医学界新聞

インタビュー

2013.03.18

【interview】

小児慢性疾患患者に適切な"移行"を
石崎 優子氏(関西医科大学小児科学講座准教授)に聞く


 小児医療の発展により小児慢性疾患の予後が改善するなか,新たな課題として浮上しているのが,成人を迎えた小児慢性疾患患者の小児科から成人科への"移行"に関する問題だ。患者が成人年齢に達した後も,成人科専門医への転科・転医がスムーズに行われず,小児科外来や小児医療機関で診られているケースは多いという。

 本紙では,小児慢性疾患患者を対象とした「移行支援プログラム」の作成に取り組む石崎優子氏に,成人科への移行の現状とスムーズな移行を図るための方法を聞いた。


適切な時期の移行が必要な小児慢性疾患患者

――小児医療の発展により,コントロールが必要ながらも多くの患者が成人を迎えられるようになりました。

石崎 そうですね。特に白血病,腎疾患,1型糖尿病などの慢性疾患の生命予後は飛躍的に改善し,定期的なケアが必要ながらも安定した状態で成人を迎えられる患者が増えています。

 そのようななかでいまクローズアップされている課題が,小児慢性疾患患者の成人後も小児科医が主治医としてその患者を見続けているケースです。

――「キャリーオーバー患者」として取り沙汰される機会も増えていますね。やはり患者が成人を迎えるとともに,主治医も成人科の医師が担うほうが好ましいのでしょうか。

石崎 小児医療が成人した患者の医療ニーズに応えるには限界があります。特殊な事情があるケースを除いては,成人患者として適切な医療が受けられるよう,医療を受ける場やその内容を移行していく必要があるでしょう。

 私は過去に,小児科の腎疾患,内分泌疾患,神経疾患,血液疾患における小児科で管理している成人患者の医療の実態を調査しました。その結果,領域により治療方法や通院間隔,予後などで異なる点はあるものの,小児科医による成人発症の疾患や加齢に伴う変化への対応が不十分であることが,領域に関係なく共通した問題だとわかりました。

 例えば,成人の悪性腫瘍,脳梗塞や急性心筋梗塞の初期症状を見慣れている小児科医は決して多くはありません。また,女性患者であれば妊娠・出産といったライフイベントも起こり得ますが,妊娠管理の知識が十分ではない小児科医に適切な対応ができるとは言えないでしょう。

――成人特有の疾患や身体症状に対する適切な医療を受けるためには,成人科へ移行すべきというわけですね。

石崎 患者としても,子ども向けの設備や内装で整えられた小児科外来へ通うことには違和感を持つはずです。実際,自分と同年代の方が他の患者の保護者として小児科外来に来院している一方で,自分は患者として来院していることに対して劣等感を抱く方も少なくありません。

患者-家族-主治医の関係性にある移行を阻む要因

――現状としてはスムーズな移行ができていないケースが多いということですが,その原因はどこにあるのでしょうか。

石崎 海外諸国とも共通する理由として挙げられるのが,疾患によっては成人科側に患者の受け皿がないことです。

 例えば先天性疾患や重症の心身障害児などの病態が成人と異なる一部の神経疾患の場合や,「手術後の先天性心疾患でなおかつ自閉症」といった複数の疾患を抱える患者の場合,専門分化が進む成人科に適切な紹介先が見つからないこともあり得ます。患者の進学・就職・転勤によって居住地が変わっても,主治医の小児科医自身がフォローを続けるしかなくなり,成人科に移る機会を逃してしまうのです。

――成人科側の事情から小児医療のなかで診ざるを得ない理由もあるわけですね。

石崎 そうです。しかし,それだけではありません。小児医療の当事者である,小児科医,患者,患者家族の関係性から生じる問題も,成人科への移行を阻む大きな要因になっています。

 例えば,患者家族と主治医の信頼関係が強すぎることもその一つです。小児医療では,患者本人よりもその家族に説明や同意取得を行う場面が多く,成人科の場合よりも患者家族と医師との信頼関係が強くなる傾向にあります。時としてそれが強すぎるが故に,小児科医への依存が生じ,「経過を知らない成人科の医師に子どもを任せられない」と家族が成人科の医師と新たな関係を築くことに消極的になるケースもあるのです。

 また,家族の過保護や長期的な療養による教育の中断,社会生活の制限といった環境下で過ごす患者は,健康な子どもであれば当然経験すべきことを経験できず,心理社会的に未成熟なまま成人することも少なくありません。こうしたケースでは,治療法を患者とともに考え,患者自身で責任をもった選択を要求する成人科の医師の診療姿勢が「冷たい態度」として映り,保護者的・指導者的なかかわり方をしてきた小児科医とのギャップを受け入れられないことも多いようです。進学や成人を機に成人科へ紹介しても,紹介した成人科から小児科へ逆戻りした事例や,移行を拒否される事例などは数多く見られています。こうした事情を考慮して,移行のために十分な準備をしておくことが必要です。

スムーズな移行を実現する「移行支援プログラム」

―― では,スムーズな成人医療への移行を実現するには,どのような準備が求められるのでしょうか。

石崎 医療者側が,発症からの経過や治療内容といった詳細な情報を盛り込んだサマリーを作成すること。さらに,早期から医療者側・患者側で成人科移行の目標を共有した上で,患者が自分の行動に責任を持ち,疾患を自己管理できるように医療者が教育的にかかわっていくことが必要です。つまり,成人後に求められるセルフケア,医療者とのコミュニケーションや,意思決定のための能力を患者に身につけさせることも医療者に求められるのです。

 私はその方法の一つとして,患者の成長発達に合わせ,移行に必要な能力を段階的に育む,「移行支援プログラム」が有効であると考えています。

――それはどのようなものですか。

石崎 移行支援プログラムは,「医学的・社会心理的・教育的・職業的必要性について配慮した行動計画」と定義されています。患者の日常生活における行動計画の立案,その達成度合いの評価,次にすべきことの指導を繰り返して進めていきます。

 まず個々の行動計画は,(1)自分の健康状況を説明する(セルフアドボカシー),(2)自ら受診して健康状況について述べる,服薬を自己管理する(自立した医療行動),(3)妊娠の影響や避妊の方法も含めた性的問題の管理(性的健康),(4)さまざまな不安や危惧を周囲の方に伝えサポートを求める(心理的支援),(5)自分の身体状況に合った就業形態の検討(教育的・職業的計画),(6)生活上の制限や趣味の持ち方の工夫(健康とライフサイクル)を目標にし,患者の年代や熟達度に応じて,日常生活のなかで実行できる具体的なものを作成することが大事です。また,作成時は,患者を中心に,家族,小児科医と成人科の医師,看護師,心理士,医療ソーシャルワーカーや教師などが参加することが求められます。

――具体的にはどのような行動計画を立てればよいのでしょうか。

石崎 学童期に当たる12-14歳の患者であれば,例えば「学校の先生に修学旅行などの行事へ参加する上での注意事項を伝える」という計画が考えられます。この計画を実行するには,疾病や薬剤に関する情報を持たねばなりませんし,危機的な状況を想定するための知識,その際に求められる周囲からのサポートを把握しておくことが必要です。

 こうした一つひとつの計画を通して,患者は疾患に対する理解を深め,自分のライフスタイルや自立した医療行動を身につけることができます。また,成長発達に応じた行動計画を繰り返し実行していくことは,移行の準備を段階的に進め,最終的には転科・転医という移行のプロセスを患者自身が主体的に進めていくことができるようになるのです。

――医療者側としては,プログラムの進捗具合から患者の情報をチームで共有することができそうですね。

石崎 移行支援プログラムの目標と達成度の情報共有によって,よりスムーズな多職種協働が可能になります。また,この情報とともにサマリーを利用すると,患者と医療者の双方が身体面・心理面の状態を把握でき,転科の適切なタイミングを判断することもできるでしょう。

――現在,成人科への移行を充実させる取り組みにはどのようなものがあるのでしょうか。

石崎 丸光惠氏〔東京医歯大教授・国際看護(開発)学〕らを中心に,看護師への生涯教育や,『成人移行期支援看護師・医療スタッフのための移行期支援ガイドブック』の作成などの取り組みが進んでいます(関連記事参照)。専門職の連携が求められる移行支援では,チームをコーディネートする看護師の役割は重要であり,こうした取り組みが広まっていくことが期待されます。また,日本小児科学会においても「移行期の患者についての検討ワーキンググループ」が企画されており,移行期における医療の在り方を整理する議論が進められているところです。

 今後,小児科医や受け皿となる成人科の医師に,小児慢性疾患患者の移行に関する知識の重要性が広まり,共有されることを期待しています。

(了)


石崎優子氏
1989年関西医大医学部卒。95年博士号取得。同大にて小児科研修,LCCストレス医学研究所にて心身医学科研修の後,2007年関西医大小児科学講座講師。12年より現職。小児科と心療内科の専門医資格を持つ数少ないスペシャリストであり,小児心身症を専門とする。日本小児心身医学会理事。

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