医学書院

検索
HOME週刊医学界新聞 > 第2982号 2012年06月18日

第2982号 2012年6月18日


鼎談
後ろ向きでいいじゃない

平川 克美氏(リナックスカフェ 代表取締役社長)
六車 由実氏(特別養護老人ホーム 介護職員)
大野 更紗氏(作家)


 「ケア」に関する本が話題を呼んでいる。大野更紗氏の『困ってるひと』(ポプラ社)は15万部を超えるベストセラーとなり,父子介護物語である平川克美氏の『俺に似たひと』(医学書院)や,老人ホーム利用者への「聞き書き」からケアの新境地をひらいた六車由実氏の『驚きの介護民俗学』(同)も一般紙や雑誌で数多く紹介され,かつてない評判となっている。

 それらの本の何が人々の関心を呼ぶのか,医療者はそこから何を汲み取るべきなのか,あるいはその「ブーム」には何か時代の徴候が現れているのか。本紙では,難病患者本人,要介護高齢者の家族,老人ホームの介護職員というそれぞれ違う立場の当事者=著者3人に,思うところを語っていただいた。


「等価交換」の世界から遠く離れて

平川 僕は六車さんをこれまで存じ上げていなかったのですが,『驚きの介護民俗学』を読んで「この方は一流の学者なのだ」ということはわかりました。でもなぜ,その学者が介護職員になるんだ? と。

六車 新聞の取材などでは,大学の勤務が忙しくてとか,競争社会についていけなかったと答えています。そういうのも事実なのですが……。

平川 象牙の塔にいる人が,すったもんだの現実に降りてくるという選択は,普通はしない。

六車 実を言うと,アカデミズムからの脱落者なんです,私は。論文を何本も書くなんてことはとてもできなかったし。上野千鶴子さんからいただいた書評1)の冒頭に「失意の民俗学者が介護現場に赴いた」と書かれてあり,うまく言い当てられたと思いました。

 とりあえず辞めて,それから何の仕事をしようかというときに,ハローワークでホームヘルパー2級の講座があることを知りました。聞き書きでお年寄りとかかわってきて興味を持っていたので,ひとまず勉強と思い受けてみることにしたんです。そうしたら予想以上に面白く,排泄介助なんかも抵抗なくできた。それで,実際に老人ホームで働き始めたんです。

平川 『困ってるひと』を読んで,またALSの母親の介護記録を著した川口有美子さん2)にも先日会って,なんというか,女はすげぇって思ったんですよ(笑)。

大野 えっ,私は『俺に似たひと』を読んで,ビジネスの組織のなかでやってきた男性稼ぎ主が,お父さまの介護をきっかけに柔軟に自分と向き合っていると感じたのですが……。

平川 仕事ができて,事務処理能力があり,それこそ海外勤務とかに就いて金勘定をこなしているような男たちの世界――そういうの,俺,大嫌いなんだよ。だって現実問題として,その世界で叩き込まれるのは所詮,損得勘定の等価交換の論理です。要するに得られる対価を常に頭に入れ,それをいかに迅速かつ効率的にできるかだけ。

大野 ビジネス一直線,の世界観でしょうか。

平川 そんなものは,介護みたいな一瞬で状況が全く変わってしまうものの判断においては,クソの役にも立たない。そのことを自分で介護してみてよくわかった。介護って生ものとの対峙でしょ。六車さんは,学者という地位を捨ててそういう世界に自ら入ったところにすごさがある。

六車 確かに大学というのは男というか組織の論理で,そのなかに私の居場所はなかった。でも私が好きなのはお年寄りに接して話を聞いていることだったので,それだったら介護の世界でもできるんじゃないかという安易な考えだったんですよ。

「学問になり得ない」ことの豊かさ

大野 民俗学といえば,私は宮本常一3)にずっと憧れていたんです。難民キャンプで,文化人類学の本を座学で読んだ。でもレヴィ=ストロースのような西欧的な眼差しに,どこかで馴染みきれない自分があって。そんなときに,「どんな苛酷な状況でも必ずそこに生きている人たちがいる」「世界は時に残酷であり,無残であっても,時に尊厳に満ちている」という宮本さんの綴りは,まさしく文学として感受性に響いてきました。ひたすら丁寧に聞き書きし記録していくという,宮本常一のシンプルだけれど,ゆえに真似はできないスタイルが,心の支えでもあったように思います。

平川 僕も宮本さんは大好きで,ずいぶん引用もしました。でも民俗学は市井の学問で,それ自体はすごく面白いんだけど……恐山のイタコに話を聞いたりして(笑)。

六車 そうそう,それなんです。こんなこと言ったら民俗学プロパーには怒られてしまうかもしれませんが,方法論が曖昧で,多少怪しげなところが,民俗学の魅力だと私は最近思っているんです。民俗学はいちおう社会科学系の学問に分類されていて,方法論の確立や資料的価値を検証する必要性などが長い間議論されてきてはいるのですが,なかなか進展していません。

大野 実証をする必要があるのですよね。

六車 そう,民俗学の聞き書きでも,それが確かなことなのか実証することが求められるし,研究者は聞き書き以外の資料も駆使しながらできるだけ実証しようと努力しています。

 でも,多くの民俗学者が経験していることだと思うのですが,語り手の語りそのもの,もしくは生き方そのものに魅了されてしまうと,多少の曖昧さはどうでもよくなってしまう瞬間があるんです。資料的価値を検証する以前に,語られたことの中にこそもっと深い真実があると「感じとる」ような。後から「それはおかしい」と他の研究者から批判されて,あちゃ~となるわけですが(笑)。でも,そのとき感じとったことはあながち間違っていない,とも思っています。

 一方で社会科学的に検証を行い,一方で真実を感じとる,そういう相反する方向性を柳田國男以来ずっと内包してきたのが民俗学であり,そういう意味で,民俗学は突き詰めていけば社会科学系の学問にはなり得ないのかもしれません。むしろ,文学に近いと感じるところもあります。

素晴らしき「トンカツ」

大野 私は『困ってるひと』を闘病記のつもりで書いたわけじゃないんです。平川さんも介護本として書いたわけじゃなく,六車さんも認知症の介護について書こうとしたのではないと思います。それは宮本常一のように文学に近いのかもしれない。

 私,『俺に似たひと』のなかで,肉屋でトンカツを買ってお父さまと食べる話に,やたらと感動したんです。「揚げたてのトンカツ」という,それこそ費用対効果では表すことができないものを用意する。すると,要介護者であるお父さまと平川さんの関係性に,それまでの〈父-息子〉関係には生じ得なかったであろう,何かが立ち現れる。

平川 介護をしていると,「そういえば昔,蒲田のトンカツ屋に連れてってもらったことがあったな」と,忘れていた記憶がどんどん思い出されてくるんです。プルーストの『失われた時を求めて』みたいにね。ちょっとした匂いがきっかけとなって,それまでは考えてもいなかったことが思い出される。

 トンカツは親父にとって,今だったらお客さんを接待するときに連れて行く銀座のフレンチくらいなのではないかと後で思ったのです。口減らしで東京に出てきた親父が,裸一貫で仕事を始め,初めてハレの日に食べたのがトンカツだったんじゃないかと。そういうことがイモづる式にどんどん思い出されてくると,過去の記憶のなかにあった細切れの断片が,ずーっと一つの物語としてつながってくる。

大野 「医学」のように高度に実証的な領域の言語では,生活における人間の悲喜こもごもは取りこぼされる場合が多いですよね。平川さんは,そこで取りこぼされる「破片のきらめき」みたいなものを描こうとしたのだと思ったのです。

平川 『俺に似たひと』は,システム化されたものを一回解除することで見えてくる話です。これからのケアでは一人ひとりが自分たちの物語を作っていく必要があるんでしょうね。

六車 そうですね。医学とか,制度とかといったものには回収されないような,日常の断片を丁寧に拾い集めていく作業が,まさにケアなのかもしれません。

些事こそが大事

大野 もう一つ,平川さんが一生懸命ご飯をつくるじゃないですか。あまりおいしくなさそうな(笑)。これがまたいいんですよ。

平川 おいしくなさそう? まあ料理したことないからね(笑)。

大野 だって私や六車さんだったら,スーパーで「豚バラ,納豆,ソーセージ,インスタント汁粉」という組み合わせでは買わないですよ。

六車 うんうん(笑)。

大野 いかにも「男の料理」という感じ。それでもレシピサイトを見ながらちゃんとつくるわけですが,その料理は“お父さまのため”とか,“滅私奉公”という感じはしないんですよね。

平川 全く違いますね。

大野 父と息子の二人きりの閉鎖された状況に,「料理をつくってみる」という新しいチャレンジを入れることで,二人の関係に多様性が生まれてくるじゃないですか。救急搬送され,もう動けなくなった父親が帰って来てというような何も「動き」がない場面で,人間の生活の動態を取り戻そうとするその姿が対照的に映るんです。

平川 僕はたぶん,修羅場が好きなんですよ(笑)。日常はすぐ飽きちゃう。最初に内田樹4)たちとつくった会社も順調すぎて飽きて辞めちゃったし。

 だけど介護は,修羅場であると同時に「日常」なんですよね。そこに3.11の震災があり,もし親父の介護がなかったら間違いなくすっ飛んで行くところだけど……。

六車 でも,トンカツやお汁粉を買ってお父さまの待つ家へ帰る。そして,ご飯を作ったり,汚れたお尻を拭いたり。

平川 そう。関川夏央さんが書評5)でそれを「義務感」と評していて,初めは違和感を持っていたんだけど,彼が言う「義務」とはある種のvocation(使命感,天命)とわかりました。人間はいろいろなことができるけど,そのときのやるべきことは一つしかない。それをキチッとできるかどうかでその人自身が問われる。書評の最後に「些事こそが大事」と書かれていて,結局そういうことなんだなって思いました。

 でもね,親父が死んだ瞬間に,もう料理をつくる気が一切失せた。つまり,他人のために何かをするときに自分のエネルギーは最大化するわけです。自分のために料理なんてやらないよ。

「困ってるひと」と「わかってるひと」

大野 私は医療難民になり,途中まで〈医師〉は恐怖の対象だったのですが,どんどん,〈医師〉の側も苦しんでいることがわかってくるのです。薬の副作用でlocked-in状態となったときに,医師から「必ず結婚できるし,子どもも産める」とインフォームド・コンセントでもなければ世間話でもない,〈励まし〉を受けたことがありました。私は,個人的には困惑します。しかし後から,よくよく考えてみる。もしかしたら,先生は「患者さんが求めている」と思ってそう言ったのかもしれない。「結婚できるんですか」とか「子どもは産めるんですか」と,患者さんから聞かれるのかもしれないなあと,想像するようになった。

平川 なるほどね。

大野 難病患者,特に希少な慢性疾患の患者は,日本国内で片手で数えられるような人数しかいない「超」専門医と一生付き合っていくことが,自分の生命維持の前提条件になります。医師の側も強烈な責任感があって,私がつらくなると,医師もどんどんつらそうになってくるのです。

平川 診断がつくまでには,診療を断られたりもしましたよね。

大野 まず,それだけ難しい病気なのだということはあります。でも普通だったら,他人にヘルプを求めたり,第三者を介在させてみたり,違う方法を考えるじゃないですか。そういう余白すら,ないんです。現代の医師は,すごく困っている患者さんが目の前に来ても,誰にも相談できずに最後は「お気の毒です」としか言えない,その苦しさを抱えているのではないかと考えることがあります。

平川 僕の親父の場合,二回目の発熱のときには受け入れ先が見つからず,結局,高校時代の親友がいる病院に引き受けてもらったんだけど,相談してみると医師はあまり患者のことをわかってないみたい(笑)。

六車 何をわかってないのですか。

平川 例えば便秘をしているときに,患者の生の身体がどういう状態なのか。僕は手袋もしないで肛門に指突っ込んで摘便したりしていたから,腸がゴムホースみたいだとわかるんです。

六車 男の介護ですね。

平川 “生”じゃなきゃ駄目(笑)。医療スタッフが理解しているのは患者のほんの一部だって,その先生も言ってたよ。

大野 偉い方ですね。

平川 「わかっていない」ことをちゃんと知っているんだから偉いよね。

大野 私のような疾患では,医療の場に医師と二人きりでいると密室にいるような感覚に陥ることがよくあります。平川さんはお父さまとの関係の中でそういった経験はありませんでしたか。

平川 ずっとそうでしたよ。親父と僕だけで何とかしなくちゃと。出口もなければ,周囲の援助などのツールが何も見えない状態ですね。

大野 当事者としては,「このまま心中するしかない」みたいな気分になります。六車さんのところではどうですか。

六車 介護の現場は少し違うところがあって,チームワークが大事にされています。何か問題が起きたときには,一人で絶対に処理しないことが原則。そうやって,介護者は「心中するしかない」という状態は巧みに回避してきていると思います。でも,もしかしたら,利用者はもっと切羽詰ったギリギリのところにいて,私たちがわかっていないだけ,ということも多々あるのかもしれません。

 そういえば,今聞き書きをしているおばあちゃんが,最初,「どうしても今自分の人生をまとめておかなきゃいけない」ってかなり深刻で切羽詰まった様子だったのを思い出しました。その方の聞き書きはもう5回以上行っているのですが,毎回シリアスな話題になって,涙を流すんですよね。私はその語りにいつも感動するのですが,本当のところ,彼女の抱いている切実さについて十分には理解していないのかもしれません。

生前供養としてのケア

平川 そういうチームワークが重視される場で話を聞くとなると,仲間うちから反発みたいなものはないのですか。

六車 ありますよ(笑)。最初は「話を聞くのが介護なんですか」と言われたり。それこそ,排泄の介助などしなければいけないことが多々あるなかでのんびり話を聞いていると,「仕事をしていない」と見なされたこともありました。

大野 でもlocked-in状態になっていたときのことですが,看護師さんが一晩中「大丈夫だよ,大丈夫だよ。必ずよくなるよ」「必ず戻るよ」と話しかけてくれたんです。それは言葉どころか,意思表示や反応すら発せない自分にとって,正気をつなぎとめる最後の頼みの綱でした。そういうこともあると思います。

平川 それと高齢者のケアには,生前供養という意味合いもあるんじゃないかな。供養とは,その人のやってきたことを一度きちんと聞き出して,顕彰して,埋葬するという儀式です。向田邦子が書いているように「昔の男」は,大事なことは何も言わずに死んでいった。それをちゃんと聞き出す。聞き出せば語り始める。語り始めたものを綴れば,そこに僕らが知らなかった過去が浮かび上がってくる。

六車 なるほど,ケアは生前供養ですか。いい言葉ですね。私は聞いたお話を『思い出の記』としてまとめ,ご本人やご家族に差し上げるのですが,まさにそれは生前供養と言えるかもしれません。

 『思い出の記』と同じようなものに,「自分史」というのもありますよね。

大野 まとめ方のマニュアルがついた「エンディングノート」も流行っていますね。

六車 『思い出の記』は,聞き手と話し手がいてその共同作業のなかで作っていくものですが,自分史の場合は,当事者本人が人生を振り返って書かなきゃいけないですよね。それって,結構大変な作業だと思うんです。実際,私は自分史を書けと言われても書けない気がする。

 そのことと関係して,私はお年寄りの話を聞くことはできても,まだ自分のことを語れないんですよ。でもお二人は,単なる自分史でも闘病記でもない形で自分を語れている。では「自分を語る」とはどういうことなのかと,あらためて思うのです。

後ろ向きに,内向きに

平川 僕は,自分を語るのは必ずしも自己言及ではないと思っています。では何かというと,渡辺京二が言うところの『逝きし世の面影』6)ですよ。要するに,もう失われてしまった過去というものがある。それは何かきっかけがないと再現されないんだけど,再現されてはじめて失われた過去が何であったのかがわかる。『俺に似たひと』にも書いたけれど,「あと,5年間生きよう」という目標は5年後には死ぬということで,それは目標とは言えない。そうなったときに,過去というきらめきに何か貴重なものがあるのだと思います。

 でもそれはなぜか自分ひとりでは思い出せないんですよ。誰かの助けがいる。一人ではできないその「思い出し」のプロセスのなかにこそ,人間とはどういう生き物なのか,自分とは何であったのかという意味が浮かび上がってくるような気がします。

六車 一人で過去は思い出せない……。自分の過去を語るときにも,現在のもう一人の自分がいて,それによって失われてしまった過去が鮮やかに再現されていく。それはある意味でたそがれを眺めるような切なさがありますが,そのたそがれにこそ涙して,人は救われたりもします。

平川 僕は,時に後ろ向きになることは,とても大事だと思っています。「日本を元気に」なんて,みんなが元気になるのが義務みたいのは嫌いなんだ。

大野 最初から無理な相談について,さらに無理をしなくてもよいということですね。

平川 後ろ向きで,内向きでいいんだよ。

大野 ああ,癒されるわぁ。

六車 うん。元気なんかなくても,それでもなお人間は生きられるんですね,きっと。

(了)


1)共同通信社配信,『北日本新聞』2012年4月1日書評欄,ほか/ちづこのブログ No.23 WAN
2)川口有美子『逝かない身体──ALS的日常を生きる』(医学書院)
3)宮本常一(1907-81):日本を代表する民俗学者の一人。日本各地をフィールドワークし膨大な記録を残した。代表作に『忘れられた日本人』(岩波書店)。
4)『日本辺境論』(新潮新書),『死と身体』(医学書院)などで知られる内田樹氏と,平川氏は小学校時代からの友人。二人の共著に『東京ファイティングキッズ』(朝日文庫)など。
5)『週刊ポスト』2012年3月16日号
6)『逝きし世の面影』(平凡社)は,江戸時代の末期から明治時代の初期に日本を訪れた欧米人の手記や書簡を検証し,当時の日本がどのような習俗や価値観をもって存在していたかをまとめ上げた記録。


「これからのケアでは一人ひとりが自分たちの物語を作っていく必要がある」

平川克美氏
1950年生まれ。早大理工学部卒。99年シリコンバレーのBusiness Café Inc.の設立に参加。現在,リナックス・カフェ代表取締役社長。立教大大学院ビジネスデザイン研究科特任教授も務める。近著に『小商いのすすめ』(ミシマ社),『移行期的乱世の思考』(PHP研究所)など。

「日常の断片を丁寧に拾い集めていく作業が,まさにケアなのかもしれない」

六車由実氏
1970年生まれ。阪大大学院文学研究科修了。博士(文学)。専門は民俗学。東北芸術工科大芸術学部准教授を経て,現在,静岡県東部地区の特別養護老人ホームに介護職員として勤務。『神,人を喰う――人身御供の民俗学』(新曜社)で2003年サントリー学芸賞受賞。

「闘病記でも介護の書でもない。それは宮本常一のように文学に近いのかもしれない」

大野更紗氏
1984年生まれ。上智大外国語学部フランス語学科卒。同大大学院グローバル・スタディーズ研究科休学中。ビルマ(ミャンマー)難民の民主化運動に関心を抱き大学院に進学するものの,2008年に自己免疫疾患系の難病(皮膚筋炎,筋膜炎脂肪織炎症候群)を発病。現在に至る。