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第2790号 2008年7月21日


【座談会】

自ら考え,問題を解決できる力を引き出す教育とは
“へこたれない”看護師を育てる


坂本すが氏(東京医療保健大学看護学科長)=司会
宮本千津子氏(東京医療保健大学看護学科教授)
武村雪絵氏(東京大学医学部附属病院副看護部長)


 来年4月から適用される新カリキュラムでは,「看護を取り巻く環境の変化に伴い,より重要性が増していると考えられる教育内容の充実を図り,学生の看護実践能力を強化する」ことが狙いとされる。このように,時代の変化に伴って変えていくべき事柄がある一方で,普遍的な理念もまた存在する。看護職を目指し真摯に学ぶ学生たちを育み送り出す立場として,またそれを引き継ぎさらなる成長を促す立場として,「“看護職”という専門職はいかにあるべきか」ということが,今改めて問われているのではないだろうか。

 本紙では,“へこたれない看護師”の育成をモットーに学生の力を引き出す教育を実践する東京医療保健大の坂本すが氏,宮本千津子氏と,実力や発達・成長に応じた看護師教育体制を整えた東大病院の武村雪絵氏に,基礎教育と現任教育が,継続して同じ目標に向かうために重要なこととは何か,お話しいただいた。


坂本 まず,簡単な自己紹介から始めます。私は,2005年から東京医療保健大学で勤務しています。着任当初考えていたのは,「実践に対して,真摯に取り組む看護師を育てたい」ということです。専門職として生きていくときに,相手を認め,自分の考えをきちんと構築していく。基礎教育ではその姿勢をつくることが必要だと考えました。看護のプロとしての看護師を育成するかたわら,看護に携わるうえでの内面に目を向けていた宮本先生とは,大変一致するところがありました。

宮本 私は臨床経験は短いのですが,成人看護学系の講座の助手から始まって,修士も博士も,成人看護学系の研究を行いました。縁あって,岐阜県立看護大学に「機能看護学講座」(Management in Nursing)ができるときに声をかけていただきました。岐阜県立大では「専門職を育てる大学にあって,教育と管理を分けるのはおかしい」という考えから「機能看護学」と名付けたと聞き,魅力を感じました。これが私の看護管理の始まりです。

 本学の「機能看護学」では,1-4年次まで,段階を追ってマネジメントについて学びます。臨床の方たちは,1年次から「専門職とは何か」「組織とは何か」を学ぶことは重要だと言ってくださいますが,学生は「国家試験にも出ないのに,なぜ今からこんなことをしなければいけないのか」と言います。けれど,成長が目に見えて分かるので,それを日々の糧にしながら,学生と向き合っています。

武村 私は臨床を経験したあと,大学院で看護管理学を学びました。大学院では,「看護師はどのようなプロセスで看護を提供しているのか」「看護師はどのようなプロセスで成長するのか」について研究しました。

 当院には,2年前の4月に教育担当の副看護部長として着任しました。新人から中堅,そして管理者の教育まで,師長経験のない私が務めることになりました。なんとか続けてこられたのは,大学院で組織について勉強していたため,組織の中で,今自分が果たす役割を常に意識したからだと思います。逆に,学生に組織についてあまり教えてこなかったことに気づかされました。「看護とは何か」という学生から管理者までを貫くものを持って皆が一緒に育つことの大切さを実感しています。

どんな経験も自分の成長の糧にできる人が伸びる

坂本 以前,宮本先生から「大学教育とは,自分で考えて行動する人を育てること」と言われたことが非常に印象に残っています。私は助産師をしてきましたが,そういえば医師や上司の指示を受けて正確に実施することに重きを置き,どうも答えを探していく過程が深くなかった気がします。宮本先生と話しているなかで,それはなぜだろうと考えていくと,教育課程において,とても早い段階から仕事の方法を教えられるので,試行錯誤し,洞察していくプロセスを経験することが少ないからではないかと思いました。

 もちろんチーム医療のなかでは役割を果たすことは重要な部分ではあります。チームの一員として全体を見通し,患者の最善を目指すための役割を果たすことも求められます。疾患だけではなく,生活も含め,全体をみて,今この患者は何が問題となっているか,うまくいっているかを考え,必要なケアを組み立て,実行する力のある看護師が必要なのです。

武村 今はマニュアルが非常に多くなってきているので,正しい手順で行うことに労力が割かれ,十分思考しないまま看護業務が進むことも少なくありません。現場のカンファレンスでも定型的でない看護の話ができなくなっているように思います。「ほかに方法があるのではないか」「患者にとって何がよいのか」と皆で話す機会が減っているのではないでしょうか。人が持つ潜在的な力や看護の力の強さをもっと実感して,信じてほしいと思います。

 私たちは,必ずしもすぐに動ける新人看護師を求めているわけではありません。どんな経験でも自分の成長の糧にできる人が,その後伸びていきます。ですから,基礎教育では,その源を育んできてほしいと思います。1つは,看護の使命,役割を学び,素晴らしい仕事だと誇りを持つこと。もう1つは,看護師は組織で働くものだということ。「自分が思っていた看護とは違う」と感じる新人看護師は少なくないですが,そう簡単に1人の意見で組織ががらっと変わるわけがありません。けれど,組織だからできることや,組織の中だから発揮される個人の力がある。職業集団の中で自分の役割を果たしながら組織を動かし変えていく,その基礎を学ぶ必要があると思います。

4年かけてマネジメントを学ぶ

坂本 本学の教員会議では,領域ごとに今年1年間に何をやるかを話し合います。そうして,他領域の行おうとしている授業計画を見て,また自分の領域のやるべきことを考えます。お互いが情報を共有することで教員同士が全体をどのように考え,アウトプットを最適にするための方針がうまく機能していくと思います。これがチームを強くすると考えています。

武村 「機能看護学」の授業は,具体的にどのように行っているのですか。

宮本 「機能看護学」の授業では,主に,答えがないなかで何かを生み出していくタイプのグループワークを行います。

 1年次はまず,「セルフマネジメント」を学びます。「責任」「意思決定」「自律」という言葉から1つを選び,深く考えながらセルフマネジメントとは何かを学びます。半期かけてじっくりやるので,学生は途中で飽きるし,分からないので嫌になってしまったりしますが,そこを乗り越えること自体がセルフマネジメントなのです。

 2年次は,「キャリアマネジメント」で,「看護という専門職とは何か」と,「専門職としてずっと学び続けなければいけないこと」を学びます。倫理綱領なども取り上げますが,そこに書いてあるのは当たり前のことです。けれど,具体的な事例を出して「このときに,情報公開をするとか,信頼関係を結ぶってどういうこと?」と尋ねると,学生はとたんにすごく難しいことだったのだと気づきます。

 3年次は組織とマネジメントで,「組織と個人が相互に貢献し合うこと」を学びます。昨年初めて,複数患者受け持ちのシミュレーション演習を行いました。そのなかで,「チームでないとできないことがある」「今日できなくても,明日やればいい,1週間のなかで考えればいいこともある」ということを学んだようです。

 4年次はトップマネジメント機能です。“トップマネジメント”は,そのことに関して最終的に責任を取るという意味で用いています。例えば,受け持ち患者のケアに関しては,プライマリナースがトップマネジャーです。学生は,「部長は責任が重いけど,スタッフの責任は軽い」と最初は言います(笑)。けれど,責任の種類や範囲が違うだけで,重さは同じだということを理解してもらいます。

 2年次には看護情報に関する科目もあり,ここでは看護の基本である「観る・聴く・判断する・伝える」ことを学びます。効果的なのは,得た情報が適切かどうかを互いに吟味するグループワークです。吟味する過程では,「あなたの言っていることはおかしい」「この情報が足りない」など,批判になりがちですが,「互いを吟味しあうことでよくなった」という体験につながるように仕掛けます。そうすると,臨床に出ても人の言うことを聞けるし,「おかしかったら私に言ってください」と言えるのではないかと,勝手に期待しています(笑)。

武村 そういう教育を受けた人が今後は出てきてくれると思うと,本当に心強いです。

違う考えや答えがあることを知る

宮本 機能看護学ではグループワークが多いので,手間がかかります。1-2グループに1人の教員が入るので人数も必要ですが,学生の成長が目に見えて分かるので,手ごたえを感じます。今の学生は,なるべく平穏無事に済ませたい,人に嫌われたくないというところがあります。グループワークでも間違ったことは言いたくないのです。そこを崩してあげないと,創造するところまでは決していかないですね。

坂本 私も1年生のグループワークに入っていますが,頭に浮かんだことをすぐ発言する人,答えが出かかっているけれど言葉にならないでいる人など,さまざまです。先に発言した学生が,じっくり考えて発言した学生の意見を聞き,自分が考えたこともなかったような答えが出てきたことに驚く。そうすると,じっくり考えると違う答えも出てくる,ということも学びます。

 また,自分の出した答えは一部であって,ほかの人は違う答えを持っているということを感じる体験もします。他人の意見に対して「いや,違うよ」と根拠を持って言えるかどうか。さらに,そう言った人を排除せずに,その意見を拾い上げられるかどうか。これは,問題解決の大きな要素ですよね。

宮本 それと,何か思い切って言ったら,いいことがあったという体験が必要ですね。本学では,書かれた内容をその場で印刷できる電子黒板を使ってディスカッションをしています。出た意見をまとめないで,どんどんそこに書き込んでいく。そうやって,皆でつくり上げていくのです。

 時間のないなかで教育を行っていると,最初から情報を提供してしまいがちですが,分からなかったら自分で必要な情報を取りにいって,理解するという循環をつくることが必要だと思います。ただ,1人では限界があるので,グループで助け合ったらできるという体験も必要です。そうすると,臨床に出たときにも人に助けてもらうことを嫌がらない。新人看護師は,1人で問題を抱えて1人で潰れていくという傾向がありますが,「人に助けてもらったから,私はダメ」と思わずに済むようになると思います。

“分かっていること”の裏に“分からないこと”がある

坂本 私は,臨床でクリティカルパスなどを導入して標準化を進めてきましたが,使用に当たっては個別性を重要視するものとして考えてきました。忙しいなかで業務をこなしていると,標準的な看護計画で済んでしまう患者が数多くいるように見えてしまいます。けれど,患者自身がいったい何を訴えているのか,データでは“分からないこと”を追求していくのが看護だと思うのです。“分かっていること”の裏に“分からないこと”がたくさんある。この2つを見抜く力が必要です。

 電子カルテなど標準化を進めたときに考えたのは,「learn,break,create」のプロセスをいかに歩むかということでした。ケアの型をつくるが,患者は型どおりいかないことを認識し,それに気づくこと,そして患者に必要な新たな型をつくっていくとでも注釈しましょうか。日本では古典芸能の言葉にある「守・破・離」をイメージしていただければと思います。そのなかで,型をつくってしまうと,型どおりいかないということに注目する力を持たなければ,型だけで仕事をしてしまいがちです。ベテラン看護師はこれを危惧します。そして,新しい型をつくる力をどうすれば得られるか悩むのです。

 先日,「専門職として飛躍していくための要素は,教養をきちんと押さえておくことだ」という話を聞き,腑に落ちました。18歳から職業人としての教育だけに重点を置くと,問題解決をするときにあらゆる知を結集させる力が弱くなる危険性があるのですね。

宮本 “問題を解決しよう”と思う基盤として,「問題がある」「おかしい」ということに気づくことが大事なのだと思います。教員も,現場の看護師も,本当に追い立てられています。厚生労働省が示した看護技術103項目をクリアしなければいけない,国家試験にも合格してほしい,学生に対してとにかく量をこなしてほしいという思いがあります。それが,問題に気づいても立ち止まることができない学生をつくっている気がします。

 宿題や課題に追われていると,学生は「とりあえず行動」に出ます。6割でも8割でもいいから,「とりあえず提出しておこう」と。そういうことが積み重なると,「おかしいと思うけど,それは置いておいて,まずはやっちゃえ」と立ち止まらなくなっていきます。ですから,教養がほしいと思う,図書館で看護以外の本を読みたいと思う,そういう機会を学生に与えなければいけないと思います。

坂本 問題解決能力を養うにはもう1つ何か必要なのかもしれませんね。先ほど武村さんが言われたような倫理観や使命感というようなものでしょうか。

実力や成長に応じて段階的に役割を担う

坂本 東大病院では,“東大式新人受け入れ体制”というのを実践されていますね。

武村 これは,300名採用に備えて導入したものなので,少し趣旨が違うかもしれませんが,レディネスも個性もさまざまな個々の新人について,実際の実力や発達・成長に応じて段階的に役割を担ってもらい,長いスパンで一人前の看護師になってもらおうという狙いがあります。例えば,社会人として働くことや,夜勤という初めての生活に適応することも最初の大きな課題です。新人の受け入れに必要な機能を整理し,プリセプターやその指導者のエルダー,スタッフ,師長や主任,専任教育担当者,リエゾンナース,管理室それぞれの役割を明確化しました。

 結果,以前のように現場に適応できずに退職する新人は格段に減りました。ただ,その延長線で私たちが気づいたのは,単に「支える」「教える」という体制ではなくて,自分で自分の課題を見つけて成長する力をつけていく必要性があるということです。ですから,私たちが目指している「生命力を引き出す看護」に向けて,1年目,2年目,3年目,4年目,5年目,6年目以降と細かな段階別に求める水準を,まさに「はしご」として示すことにしました。

 成長を支援するためには,どんなときにどういう学習機会を提供するかが重要です。ですから,発達段階に応じて,集合研修だけでなく,部署やその他のさまざまな学習機会を提供できるように,昨年度末から教育体制全般を見直しています。体制を整えるには,臨床側にそれを受け止めて許容できる環境が必要ですが,施設によっては「新人にも夜勤要員になってもらわなければ,診療報酬の要件をクリアできない」など,新人に過剰な役割を担わせざるを得ないところもあると思います。

坂本 以前,新人のレポートを読んだときに,その中に出てくる「不安」という言葉を赤に変換してみたのですが,赤字だらけ(笑)。一人だけではなく,何人もの新人がその言葉を使っていることに驚き,どうしてだろうと悩んでしまいました。つまり,不安というのは人間にとって先が見えないということなんですね。例えば,「受け持ち患者を○人持てる」というように,個人に頑張らせる目標だけを掲げてしまうのですね。“東大方式”のように「この階段を進めば,できるようになるんだよ」と示してあげると,違うことに目を向ける能力も出てきます。

 ある病院のレジデントが,入職して4日目に「点滴してきて」と言われたそうです。点滴を持っておそるおそる患者のところへ行って,原理原則を頭に浮かべながらなんとかできた。けれど,「学校で学んだことだけでは何の役にも立たない」ということが分かったというんです。そして,「これからは,看護師さんや,指導医から指示されたときには,自分の財産にするために,飛んでいってそれをやります」と。これが,新人が遭遇する心なのだと思います。絶えず内省しながら,新たなものを編み出して確実なものにしていく,それを積み重ねる場が新人研修なのではないでしょうか。そう多くは一度に学べないけれども,経験や知識を深く掘り下げられるような環境を設けてあげると,彼女たちは賢く学びます。

夢が持てる,心が動く

坂本 私は,専門職を育てるために重要なのは,夢が持てることと,心が動くことだと思っています。今の看護教育では方法を教えることが多いですが,プロフェッショナル教育と,看護師が発達していくための環境・土壌をどうつくるかという2つのバランスをうまくとることが重要だと思います。おそらく,「自ら考える力をどう鍛えるか」ということになるのだと思います。

 また,乱暴な言い方かもしれませんが,そのためにはたくさんのことを教えなくてもいいのではないかと思います。病院に実習生を連れて行くと,「いろいろなことを経験させてあげたい」と言ってくれるのですが,それより経験を深めるチャンスを与えてほしいと思うんですね。以前,3年目の看護師が「自分はすごく出来が悪い学生だったけれど,看護師さんや先生が,手品のように見せてくれる看護のすごさを見て,それが面白くて今も続いている」と話してくれました。教え込むより,物事の奥に潜むものを学生とともに探求することが,学生の力を引き出していくことになるのだと思います。

武村 私も,臨床実習指導者の役割は,看護の面白さを伝えることだと思っています。入学したばかりの学生だと,足浴のときに看護師がお湯の温度を手で確認してから洗ったということだけで驚いたりします。私たちが当たり前にやっていることの裏には,どういう考えがあるのか。看護が患者にどんなに大きな違いをもたらすか。そういう看護の醍醐味の部分を言語化して伝えることが大事だと思うのです。

 そのなかで,看護の面白さを少しずつ感じ取って,自分でいろいろな事象をつなげながら深めていく体験をしてもらうことが必要だと思います。病院はその成長を待てる環境をつくらなければいけない。新人を1として数えるのではなくて猶予をあげたいし,それを保障できる制度がほしいなと思います。ただ,そのぶんの費用が病院の持ち出しとなると厳しいですね。

宮本 私は,試行錯誤,失敗のできる環境を提供したいと思います。少なくとも学生時代は失敗から学ぶとはどういうことかを学んでほしいです。臨床に出ると,すべてにおいて失敗してはいけないと思ってしまいます。けれど,「これはきちんとやらなければいけないけれど,これは試してみていい」ということが分かるセンスを身につけることは重要だと思います。

武村 看護には一見当たり前だし,誰でもできるようにみえる行為がたくさんあります。でも,私自身もまだ気づいていない看護の力がもっとあると思います。人間の体の仕組みや,当たり前の生活の奥深さ,人間の意志力のすごさなどを感じてほしいし,私たちは素晴らしい仕事を選んだのだということを,知ってほしいです。

 でも,一目散にそこへ行けるわけではないし,「教えてください」というものでもなくて,そこに向かって模索し続ける,その土壌を基礎教育でつくってきてほしいと思います。

(了)


坂本すが氏
1972年和歌山県立高等看護学校保健助産学部卒。和歌山県立医大附属病院,関東逓信病院(現NTT東日本関東病院)に勤務。96年青山学院大経営学部経営学科卒。97年関東逓信病院看護部長を経て,2006年より現職。07年埼玉大大学院経済科学研究科博士課程後期課程修了(博士)。

宮本千津子氏
1984年千葉大看護学部卒。聖マリアンナ医大病院に勤務。88年千葉大大学院修士課程(看護学)修了。同助手,川崎市立看護短大助教授として勤務し,98年東大大学院満期退学後博士(保健学)取得。岐阜県立看護大教授を経て,2006年より現職。現在,「機能看護学講座」を担当。

武村雪絵氏
1992年東大医学部保健学科卒。同大附属病院,虎の門病院に勤務。2000年同大大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了,03年同専攻博士課程単位取得退学後,同専攻助手を経て,06年4月より現職。08年より,看護部人事室長を務める。08年博士号取得。