医学界新聞

寄稿

2013.05.20

【寄稿】

私が保護室の調査を続けてきた理由
行って見て聞いた 精神科病院の保護室』の発行に当たって

三宅 薫(学而会木村病院 精神科看護師)


 保護室は,「隔離」という目的に特化した精神科の病室です(隔離の適応は精神保健福祉法で規定されています)。精神症状のために,患者さん本人あるいは周囲に危険が及ぶ可能性が非常に高く,隔離以外の方法ではその危険を避けることができない場合に使用されます。

 私たちは普段の生活で,食事,睡眠,排泄の場をおのずと分けて生活しています。しかし患者さんは,これら生活にかかわる行為を1つの空間で完結することを強いられます。そのため私たち精神科に携わる医療者は,患者さんの治療,安全のために必要な行動制限を行いつつ,患者さんの人権を守り,ニードを充足させるために,どのように生活の援助を行うかということに日々腐心しています。

自分の足で,行って見て聞いた

 私は2006年から2011年の6年間に,北は福島県から南は佐賀県まで,35の精神科病院に足を運び,計44の保護室を調査しました。

 保護室とその周辺には,観察廊下や前室,トイレの目隠しなど,独特の構造・設備があります。一つひとつ,各部の大きさを測り(),写真を撮り,そして病棟で働いている看護師の方々にインタビューし,報告書にまとめてきました。

 土佐病院の保護室 構造の寸法を測り,すべての保護室の間取りを再現した。見学した44の保護室は,ひとつとして同じ間取りがなく,独自の工夫に驚かされてばかりだった。例えば土佐病院の保護室にはテレビが備え付けられており,患者さんはナースステーションの映像を見ることができる(『行って見て聞いた 精神科病院の保護室』90ページより)。

 この調査を続けていると,時折「なぜ保護室を調査対象に選んだのですか?」という質問を受けます。考えてみると,初めて精神科病院に就職したときのオリエンテーションで,保護室を案内されながら構造について丁寧な説明を受けたことがきっかけだったように思います。このとき,さまざまな工夫が詰め込まれた保護室という空間に,いたく感心してしまったのです。

 その後,看護教員と臨床看護師とを交互に経験するなかで,教員として実習指導に付き添ったり,転職して別の病院に足を踏み入れてみると,保護室の構造も,行われている看護にも,病院ごとに大きな違いがあることに気付くようになりました。

 構造や看護は,病院の治療風土から生まれていますし,逆に,治療風土が構造や看護を規定しているという関係性も興味深いと思いました。

 そこで2006年に大学で研究テーマを決める際に,「保護室」を選ぶことにしました。いろいろな病院に自ら出向き,看護師さんたちへ研究についての説明をして,保護室を見せてもらい,直接話を聞くという研究方法を取ることにしたのです。

ペーパーホルダーに見る生活援助の工夫

 看護師さんへのインタビューでは,時間をいただいて「生活の援助」について詳しく尋ねました。具体的には,洗面,歯磨き,入浴の頻度,食事前後や排泄後に手洗いができるかどうか,便器の種類,便器洗浄は室内から患者さんが操作できるのか,排泄のプライバシーを守るブースや目隠しの設備,食事の際のテーブルの使用,配膳口の設置,水分補給の方法,開放観察の方法,ベッドを使用するか,リネン類を使用するか,騒音への対処,時計やカレンダーや外の景色が見えるかどうか,換気の方法などです。

 私たちの日常生活では何気ない存在でも,保護室にいる患者さんにとっては危険なものがあり,精神科病棟の医療者はさまざまな工夫を凝らします。

 その1つの例が,トイレットペーパーホルダーです。排泄をしたらペーパーが必要になりますから,ホルダーがあったほうが当然便利だと思われるでしょう。しかし私の調査では,ペーパーホルダーを設置している精神科病院は42%でした。設置しない病院が多い理由は,精神科医療関係者であればピンとくると思いますが,患者さんの自殺を防ぐためです。ペーパーホルダーを導入している病院でも,形状に配慮しており,ロールをセットする芯棒を縦にして,紐を掛けられないような工夫がしてあったり(写真中央),室外からロールをセットし,室内からは細いスリットを通してペーパーだけを引っ張りだすような構造になっている病院もありました。

 ペーパーも,ロールタイプのほかに,昔ながらの四角い落とし紙を使っているところや,1回分のみを置いている病院もありました。トイレットペーパーは便器に詰められてしまう物品ナンバーワンなので,病院ごとにいろいろな苦心が見られるのです。

 病院によっては,プライバシーと観察の両方を考慮して,トイレスペースに3段階の透明度のガラスブロックを使用した目隠しを設置していたり(写真右),患者さんが倒れたことを知らせる人感センサーを付けたりするなど,現場の経験と知恵と想像力が詰まった工夫に満ちていました。

写真 土佐病院保護室内の工夫 
左:トイレの便器は繊維強化プラスチック製。患者さんが便器にものを詰めてあふれさせることに備えた漏水センサーが取り付けられている。
中央:芯棒を縦にしたトイレットペーパーホルダー。芯の長さにも配慮が見られる。
右:トイレスペースを仕切るガラスブロック。下の段ほど不透明なブロックを使い,人影のみ見えるよう配慮している。

 訪問したなかで1か所だけ,保護室内に便器がない病院がありました。この病院では排泄の際は,毎回看護師を介して観察廊下にあるトイレに出る必要があります。「食事をする場と排泄をする場を分けるべき」という信念のもと,日々の多大な努力によってそれが成り立っているのでした。

情報交流をめざして

 訪問した病院が35を超えたとき,『行って見て聞いた 精神科病院の保護室』を出版することになりました。1保護室につき2ページずつを割いて,写真と間取り図を使って保護室の構造とケアについて解説しています。

 私がこの本を出す目的は「情報公開」と「情報交流」にあります。35病院を訪問してつくづく思うのは,現在,保護室に関する情報の開示や共有がほとんど行われていないために,どんなに良い工夫や看護を行っていても,ほかに広まらず,全体として保護室の看護が向上していかないという現実でした。

 しかし実際に訪問すると,限られた環境のなかにあっても,少しでも質の高い援助をしたいと試みている日々の看護師さんたちの実践がたくさんみられました。患者さんの症状を沈静化するだけで1日が過ぎていくように感じている医療従事者の方に,他病院の工夫を見て,「これならば取り入れられる」というものを発見していただくことが,精神科保護室への訪問を始めたときから続く,私の願いです。


三宅薫氏
千葉大看護学部卒。愛知医大病院内科病棟にて臨床を経験したのち,千葉大看護学研究科修士課程修了。その後も千葉県精神科医療センターや埼玉県立衛生短大など,臨床と教育を交互に経験。2013年より現職。

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