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第2778号 2008年4月17日


【寄稿】

英国・子どものホスピスの現状

多田羅 竜平(大阪市立北市民病院 小児科兼緩和医療科)


「ヘレンハウス」の誕生

 それは小児看護師の経歴を持つ修道女シスター・フランシスと2歳の脳腫瘍の女の子ヘレンの母親ジャクリンとの友情から始まった。治療不可能と宣告されたヘレンを両親は自宅に連れて帰り昼も夜もなく世話をしていた。

 その様子を見ていたフランシスはある日「私にヘレンを預からせてほしい」と家族に申し出た。家族はフランシスの申し出をありがたく受け入れることで,束の間の自由な時間を得ることができるようになった。

 何度かこのようなことを繰り返しているうちにフランシスは「ヘレンの家族と同じように毎日重い病気の子どもの世話に明け暮れている家族が他にもいることだろう。その家族たちの力になってあげたい」と感じ始めた。そしてフランシスの思いに賛同する人たちが集まり,難病の子どもをケアする施設の設立を計画した。「重い病気とともに生きる子どもたちとその家族の幸せ」を願う思いが,オックスフォードの町中に広がるのにそれほど時間はかからなかった。

 このようにしてフランシスとジャクリンとの間の友情から生まれた小さなアイディアは,その2年後の1982年,世界最初の子どものホスピス「ヘレンハウス」として実現したのである。

子どものホスピスの発展

 ヘレンハウスの活動はイギリス全体に大きな影響を与えることとなり,各地で子どものホスピス設立運動が開始され,ヘレンハウスの設立後10年のうちに5つの子どものホスピスが新たに誕生した。それらの施設が中心となって1998年に子どものホスピスの全国組織「子どものホスピス協会(ACH)」が発足。さらに「自分の地域に子どものホスピスがないのは地域の恥」とばかりに次々と子どものホスピスが設立されていった。

 地域の要請を受けて子どものホスピスが増えてくるなかで,財政面や人材確保,利用者数など十分なめどが立たないままに新たな子どものホスピスが乱立することが懸念され始めた。すでに子どものホスピスはイギリス国内で40施設を超えており,かつて多くの成人ホスピスが同様の理由によって財政危機,ケアの質低下に陥った経験から,危機感を持ったACHは現在,新たな子どものホスピスの設立に際し,慎重かつ周到な準備を求めている。

子どものホスピスの組織構造

 イギリスの子どものホスピスはすべて慈善団体が母体となっており,各々が独自のBoard of Trustees(評議委員会)によって管理・運営されている。子どものホスピスに限らずイギリスでは慈善事業の監督にあたってはこの評議委員会が管理,運営に関する法的な責任を担うことになっている。評議委員会には慈善事業の健全運営だけでなく,対外交渉などの実務も求められる。そのため,人選は重要である。平均約10人で構成される評議員の本職は施設によってさまざまだが,会計士,弁護士,看護師,教師,一般医,小児科医,親代表といった幅広い分野の専門家や経験者が迎え入れられている。

 評議委員会のもと,経営責任者が配置され,組織運営の経験豊富な人材がこのポストに就いている(医療従事者である必要はない)。その下に「医師」,「ケア」,「総務」,「募金活動」などの各チームが組織されている(表)。

 ヘレンハウスのスタッフ構成(2005年)
Chief Executive(経営責任者) 1WTE
Medical Staff(医師)
―Medical Director+Assistant×5
1
(日中2-4h+24hカバー)
Care Team
―Head of Care(ケア責任者)
―Team Co-ordinators(チームリーダー)
―Paediatric Nurses(小児専門看護師)
―Nursery Nurses & Play Specialist
  (保育士,プレイスペシャリスト)
―BV Team & Social Worker(ソーシャルワーカーなど)
―PA to Head of Care(秘書)
―Aromatherapist(アロマセラピスト)
―Physio, Music Therapist, Teacher(各療法士,教師)

1
3
15
17

1.4
1
0.4
時間契約
Finance Manager, Assistants & Administration Team(総務) 3.5
Estates Manager(建物管理) 1
Funding Team(募金) 4
Domestic/Catering Support Staff(調理・洗濯などの担当) 3.5
WTE:whole time equivalents(常勤換算した人数)

利用者の疾病構造

 子どものホスピスは,早期の死をまぬがれない難病の子どもたちを専門的にケアする,家庭的な環境を重視した小さな施設である。対象年齢は新生児からおおむね18歳までとなっているが,それ以上の年齢については施設によってさまざまである。

 子どものホスピスというと,進行がん末期の子どもたちの施設を想像されがちだが,実際には神経疾患をはじめとした,さまざまな程度の障害を有しながら長期療養を必要とする難病の子どもたちが大半を占めている(図)。一方,がんの子どもたちはホスピスをあまり利用していない。これは小児がんはレスパイトケアを必要とするほど家庭での長期療養を要することが(脳腫瘍を除けば)まれであることと,小児がん専門訪問看護師をはじめ在宅支援体制が充実しているため,進行がんの8割近くが自宅で看取られていることによる。

ケアチームの活動

 イギリスの子どものホスピスはヘレンハウスをモデルにしてつくられていることもあり,提供されるサービスはどこもよく似ている。

 ベッド数はおおむね6-10床程度に抑えられており,たとえばヘレンハウスでは個室8床のうち6床を計画的なレスパイトケアに用いて,残りの2床をターミナルケアや家族が急に具合が悪くなったときの緊急用に当てている。

 提供される宿泊サービスの約8割がレスパイトケア目的で,ターミナルケアのための利用は2割程度である。ケアチームはさまざまな職種で構成されており,その中心となるのは小児看護師と保育士(プレイスペシャリストも含む)である。すべて専門的なトレーニングを受けた小児専門のスタッフが,個別のニーズに合わせたマンツーマンのケアを提供している。

 一方で,子どものホスピスは小規模施設がほとんどのため,ケアの質の維持,向上のためのシステム構築が必ずしも容易でない現状もあり,施設間格差が存在しているのも事実である。加えて年金制度が安定していない,給料が安いなど慈善団体ゆえの雇用上の問題もあるようだ。

医師の役割

 子どものホスピスには常勤医師がおらず,近隣の家庭医(GP)たちがグループ嘱託医として医療全般の責任を負い,毎日,当番医師が2-4時間程度の診療を行うのが通例である。日常業務は,紹介患者のサービス利用の適否判断,ケアプランの立案,症状管理などで,多くは一般的なGPで対応可能なものである。

 しかし医師の力量によってホスピスのケアレベルに差が出ることも実際には避けられず,小児緩和ケアを学ぶための大学院コースやセミナーなどがしばしば活用されている。近年では小児緩和ケア専門医が関与する子どものホスピスも増えてきており新たなケアモデルを提供し始めている。

レスパイトケア

 子どものホスピスを利用する子どもたちは将来的には早期の死をまぬがれえないものの,その経過の多くは年余にわたるものである。したがってこれらの子どもとその家族に必要なサポートとは必ずしもターミナルケアに限らず,むしろ長期にわたる日常生活の質(QOL)の向上が重要となる。

 昼夜を問わず子どもの介護に明け暮れる生活は家族に肉体的,精神的疲労を生じさせ,兄弟たちは課外活動や休日の外出などに制限を余儀なくされるという状況が常態化する。だからといって重い病気のわが子をよそに預けることには不安や子どもに対する罪悪感を伴う。このような家族にとって子どものホスピスは,自分の愛する子どもを大切にケアしてもらえ,安心して任せられる貴重な場所となっている。

家族の言葉
「普段は特殊な子どもとして扱われ,周囲に気を遣いながら暮らさなければならないが,ここでは家の中と同じように自然に過ごせるのがうれしい」

 子どものホスピスが提供するレスパイトケアは,日本の現状から考えると破格のものである。病気や障害の程度に応じた特別な遊びをはじめ,そこでしか味わえない刺激がたくさんある。広くてきれいな個室があり,希望すれば横に家族が寝るためのスペースも十分にあるが,家族専用スイートルームも複数用意されている。さらに美しい庭,視聴覚室,コンピュータ・ゲーム室,楽器演奏室,図画工作室,ジャグジー,広いリビングなどが備わっており,温水プールのある施設もある。天気がよければ外に連れて行ってもらえる。子どもたちにとってまさに夢のような場所である。

 そして子どものホスピスの大きな特長的な設備が,ダイニングルームの大きなテーブル。ここでスタッフと子どもと家族がいつも一緒に食事をする。

 これらのサービスは家族の宿泊を含めすべて無料である。

ターミナルケア

 ほとんどの子どもや家族はターミナル期の「ケアの場所」として可能な限り自宅を希望する。そしてイギリスでは小児の在宅ケアサービスが広く普及しているため,多くの地域でそれが実現可能となってきている。そのためホスピスで最期を迎える子ども(5%)は,自宅(30%)に比べて少ない。

 自宅に代わるターミナルケアの場所として,ホスピスを選択する主な理由は,地域的に小児の在宅ターミナルケア供給体制が十分でない,親しいホスピスのスタッフに見守られて最期を迎えたい,急変時の不安などであるが,両親が離婚している場合には中立地帯としてホスピスを選択するといった事情もある。

 子どものホスピスにとってターミナルケアは日常業務の1つであり,症状緩和,子どもと家族の心のケアなどすぐれたトータルケアが提供されるとともに,不必要な過度な医療は可能な限り排除される。しばしば「Alongside(側にいる)」という言葉がキーワードとして用いられるが,これは上下や距離のある関係ではなく,すぐ横に存在することを表す言葉である。

 子どもと家族が孤独や不安を感じないように,いつでもすぐ側にいる存在,上から一方向に医学管理を施すのでも,下からお客さんとして奉るのでもなく,家族の一員のように寄り添う,それが子どものホスピスがめざすケアである。

 一方で,ターミナル期には医師の判断や処置が必要となるような事態も当然ながら生じうる。しかし前述したとおり,子どものホスピスには常勤医師がおらず,もちろん高度な医療を行う環境ではない。したがって担当GPが日ごろから子どもの状況をしっかりと把握したうえで,緊急時の対応(蘇生の有無,希望する治療,転院の有無など)について事前に協議,計画し,近隣の病院などと連携が取れていることが重要となる。

 医療の進歩に伴い,高度かつ安全な医療が求められる現在,家庭的な環境の維持と医学管理の強化との間で,ジレンマが大きくなってきていることは子どものホスピスが抱える悩みの1つである。

死別後のケア

 子どもは亡くなると,優しい色彩の内装が施された霊安室のベッドに寝かされる。その部屋は家族が安らかに過ごせるようにソファーが置かれ,プライベートガーデンも備わっている。何より特徴的なのは遺体が損傷しないように室内が8度に設定されていることである。これはイギリスでは葬儀までに1週間以上かかるという事情による。そして霊安室の前には,ホスピスで死を看取られた子どもたちの名前を記帳した美しい本が置かれており,その子の生きた証が大切に残されている。

 葬儀が終わった後も家族が望む限りビリーブメント・ケア(死別後のケア)が提供される。ヘレンハウスにはビリーブメント・ケアの訪問チームがあるが,すべてのホスピスが専門スタッフを配置しているわけではなくサービスの内容はさまざまである。ヘレンハウスのスタッフによると,継続的なケアを希望する遺族は約半数で,平均2年程度続けられるとのことである。

子どものホスピスの財政基盤

 イギリスの医療機関のほとんどはNational Health Service(NHS)と呼ばれる公的サービスであり,その財源のほとんどを税に頼っている。一方,子どものホスピスは慈善団体によって運営されているため財源の95%以上を寄付に頼っている。

 子どものホスピスを運営するには最低でも年間3億円は必要といわれており,どこのホスピスでも募金活動の専任スタッフが中心となって幅広く戦略的に募金活動を行っているものの,現在,財政基盤の脆弱性が子どものホスピスが抱える最も大きな不安の1つとなっている。人々のホスピスへの関心が低下すればたちどころに経営が立ち行かなくなるという危険性を常にはらんでいるのである。

 一方で最近,イギリス政府は約60億円をACHに助成し,さらに40億円を助成することを決定した。税金という「ひもつき助成金」を受けることについては賛否両論あったが,成人ホスピスがすでに政府の協調政策に導かれて財源の一部を税金で賄っているように,小児緩和ケア発展のためにはNHSとの協調が重要であるとの判断が最終的にまさった。

終わりに

 「ホスピス」という言葉はもともと「旅人が休息をとる施設」という意味だといわれる。まさに「子どものホスピス」は難病の子どもたちとその家族にとって長い旅路の途中に安らぎを得る場所として重要な役割を果たしている。

 病気の子どもたちも,そうでない子どもたちも,同じく子どもらしい豊かな暮らしが保障されるべきであることは言を俟たない。

 そして家族の抱える負担を社会がともに担うべきであることは「子どもの権利条約」でもうたわれており,もはや社会にとって義務であるといっても言い過ぎではない。

 その実践のためにイギリスの子どものホスピスから学ぶべきことは決して少なくない。世界の多くの国々がすでにそうしているように。

 Children First(まず子どもたち,それから私たち)


多田羅 竜平
1996年滋賀医大卒後,大阪府立母子保健総合医療センター新生児科,りんくう総合医療センター市立泉佐野病院小児科などを経て2006年から1年間英国留学。カーディフ大大学院「緩和ケアコース」専攻,Great Ormond Street Hospital小児緩和ケアチーム客員フェロー,Royal Liverpool Children's Hospital小児緩和ケアチーム客員フェロー。帰国後,大阪府立母子保健総合医療センター(在宅医療支援室・小児緩和ケア担当)を経て本年4月より現職。日本小児科学会専門医。