医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


腫瘍内視鏡学

長廻 紘,大井 至,坂本長逸,星原芳雄 編集

《評 者》田中 雅夫(九大大学院教授・臨床・腫瘍外科)

内視鏡を志す すべての医師に

 本書の最初の印象はまず,長廻紘先生の序論「内視鏡の過去・現在・未来」が圧巻である。内視鏡の歴史,現況分析,展望が読み進むうちに面白く理解でき整理できる。文章が簡潔でこのうえなく歯切れがよく,読んでいて実に心地よく知識が掘り下げられる。特に,随所に散りばめられた詩的かつ哲学的な表現がたまらなく魅力的で,この先にある分担執筆になる各項目もこのような優れた洞察にあふれたものなのか!と期待に胸が躍り始める。

 ひとつだけ不満をあげれば,内視鏡治療が発達したことによって「癌治療から外科が大きく後退しつつあり,若い医師の進路選択にも影を落としている」と,外科医志望者が内視鏡のために減ったかのようなくだりがある。これには,胆膵専門の消化器外科医でかつ胆膵の内視鏡治療にも携わっている筆者としては大いに異論がある。一部の地域での外科志望者の減少は,開業しての手術を困難にする世相と,時間的に楽で生活に余裕を持てる道を選ぼうとする若者気質のためであって,外科の仕事が内視鏡の発達によって狭められているためでは決してない,と筆者は思っている。むしろ内視鏡外科,形成外科の登場・発達で外科の領域は拡がり続けている。

 この点はともかく,それ以外での長廻先生の主張には拍手喝采をおくりたい。数例をあげると,「ライバルのないところに進歩はない,あっても遅い,下手をすると慢心から退化に至る」,「過去に対する畏敬の念のない者がいきなり進歩した技術を手にしてもマニアに堕するのがおちで,将来を拓く担い手としては期待できない」,「微細診断はそれ自体として重要なことであるのは疑いないが,先に何かを見据えていないと永続性のある仕事とはならない」等々。

 本書はこの序論に引き続いて,下咽頭・食道から直腸に至るまでの流れに沿い,その途中に発達した三角州のように独特の領域となっている胆・膵に関しての腫瘍の内視鏡診断と治療について,第一人者の方々が同様に簡潔な言葉で実に美しい写真と図を駆使して解説している。各領域ではまず,総論でしっかりと,内視鏡の意味,細かい技術を含めた方法論,前処置,新しい展開について理解してもらった後に各論がそろえてあるところが心憎いばかりの配慮である。

 本書はすべての内視鏡医にぜひとも読んで欲しい。その理由は,内視鏡ではともすれば,何のためにそこまでやるのかと思わせるような技術のための技術追究がなされることがあり,再び長廻先生の序論にある言葉を引用して述べるならば,「そういった手法がいかなる場合にどの程度有用であるかの省察を伴いつつ用いてほしい」と切に思うからである。それとともに,「読者の中からさらに先へ,内視鏡の地平を拡げる人の出現を隠れた目的とする」と述べられているように,内視鏡が面白そう,あるいは面白いのかなと少しでも思った消化器をめざす医師には,ぜひとも最初に本書をよく味わって読んでいただきたい。

B5・頁264 定価12,600円(税5%込)医学書院


診療所マニュアル
[ハイブリッドCD-ROM付] 第2版

社団法人地域医療振興協会 編

《評 者》川井 啓市(湯川胃腸病院院長)

EBMの実践と診療所医師としての 生き方を示した指南書

 専門志向,大病院志向の時代にあって,医療過疎の地域が少なくありません。本書は近隣に病院がない僻地で孤軍奮闘する医師のために自治医大の卒業生よりなる地域医療振興協会が編集した本ですが,骨格である目的の取り扱い方に医学教育の本来の姿がみられます。

 私事で恐縮ですが,1958年に京都府立医科大学を卒業後,第三内科を経て,1973年に新設された公衆衛生学教室の教授に就任しました。疫学,基礎研究から臨床まで広く人材を集め,マクロの目から医学を見直そうという趣旨のもとに発足した教室でした。しかし,当時,大学は研究至上主義で,医療の現場でも稀な病気,新しい検査法や治療技術に関心が集まり,救急医学やcommon diseaseに対する関心は低かったと思います。現状でもこの傾向は残っていると言えるでしょう。毎年8000人の若い医師が巣立って行きますが,彼らに望まれていることは社会のニーズを理解して医療にあたることです。私が本書に関心を持ったのは,地域医療を充実させようという自治医大創設の目的と私達の教室がめざしたものがだぶって見えるからです。

 それぞれのページには蘊蓄がぎっしりと詰まっており,執筆者の「伝えたい」という情熱がみて取れます。「診療所でみられる症候」の章では12の症候が取り上げられます。症候のうちのごく一部に過ぎませんが,疾患の羅列ではなく,仮想症例に基づいて若手医師とベテラン医師の会話が展開していきます。診察所見や検査データの感度,特異度,尤度比を交えつつ,診断と治療をいかに論理的に進めていくべきかを浮かび上がらせます。文章は軽妙で,寝転がってでも読める気楽さを持ちながらも,内容は実に奥深いものです。一方で,massに基づく判断があやふやな領域を有していることにも注意を喚起し,本当にこれでよいのだろうかという自問も随所にみられます。ここからは紹介するという基準やタイミングも示されています。「患者さんを中心に考える」の章では患者の視点が示されます。「診療所ならではの問題」の章のコラムには「離島搬送」が取り上げられています。輸送手段,自然環境の影響など,都会での医療環境しか体験していないものでは計り知れない事柄でしょう。さらに「診療所から地域へ」の章では介護,検診,疾病予防などの観点から,システム構築の必要性とそのプロセスが述べられます。他にも,患者に対する説明の際の勘所や間の取り方,保険審査という現実的な問題にも触れられており,きわめて実際的な記述がなされています。最後の章である「自己学習・生涯学習」では地域医療の現場であるからこそできる研究があると語りかけています。

 マニュアルといえば一般的には必要最低限の知識と手順を集約したものと受け取られがちですが,本書はむしろEBMの実践と診療所医師としての生き方を示した指南書であるといえます。本書にみられるような卒後研修を進めることが,医学の本当の理解に近づくと思います。臨床疫学を介して個の医学と集団の医学がアカデミックに結合することが本書に対する期待です。病診連携が重要視される今日,診療所医師のみならず病院勤務医にもぜひ手に取って欲しい一冊です。

A5・頁356 定価4,200円(税5%込)医学書院


《標準理学療法学・作業療法学 専門基礎分野》
精神医学
第2版

奈良 勲,鎌倉 矩子 シリーズ監修
上野 武治 編

《評 者》山内 俊雄(埼玉医大学長)

精神科リハビリテーションをとりまく 環境の変化に適切に対応

 理学療法や作業療法を行う際に,病者の心のありようを適切に把握して治療を行うことが,治療効果をあげる上で重要であることは,周知の事実である。そしてまた,これらの治療法を受ける病者の置かれた精神的・身体的病態を正しく判断することが必要なこともまた,言をまたないことである。

 このような精神医学的配慮が誤りなく行われるためには,精神医学的素養を身につけることが不可欠である。例えば,精神的な不調がどのような理由で生ずるのか,対応はどうすべきかなどについて,大まかなあたりをつけることができることが重要である。

 理学療法や作業療法にたずさわる者にとって必要とされる精神医学的知識をまんべんなく,しかもわかりやすく提供しているのが本書である。精神の病がどのようにして生ずるかを成因の上から大きく3つに分け,それぞれの疾患についてICD-10に従って説明しているが,それは網羅的ではなく,どのようにして理解するかといった,学ぶ者の視点に立って,図表を多用しながら,重要なポイントをおさえて,説明している。しかも,当然のことながら,リハビリテーションの視点から治療や援助,福祉が述べられ,職業リハビリテーションが語られている。

 実は,本書は初版から3年半を経ての本格改訂としての,第2版である。初版で不十分であったところをていねいに補っただけでなく,初版以降に,精神科リハビリテーションの位置づけが明確化されたり,国際障害分類が改訂され,障害の概念が変化するなど,精神科リハビリテーションをとりまく環境の変化が生じたことに適切に対応して,本書の改訂となったものである。

 例えば,国際生活機能分類(ICF)にそった改訂や,初版で不十分と思われた予防,治療の面を補強したり,多くの資料,写真,図を新たに加え,読者の理解を促す工夫を凝らし,また,医療の現場で求められている,小児,青年期,初老期,老年期など,年齢的視点からの精神医学にも言及しており,この1冊で精神医学の広範な領域を知ることができるだけでなく,自然に,リハビリテーションと精神医学の結びつきを理解できるような工夫が諸処に感じられる。

 また,資料として,ICD-10,DSM-IV-Rや精神保健福祉法の要点などが掲載されており,大変親切にしてかつ,時代の先端に対応したテキストブックといえよう。

 その意味でも,本書は,学生のみならず,理学療法・作業療法に関係する人たちの,まさに標準となる,完成度の高い教科書である。

B5・頁336 定価4,620円(税5%込)医学書院


解剖学カラーアトラス
第5版

J. W. Rohen,横地 千仭,E. Lutjen-Drecoll 著

《評 者》坂井 建雄(順大教授・解剖学第1)

新しい時代の流れを取り込んだ 写真による人体解剖アトラスの 草分け

 解剖図も進化する。1543年のヴェサリウスの『ファブリカ』からはじまり,リアリズムの極致をきわめた1685年のビドローの『人体解剖学105図』,理想の人体を追い求めた1747年アルビヌスの『人体骨格筋肉図』と発展していった。現代の解剖図も,進化している。画家が筆で描いた解剖図にも,それぞれの画家の技量や,時代による趣味の変化をうかがうことができる。最近では,コンピュータグラフィックスによる硬質な感じのものが,急速に増えている。

 写真による人体解剖アトラスの草分けである,Rohen・横地の『解剖学カラーアトラス』に,新しい第5版が出た。人体そのものや,それを写真で撮影したそのものが,変わっていくわけではない。しかしそれを1冊の本に仕立て上げたこのアトラスは,見事なまでに新しい時代の流れを取り込んでいる。この本を進化させようという意気込みは,表紙を飾る解剖図からも,感じ取ることができる。人体の骨格を斜め上から覗き込んだ図に,意表をつかれる。裏表紙には天球儀を持ち上げる裸身の彫像の写真が飾られている。何ものかと思えば,その下に“Atlas”という文字がある。著者のしゃれっ気に,思わずほほえんでしまった。

 Rohen・横地の『解剖学アトラス』は,何度見ても美しい。描かれた解剖図しか見たことがない人には,こんなものかと思えるかもしれない。しかし本物の人体解剖を体験した人なら,結合組織が取り除かれ,美しく剖出された動脈や神経の数々に目を見張る。時間さえかければ,自分でもかなり美しい解剖ができるぞと思っていても,なかなかできるものではない。解剖実習室で学生とつきあいながら,実習の進行を遅らせないために,埋もれている血管や神経の一端を大急ぎで発掘する。そこで教育的な配慮から,あとを学生たちに任せ,その走行の全貌を剖出するようにと指示をする。多忙な中で,そんなとりあえずの解剖をしている毎日である。このアトラスを繙いて,しばらく写真を覗き込んでいると,無限の時間があるように思っていた若い解剖学者であった頃を思い出して,心が洗われるような思いがする。

 この新版のアトラスの中身の方は,新しい解剖写真を40枚近く,さらにCTとMRIによる断層写真と挿図を加えている。しかし一部の写真を割愛したり,レイアウトを変更したりして,頁数が増えないようにと配慮されている。また用語は,日本解剖学会による新しい解剖学用語に依拠している。著者の不断の努力に敬意を払いたい。

 最後に,このアトラスに込められた横地先生の愛情の一端を知る者として,紹介しておきたいことがある。「横地千仭・喜與子日独医学交流基金」である。多くの日本人が,フンボルト財団などからのお世話でドイツに留学してきたが,ドイツ人の研究者を日本に招く基金がないことを嘆かれて,横地先生がこのアトラスでの収益ならびに私財の一部を金原一郎記念医学医療振興財団に託して作られたものである。解剖学,生理学,生化学,薬理学,免疫学,細胞生物学を専攻する,40歳までのドイツ人研究者が対象である。大げさに喧伝することを避けたいという横地先生のご意向もあって,あまり活発なPR活動はしていないが,2000年以来,10人のドイツ人研究者が,すでにこの基金から助成を得て,共同研究のために日本の大学に滞在させていただいている。

 医療が人に対する愛情の上になりたつものであるとすれば,解剖学こそはまさにその愛情の原点であるということを,このアトラスは教えてくれる。

A4・頁536 定価12,600円(税5%込)医学書院


診療・研究に活かす病理診断学
消化管・肝胆膵編

福嶋 敬宜 編
福嶋 敬宜,二村 聡,太田 雅弘,入江 準二 執筆

《評 者》角谷 眞澄(信州大教授・放射線医学)

臨床医とともに働く病理診断医の視点から書かれた,
消化器病理診断学の実践的な解説書

 福嶋敬宜先生編集による『診療・研究に活かす病理診断学-消化管・肝胆膵編』が医学書院から上梓された。B5判の272ページからなる病理診断学の解説書である。

 「明日から“病理に強い臨床医”と呼ばれるようになる」,そして「臨床医と病理医を強力につなぐ一冊。これで自信をもって患者さんに説明できる!」さらに「これで学会・研究会が楽しくなる・」と帯には謳われている。医学書院の発刊にしてはずいぶんとノリがいいなあと思いながらページを開いてみた。実は……今,いつでも鞄に入れて持ち歩いている一冊になっている。

 著者は,「病理学の教科書ではなく,病院で他の臨床医とともに働く病理診断医の視点から書かれた病理診断学についての解説書」と記しているが,実際の構成を紹介しよう。本書は入門編,基礎編,応用編,資料編に分かれている。入門編では病理診断を概観したうえで,病理・細胞診検査の依頼の仕方,そして病理・細胞診断レポートの意味するところがわかりやすく解説されている。基礎編では臨床医として知っていれば得する臓器・病変別の病理学的アプローチや特殊染色の基礎知識が,あまねく記載されている。これは読み応えがある。さらに応用編では病理診断を研究に活かす手法や学会発表・論文投稿に役立つ病理写真の見せ方まで伝授してくれている。これだけでも十分なのに,いつでも参照できる資料編として「病理診断関連用語125」や「正常組織像アトラス」まで用意されている。用語の定義や正常組織の基本像を,折に触れ確認するのにとても便利だ。

 コラムの内容も優れものである。「ここがホット」では,NASH/PanIN/MUC/SSBE/MALTなど,最近の消化器病関連のキーワードの解説が随所に配され,なるほどと合点のいく明快な説明がなされている。「Coffee Break」,「FAQ」,「耳より」も読んでいて実におもしろい。

 「病理診断学では肉眼所見を十分に観察し,次に組織所見に入っていくのが基本である。しかも多くの病態はHE染色のみで診断可能であり,特殊染色が必要となるのはむしろ少数例である」と述べられている。これは画像診断の思考過程に通じるものがある。われわれは画像に表現される病変の存在部位や形状から鑑別を絞り,そして画像上の微妙な濃淡から組織所見を類推していく。造影検査を追加し血流情報を得るのは,特殊染色で鑑別を絞り込んでいく組織診断の過程に相当しようか。

 また,病理診断でも依頼する前にもう少し情報を伝えてくれるか直接相談をしてくれれば,より適切な検査法を選ぶことで回り道をしないですむことがあるとも著者は記している。同じ思いをしばしば経験する画像診断医の1人として,わが意を得たりである。いたるところに登場する「側注」もぜひ目を通していただきたい。そこに込められた病理診断医の本音やつぶやきも見逃せない。病理診断学が語られているが,画像診断学へのヒントが満載されている。

 本書の特徴は,著者の狙いが込められた「はじめに」に余すことなく記されている。ぜひ,最初に「はじめに」を一読していただきたい。そのなかで,本書は主に消化器系の診療と研究に携わる臨床医に向けて書かれたものだが,著者は読者として,
・病理研修を受ける臨床研修医
・消化器系の専門医をめざしている人
・臨床病理カンファレンスでの病理医の説明にピンとこないことが多い人
・中堅の外科医でありながら病理検体の扱いなどの指導に自信がない人
・自分の病院の病理医とほとんど話をしたことがない人

をターゲットにしていると述べている。さらに,病理検査に携わる臨床検査技師,一般病理医,そして臨床実習中の医学生など,実践的な消化器病理診断学の知識や手順などを短時間に習得したい人達にも最適としている。

 本書の多彩な内容と気配りの効いた構成は実にユニークで実践的だ。専門が異なれば十人十色の利用法があるに違いないが,本書はどの方にも十分満足のいくものと確信する。ぜひ手にとって本書を開いてみて欲しい。病理診断学の新しい世界との遭遇が待っている。

B5・頁272 定価6,825円(税5%込)医学書院