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第2849号 2009年10月5日


【寄稿】

ICD-11への東アジア伝統医学分類導入に向けて

渡辺賢治(慶應義塾大学医学部漢方医学センター長・准教授)


なぜ,ICDに漢方が取り入れられるのか

 WHOでは今,国際疾病分類(ICD)の第10版,通称ICD-10の改訂作業が行われており,2015年からスタートするICD-11に漢方を含む東アジア伝統医学を盛り込むことが検討されている。ICDといえば,1900年に国際死因統計を取るために始まった分類であるが,現在では死因統計のみならず,疾病統計にまでその範囲は及んでいる。わが国でも診断群分類(DPC)をはじめ,疾病統計の基盤になっていることはご存じの通りである。

 1900年以来西洋医学一辺倒であったICDが,「なぜ今漢方なのだ?」という疑問を持たれる方も多いと思う。その答えの一つは医療の多様化であり,もう一つはインフォメーション・パラドックスである。まずはその説明から始めたいと思う。

伝統医学重視の潮流とICDの矛盾

 西洋医学が世界の医療の標準となっているが,実は世界ではさまざまな“いわゆる”伝統医学が使われている。いわゆる,と書いたのは,西洋医学も元をたどればヨーロッパに起源を有する伝統医学の一種だからである。WHOとUNICEFは1978年にアルマ・アタ宣言で,「プライマリ・ヘルスケアを国際保健分野の基本戦略とし,各国の医薬品行政に有用性が証明された伝統薬を取り入れよう」と提唱した。

 しかし,本格的に伝統医学が注目され始めたのは,1990年代に入り,欧米で補完・代替医療の潮流が起こってからである。米国国立衛生研究所(NIH)は,1992年に代替医療事務局を設置,1998年には米国国立補完代替医療センター(NCCAM)と名称を変え,高いレベルの研究を支援してきた。そのおかげで,この領域の学問的進歩には目を見張るものがある。2009年度の予算は実に1億2000万ドルとなっている。米国国立がん研究所のがん補完代替医療局の予算1億2000万ドルなどを加え,NIH全体では総計3億ドルがこの領域に使用されている。

 2007年NCCAMは,中医学(漢方も含む),インドのアーユルヴェーダなどをWhole Medical Systemsとして,西洋医学と独立の,または正規医療と並び立つ医学体系として位置づけた。

 このように,西洋医学以外の伝統医学をも重視しようという潮流は主として先進国から起こり,世界に浸透してきたのである。

 WHOが伝統医学に注目するもう一つの理由がインフォメーション・パラドックスである。ICDはWHO=世界保健機関の扱う国際保健統計だが,その「世界」という言葉とは裏腹に,現在のところ先進国でしか統計が取れていない。人口の密集するアジア・アフリカではほとんど統計を行えていないのが現状である。こうしたICDの矛盾をインフォメーション・パラドックスと呼ぶ。

 WHOはその対策として,世界の多くの地域で用いられている伝統医学を取り込むことで,より多くの統計情報を得ようと考えたのである。

大きく変わるICD-11

 ICDはWHO国際分類ファミリーという諮問機関が管理・運営している。ICDはファミリー内の中心分類に属するが,その他に派生分類,関連分類が存在する(表1)。派生分類は,中心分類の補足として詳細な分類を作成したもので,関連分類はファミリーの一員ではあるが,中心分類とは直接の関係のない疾病分類である。

表1 WHO国際分類ファミリー

 ICD-11はICD-10と比べると大きく変わる。その変化はまるで,1-10の次は一気に100まで飛躍するような印象を与えるかもしれない。まずペーパーレスとなり,電子化される。このことは,ボリュームの制限がなくなり,分類の詳細をいくらでも広げることが可能となることを意味する。

 また,今までは分類のみであったのが,用語解説が付与されることで,分類(コード)同士の関連性がオントロジー解析で明らかになる。また,それぞれの疾患背景の遺伝子情報などがリンクされる計画で進められており,ICD-10までの構造とはまったく異なる産物となる予定である。

ICD-11に伝統医学をどう盛り込むか

 現在のICD-10は22章から成り立っている。WHOでの動きは,ICD-11に新たに第23章を設け,そこに伝統医学の大項目を入れるとともに,詳細を表現する派生分類を作成する,というものである。2009年5月に香港でWHO本部の会議が開催され,上記方針が合意された。現在は実務への移行段階である。

 WHO本部による会議はこのときが初めてであるが,それに先立ち,WHO西太平洋地域事務局では,東アジア伝統医学分類の作成を2005年から行ってきた。そして,東アジア伝統医学分類アルファ版を完成させた1-3)。本格的作業はこれからであるが,実現すれば,世界保健の本流の枠組みの中に伝統医学が入るという大きな一歩が踏み出されることになる。

 東アジア伝統医学分類は,西洋医学の病理学的疾病分類と比べるとかなり異なる。構成は伝統医学病名,「証」の2章から成る。このうち伝統医学病名は,西洋医学的病名と似ているところもあるが,「頭痛」「痢疾(下痢)」などの症状で表わすものが多い。

表2 ICDと「証」のダブル・コーディング
 ICDの中でもこうした症候に対する分類は,Rコードとして18章に存在する。ICDにマッピングできるものはするとしても,マッピング不可能な分類も多く混乱を招くため,わが国では伝統医学病名を用いずに,ICDと「証」コードのダブル・コーディングを行うことで検討している(表2)。なお「証」とは,病気に対する生体反応で,漢方医学的な分類を言う。

 ちなみに,韓国では2010年1月から,伝統医学コードとICDコードのダブル・コーディングの運用が始まる予定である。

漢方の統計情報がもたらす効果

 言うまでもなく,ICDはわが国の保健統計情報の基礎である。死因統計のみならず,DPCではICD-10に準拠して保険請求しなくてはならないなど,疾病統計の基礎としても機能している。医療情報システム開発センターの「ICD10対応電子カルテ用標準病名マスター」および社会保険診療報酬支払基金の「傷病名マスター(レセプト電算処理システムマスターファイル)」ともにICD-10とリンクしている。

 残念ながら現在,漢方の保健統計情報は存在しない。しかしながら医師の7割以上が漢方を日常診療で用いている昨今において,漢方の疾病統計の必要性は高まっており,ICDに「証」コードが盛り込まれる意義は大きい。また,東アジア伝統医学の分類が明確化されることで,東アジア諸国間での伝統医学の国際学術交流が盛んになることが期待されている。

参考文献
1)渡辺賢治:21世紀の日本の東洋医学の進路を探る 漢方の国際化に向けての戦略.日東医誌58(4):594-599, 2007.
2)渡辺賢治:漢方薬の国際性を目指して 漢方医学の問題点.日東医誌56(1):90-95, 2005.
3)渡辺賢治:漢方から現代医療を問う 国際化が進む漢方医学.科学75(7):862-864, 2005.


渡辺賢治氏
1984年慶大医学部卒,同大内科学教室勤務。90年東海大免疫学教室,91-95年米スタンフォード大等を経て,95年北里研究所東洋医学総合研究所にて本格的に漢方に取り組み始める。2001年慶大東洋医学講座准教授,08年より現職。日本内科学会総合内科専門医,米国内科学会上級会員,日本東洋医学会理事・指導医・漢方専門医,和漢医薬学会評議員。現在,WHOにてICD-11への伝統医学分類導入の活動に携わる。