医学界新聞

対談・座談会

2010.07.26

【座談会】

がん診療連携が導く新しい医療のかたち

岡田晋吾氏(北美原クリニック理事長)=司会
東山聖彦氏(大阪府立成人病センター 呼吸器外科主任部長)
谷水正人氏(国立病院機構 四国がんセンター 統括診療部長)
高橋慶一氏(がん・感染症センター 都立駒込病院 大腸外科部長)


 患者に,より質の高い適切な医療をきめ細かく提供することを目的に推進されているがん診療連携。がん患者の診療に当たる施設も広がりを見せるなか,医療機関の機能分担は,医療者の負担を軽減させるためにも重要な視点だとされます。患者,医療者双方にとってメリットが大きいはずの診療連携ですが,連携体制の構築には大きな壁があり,体制は整っても運用がうまくいかないなど,さまざまな問題が山積しています。

 そこで本紙では,先進的にがん診療連携に取り組んできた四氏を迎え,がん診療連携をいかに進めていくか,そのコツと現状の課題をお話しいただきました。


岡田 数年前から,がん診療連携拠点病院を中心に,がんの地域連携パスをつくろうという気運が高まっています。その背景の1つには,2008年に示された「がん診療連携拠点病院の整備に関する指針の策定」として,「わが国に多いがん(肺がん,胃がん,肝がん,大腸がん,乳がん=5大がん)について,地域連携クリティカルパス(以下,連携パス)を整備すること」が示されたことがあります。

 さらに,2010年度の診療報酬改定では,がん診療連携パスに関する「がん治療連携計画策定料」(がん診療連携拠点病院等)と「がん治療連携指導料」(診療所)が新たに評価されたことから,これから連携パスの整備に取り組む施設も増加することが予想されます。本日は,がん診療連携に先進的に取り組んでいらっしゃる先生方に,診療連携をいかに推進していくか,お話しいただきたいと思います。

 谷水先生は,厚労科学研究費補助金がん臨床研究事業「全国のがん診療連携拠点病院において活用が可能な地域連携クリティカルパスモデルの開発」の研究代表者を務めていらっしゃいますが,まず,連携パスの生まれた背景と現状についてお話しいただけますか。

谷水 2007年4月の第5次医療法改正の際に「医療機能の分化・連携の推進」が叫ばれ,同時期に施行されたがん対策基本法でも「がん医療の均てん化」が強調されました。さらに,患者さんからも,近くの医療機関においてもきちんとした医療を受けられるのであれば,医療連携を進めてほしいとの希望が聞かれるようになりました。

 これまでの診療情報提供書をベースとした連携では,そのような患者さんの期待に十分応えられていなかったということでしょう。そのようななか,クリティカルパスによって診療計画の共有とチーム医療の推進を図りたいと,連携パスが提案されたのだと思います。

 しかし,当時がんの連携パスには実体がなかったことから, 2008年に連携パスのひな型を開発し提示すること,その連携パスを稼動させる仕組みを整理し提案することを目的に,われわれが研究班を立ち上げました。そして,先進地域のネットワーク構築事例の集積,連携パスの全国での開発状況の調査,連携調整に必要な機能の明確化などを行い,2009年3月に5大がんの連携パスのモデルを作成しました。作成後はホームページ上で公開し,ダウンロードしていただけるようになっています(註1)。また,オープンカンファレンスを開いて討議の場を持ちながら,作成したクリティカルパスのブラッシュアップも図っています。

 現在の5大がんの連携パスの現況ですが,全国的なアンケート調査では176パスの存在が把握でき,約3500人の患者への実績があるとの結果が出ています。この調査の回答率が50%程度だったことを考えると,実際にはもっと多く使用されていると思います。愛媛県でも,この3月にパスがまとまったところです(註2)。

「がん死亡率第1位」を追い風に

岡田 連携パスを導入しなければいけないと考えているがん診療連携拠点病院は多いのですが,実際にどこを中心に体制整備を行うかなど,調整が難しい場合も少なくないと聞きます。そのようななか,大阪と東京ではいち早く体制を整え,プロトタイプとしても注目されていますね。

東山 従来,大阪は肺がんと肝がんの罹患率が非常に高く,がんの死亡率が全都道府県のなかで一番高いという実態がありました。そのため,2002年には大阪府自らが「大阪府地域がん診療拠点病院機能強化事業」を立ち上げ,その連絡協議会(現在の大阪府がん診療拠点病院連絡協議会の前身)」を設置し,がん診療の改善や連携ネットワーク体制の構築に率先して取り組み始めました。

 2003年には,大阪府は全国で最も早くがん診療連携拠点病院が二次医療圏ごとに指定され,2007年には府内11のがん診療連携拠点病院に加え,府内大学病院,府行政(健康福祉部健康づくり課)などから成る大阪府がん診療連携協議会が発足しています。連携パスについては,2008年の「がん診療連携拠点病院の整備に関する指針の策定」に応じ,4月より直ちに協議会の分科会の1つとしてパス部会が作成に取り組むことになりました。

岡田 連携パスの作成には,どれぐらいの期間を要しましたか。

東山 パス本体ができたのは,2008年12月です。連携パスの作成に当たっては,がん診療連携拠点病院である10-15施設から手挙げ方式で医療者に集まっていただきました。以前から地域連携パスを導入していた施設が各がんのワーキンググループのチーフとなり,検討を重ねました。

 2009年の1,2月には,大阪府医師会の先生方を含めがん診療に熱心に取り組んでいる医師を対象に“キックオフ”説明会を開催し,4月から各拠点病院で導入を開始しました。しかし,院内のシステム構築や周知徹底に苦慮し,実際に稼動し始めたのは,3か月後の7月でした。

岡田 どのような点が難しかったのでしょうか。

東山 例えば,連携医からの質問は誰が受け付けるのか,時間外の対応はどうするのか,患者さんからクレームがあったときには誰が担当するのかなど,細かい内容についてマニュアルを作成する必要がありました。特に,抗がん剤を使うパスについての問い合わせは,医学的なことや社会的なことなど多岐にわたるので,調整が難しかったですね。現在は,大阪府の8-9割のがん診療連携拠点病院で何らかのパスが動いていると思います。

■地域の特性を反映した体制整備を

岡田 東京都の連携パスは,これから実際に動き始めるところだと伺っていますが,かかわる病院数も非常に多いなか,大阪以上にまとめるのが大変だったのではないでしょうか。

高橋 岡田先生がおっしゃるように,東京都は病院が非常に込み合っている上に,人の出入りも激しいです。そのため,最初の段階でどこの病院へ行っても同じような形で必要最低限の診療情報を提供できる共通のツールを作成するという方針を決めました。細かく整備されたパスはやめ,基本的なところがぶれないようにそれぞれのがん種で調整し,医療者が負担を感じることなく取り組めること,患者さん自身が自由に動けることを重視したパスの作成をめざしました。

 連携パスの作成には,がん診療連携拠点病院,東京都認定がん診療病院,国立がん研究センター中央病院,東京都医師会が協力して当たりました。また,診療連携体制の整備に当たっては,都道府県がん診療連携拠点病院である当院と癌研有明病院とで役割を分け,当院は地域連携の体制整備を含めた実働的なことを担い,有明病院は勉強会やセミナーなどを開催し質を底上げすることになりました。「東京都医療連携手帳」(がん地域連携クリティカルパス)が今年2月に完成したのを受け,現在は各地域のがん診療連携拠点病院を中心として,勉強会を行っているところです。

岡田 大阪と東京は,府単位,都単位で行政とがん診療連携拠点病院がタッグを組むことで体制整備が進んだということですね。

高橋 そうですね。東京都の体制整備が円滑に進んだ背景には,都の福祉保健局の動きが非常に早く,はじめに12の医療圏で構成される大きな枠組みができていたことが挙げられます。特に,IHN(Integrated Healthcare Network:統合ヘルスケアネットワーク)という,広域医療圏で地域住民が必要とする多様な医療介護サービスをシームレスに提供するための医療体制を取り入れ,地域連携の会を発足するなど,機能分担のコンセンサスづくりを行っていることも大きな助けになっています。

東山 大阪府が二次医療圏主体ではなく,府統一型の連携パスを作成した理由の1つには,二次医療圏で患者さんをくくることが難しいという現実的な問題もあります。当センターの場合,大阪府全体の患者さんを診ていますし,近隣の京都府や奈良県の患者さんも受け入れています。ですから,立ち上げのときから“二次医療圏”は考慮せず,地域の垣根を取り払って大阪府全体で考える必要がありました。

岡田 地域によってさまざまな違いがあり,それを考慮に入れた体制を整えていくことが重要だということですね。

 愛媛県は大阪府や東京都とは異なり,診療連携においては二次医療圏が主体となると思いますが,そのような地域において連携パスの作成を行うには,どこが中心となって推進していくのがよいでしょうか。

谷水 がん診療連携協議会のようながんに特化した機関もありますが,患者さんの疾患はがんだけではないので,...

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