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第2994号 2012年9月17日


【interview】

「未破裂脳動脈瘤の手術が年々増加するなか『明確な根拠を示さなければ』という思いを多くの脳神経外科医が持っていたこと,皆の共通して解決したい課題であったことが,成功の一番の要因ではないかと思います」

森田 明夫氏(NTT東日本関東病院脳神経外科部長/UCAS Japan事務局長)に聞く


 経過を見るか,治療に踏み切るか。開頭するか,血管内治療にするか。未破裂脳動脈瘤が見つかったとき,医師は複数の選択肢のリスクとベネフィットを考慮して患者に最も資する判断を行う必要があるが,その判断根拠はこれまで確立されてこなかった。患者と医師を共に悩ませてきたこの課題の解決に向け,日本脳神経外科学会では,未破裂脳動脈瘤の自然歴の悉皆調査「UCAS Japan」(MEMO)を実施。結果はこのほど米『New England Journal of Medicine』誌(以下NEJM誌)に掲載され1),今後,臨床現場において瘤の破裂リスク推測への活用が期待される。本紙では,UCAS Japan事務局長の森田明夫氏に,調査の経緯や結果報告までの道のりと,今後の研究・治療の展望を聞いた。


経過観察か? 治療か?臨床判断の根拠を求めて

――未破裂脳動脈瘤が見つかった場合,現状ではどのような選択肢が考えられるのでしょうか。

森田 大きく分けると,経過観察と治療の2つの選択肢があります。

 経過観察は,瘤の拡大率などに留意しつつ,一定の間隔で検査を続けます。治療に踏み切る場合,1つ目の選択肢は開頭手術で,主に瘤自体をクリッピングする手術と,新たな血管ルートを作って親動脈ごと瘤を潰すバイパス術とに分けられます。2つ目は血管内治療で,コイルによる塞栓術,コイルと血管内ステントを併用する方法,そして最も新しい,親動脈にステントを留置するだけで瘤が自然と閉塞する"flow diverter"という方法の3つが選択の柱となります。

――選択肢が多くあるなか,実臨床では,何をよりどころに治療方針を決めるべきなのでしょうか。

森田 患者さんが瘤の存在をどうとらえているかということが,まず大きく影響します。破裂を心配するあまり生活態度が180度変わってしまう方がいる一方,医師の言葉ひとつですっかり安心する方もいる。告知から時が経つほど心配が薄れていく方,悩み続けてやせ細ってしまう方,見ていると本当にさまざまです。

――個々人の意向をきちんと把握することが重要になりますね。

森田 ええ。患者さんが抱くそうした主観を踏まえた上で,今後の破裂率,治療した場合の合併症リスクなどの客観的に分析されたデータを根拠に,治療方針を決めるのが理想です。

 しかし,その根拠がこれまで十分ではなかったことが,判断を難しくする一因になっていました。

――なぜ十分なデータがなかったのでしょうか。

森田 動脈瘤は,形も場所も人によって千差万別です。日本でこれまで行われてきた,後向き研究のシステマティックレビューや単施設での限られた症例の集計では,信頼に足るデータを導き出すには至らなかったというのが実情です。

 対して欧米では,ISUIA(国際未破裂脳動脈瘤調査)という大規模研究が行われ,結果がNEJM誌[1998;339(24):1725-33]やLancet誌[2003;362(9378):103-10]で公表されています。特に2003年のデータは,約1600例を平均4年にわたって追跡した前向き研究です。

 しかし,それらの研究では,小型の動脈瘤,あるいは脳前方の動脈瘤の破裂率がかなり低く示されており,これまでの日本での調査結果や臨床での感覚からはかけ離れたものでした。そうした点からも,日本において瘤の自然歴をきちんと調査し,質の高いデータを集める必要性を強く感じ,それがUCAS Japanを実施する原動力となりました。

1円玉と比較して,瘤のサイズを計測

――そうして行われたUCAS Japanでは,ISUIAを大きくしのぐ6697例の前向き調査が実現し,今後の臨床判断に資する解析結果が示されました()。

 部位・サイズ別の瘤の年間破裂率(%/年)

森田 世界一とも言われる脳ドックやMRIの普及率が,調査の広がりを後押ししたのは確かでしょうね。実際,登録症例の約90%が,スクリーニング的な検査で偶然発見されたものです。

 オンライン登録のはしりだったので,登録の方法なども試行錯誤しました。調べたい項目はたくさんあったのですが,忙しい臨床の合間を縫って登録作業ができるよう,最小限に絞りました。まだカットフィルムが主流だったため,直径がちょうど2cmの1円玉と比較して瘤のサイズを測るよう定めたのも印象に残っています。

――いろいろな工夫があって,これだけのデータが集まったのですね。

森田 ええ。しかしなにより,未破裂脳動脈瘤の手術が年々増加するなか(2010年は約1万6000例),「明確な根拠を示さなければ」という思いを,多くの脳神経外科医が持っていたこと,皆の共通して解決したい課題であったことが,成功の一番の要因ではないかと思います。

研究を世界に発信するために必要なこと

――今回の結果はNEJM誌に掲載されましたが,世界に発信できる質の高い研究にするポイントは,どのような点にあると思われますか。

森田 "Pre-specified",つまりプロトコルを作った段階で,最終的なアウトカムやエンドポイントまで,その解析方法も含めて決めておく必要があると思います。"Post-hoc",つまり症例を集めた後で,"後付け"で解析方法を考えていたのでは,データを自分たちに都合よく色付けて出せるとみなされ,研究の質は下がってしまいます。

 UCAS Japan では,福原俊一先生(京大)ほか疫学・統計の専門家に当初から加わっていただき,私たち臨床家が重要視する項目を,統計的にどう解析するか,徹底して摺り合わせていたことが大きかったですね。何度も京都に足を運びましたが,ニュアンスや熱意を伝えるために,直接会って議論する大切さを学びました。

 また,これはわれわれの反省からですが,母集団の数を把握しておくことも重要です。UCAS Japanなら,登録施設を訪れた未破裂脳動脈瘤患者の全数です。「何人来院して,何人に調査への協力を依頼して,何人が同意した」ということを,すべて記録しておかなければなりません。

――サンプルに偏りがないことを証明するためでしょうか。

森田 そうです。セレクション・バイアスがあるとみなされてしまいます。

 もう一つ,UCAS Japanのデータは,論文としてはこれまで一度も出していません。学会や講演などで発表はしていますが,文章として公表したのは,登録症例数とその傾向程度にとどめていました。NEJM誌などインパクトファクターが10以上のメジャーな雑誌というのは,基本的に既報のデータは載せないからです。

――そういう配慮までもが必要なのですね。

森田 とはいえ,結果を待っている方々に,早く知らせたい気持ちは大いにありました。ですから2008年には一度,中間報告としてNEJM誌に投稿したのですが,データが十分でないことなどを理由に,掲載がかないませんでした。そこで09年,10年と,参加施設にもう一度お願いして,最新の経過まで追加して再度挑んだところ,よい感触を得られたのです。

査読者に磨かれて,よりインパクトのある論文になる

――本当に長い道のりですね。

森田 ええ。さらに掲載までのプロセスも,一筋縄ではいかないものでした。査読者からの質問が百数十項目,返信は30ページにも及び,そのやりとりを3度繰り返しましたし,論文には反映されない,新たな解析を加えるよう指示されることもありました。

 でもそれらはあくまで,いったん掲載を決めた論文により磨きをかけようというスタンスでの指示だと理解できました。2700語という一見短い字数制限も,きちんと論旨が構成されていれば,十分であることを教えてもらったと感じています。投稿時と比べると,論文の主旨は同じですが,見た目は8割近く変わっているのではないでしょうか。

――掲載の反響は,やはり大きかったですか。

森田 国内はもとより,国外からもいろいろと反応をいただいています。

 実はISUIAによる低い破裂率の報告にもかかわらず,米国でも未破裂脳動脈瘤の治療件数は増え続けています。治療選択の根拠となるデータは,そこでも求められていたわけですね。

 また,「Neuro News」というニュースサイトのトップで取り上げられたり2),英国を中心とした「MedWire News」というニュースレターも"未破裂脳動脈瘤の治療方針の暗部を照らした"という表現で伝えてくれています3)

患者さんと医師双方にとって最善の選択ができるように

――UCAS Japanの"次"の課題については,どんなことを考えておられますか。

森田 瘤の破裂率とともに臨床判断の根拠となる,治療成績や治療リスクについては,破裂率以上に不明瞭な状態です。現在,UCAS Japanの参加施設から30施設を選び,「UCAS II 」として,治療成績と術後のQOLの回復,そして高次脳機能をMMSEで評価する前向き研究を進めており,客観的なデータを示せればと考えています。

 瘤の破裂率は"自然の理"ですから,短い年月でそう変わるものではありませんが,治療は日進月歩です。椎骨脳底動脈の巨大動脈瘤など,これまで開頭手術では治療の成功率が50%以下であったものも,先述のflow diverterを使えば重篤な合併症が20%程度にまで下げられるなど,リスクは年々変化します。さらに施設や術者の技術によっても,大きな差が出ます。

――そういう変化や差も見極めた上で,その時点で最善の選択が行えるような基準を作っていかなくてはならないと。

森田 そういうことです。

 将来的には,動脈瘤の「計算式」を開発して,大きさ,場所,かたちを代入して現時点での破裂率や,生涯破裂率をチェックできたり,治療のリスクとも比較できる仕組みを作れればと思い描いています。患者さんと医師双方が納得できる治療方針を見つけるために,これまでと今後の研究の成果を役立てられれば,なにより嬉しく思います。

――ありがとうございました。

MEMO UCAS Japan(日本未破裂脳動脈瘤悉皆調査)
 2001-04年に全国283施設にて,3mm(当時の画像診断技術の下限)以上の未破裂脳動脈瘤が見つかった成人患者を本人の同意を得て調査登録。5720人(平均年齢62.5歳,女性68%),6697動脈瘤(平均5.7mm)の自然経過を追った。1万1660瘤×年の観察のなかで,111人にくも膜下出血が発生。全体での年間平均破裂率は0.95%となり,破裂のリスクは瘤の大きさ,場所,形状に影響されることが判明した。大きさに関しては,最大径3-4mmの瘤に比べ,7-9mmで3.4倍,10-24mmで9倍,25mm以上で76倍まで破裂率が上昇。瘤の場所については,中大脳動脈に比べ前交通動脈で2.02倍,後交通動脈で1.9倍,破裂リスクが高まった。また瘤が不整形(娘嚢瘤有り)の場合,破裂リスクは1.64倍に増大した。

(了)

◆註
1)UCAS Japan Investigators,et al.N Engl J Med. 2012;366(26):2474-82.
2)http://www.cxvascular.com/nn-latest-news/neuro-news---latest-news/natural-course-of-unruptured-cerebral-aneurysms-varies-according-to-the-size-location-and-shape-
3)http://www.medwire-news.md/39/100397/Stroke/Light_shed_on_unruptured_cerebral_aneurysm_course.html


森田明夫氏
1982年東大医学部卒。同大病院脳神経外科にて研修後,三井記念病院などを経て89年より米メイヨークリニックに臨床フェローとして留学。96年同脳神経外科チーフレジデント。米ジョージワシントン大講師等を経て98年東大脳神経外科講師,2001年同大助教授。06年より現職。日本脳神経外科学会専門医,米国脳神経外科学会専門医。モットーはメイヨークリニックのミッションでもある"The needs of the patient come first"。今を支えるための「臨床」,明日を支えるための「研究」,未来を支えるための「教育」があると信ずる。「今後さらに患者さんのためになる研究を進め,後輩たちが優れた研究成果を世界に発信できるよう指導したい」。