医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


消化管全般にわたって,高度な内容を要領よく記載

消化管の病理学
藤盛孝博 著

《書 評》寺野 彰(獨協医大学長)

独創的な消化管病理学テキスト

 藤盛教授が「もうすぐ出ますよ」とにんまりして筆者に話しかけた時,「え?何が?」という返事に,「嫌だなあ。『消化管の病理学』ですよ。僕のライフワークなんだから」と不満そうな顔だったのが2,3か月前のことである。「ああそうか。ついに出るのか」というのが筆者の感想であった。確かに数年前から,同氏が“これまでとは根本的に違った独創的な消化管病理学のtextbookを出すのだ”と息巻いていたことは知っていた。

 このあたりのいきさつについては序文に詳しい。序文とあとがきを読むと,同氏の本書にかけた情熱が伝わってくる。同時に,本書の完成にはきわめて多くの人びとがかかわってきたことに驚きを禁じ得ない。藤盛教授の単著の形式を取ってはいるものの,これだけの人々が症例を提供し,病理標本を作製し,すばらしい写真をとり,本書に大きな貢献をしてきたらしいことがわかるし,氏もこの点に謙虚に深甚の意を表している。

内視鏡学と病理学の橋渡し

 さて,本書の特徴を筆者なりに(病理学の素人として)あげてみたい。

 まず第一に,口腔から肛門まで消化管全般にわたって高度な内容を非常に要領よく,研修医にもわかるような記載で一貫していることである。これは,最近多い多数の分担による著作と異なるところで,近年稀に見るものと言ってよいであろう。このことは,この数か月,ほとんど徹夜に近いような作業で,しかも好きな酒もほとんど断って1人で著述した氏の努力,根性の賜である。すべての消化管とはいっても,やはり氏の専門である大腸疾患に対する記載に迫力がある。

 第二の特徴は,非常にクリアな病理写真とともに,拡大内視鏡,色素内視鏡も含めて多くの内視鏡写真がちりばめてあることである。真偽のほどはともかく,同氏が内視鏡の達人であると自負していることが,本書を内視鏡学と病理学の橋渡しというこのユニークで独創的なtextbookにし得た所以であろう。事実,本書の核心は,内視鏡による生検やEMRなどによる標本を中心としたものである。これは,氏の術前の正しい診断の重要性の認識と,内視鏡診断治療への厳しさの表現ともとれるものである。

 第三の特徴は,氏の得意な分子病理学についての記載である。これには,本来氏がトップに持ってきたかったものを,理解しやすさをも含めてあえて最後に持ってきたという氏の読者,特に小生へのいたわりのようなものを感じる。これから病理学をやろうという若き学徒への氏からのshyなmessageなのであろう。

随所に見られる細やかな配慮と学問への厳しい姿勢

 その他にも,例えば,消化管の発生,正常組織像アトラス,生検の取り方,依頼の仕方,標本作製などに至る細やかな配慮が伺えるのも本書の特徴といえる。病理標本の取り違えなどをどのように防ぐかという観点にも言及してあるが,病理学の責任から言えばきわめて重要なことで,もっと紙面を割いてもよかったかもしれない。今後の重要な課題である。文献は,巻末に565編の英文論文のみ紹介されている。この点も氏の学問に対する厳しい姿勢の表れと筆者は考えている。邦文の重要な文献は,本文の中でのみ紹介されているというのも読者の利便性を考え,直ちに文献に当たれという氏の基本姿勢の表現であろう。

 藤盛教授がわが獨協医科大学病理学教授として赴任されて,8年が過ぎたらしい。この間,本学並びに関東では,関西から若干変わった教授が来たということで波紋を投げたこともあったようであるが,ともかくこのようなすばらしい独創的なtextbookを出版されたということは,本学にとって非常な名誉である。学会,研究会における氏の発言は,きわめて鋭く,それ故に誤解されることもなしとしないが,その向きはぜひ本書をお読みになるといいと思う。きっと胸のつかえが下りるだろう。この度発足した「日本消化管学会」においても,氏は重要な役割を果たすであろうし,われわれも大いに期待しているところである。

 藤盛教授は,分子病理学を得意とするように大変現代的な方であるが,他方,本書にもあるように,恩師である長廻先生を心から慕うなど古風なところもあり,まさに「温故知新」の典型的な人物である。

 病理学専門医,内視鏡専門医,レジデントあるいは医学生の諸君に本書を強く薦める。

B5・頁264 定価12,600円(税5%込)医学書院


キュアからケアへの方向指示器となる1冊

《総合診療ブックス》
ギア・チェンジ
緩和医療を学ぶ二十一会

池永昌之,木澤義之 編

《書 評》川畑雅照(虎の門病院 医学教育部)

緩和医療の現実

 ギア・チェンジ-緩和医療に直接携わるものでなければ,医療現場で聞くに少し耳慣れない感情を抱くかも知れない。ここでいうギア・チェンジとは,西洋医学による集学的な癌治療から緩和ケア中心の医療・ケアへ転換することである。

 疾患の良性・悪性の如何を問わず,すべての病んだ人々を治癒させることはできない。そして,治癒が不可能となり死に至ることが明確となった際,積極的な治療法から緩和的な治療へ切り替えていかねばならない。治癒をめざす医療においては,ガイドラインばやりの昨今,標準化やマニュアル化が進んでいる。一方,緩和医療の世界でも,モルヒネの使用法やコミュニケーション技法の書籍についても枚挙に暇がない。しかし,どうやって積極的な治癒をめざす医療から緩和ケアを中心とした医療に切り替えていくか? 治癒を願ってつらい手術や化学療法に耐えてきた患者さんに,これ以上積極的な治療ができなくなった時,どんな言葉をかけてあげたらいいのか? 多くの教科書には,ほとんどページが割かれておらず,日々の医療現場では医療従事者と患者さんや家族が大きなストレスを感じながら試行錯誤で対応しているのが現状ではなかろうか。

看取りにかかわるすべての医療者に

 ギア・チェンジ-いかにスムーズにキュアからケアへシフトチェンジさせていけばいいのか? 本書では,タイトルの「二十一会」にあるように,21の緩和医療の現場における患者さんとの出会いを通して,21人の新進気鋭の若手の実践家たちが,その真髄を熱く語っている。ともすれば,困惑しがちなギア・チェンジの場面で,方向指示器となる数少ないガイドブックと言えよう。看取りにかかわるすべての医療従事者にとって,一読すれば必ず参考になる1冊である。

 本書は,プライマリ・ケア医のみならず,研修医,専門医そしてコメディカルにも好評を博している総合診療ブックスの1冊である。これまでにない切り口で,われわれが困っていたすき間の部分にスポットライトをあててきた本シリーズの真骨頂ともいえる1冊である。このシリーズは21世紀を迎え「はじめよう在宅医療21」「総合外来初診の心得21か条」「糖尿病外来アップグレード21原則」など21シリーズで良書を世に送り出してきた。次はどんな“21”で来るのかと期待していたところ,この内容と「二十一会」にはまったく感服した。そして,実は21冊目となる次の総合診療ブックスの“21”も楽しみにしたい。

A5・頁232 定価3,885円(税5%込)医学書院


言語聴覚士養成の現場で求められていた小児科学テキスト

言語聴覚士のための基礎知識
小児科学・発達障害学

宮尾益知,二瓶健次 編

《書 評》大石敬子(宇都宮大教授・障害児教育)

言語聴覚士がかかわる患児の多くが発達障害

 平成9年に言語聴覚士が理学療法士,作業療法士に次いで国家資格となった。この動きと前後して,全国各地に言語聴覚士を養成する大学,専門学校が作られた。現在,これら養成校は約50校あり,毎年国家資格を有する言語聴覚士が1000名前後誕生している。

 これは,言語障害を有する方々への専門的サービスがいきわたる点で望ましいことであるが,いくつかの問題点がある。その第一が,言語聴覚士は歴史が浅い学問・臨床領域の専門職であるため,養成校で何を教えるかがあまり吟味されていないことである。カリキュラムには,内科学,耳鼻科学などともに,小児科学が定められており,通常その専門領域の医師が担当する。言語聴覚士向けの小児科学のテキストはこれまでなかったので,評者が見聞する限りでは,しばしば看護師の教育に使われる小児科学の教科書が流用されていた。おのずと身体の病気が中心の講義内容となる。しかし言語聴覚士が臨床で携わる患児の多くが発達障害,特に精神遅滞や広汎性発達障害,および軽度発達障害である。その一方で保険点数の改定後,重症心身障害児施設での言語聴覚士の雇用も増えている。

 このような状況にあって,『言語聴覚士のための基礎知識 小児科学・発達障害学』が出版された。2名の編集者を含めた11名の執筆者は,いずれも障害をもつ小児を専門とする医療機関,療育機関,相談所の第一線の医師(言語聴覚士1名を含む)である。構成は4つの章に分かれるが,そのうちの2章が,言語聴覚士に最も知識と理解が必要な,知的障害,運動障害,感覚器障害,重症心身障害,広汎性発達障害,軽度発達障害(LD,ADHD,アスペルガー症候群)などにあてられている。さらに本書の特徴は,単にこれら疾患の解説だけではなく,すでに獲得された機能の喪失である成人の障害と異なり,機能獲得の途上で障害を受ける発達期の障害が子どもと家族にもたらす意味について,著者らの考えに随所で触れられることである。これは先に述べたような編者,著者だからこそできることであり,従来の医学解説書にはあまりなかった点である。

医学用語を最小限にした解説

 もう1つ本書がコメディカル職種のために書かれた書物として評価したいことは,医学を専門とするわけではないわれわれにもイメージしやすい形で医学的知識を伝えていることである。例えば,「運動障害」の項で運動の成り立ちとして,「運動は直接関与する筋,関節,骨などの器官が必要であるが,その指令は脳より出されている。脳は各感覚器官より得られた情報をもとにして,そこに脳自体の判断を根拠にして……自分の身体をどのように動かすか指令を出す」という表現ではじまり,その後に運動に関する神経系の仕組み,運動の障害へと記述が進められる。われわれにとっては,医学の世界で使われている枠組みを外して,しかも医学用語を最小限にして解説されないと,医学的知識は消化不良となりやすい。本書ではこのことが配慮されている。

 本書が,言語聴覚士の養成校での小児科学のテキストとして広く使われることを望みたい。またすでに臨床の現場にいる言語聴覚士は,必ずしも本書のように整理された形で発達障害学を学んでいるわけではないので,卒後研修のテキストとして,本書が広く読まれることを期待する。

 巻末に母子保健法,児童福祉法などの関連法規の抜粋が載っている。また本文中にコラムやNOTEとして,キーワードの解説があることも有難い。

B5・頁212 定価3,360円(税5%込)医学書院


臨床家必読! 臨場感豊かな記述でエビデンスの有効利用・活用を促す

How to Useクリニカル・エビデンス
浦島充佳 著

《書 評》藤原一枝(藤原QOL研究所・脳神経外科医)

医療は統計学的な証拠をもとに操られるアート

 読み応えを感じる。医療が経験則ではなく,統計学的な証拠をもとに操られるアート(技術)と認識される時代,待望の1冊とも言える。それに準拠する,そして日々更新されるべき医療行為の種本の作り方・使い方である。先輩の経験や,教科書や雑誌に求めていたエビデンスが,インターネットで容易に収集される時代背景を踏まえ,読者が未知の問題を解こうとした場合の,文献の収集の仕方,PubMedなどデータベースの引き方まで懇切丁寧である。

 取り上げられた事例は非常に日常的で,「母乳の乳児肺炎予防効果」「熱性痙攣の予後」「先天奇形のリスク」「癌の遺伝的要素」「BCGの結核予防効果」などなど24項目。それを,表現力に長けた著者は,生身の心を持った医師をそれぞれ主人公に仕立てた一話読み切りの形式で,臨場感豊かに解いてみせるのである。当然,情報の質が問われるわけで,基礎編・実践編で巧みに吟味点が表示され,ディベートやデータ解析につながる。

 主には2001年までの文献を駆使したクリニカル・エビデンスそのものが役立つが,医者の直観や主観や性向や姿勢が医療行為の最終決定に及ぼす機微をついた記述に,引き込まれることであろう。

「正しく解釈し,問題を深く掘り下げて考えられる資質」

 著者は,エビデンスの有効利用・活用を促し,「正しく解釈し,問題を深く掘り下げて考えられる資質」を期待する。その視点では,乳児期の神経芽細胞腫の早期発見早期治療をめざして,1985年から本格的に日本ではじまった6か月時のマススクリーニングの根拠と功罪をめぐる話題は示唆に富み,極めて熱い。

 神経芽細胞腫の有無や予後不良例を問題にした時代から,「乳児期の神経芽細胞腫には自然退縮現象があり,予後良好であるので,発見の意義は少なく,かたや幼児期以降に発症する予後不良進行癌の発見には寄与していない」というエビデンスが集積された。スクリーニング陽性患者に,無用の治療を強い,QOLを悪化せしめたという反省がある。きめ細かい観察と同時に,最終判定にランダム化二重盲検臨床試験が説得力があることが示される。そして,著書に記載はないが,ついに2003年10月に,日本ではこのスクリーニングは中止されたのだ。

 小児脳神経外科を専門とする評者には,「葉酸投与で,二分脊椎が予防できるか」という設問に,「40-80%予防できる」というエビデンスが示され,「統計学的に90%の神経管欠損は葉酸欠乏による」という確率の表示に興味があった。葉酸投与で予防できなかった症例が現実にあり,予防策は単純でないと思う故である。

 最後に,「エビデンスをよく勉強して成人病を予防するのは内科医ではなく,小児科医なのではないか。生活習慣は小児期に形づくられるもので,成人になってからそう簡単に変えられるものではないから」という著者の姿勢には,おおいに共感した。科を問わず,臨床家必読の書である。

A5・頁256 定価2,940円(税5%込)医学書院


従来のリハビリテーションが対象としてこなかった人たちへのまなざし

《標準作業療法学 専門分野》
高齢期作業療法学

矢谷令子 シリーズ監修
松房利憲,小川恵子 編

《書 評》大田仁史(茨城県立医療大附属病院長)

「学生主体の教育」をコンセプトに

 冒頭でシリーズ監修者が述べているように,本シリーズは「学生主体の教育」,すなわち学生が主体的に学習に取り組める「環境づくりの一翼を担う」というコンセプトで編集されている。そのために学習内容の到達目標を明確化し,チェックシステムを構築するなど,学生の目線に立った編集が工夫されている。たとえば,各章には自己学習の修得チェックリストがあり,自己の学習の到達度,未熟な点を確認することができる。

 また,シリーズすべての序章には見開きで学習マップが設けられ,全体の構成・概要が一覧できる。このマップはまことに親切にできていて,自分がどのあたりの学習をしているのかを常に確認できる。また,シリーズ全巻の中で,手にしている書の位置づけがマップ上で一覧できるのも親切である。

臨床の目を通した編集

 本書を編集された松房先生と小川先生はよく存じ上げているが,お2人とも臨床と教育双方に造詣が深い方で,臨床の目を通して編集されているのがよくわかる。特に実践事例に虚弱高齢者,寝たきり高齢者,重度・中度痴呆性老人,重度痴呆から寝たきりになった人など,どちらかと言えば従来のリハビリテーションが必ずしも対象とはしてこなかった人たちにまなざしが向けられていることに,「終末期リハビリテーション」の確立を願っている筆者としては百万の味方を得た思いと同時に,編集者の人間としての深さを感じた。

 序のなかで述べられている「高齢者は若中年者をそのまま延長したものではなく,また,高齢者という1つのグループにまとめられるものではない」という認識にはまったく同感である。社会一般の認識と教育にずれがあってはならないからである。本書はまさにそのような視点で貫かれている。また「この分野での作業療法は未成熟で」と謙遜されているが,世界に類をみない早さで高齢化の道を進んでいる日本では未知のことばかりで,何も作業療法に限ったことではない。統合失調症者の高齢化の課題などは,社会全体が取り組むべき未解決の難題である。

 本書は,「序章高齢期作業療法を学ぶ皆さんへ」から「第1章高齢期作業療法学の基礎」「第2章高齢期作業療法の実践」「第3章高齢期作業療法の実践事例」まであり,最後は「高齢期作業療法学の発展に向けて」で結ばれている。各章で何を学んだかはキーワードで整理できる。また章ごとのチェックリストもよくできていて,試してみると学ぶべきことがたくさんあり勉強になる。シリーズ監修者が言うように,総じて文章は平易で読みやすい。落ち着いた色合いの図表が多く,見ていて楽しい。教科書として学生には喜ばれるであろうし,教官も使いやすいと思う。

B5・頁216 定価3,780円(税5%込)医学書院