会報告

加藤 恒夫(かとう内科並木通り診療所)


 第13回ヨーロッパ緩和ケア学会(European Association for Palliative Care:以下,EAPC)が,2013年5月30日から同6月2日までの間,チェコの首都プラハで,表題のテーマのもとに開催された。第1回EAPC congress開催から25年目に当たる今回から,大会名が“World Congress of the European Association for Palliative Care”と 改名された。大会参加者が過去一貫して増え続けているのは本紙でもこれまで報告してきたが1),今回はヨーロッパ各国の他にアフリカ,北米大陸,アジア,オセアニア諸国,中東を含め,ほぼ全世界から参加者が集う大会になった。これを受けて,ヨーロッパ,とりわけその指導的立場にある英国は,今後も緩和ケアの分野で世界的な指導性を発揮することを目的とした「医療文化の世界戦略」の一つとして,大会名を改めたのかもしれない。

 第13回大会では,EAPCやEAPCを取り巻く今日的課題と体系的に関連付けた話題を提供する全体講演(plenary session)が,会期中5回にわたり開催された。本稿では,第13回大会の全体講演から,ヨーロッパをはじめとする世界的な緩和ケアの現状と今後の方向性について報告し,日本の今後の道を探る。

ブダペストからプラハへ――緩和ケアの政治的責任を問う

 本大会で最大の話題となったのが,プラハ憲章(Prague Charter)の採択だろう。ヨーロッパ各国における政治的・社会的な違いを乗り越え,それぞれの多様性を維持しつつ,いかに自国の政府に緩和ケアの基盤整備の働き掛けを行うかという指針を定めたブダペスト公約が,2007年の第10回大会において作成された。この時点ですでに,緩和ケアはがん以外の疾患をも対象にするという共通の前提に立っていたことを,言い添えておきたい。

 この公約に基づき,法的な基盤整備を行いつつある参加国は,英国,ドイツをはじめセルビア,アルバニアなど,その後の5年間で9か国に上る2)。EAPCはこうした動きを受けて,ブダペスト公約から5年後の今大会に向けて,プラハ憲章を準備・起草・発表し,「緩和ケアを受けられることは人々の権利である(Access to palliative care is a human right.)」と宣言したのである()。また,「EAPCは,発展途上国か先進国かにかかわらず,すべての世界各国の政府に対し,病院であれ,自宅であれ,そしてその他の場所であれ,必要なところで患者中心の緩和ケアを受けられるための健康政策と社会保障政策の確立,および人々を苦悩から解放する施策の実行を促す」ことがうたわれ,参加者に賛同の署名を要請した。そうして政治的な実行責任を問うものとして各国政府に向けて発信された4つの中心的課題は,以下のとおりである3)

[4つの中心的課題]
1)致死的な疾患あるいは終末期の患者の必要性に応える医療政策を策定する
2)必要とするすべての人に,規制医薬品を含む必須医薬品が使用できるように保証する
3)医療従事者が大学の学部以上のレベルで,緩和ケアと痛みのマネジメントに関する適切な研修を確実に受けられるようにする
4)緩和ケアを医療制度のあらゆるレベルに確実に組み入れる

緩和ケアがすべての臨床基盤であることを明記

 大会初日の全体講演において,仏・ジョセフ大教授のSchaerer氏がこれまでの緩和ケアの軌跡を総括した。「われわれの緩和ケアの運動は,シシリー・ソンダース(C. Saunders)や他の先人たちの働きを基礎としながらも,創設当時の想像を超え,がん以外の疾患や高齢者の苦悩の緩和に向けて発展してきた。しかし,緩和ケアの対象は年々拡大し,構造は多様性を増しており,新たな課題が多く出現している」。こうした問題を受けて,氏は,現代の緩和ケア関連各界に対して,以下のような問題提起を行った。

1)緩和ケアが,専門領域に位置付けられたことによって,日常診療のなかに浸透し難くなっていないか?
2)緩和ケアが国家的政策や公的な組織に取り入れられることによって,死にゆく人を選別(収容隔離)したり,地域社会のなかでの死や死にゆく意味を問う作業を放棄したりしていないか?
3)緩和ケアと並行して議論されている安楽死の法的制度化が,歴史的・社会的にもはや避けられないという現実に対して,私たちは人間の尊厳に基づいて誠実に向き合っているか?

苦しみからの解放は国連憲章で保障された人権

 スペイン・バレンシア大教授のMartin-Moreno氏が,1945年に採択された国連憲章を基に行った講演「Human rights and palliative care : the perspective of a public health physician」では,「苦悩から解放されることは人の権利である」とした視点からWHOの緩和ケアの定義を解説。緩和ケア関係者の今後の活動の方向性を,以下のとおり示した。

1)専門職と国民の双方に緩和ケアの存在と役割を知らせる
2)誰にでも訪れる死の教育を行う
3)緩和ケアの基盤整備を推進する

 3つ目に提示された緩和ケアの政策基盤整備のモデルは,すでに2007年のブダペスト大会で示されており,今回の発表で再確認されたと言えるだろう(4)

 公衆衛生としての緩和ケア体制整備戦略(文献4より改編)

日本への提言:緩和ケアの対象を拡大する戦略的取り組みを

 今回の総会は, EAPCの25年間の歴史と5年ごとを節目とする活動の進め方を鳥瞰する良い機会となった。そこから見えたものは,EAPCの思考・行動様式である。それは,目的を明確にし,長期計画を立て,一貫して社会に働きかける姿勢だ。今後,超高齢社会を迎え,がん以外の疾患による死亡者の急増が予想される日本にとって,プラハ憲章は大いに参考になるであろうし,参考にすべきである。

 さらに,Martin-Moreno氏の言葉を借りるならば,日本の緩和医療関係者は「従来のように官僚に働きかけるのみでなく,その理念を法律に落とし込むために政治家(policy maker)を」動かすべきであろう。そのためには,まず「がん対策基本法」の束縛から離れ,緩和ケアの対象をがん以外の疾患へと拡大して死にゆく人たちを公平に扱う医療政策の確立が急務だといえる。また,医学生をはじめとするすべての医療職に,専門教育で緩和ケアを学ぶ機会が与えられていない現状も認め,早急に教育体制を確立させると同時に,一般市民への教育機会を保障することも必要と考える。

:EAPCが発表したプラハ憲章は,国際ホスピス緩和ケア協議会(IAHPC),Worldwide Palliative Care Alliance(WPCA),ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)と共同で作成された。

文献
1)加藤恒夫.Connecting Diversity――多様性を継ぎ合わせる.「週刊医学界新聞」第2742号(2007年7月30日)
2)Toolkit for the development of palliative care in the community
3)The Prague Charter
4)Stjernswärd J. The public health strategy for palliative care. J Pain Symptom Manage. 2007 ; 33(5) : 486-93.


加藤恒夫氏
1973年岡山大医学部卒。2000-04年日本死の臨床研究会国際交流委員長の他,93-09年日本プライマリ・ケア学会評議員,07-09年日本緩和医療学会評議員なども務める。00年に緩和ケア岡山モデルを発表。在宅サポートチームを運用し,プライマリ・ケア担当者支援を実践している。

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