医学界新聞

寄稿

2008.04.21



【寄稿】

英国・子どものホスピスの現状

多田羅 竜平(大阪市立北市民病院 小児科兼緩和医療科)


「ヘレンハウス」の誕生

 それは小児看護師の経歴を持つ修道女シスター・フランシスと2歳の脳腫瘍の女の子ヘレンの母親ジャクリンとの友情から始まった。治療不可能と宣告されたヘレンを両親は自宅に連れて帰り昼も夜もなく世話をしていた。

 その様子を見ていたフランシスはある日「私にヘレンを預からせてほしい」と家族に申し出た。家族はフランシスの申し出をありがたく受け入れることで,束の間の自由な時間を得ることができるようになった。

 何度かこのようなことを繰り返しているうちにフランシスは「ヘレンの家族と同じように毎日重い病気の子どもの世話に明け暮れている家族が他にもいることだろう。その家族たちの力になってあげたい」と感じ始めた。そしてフランシスの思いに賛同する人たちが集まり,難病の子どもをケアする施設の設立を計画した。「重い病気とともに生きる子どもたちとその家族の幸せ」を願う思いが,オックスフォードの町中に広がるのにそれほど時間はかからなかった。

 このようにしてフランシスとジャクリンとの間の友情から生まれた小さなアイディアは,その2年後の1982年,世界最初の子どものホスピス「ヘレンハウス」として実現したのである。

子どものホスピスの発展

 ヘレンハウスの活動はイギリス全体に大きな影響を与えることとなり,各地で子どものホスピス設立運動が開始され,ヘレンハウスの設立後10年のうちに5つの子どものホスピスが新たに誕生した。それらの施設が中心となって1998年に子どものホスピスの全国組織「子どものホスピス協会(ACH)」が発足。さらに「自分の地域に子どものホスピスがないのは地域の恥」とばかりに次々と子どものホスピスが設立されていった。

 地域の要請を受けて子どものホスピスが増えてくるなかで,財政面や人材確保,利用者数など十分なめどが立たないままに新たな子どものホスピスが乱立することが懸念され始めた。すでに子どものホスピスはイギリス国内で40施設を超えており,かつて多くの成人ホスピスが同様の理由によって財政危機,ケアの質低下に陥った経験から,危機感を持ったACHは現在,新たな子どものホスピスの設立に際し,慎重かつ周到な準備を求めている。

子どものホスピスの組織構造

 イギリスの子どものホスピスはすべて慈善団体が母体となっており,各々が独自のBoard of Trustees(評議委員会)によって管理・運営されている。子どものホスピスに限らずイギリスでは慈善事業の監督にあたってはこの評議委員会が管理,運営に関する法的な責任を担うことになっている。評議委員会には慈善事業の健全運営だけでなく,対外交渉などの実務も求められる。そのため,人選は重要である。平均約10人で構成される評議員の本職は施設によってさまざまだが,会計士,弁護士,看護師,教師,一般医,小児科医,親代表といった幅広い分野の専門家や経験者が迎え入れられている。

 評議委員会のもと,経営責任者が配置され,組織運営の経験豊富な人材がこのポストに就いている(医療従事者である必要はない)。その下に「医師」,「ケア」,「総務」,「募金活動」などの各チームが組織されている(表)。

 ヘレンハウスのスタッフ構成(2005年)
Chief Executive(経営責任者) 1WTE
Medical Staff(医師)
―Medical Director+Assistant×5
1
(日中2-4h+24hカバー)
Care Team
―Head of Care(ケア責任者)
―Team Co-ordinators(チームリーダー)
―Paediatric Nurses(小児専門看護師)
―Nursery Nurses & Play Specialist
  (保育士,プレイスペシャリスト)
―BV Team & Social Worker(ソーシャルワーカーなど)
―PA to Head of Care(秘書)
―Aromatherapist(アロマセラピスト)
―Physio, Music Therapist, Teacher(各療法士,教師)

1
3
15
17

1.4
1
0.4
時間契約
Finance Manager, Assistants & Administration Team(総務) 3.5
Estates Manager(建物管理) 1
Funding Team(募金) 4
Domestic/Catering Support Staff(調理・洗濯などの担当) 3.5
WTE:whole time equivalents(常勤換算した人数)

利用者の疾病構造

 子どものホスピスは,早期の死をまぬがれない難病の子どもたちを専門的にケアする,家庭的な環境を重視した小さな施設である。対象年齢は新生児からおおむね18歳までとなっているが,それ以上の年齢については施設によってさまざまである。

 子どものホスピスというと,進行がん末期の子どもたちの施設を想像されがちだが,実際には神経疾患をはじめとした,さまざまな程度の障害を有しながら長期療養を必要とする難病の子どもたちが大半を占めている(図)。一方,がんの子どもたちはホスピスをあまり利用していない。これは小児がんはレスパイトケアを必要とするほど家庭での長期療養を要することが(脳腫瘍を除けば)まれであることと,小児がん専門訪問看護師をはじめ在宅支援体制が充実しているため,進行がんの8割近くが自宅で看取られていることによる。

ケアチームの活動

 イギリスの子どものホスピスはヘレンハウスをモデルにしてつくられていることもあり,提供されるサービスはどこもよく似ている。

 ベッド数はおおむね6-10床程度に抑えられており,たとえばヘレンハウスでは個室8床のうち6床を計画的なレスパイトケアに用いて,残りの2床をターミナルケアや家族が急に具合が悪くなったときの緊急用に当てている。

 提供される宿泊サービスの約8割がレスパイトケア目的で,ターミナルケアのための利用は2割程度である。ケアチームはさまざまな職種で構成されており,その中心となるのは小児看護師と保育士(プレイスペシャリストも含む)である。すべて専門的なトレーニングを受けた小児専門のスタッフが,...

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