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第2947号 2011年10月3日


〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第207回

全米が注目するバーモント州の実験

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2945号よりつづく

 米国医療制度が抱える最大の問題は,無保険者増と医療費支出増の二つである。無保険者が約4800万人(国民の6人に1人)に達する一方で,医療費支出はGDPの18%弱。世界一高い医療費を払っているにもかかわらず無保険者が増え続けるという,なんとも情けない状況を打開すべく,オバマ政権が2010年3月に医療制度改革法を成立させたことは,これまで何度も述べてきた通りである。しかし,同法は,無保険者を減らすことについては一定の成果を上げると期待されているものの,医療費支出を抑制する効果については疑問視されている。

 しかも,効果が疑問視されている医療制度改革法が全面的に施行されるのは2014年。同法廃止を公約する共和党が,2012年の選挙で上下両院・ホワイトハウスを制した場合,全面施行される前に廃止されてしまうかもしれないのである。さらに,選挙結果とは別に,同法をめぐる「憲法違反訴訟」の行方も不安視されており,最高裁が「違憲」と判断した場合,施行されない可能性さえあるのである。

米国医療制度の二大問題を解決する「手品の種」とは

 と,医療制度改革をめぐる連邦レベルの状況は混沌としているのだが,いま,米北東部の小州,バーモント州(人口約62万5千人)で,無保険者を根絶して皆保険制(ユニバーサル・カバレージ)を実現した上に,医療費支出も大幅に減らすという,「手品」のような医療制度改革が実現されようとしている。米医療制度が抱える二大問題を一挙に解決する「手品の種」は何かというと,それは,「シングル・ペイヤー」制の採用。全州民を被保険者とする公的保険制度を創設することで皆保険制は自動的に実現されるし,シングル・ペイヤーとすればさまざまな無駄をそぎ落とすことができるので,医療費支出抑制も達成されるというのである。

 シングル・ペイヤー創設を決めたのは,5月末に成立した「州法202」。州議会は上下院とも民主党が多数派を占める上に,州知事のピーター・シャムリンは「シングル・ペイヤー制導入」を公約して当選した。オバマ政権が,医療制度改革に当たって民主党内保守派との妥協を強いられて,シングル・ペイヤーはおろか,民間保険と競合する公的保険プランの創設さえ断念せざるを得なかったのとは違い,バーモント州は,もともとリベラルな政策を実現しやすい政治的環境が整っていたのである。

 しかも,シングル・ペイヤー制を採用する隣国カナダとは地続き。政府が医療を仕切ったからといって,共和党・保守派が言う「地獄」のような状況が訪れるわけではないことは,隣国の現状から了解している。南部の保守的な州の州民とは違い,シングル・ペイヤーという,「大きな政府」の典型とも言うべき政策に対する「アレルギー」感情も乏しかったのである。

シングル・ペイヤー制立案者による試算

 今回バーモント州が実現をめざしているシングル・ペイヤー制を立案したのは,ハーバード大学公衆衛生学部教授ウィリアム・シャオが率いる研究グループ。シャオは,台湾が1995年にシングル・ペイヤー制度を実現した際に,「ブレイン役」を務めたことでも知られているが,以下,シャオの論文(註1)から,バーモント州におけるプランの概略を見てみよう。

 まず,新設保険運営の財源は,給与から一定割合を徴収する「(保険)税」。初年度(2015年)の税率は14.2%の予定だが,負担の内訳は雇用主10.6%に対し本人3.6%。雇用主:本人の比率が3:1となっているのは米国の慣行であるが,民間保険の保険料を払うことに比べると,雇用主負担の税額のほうが安くなると,シャオは試算している。また,低所得世帯への課税は免除される一方で,高額所得世帯の負担は現行の民間保険料負担よりも重くなるという。

 一方,コスト抑制(=節約)の内訳であるが,まず,ただ一つの保険の下で医療サービス価格・支払い業務を統一化,雑多な民間保険がてんでんばらばらな制度を運用している無駄を省くことで7.3%。さらに,診療報酬制度の全面的改革(註2)で10.0%,統一的管理制度の下における「詐欺・悪用」減少効果で5.0%,無責救済制度を導入,医療過誤訴訟に巻き込まれることの恐怖感に基づく「防衛医療」を減少させることで2.0%等,シングル・ペイヤー制度実現後10年の間で,医療費支出を総額25%(!)削減できると,シャオは試算しているのである。

 果たしてシャオの試算通りにすべてが順調に進むのか,それとも,「絵に描いたもち」に終わるのか。「『民』を大幅に減らして『公』に切り替える」バーモント州の「実験」に,全米が注目しているのである。

つづく

註1:Hsiao WC, et al. What other states can learn from Vermont's bold experiment: embracing a single-payer health care financing system. Health Aff. 2011. 30(7); 1232-41.
註2:「出来高払い」の支払い制度を「リスク補正を伴う人頭割り」に転換した上で,良質なサービスを提供した医師・施設に対してボーナスを支払う。

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