昨夏,慶應義塾大学医学部国際医学研究会第29次派遣団(団長=慶大医学部心臓血管外科講師・志水秀行)は,キューバ政府の下部組織であるICAP(キューバ諸国民友好協会)の受け入れのもと,キューバを訪問し,主に医療視察活動を行わせていただいた。
今回の活動は,知られざるキューバ医療の現状について理解を深めることと,もっと大きく国民性や国としての違いを目の当たりにし,それについて考察するねらいがあった。そういった意味で僕たちは,社会主義国としてのキューバの一面を確かに感じ取り,考える機会を持つことができた。
キューバにこれほどまでに東洋医学が浸透していることにたいへん驚いたが,物資不足に悩む中,慣行の西洋医学が提供する大きな利益を維持しながらも,伝統的な医学に再び目を向け利用するという試みがなされているのであった。医療費の高騰が社会問題となっている日本や,世界の多くの国々においても,このような試みが今後の新しい方向性を示すのではないかと感じた。
ハバナ市から車で約2時間のマタンサス県伝統医療開発研究所は,地域の中核病院としての役割を,鍼灸や電気療法などの伝統的な治療方法で果たしている点が特徴的であった。病院に到着すると,外では太極拳を熱心に習う子供たちの姿が見受けられた。太極拳は,健康を維持するためのよい方法として人々に受け入れられているという。病院を入ってすぐの部屋には,木で作られた「太極拳」の文字の大きなオブジェがあり,ここでも中国とキューバのつながりの深さを感じずにはいられなかった。オゾン療法なる聞き慣れない治療方法や薬草の開発研究も行われているとのことで,伝統的な医学を軽視しがちな高度先進医療とは異なり,キューバでは伝統医学との「共存」という新しい可能性が模索されていると感じた。
かつての海軍施設を利用して作られたというラテンアメリカ医科学校は非常に広大で,海沿いに面して建っている。8年前に設立されたというこの学校は,医療分野での国際協力を掲げるキューバの,その理念を実行する最たるものであり,一昨年8月には第1期卒業生を送り出した。1学年1500人であり,訪れたキャンパスでは1-2年生が学んでいるとのことだった。
現在までアフリカ7か国を含む計26か国からの受け入れを行ってきており,スペイン語圏外からの受け入れにも対応するため,入学前には6か月間の語学研修が義務付けられているという。また,医師として体力は必要不可欠であるとの考えから,必修科目として体育が含まれているとのお話が印象的だった。夏休み期間中とのことだったが,多くの学生が自国には戻ることなく,というよりはむしろ経済的理由から戻ることができず,キャンパス内の寮にて勉学に励んでいた。
今回の訪問では,「貧しい」キューバで,日本にはない「豊かな」側面を数多く目にすることができた。格差のない平等な社会,それゆえの治安のよさと医療・教育の無料サービス,重工業化を極力抑えて自然との調和をはかるエコロジー的政策。どれも日本にはない「豊かな」側面だった。人々は「貧しく」ともプライドを忘れず,たくましく「豊かに」暮らしていた。
わずか一週間滞在しただけの印象で,偏見や間違いが多く含まれているかもしれない。しかし一部ではあれ,キューバ医療の現状と,社会主義と資本主義との大きな違いを目の当たりにし,考える機会を持てたことこそが,今回のキューバにおける活動の最大の成果だったと思う。
略歴/2007年3月慶大医学部卒。昨夏,慶大医学部国際医学研究会第29次派遣団として,医療視察などを目的に,キューバ,ブラジル,ホンジュラスを訪問する。将来の夢は,「忙しい医者」になること。