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第2838号 2009年7月13日


〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第155回

A Patient's Story(6)
With A Little Help……

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2836号よりつづく

前回までのあらすじ:2009年初め,私は,早期直腸カルチノイドと診断された。腫瘍を局所切除すれば完治するはずだったが,保険会社から「人工肛門にしない限り保険適用を認めない」と横やりが入り,手術は直前でキャンセルされた。

「敵を知る」ためのカンニング戦略

 保険会社に対する反攻戦略を決めるに当たって私が従ったのは,孫子の兵法だった。「敵を知り己を知れば百戦して危うからず」。かくも不愉快な闘いを百戦もする気はさらさらなかったが,「敵を知る」(=「カンニングする」)ことを,反攻の最優先戦略としたのだった。

 言うまでもないことだが,私が採用した「カンニング戦略」は誰にでも使えるというものではなかった。しかし,非常に幸運なことに,私には,カンニングを手伝ってくれる隣人が存在した。「自分の身を守るためには使える手段は何でも使う」と決めていた私にとって,隣人F氏の助力を仰ぐことには,何の迷いもなかった。

 F氏と親しくなったのは,子どもたちが同じ学校に通っていたことがきっかけだった。数年前に火事に遭って焼け出された際に,子どもたちを数日間「居候」させてもらったこともあったし,彼の援助を仰ぐのは今回が初めてではなかった。

 さて,では,なぜF氏に頼めば「カンニング」ができると私が考えたかというと,それは,F氏が某保険会社の重役だったからである。しかも,私が加入する保険はF氏の会社の商品ではなかったので,たとえ助力を頼んだとしても,彼を利害相反(conflict of interest)の状況に巻き込む心配はなかった。電話での簡単な説明に対し,F氏は「いますぐお宅に伺います」と,ふたつ返事で相談相手となることに同意してくれた。

 私が受け取ったばかりの「保険給付拒否通知」を読んだF氏は,「癌と診断されただけでも大変なのに,こんな状況に巻き込まれるなんて,本当にお気の毒です」と切り出したが,その口調には,まるで自分が何か悪いことをしたかのような罪悪感がにじんでいた。保険会社の重役として,たとえ別の会社がした仕打ちではあっても,そのせいで「困っている」患者を目の前にすることには,つらいものがあるようだった。

 F氏のアドバイスは,簡潔かつ的確だった。

*「病院と連絡が取れなくても,手術はキャンセルされたと思ってよい」
*「自費での手術は絶対に勧められない」
*「保険会社に対し,給付拒否の決定を取り消すよう,アピール(不服申請)するしか手段はない」……etc。

 さすがプロ,F氏に相談に乗ってもらったおかげで,「とり得る手段は不服申請しかない」ことが明瞭になった。「では,不服申請をするに当たって留意すべきことは何か」,私は,F氏に戦術レベルでの具体的アドバイスを仰いだ。

 「不服申請に当たっていちばん重要なのは,『申請した手術がベストの治療である』ことを示す,文献的証拠をそろえることです。私も,不服申請の審査には何度も立ち会ってきましたが,正直言って医学レベルでの議論は『ちんぷんかんぷん』なのです。医学的に素人である私のような立場の人間には,文献が『あるか,ないか』という情報しか,判断の材料はないのです」

 F氏の説明を聞きながら,私は「カンニング戦略」を採用することにした自分の判断が正しかったことを再確認したが,患者にとって医学的に重要な決定をする会議に,医学には門外漢の「重役」たちが議決権を持って加わる仕組みには,あらためてあきれざるを得なかった。

 「病院の過去の症例で,保険が給付された前例があるかどうかも重要です。あなたの保険会社が過去に同様の事例で支払いをしていたとなれば,不服申請に非常に有利になりますし,他の保険会社が支払っている前例があったということを示すだけでも役に立つでしょう」

 病院での前例を調べるなど,自分では絶対に思いつかない反撃法だっただけに,これもありがたい情報だった。

保険会社との交渉を手助けする「ビジネス」

 次に,自分としてはあまり考えたくないことだったが,私は,「不服申請が却下された場合はどういう手段が残されているのか」について尋ねざるを得なかった。「州が主催する『外部審査』あてに不服申請をすることになりますが,今すぐ治療を始めないと死んでしまうという緊急事態でない限り,内部審査にはひと月,外部審査になるとさらにふた月かかります」ということだった。

 F氏はさらに,「万が一,不服申請が通らなかった場合,保険会社が勧めた手術を受けた場合に給付されるはずの額を現金で受け取り,自費で手術を受けるという裏技もあります」と,こちらがいくら知恵を絞ったとしても考えつきそうにないオプションがあることも教えてくれた。

 「早急に不服申請の手続きをとるけれども,保険会社との交渉を一人でするのは荷が重い。誰かプロフェッショナルの助力を得ることは可能か?」と,「ダメもと」で聞いたところ,F氏が「専門家に心当たりがある」というので,私は驚いてしまった。患者が保険会社と交渉することを助ける仕事が「ビジネス」として成立するなど,夢にも思っていなかったからである。

 急な話にもかかわらず親身に相談にのってくれたこと,アドバイスのおかげでするべきことが明らかになったことについて礼を言ったあと,私は「不幸中の幸いは,保険会社が違うので,あなたを『conflict of interest』の状況に巻き込まないで済むことだ」と付け加えた。そう言った私に,F氏が「たとえ『conflict of interest』があったとしても,あなたの相談に乗ったことに変わりはありません」と,きっぱりと言い切ったので,私は涙腺が緩むほど感激したのだった。

この項つづく

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