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第2866号 2010年2月8日


【視点】

患者の立場から,改めて医学教育を考える

佐伯晴子(東京SP研究会代表)


 私が本紙で「あなたの患者になりたい」を連載して10年が過ぎた。患者は医療者の些細な言葉や態度で不安になり,専門用語と早口の説明では理解と納得はできず,信頼に至らない。患者とのコミュニケーションを改善し信頼を築くには,論理も言語も感覚も価値観も違う異文化だと割り切り,患者の声を聴き,感じ方に触れることが必要だと書いた。これが,わが国の医学教育現場に医療の受け手が模擬患者として参加した背景である。話しやすくわかりやすい対話能力と,人として向き合う態度を持つ医療者の出現を切望していた一般市民は,医療界が外部の人間,社会の目を入れる画期的なことと歓迎し,この「新しい」医学教育に参画することで医療者が変わり,患者が個人として尊重される「患者中心の医療」を実現できるような気がしていた。

 だが現在,医療崩壊は面倒なインフォームドコンセントが原因とされ,クレーマーやモンスターペイシェント撃退法が注目される昨今の医療者の姿勢は,患者が待ち望んだものとは逆である。何も変わっていない。本紙2861号(2010年1月4日発行号)に福島雅典氏が「被験者保護法」と「医療の質保証法」の立法が必要だと述べられたが,医療者にとって患者は対話や協働する相手ではなく,操る対象のままだと感じることがある。

 例えば,コミュニケーション教育に参加する市民模擬患者を身体診察のシミュレーター代わりの「学用患者」化する動き。患者をモノとしてではなく,人として向き合い,一緒に考える医療者の出現を期待する市民が,医学教育者には「使いやすい」モノや身体,「操れる人」にしか見えていない。一般市民の医療変革のための活動は,そのボランティア精神を利用され,本来の目的とは別物にすり替えられようとしている。患者と医療者が協働して築く,穏やかでやさしさに包まれた「患者中心の医療」は,患者側の幻想にすぎなかったのか。人として聴きあい尊重しあう医療の実現と医療者育成はどうあるべきか,社会全体で考えていきたい。

*文献:佐伯晴子『あなたの患者になりたい――患者の視点で語る医療コミュニケーション』医学書院,2003