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第2956号 2011年12月5日


連載
臨床医学航海術

第71回

心(2)-最終回

田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長)


前回よりつづく

 臨床医学は疾風怒濤の海。この大海原を安全に航海するためには卓越した航海術が必要となる。本連載では,この臨床医学航海術の土台となる「人間としての基礎的技能」を示すことにする。もっとも,これらの技能は,臨床医学に限らず人生という大海原の航海術なのかもしれないが……。


 前回に引き続き人間としての基礎的技能の第12番目の「心」について考える。前回は心を理解する上で,心理学が大切であると述べた。今回は医師の「心」について考えたい。

 人間としての基礎的技能
(1)読解力-読む
(2)記述力-書く
(3)視覚認識力-みる
(4)聴覚理解力-きく
(5)言語発表力-話す,プレゼンテーション力
(6)英語力-外国語力
(7)論理的思考能力-考える
(8)芸術的感性-感じる
(9)気力と体力
(10)生活力
(11)IT力
(12)心

医師の「心」

 患者に心があるように医師にも「心」がある。それでは,病める患者を治療している医師のほうの心は果たして健全と言えるのだろうか?

 仏教では,人間が克服すべき煩悩として「三毒」が挙げられている。三毒とは,「貪(とん)」「瞋(じん)」「癡(ち)」の3つの煩悩である。「貪」は必要以上にむさぼる心,「瞋」とは怒りの心,そして,「癡」は愚痴(無知)の心である。人の心は放っておくと,知らぬうちにこの三毒にむしばまれてしまうという。

 日々診療を行っていると,われわれ医師の心も知らず知らずのうちにこの三毒にむしばまれていると感じることがある。例えば,心肺停止で搬入された患者を蘇生する場面を思い浮かべてもらいたい。患者が高齢であれば,「成功しないかもしれない」とどこかで思いながらも心肺蘇生を続けることがある。そのまま心拍が再開しなければ,死亡を確認し,診療は終わるだろう。しかし,その再開しないであろうと予想していた患者の心拍が突然再開することもある。こんなとき,われわれの脳裏にふと「心拍が戻っちゃった……」という思いがよぎる。心拍を再開させるために行っていた処置にもかかわらず,その目的と裏腹にそんなことを考えてしまうのだ。

 もちろん,それには理由がある。高齢患者の場合,心拍が再開しても低酸素脳症で意識が戻ることはほとんどなく,また心肺蘇生後には集中治療室に入院となり,そこで患者の治療をしなければならず,中心静脈ラインや動脈ラインを入れ,場合によっては低体温療法を行う必要もある。これらのすべてを自分で行わなければならなくなるのだ。「戻っちゃった」という思いを抱いてしまうのは,まさに,さらなる労力をかけなくて済む状態をむさぼる心(=貪),さらなる労力をかけなければならないことに対する怒り(=瞋)と愚痴(=癡)の現れと言えよう。

 放っておくとメタボリック症候群まっしぐらとも言えるような生活を医師が送っているのは,連載第68回の「生活力」で述べたとおりだ。同様に,医師の心も放っておくと三毒に冒されてしまい,健全には保てない。つまり,「医者の不養生(読みはフヨウジョウ。ブヨウジョウではない!)」という言葉のとおり,身も心もほろびていくのだ。この危険性を医師自らが自覚すべきであり,身と心がほろびることのないよう常に努力しなければならない。

新医師臨床研修制度の基本理念

 医師の心がほろびてしまう危険性を察してか,新医師臨床研修制度の基本理念には下記のような記載がある。

 臨床研修は,医師が,医師としての人格をかん養し,将来専門とする分野にかかわらず,医学及び医療の果たすべき社会的役割を認識しつつ,一般的な診療において頻繁に関わる負傷又は疾病に適切に対応できるよう,プライマリ・ケアの基本的な診療能力(態度・技能・知識)を身に付けることのできるものでなければならない。

 医師の職務である「基本的な診療能力(態度・技能・知識)を身に付けること」よりも先に,「医師としての人格をかん養()し」と記載されていることに注目してほしい。これはつまり,医師の研修や職務がどんなに激務であっても,絶対に「心」を忘れてはならないということにほかならない。当たり前と思われることかもしれないが,日常の診療の現場ではついつい忘れがちになってしまうことなのだ。医療が発達し,とかく最先端の医療技術の習得ばかりに目を奪われがちな現代,新医師臨床研修制度の基本理念において,「基本的な診療能力」以前に,「医師としての人格をかん養し」と示す文言があることに対し,誠に頭が下がる思いをするのは筆者だけであろうか……。

 これまで,12の「人間としての基礎的技能」について考えてきた。これらのうち,「読解力」「記述力」「聴覚理解力」「言語発表力」「英語力」と,5つが言語能力であり,本連載では主に言語能力について多くの紙面を割いてきたことになる。しかし,「人間としての基礎的技能」は,それだけではなく,その大本となる「視覚認識力」「論理的思考能力」「芸術的感性」「気力と体力」「生活力」「IT力」,そして「心」のすべてが重要である点は強調しておきたい。

連載の終了に当たり

 6年前の2006年1月に開始した本連載であるが,もともとは「大変革が起こっている『臨床医学』という大海原を,どのようにしたら安全に航海できるのかを考えよう」という目的で船出した。まず,現代医療のパラダイムシフトについて述べ,それに対応するための意識改革の必要性,そして現在の医学教育の問題点を指摘した。その後は,個人が成長するために教養という土壌が必要なことを述べ,勉強方法についても考えた。さらに,その勉強すべき対象として,12にわたる「人間としての基礎的技能」を解説した。長々と書き連ねてきたのだが,突き詰めれば,臨床医学を楽に航海する「王道」などは存在せず,安全に航海するための航海術として,12の「人間としての基礎的技能」を身につける必要があるということだろう。

 このまま臨床医学という大海原を広く航海しようと思うと,大学教育,医師国家試験,臨床研修制度,診療形態,病院経営……と,ほとんど無限に続いてしまう。しかし永遠には航海することもできないので,ここでいったん連載は終了とする。そして,またの機会があれば,再び臨床医学の大海原に航海に出よう。

 最後に,6年間の長期間にわたり忍耐強くこの船旅にお付き合いいただいた方々に深く感謝し,この航海を終える。

(了)

 かん養:水が自然に染み込むように,無理をしないでゆっくりと養い育てること。

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