医学界新聞


図脳,そしてミニマム創

対談・座談会

2008.03.03



【対談】

低リスク手術に向けて
図脳,そしてミニマム創

木原 和徳氏(東京医科歯科大学大学院/泌尿器科学教授)
加藤 晴朗氏(信州大学医学部附属病院/泌尿器科講師)

 映像技術の進歩により,DVDメディアによる手術動画など手術手技を学ぶ機会や選択肢が広がった。しかし,手術手技のポイントを押さえるには,イラストを用いた解説に一日の長がある。

 侵襲度・リスク・コストの最小限化を図ったミニマム創内視鏡下手術の考案・開発・改良に取り組み,その成果を『イラストレイテッド ミニマム創 内視鏡下泌尿器手術』にまとめた木原和徳氏と,一目でわかりやすい図が泌尿器手術手技の土台作りを助ける『イラストレイテッド泌尿器科手術 図脳で覚える術式とチェックポイント』の著者・加藤晴朗氏の両氏に,少ない症例数から効率的に学ぶために必要なこと,図・イラストを描くことの利点や手術の展望についてお話しいただいた。


「図脳」を鍛える

木原 加藤先生のご本のサブタイトル「図脳で覚える……」をはじめて目にした時,誤植かと思ったのですが,ちょっと考えてみるとなかなか奥深い言葉だなと感じました。加藤先生はこの「図脳」をどう定義されているのですか。

加藤 最初に「図脳とはこういうもの」という定義はありませんでした。ちょうど本のタイトルを考えている時,図解の「図」という文字を入れようと思っていたので,「頭脳」を間違えて「図脳」と書いてしまったのが始まりです。ただ,図・イラストを描きながら,実際に目で見る意味の視覚や,頭の中で思い描くイメージといった幅広い意味の視覚言語が「図脳」というかたちにまとまっていきました。

 手術は,術前の準備から,手術中の所作,判断,決断,そして手術後の反省に至るまで,すべて視覚言語の能力が,重視される分野だと思うのです。そういう意味で図脳を鍛えることは,手術にとって非常に大事なものと考えています。

木原 術者が目標とするイメージを頭の中に持っていて,その図を順番に達成していくことで手術を終わらせる。アニメーションの原画を頭の中で次々に描いていくこと,それが図脳だと思ったのですが,今回は,その頭の中にある1枚1枚の原画を本にされたということでしょうか。

加藤 木原先生のほうが,私よりもよく理解されているようです(笑)。先生のおっしゃるように,1つひとつのイメージを描きながら手術を進めていけば手術は完成する。その「実際のイメージをすべて暗記してしまえば」というところをこの本では強調したつもりです。いわばコミックのような手術書をつくりたかったということがあります。

木原 この本は,特に若い医師に目標とすべき手術場面を先生自身の筆で懇切に示された本ですから,これをもとにしてイメージトレーニングをすると効果的ですね。

 実際に手術前のイメージトレーニングをする際は,まず標準的なステップを頭の中で実行し,ついで,超音波や3D-CTなどの診断画像を通して自分が手術する患者さんの体内を理解,把握し,最後にもう一度,患者さんの体で手術のイメージの再構築をします。それはちょうどイラストから写真,動画と手順を踏むことと似ていますね。

加藤 われわれが医師になった頃には,イラストの入った手術書はあまり多くありませんでした。それでも,新しい手術をするとか,今度はこういう手術を担当させてもらえるということになると,テキストや雑誌をいくつも読み,勉強して手術を行ったものですが,実際に体を開けてみると載っていた写真とはぜんぜん違うことも少なくありませんでした。

 今回,イラストを数多く描いていますが,それを読んだからといって,すべて自分のイメージどおりにはいかないと思います。ただ,このイラストを核にしてエキスパートの手術をたくさん見学し,勉強していけば,自分が思い描くベストな手術が完成するのだと思うのです。片方だけでは不十分だと思います。

術前に頭の中で手術を終わらせ手術に臨む

木原 手術の進歩というのは,その手術自体の手順や機器の進歩に加えて,術前の患者さんの把握の進歩ということが非常に大きいと思います。患者さんの体の中を,術前に詳細に,また立体的に把握できるようになり,いいイメージトレーニングができるようになったと思います。

加藤 若い医師と,木原先生のような名人とで大きな違いは,経験からくるイメージ力だと思います。経験を積んでくると,手術をする時には,患者さんの体型や前立腺を触ってみて,手術がやりやすそうな人かどうかがわかりますよね。また画像診断の向上で,患者さんの体内の状態をすごくイメージしやすくなっていますので,腎周囲の脂肪がどのくらいあるかとか,骨盤が広い人なのか,血管が怒張しているか,そして,小切開手術の時には腎臓の大きい人よりは,小さい人のほうがいいなとか(笑),そんなことからも,手術をする前にイメージがかなり明確になると思います。

木原 そうですね。画像診断機器の性能が向上して術前のイメージングは格段に向上しました。以前は,体の中を見る検査はほとんどなく,表面から触診するだけとも言えました。いま考えると,CTもMRIもエコーもない中で,いったい術前イメージングはどうしていたのだろう? という気がしますね。

加藤 私が手術を担当する場合,「もう1回,超音波で確認したい」と患者さんにお願いすることもあります。若い医師は一通りの検査が終わっていれば十分と思うかもしれないですね。経験を積んでくると,頭の中に静止画がたくさん蓄えられているので,どうやったらいいかイメージがたくさん浮かんできます。経験を積めば積むほど,そのイメージを,いろいろな道具を使って築き上げられるのだと思います。

木原 そうですね。手術の前に,一度,頭の中で手術を終わらせる。これをいかにきちんとやるかが重要だと思います。その手段として加藤先生のイラストは非常にいいと思います。また,手術の学習は,頭と手の動きのトレーニングが必要ですから,頭で理解していても,手が動かなければしょうがない。糸結びひとつとっても,日ごろから練習し,体の動きとして身につけておかないときれいな良い手術はできないですよね。

加藤 イメージトレーニングだけではなく,うまい術者の所作を見ることも非常に重要だと思います。エジプトでトレーニングを積んでいた時,ほとんど毎日手術室にいましたが,うまい人の所作や動作から学んだことが何よりもいちばん大きかったです。「この人の動きはカッコいいな」と感じる感性も大事ですよね。

木原 それは昔から言われていることで,うまい人の手術を見るといい手術とはどういうものかがよくわかる。美術の審美眼と同じではないかと思います。

加藤 うまい人は落ち着いているし,そういうところも勉強になります。ただ,トレーニング中は英語が喋れなくて,けっこうバカにされていたのですが,それでもトレーニングが受けられたのは,手術は言語脳ではなくて図脳だからです(笑)。

木原 そう,言葉は要らない。

加藤 ええ。だから,解剖にしても,手技にしても,所作にしても,すべて図脳で覚えられるから,たぶんそれで耐えられたのだと思います。

少ない症例数は描いてカバー 描いたイラストだけが記憶に残る

木原 加藤先生がトレーニングを積まれたエジプトに比べ,日本は症例数・手術数ともに少ないわけですが,効率的に学ぶ,あるいは教えるために必要なことはどんなことだとお考えですか。

加藤 エジプトでの経験から言わせていただくと,手術を見学することは非常に大切だと思います。できればエキスパートの手術を見る機会がたくさんあればいいのですが,同じ病院...

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