医学界新聞

2007.06.11

 

病院理念を反映した他職種や地域医療の体験

東葛病院(千葉県流山市)


 東葛病院でのオリエンテーションも3週目に突入したころ,新研修医の一人が脳梗塞で倒れた。右片麻痺が残ったまま,入院することになった――。

 といっても,これは架空の話。東葛病院では,オリエンテーションの一環として1泊2日の患者体験を行っており,取材日は「いままで入院したことがない」という新研修医の石原智恵氏が患者体験を行った。

患者になってはじめてわかること

 シナリオは毎年変わるが,今年は「脳梗塞で(利き腕側の)右片麻痺,糖尿病を併せ持つ患者」という設定。ここ数年は各種の患者体験グッズまで揃える凝りようで,今回は麻痺用の装具を付けて臨んだ。

 11時にナースステーションで手続きを済ませた後,6階西病棟にある6人部屋へ。一般の患者と同室の6人部屋だ。主治医の説明を受けた後,2階の心電図室まで車椅子で移動し,さっそく心電図とABI検査を行った。初めてのABI検査は「足首のしめつけが思いのほか強くて驚いた」という。後で指導医から「患者の中には痛がって暴れる人もいる」と聞き,検査の前の十分な説明が必要不可欠であると感じたそうだ。

 病室に戻り糖尿病用の昼食をとったあと,午後からはバイタル測定や点滴があるぐらいで,ほとんどやることもない。指導医に言わせれば「暇なのも入院体験のひとつ」とのこと。昨年患者体験をした2年目研修医からは,「同室の患者さんの痰吸引が気になって,夜眠れず苦労した」という感想が聞かれた。病棟で受け持ち患者を持った際には,不眠や孤独感など入院生活上の悩みを抱える患者の気持ちに敏感になれるのかもしれない。

 なお,東葛病院では,新人看護師においても研修医と同様に1泊2日の患者体験を行っている(看護の場合は病棟業務に入る5月末ぐらいから交代で開始)。看護師は数が多いためベッド調整もひと苦労のようだ。

救急車内で聞く病院では知りえない苦労話

 1泊2日の患者体験を含め,東葛病院のオリエンテーションは実に1か月に及ぶ(表)。

 2007年度東葛病院オリエンテーションスケジュール(4月)
1 2 3 4 5 6 7
  勤医会統一オリエンテーション  東葛病院オリエンテーション 東葛病院オリエンテーション書類記入 新松戸診療所 野田南部 診療所   
  東葛病院 オリエンテーション歓迎会 リップル
(給食会社)
みさと協立病院
(精神科・療養病床など)
8 9 10 11 12 13 14
   訪問看護 たんぽぽ 東京民医連新入医師オリエンテーション  ハートケア流山
(訪問介護)
相談室居住きずな
(訪問介護)
 
全日本民医連関東甲信越地協医師オリエンテーション  全日本民医連関東甲信越地協医師オリエンテーション 
薬局 あびこ診療所
15 16 17 18 19 20 21
   救急車同乗体験  栄養指導 リハビリ 患者体験  患者体験    
検査/
放射線
全職員集会医局会議
22 23 24 25 26 27 28
   看護師体験  看護師体験  看護師体験  看護師体験  看護師体験  看護師体験
 

 「救急車同乗体験」は日中に行われるためコールはそれほど多くないが,救急救命士の処置(認定者は気管挿管やアドレナリン投与が行えるなど,処置行為の範囲が近年拡大している)や,救急車内にある機器・薬剤の説明を受けるなど,有意義な1日となっているようだ。救急隊は,受け入れ病院が一日中決まらない時など,患者家族にも苦情を言われ大変な思いをする。病院で救急車を待つだけでは決して知りえないそんな苦労話も,同乗中に救急隊の口から聞くことができる。

 4月最終週に組み込まれた「看護師体験」では,5日半を費やし日勤・準夜・夜勤のシフトを経験する。院内業務全体の流れを把握するとともに,チーム医療の重要性を理解するのがねらいだ。また,栄養指導やリハビリは,研修医の希望を組み入れて企画されたそうだ。

 5月2日にはオリエンテーションのまとめをスライドで報告し,連休明けの7日から病棟での研修開始となる。

豊富に組み込まれた院外研修

 こうした他職種経験のほか,オリエンテーションの「場」に目を転じれば,検査室・相談室などの院内施設だけでなく,院外研修が豊富に盛り込まれているのが特徴だ。診療所,特別養護老人ホーム,訪問看護・介護など,慢性期から在宅まで見学できる。地域医療とプライマリケアに力を入れる,東葛病院らしいオリエンテーションだ。

 石原氏がこの病院を選んだのも,卒前実習で地域医療の大切さを痛感し,東葛病院なら診療所での外来研修や往診まで学べることがポイントだった。診療所見学では,患者特性に配慮して高さの違う椅子を何種類か置いていることに「そこまで患者さんのことを考えているのかと感動した」という。

 また,病院グループの集合研修(今年は2・10・13・14日)も“他病院を知る”という点で重要で,半年後,1年半後にも合宿研修を行っている。

看護体験で知る指示出しのNG

 昨年オリエンテーションを経験した2-3年目研修医にも,感想や今後の要望を聞いたので紹介したい。

Q.オリエンテーションを振り返って
「他の研修病院は4月から受け持ち患者を持っていたりするので,そういった施設で働く友人の話を聞くと最初はあせった。今日は給食会社を見学した,とは言いづらかったりして(笑)。でも,患者さんが退院後にどんなサービスを受けているのかなどは病棟勤務では見えてこないし,いま振り返れば貴重な経験。2年目のいまは,他施設の研修医と比べても実力差は感じない」

「他職種体験,特に看護体験が勉強になった。看護業務を経験することで初めて院内業務の流れがわかった。それまでは患者さんがどうやってお金を払っているかさえも知らなかった」

「看護師さんから,“こういう指示出しをしてくれると仕事がやりやすい”とか“シフトの切り替わりの時に指示出しされると大変”とか教わったのが役立った」

Q.オリエンテーションに関する要望や改善してほしい点
「他職種にも医師体験をしてほしい。医師の仕事も意外とわかってもらえない。病棟にいない時の研修医は暇だと思われる(笑)」(註:看護師を妻に持つ研修医の声)

「研修2年目など,合間合間にもう一度いろんな体験ができれば,新人の頃とはだいぶ違った面が見えてくると思う。最初は医師の仕事もわからない中でのオリエンテーションだったし,それに初心をつい忘れてしまうこともあるので(笑)」

 以上,2つの病院のオリエンテーションを紹介した。両院のプログラムは対照的だが,その差異は病院の地域特性や研修理念を色濃く反映したもので,別の見方をすれば共通点とも言える。部署ごとの講義形式のオリエンテーションを極力排し,実体験を重んじる点も似ているのではないだろか。

チーム医療における医師の役割を学んでほしい

下 正宗氏(東葛病院副院長/研修プログラム責任者)に聞く


――オリエンテーションでの1泊2日の入院体験は珍しい取り組みです。研修医の反応はいかがでしょうか。

 入院を楽しんでる研修医も多いですね(笑)。ただ,新研修医の石原が今日,「健側(麻痺のない側)だけで車椅子を動かそうとするとまっすぐ進めない」と話していました。病院にはそういう患者さんがたくさんいますし,車椅子操作がいかに難しいか気づいたのはよい経験ではないでしょうか。

――他職種体験も重視されています。このねらいは何でしょう。

 チーム医療の中で医師にはリーダーとしての役割が求められるわけですが,そのためにはコメディカルのパフォーマンスを十分に知る必要があります。医師はいったん伝票を起こせば終わりですが,その伝票を受けて仕事をしているコメディカルがいるから業務が成り立っているわけです。朝出した指示を2時間後に変えれば,指示を受ける側はいかにストレスを感じるか。医師からしてみれば,病状は刻一刻と変化するのだから変更も仕方ないかもしれません。でも,そういった時のちょっとした配慮が大切なのですね。

――看護師体験を行う病院は他にもありますが,1週間も費やすのは稀ですね。

 準夜や夜勤も含め,各勤務帯のシフトを経験しようとするとこれぐらい必要になります。病院は夜も動いていますし,夜勤ならではの業務があります。それに,三交替を経験してみると,やはり眠れないわけです。看護師さんはそういった難しい体調コントロールをしながら,医師といっしょに働いています。チーム医療のリーダーとして育つためには,こういった院内業務全体を知って,自分の能力を客観的に評価しないといけません。

――職種の体験,患者体験に加え,「場」も慢性期から在宅まで幅広く経験させていますね。

 現在は臨床研修制度で義務付けられた地域医療・保健研修において実際の地域医療を行うので,オリエンテーション期間中はいろんなところに顔みせする程度になっています。中には「自己紹介ばかりで疲れました」と話す研修医もいましてね(笑)。ただ,あらかじめ患者さんの退院後の行き先を知って,笑顔も入院している時とはちょっと違ったりするのを感じるのは,インパクトが大きいと考えています。

――3つの診療所を半日ずつ回るわけですが,それぞれ患者特性が違うことに研修医は驚くようですね。

 それぞれ車で15分ほどの近場ですが,それでも地域の医療ニーズが異なることに気づいてもらえたと思います。それと,各診療所の比較もできますから,所長もうかうかしてられません(笑)。

――オリエンテーションは1か月とかなり長期にわたります。

 1992年ごろから研修医採用を始めたのですが,当時は医師免許の発行が遅かったこともあり,ひと月半くらいかけていました。給食センターで食事の仕込みからやっていたこともありますよ(笑)。

――他の研修病院は4月中に受け持ち患者を持ったりするので,最初は不安を感じるとも聞きました。

 他の病院と比較するとあせりも出るので,昔は研修医から「早く患者を持たせてほしい」という要望がありました。ただスタートが遅いだけで,半年経てば差はなくなりますし,今は上級医がそうしたアドバイスをしてくれています。以前,ストレートで大学病院に入局した後もう一度当院で研修を行った医師は「病院がどういう仕組みで医療を提供しているのか,今まで知らずにきてしまった」 と,ずいぶん多くのことをオリエンテーションから学んだと言っていました。ですから,今後もこだわって続けていきたいと思っています。

――最近はともすれば,受け持ち患者数や手技の経験数ばかり強調される傾向がありますね。

 これからずっと医師として働くのだから,患者さんはこの先いくらでも受け持ちますよ(笑)。逆にこの時期を逃すとできないことをやらないと。研修医にはオリエンテーション中に,チーム医療における医師の役割を学んでほしい。それに,オリエンテーションでいろんなところを回ると,激励されることも多いのです。指導医に励まされるよりも,コメディカルや地域の患者さんに「がんばれよ」って言われたほうが,ずっと励みになるんですから(笑)。

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