医学界新聞

 

カスガ先生 答えない
悩み相談室

〔連載〕  17

春日武彦◎解答(都立墨東病院精神科部長)


前回2702号

Q 入院中の患者さんが,神経症なのか人格障害なのか,あれこれと情緒不安定でトラブルを起こします。リエゾンの形で精神科医に面接および投薬をお願いしていますが,一か月を超えてもちっとも改善の様子が見られません。もはやリエゾンでお願いしていることの意味は,迷惑を受けているスタッフへ向けてのアリバイ作りでしかないような気さえしてきました。我々一般科の医師は精神科的アプローチの結果に対して性急すぎるのか,あるいは期待が大きすぎるのでしょうか。(34歳・整形病棟勤務)

慌てる○○は……

A まあ症状によっては比較的迅速に改善することはあります。せん妄とか幻覚妄想状態とか。ただしご質問にあったような(たぶん)人格障害圏ですと,覚醒レベルを投薬で落としてしまわない限り,あなたが期待するような結果は望めないかもしれません。

 ここできちんと把握しておくべきことは,以下の2点です。まず,即効的に人の心をコントロールするなんて催眠術師めいたことは無理である。ことに相手が正常に近いほど,コントロールは難しくなる(たとえ薬を使っても)。そんなことができたら,異性を手玉に取るなんて自由自在といった理屈になりますが,艶福家の精神科医なんてわたしは見たことがありません。

 もう一つは,誰を標的に治療が行われているのか,という点です。なるほど狭い意味ではトラブルメーカーである患者さんその人でありましょう。しかしトラブルによって苛立つスタッフや,そのために不満の矛先を向けられて困っているあなた自身もまた,広い意味では「救われるべき対象」にカウントされましょう。それはどのようなことを示唆しているのか。

 患者が患者として直接治されることだけが問題解決への道である,といった発想が間違っているのです。そりゃあ,人格障害圏の人が正常になるのならともかく,実際には無理難題です。となれば,本人に関わらざるを得ない人たちの気分を少しでも楽にすることが次善の策になります。ご質問では精神科医が絡むことが「スタッフへ向けてのアリバイ作り」になっているのでは,とおっしゃっていましたが,それでとりあえずスタッフの気がおさまったり,「やっぱり精神科医なんて役立たずの阿呆だ」ということで問題を精神科医の能力の話へすり替えることができたとしたら,これもまた立派な問題解決のパターンであると見做しても良いとは思いませんか?

 スタッフに余裕ができれば(むしろ絶望してしまうかもしれませんが,少なくともないものねだりをしても仕方がないという点では,腹を括る契機になったはずです),自然に患者との対立関係からも緊張感が去り,いつしか互いに安定した関係を築いていけることは珍しくありません。ただし,こうした考え方は,性急な目で見れば「なまぬるい」と映るでしょう。しかし何でも迅速がベストというわけではありません。立ち食いそばやファーストフードを最良の食事と信ずるくらい馬鹿げた発想ですよ,せっかちさを自己肯定するのは。

 精神科的発想のひとつは,おそらく患者のみならずその人に関わっている人々全体をひとつのユニットとして捉える,といった見方でありましょう。それは人間同士が互いに影響を及ぼしあい,往々にして患者の言動と周囲の反応とが悪循環を引き起こしている事実に由来しています。

 したがって,例えば「ひきこもり」の子どもについて親が相談に来たとしたら,患者本人である「ひきこもり」氏を診察室まで連れてこなければ何も始まらないというわけではない。親と子は同じ屋根の下で暮らし,たとえ口は利かなくとも濃密な空気の中で互いを強く意識しあっている。ならば,親に働きかけ心に余裕を与えることで,遠回りながらも子へのアプローチは可能であるし,少なくとも「親だけでも」精神的に楽になれば,これは何もしなかったよりははるかに収穫があったことになります。

 といった次第で,患者とそれを取り巻く人たちとの「ユニット」という単位で「落としどころ」を探っていくあたりに,精神科的発想の奥深さと甘っちょろさとが見えてくるわけであります。最後に付け加えておきますが,あなたのような考え方はオーソドックスではあるものの,医者はヒーローであるべきだといった幼稚な心情に通底している気がしますね。

次回につづく


春日武彦
1951年京都生まれ。日医大卒。産婦人科勤務の後,精神科医となり,精神保健福祉センター,都立松沢病院などを経て現職。『援助者必携 はじめての精神科』『病んだ家族,散乱した室内』(ともに医学書院)など著書多数。