医学界新聞

 

連載

ディジーズ・マネジメントとは何か?

ディジーズ・マネジメントの事例(4)
第8回 日本での実践:DM会社の取り組み

伊木 宏 株式会社ディー・エム・システムズ代表取締役


2596号よりつづく

はじめに

 ディジーズ・マネジメント(以下,DM)への取り組みは米国がもっとも盛んであり,さまざまな組織が独自にDMプログラムを開発しているほか,それらを専門とするビジネスも発達している。近年,日本においてもDMへの関心の高まりから,DMビジネスが登場してきている。そこで本稿では,わが国における本領域のビジネス事例として株式会社ディー・エム・システムズ(以下,「当社」という)が開発した喘息に対するプログラムを紹介し,今後の展望を検討してみたい。

取り組みの経緯

 当社グループでは保険者へのさまざまなコンサルティングサービスを提供している。その際に,保険者の活動の根拠となる情報源である診療報酬明細書(レセプト)の活用を検討し,種々施策の提案を行ってきた。過去,保険者はレセプトに基づく医療給付を行うと同時に,レセプト解析を通じた医療費統計の作成,疾病構造の把握に努めてきたが,解析の結果を何に使うかということで頭を悩ませてきた。一方,保険者は被保険者・家族の検診に代表される保健事業を長期にわたり実施してきた。一部関係者は気付いていたが,両者の連携は不十分であり,レセプト情報の解析と保健事業とはそれぞれ独立して実行されてきたのである。当社ではレセプト情報に基づき保健事業を実施・評価するという点に注目し,これを実現するツールとしてDMに注目した。

 90年代に米国で生まれたDMは,慢性疾患を中心に疾患を特定し患者指導,教育,もしくはトレーニングにより患者QOLの向上と医療費適正化を図るものであるが,医療保険制度を異にするわが国においても,工夫次第で保健事業に取り込むことができる余地は大きいと考えられた。

取り組みの実際

対象疾患
 保険者の保健事業としてDMを導入するにあたり,「気管支喘息」を対象疾患に選んだ。その理由は次の3つである。

(1)保険者の会計は単年度主義であるが,その保険者が短期のうちに対象事業を行い,評価を完結させうる疾患として慢性疾患の中で最も適している。

(2)保険者のレセプトに基づく疾病統計において件数・金額にて上位10に入る「メジャー」な疾患であり,相応な事業効果を期待できる。

(3)世界的に概ね共通した診療ガイドラインが存在し,わが国においても専門家向けに成人・小児のガイドラインが整備され,一般患者向けのガイドラインも紹介されている。ガイドラインには日常管理に関する項が存在し,ピークフローメーターとぜんそく日誌による日常管理の有用性が明記されている。

対象患者
 実際に患者を選択するのは保険者であるが,(1)レセプトから対象患者を推定し,参加を募集する方法と,(2)広く被保険者全員に情報を回覧し参加を募集する方法が採用されている。参加者募集にあたっては当社が全面的に保険者をサポートしているが,絞り込みの際に保険者の考え方の違いが明らかに現れる。(1)であっても,募集対象となる可能性があればすべての患者に案内するケース,入院経験や夜間・休日受診経験のある患者を対象にする等コントロールの状態に注目して募集対象を絞り込むケースに分かれるし,絞り込んで案内する場合でもその基準は保険者により微妙に異なる。

 さらに,個人情報保護法遵守という観点から,情報管理体制や情報授受に注意のうえ,参加する患者に十分なインフォームド・コンセントを行うことはもとより,被保険者・家族の理解を得るために,保健事業についても常日頃広報活動をしっかり行うことを保険者に勧めている。被保険者の保険料の一部を使用して事業を行う以上,保険者として保健事業の事前告知,結果・評価を添えた事後報告も必要になるはずである。

介入方法
 参加申込みのあった患者に対し,ガイドラインに準拠して以下のサービスを提供している。

 介入期間は6か月を基本とし,保険者および参加者との協議により延長することがある。

(1)ピークフローメーターおよびぜんそく日誌の配布

(2)患者から受け取るピークフロー値を整理,グラフ化,および指導をお願いした成人・小児の専門医の指導のもと管理ゾーンを設定したピークフローグラフの配布

(3)教育パンフレトの定期送付

(4)重点指導文の送付

(5)アンケート調査の実施

介入効果
 介入の効果について,(1)患者のピークフロー値の変化,(2)医療費の変化,(3)満足度という3つの観点で評価している。本稿では,東西2つの保険者にご協力をいただき実施したテスト結果をもとに(1)と(2)について以下に示す。参加者は50名程度であるが,途中で日常管理を継続できなくなった患者も多く,すべてのレセプトを確認できないケースもあることから,介入群として採用できた標本数は21例となった。一方,これに対し適格な対照群標本として22例採用できた。

 まず,ピークフロー値について,本介入は日常管理に絞ったものであるが,介入開始後ピークフロー値が上昇しはじめ,2か月ほど経過すると開始時から15-20%程度上昇してプラトーに達する。当初はピークフローメーター使用の慣れによる部分もあると思われるが,その後の上昇および高値の維持は肺機能改善によるものと推察される。これは介入開始により,患者が服薬コンプライアンス,生活環境等を含めた治療全般についての関心を高め,改善行動に着手するためと考えている。

 次に医療費の変化については,レセプトを中心とする慢性疾患の医療費は受診しない月に0となり,0という閾値データの占める割合が多くなるため,データの両方向への広がりを前提とする平均の差の検定や分散分析になじまない。図1は介入群の介入期間およびその前年同期間の6か月間の医療費データの分布である(単位:%)。横軸は診療点数によるデータ区間を示している。時期により診療点数が0となる月が40%前後である。なお,今回集計した医療費は,医科レセプトと調剤レセプトの診療点数を合算しているが,気道の疾患に明らかに無関係な疾患の診療点数は除外してある。

 そこで,こうした分布をとるデータについて経済学の分野で一般に用いられているモデル(Tobitモデル)による回帰分析を行った。前年同期と介入期間の月別レセプトデータに基づき,介入期間の医療費を被説明変数とし,前年同期の医療費,介入期間の受診回数・入院回数,および管理の有無を説明変数とした。その結果,介入は有意に(P=0.044)受診回数を10%程度低下させ,介入期間中の医療費も減少した。

 図2は介入期間とその後の6か月間の受診状況を示している。介入群の受診回数は対照群のそれに比較し安定して推移しており,回帰分析のとおり,介入期間(図2の「3月-7月部分」)における介入群の受診回数が少ないことがわかる。

まとめ

 当社の取り組み事例について紹介してきたが,介入により健康状態の向上と費用適正化効果が期待できることがわかった。ただ,保険者が保健事業として資源を投下する以上,介入を行った期間を超え,長期にわたる効果持続が求められる。参加した患者が介入期間中に適正な日常管理方法を習得し,その後は,患者が自律的に行動するというのがあるべき状態であり,介入期間中だけ患者が日常管理を行い,その期間が経過すると元に戻るというのでは保険者が長期にわたり手がける保健事業としてふさわしくない。本メニューについてもその効果がどの程度,どれほどの期間持続するか継続的な調査・検討が必要と考えている。

 介入開始時,中間時(3か月後),終了時(6か月後),さらに1年後に患者アンケートを行ったが,ピークフロー値や医療費データと併せ有益な示唆を与えてくれた。具体的には,(1)ピークフロー値変化が状態変化に先行して動くことを患者がまず知ること,(2)その後発作症状の前にピークフロー値が急に,もしくは数日続けて下がることに気付き,(3)その変化を知った際に主治医の指示どおり発作治療薬を使用するか,もしくは受診することで大きな発作を予防できたといった成功体験を持つことが,患者の自律的な自己管理の継続に不可欠という仮説を得られたことである。それには患者と主治医の信頼関係,保険者も交えたコミュニケーションの問題もかかわってくる。この仮説の検証,あるべきコミュニケーション・モデルの構築が今後の課題である。


伊木 宏氏
1980年京大法学部卒,86年慶大大学院経営管理研究科終了。食品会社,銀行勤務を経て,株式会社エム・エイチ・アイ取締役。2001年より株式会社ディー・エム・システムズ代表取締役。日本証券アナリスト協会検定会員,中小企業診断士(鉱工業)。