医学界新聞

 

連載

ディジーズ・マネジメントとは何か?

最終回 これからの日本におけるディジーズ・マネジメントの展開

坂巻弘之 医療経済研究機構研究部長


2600号よりつづく

はじめに

 本シリーズでは,Disease Management(以下,DM)について日本の第一人者の方々に概念や実際の取り組みについて解説をしていただいた。第1回から第4回まで,坂巻と森山氏によりDMの概念とアセスメントの方法などを概説した。

 第5,6回ではMayer氏により諸外国での事例として喘息,うつ,冠血管疾患および糖尿病のそれぞれのプログラムが紹介され,DMの中核となるプロセスは,どの疾患・症状でも似通っているが,具体的な患者集団の特定・アセスメント・階層化・介入・効果計測技術のそれぞれは病気によって異なることが説明されている。

 第7回は,松田氏により職域におけるDM導入の理論的枠組みが提示された。職域の健康づくりに関しては,制度上,労働安全衛生法による検診等と職域健康保険組合による保健事業とがそれぞれが独立して存在しているものの,いくつかの職域において両者を統合してDMへの取り組みがなされている。こうした職域では,産業保健職(産業医や産業保健師など)と健保組合とが協力し合いながら,事業主と労働者という2種類のプリンシパルの代理人(エージェント)となって健康管理を行っている。またわが国では,諸外国に比較してより軽症レベルでの介入となることなどの特徴から日本型DMモデルにおける留意点も示されている。

 第8回は,伊木氏によりDMビジネスの事例が紹介された。米国DM協会(DMAA)のサービス形態の分類では,集団特定からフィードバックまでの6段階からなるDMプロセス(表)のすべての内容を含むものを完全サービス疾病管理(full-service disease management)とよび,一部のサービスのみを提供するプログラムを疾病管理サポートサービス(disease management support service)としているが,ここで紹介されている事例は完全サービス疾病管理プログラムである。

 DMモデル
種 類特 徴
職域モデル・産業保健職+職域健康保険が主体。
・保険者は医療行為への介入はできないため,一次予防・二次予防が中心で,三次予防については日常生活サポート。
・検診,レセプトデータによるアセスメントとアウトカム評価。
・健保組合の医療費の削減によるビジネスモデル。
地域モデル・医療機関の連携が中心。医師がサービスプラン立案の主体となり,看護師,栄養士,薬剤師等がサービス提供。
・すでに疾病に罹患している患者が対象となるため,疾病重症化予防が中心。
・診療においてアセスメントのためのデータを収集。
・診療報酬でのサービス提供。
企業によるプログラム
(1)完全サービスDMプログラム
 以下の6つのプロセスをすべて含むもの。
 (1)集団特定プロセス
 (2)エビデンスに基づく診療ガイドライン
 (3)医師とサポートサービス提供者の連携による診療モデル
 (4)患者自己管理のための教育・啓発
 (5)プロセスとアウトカムの計測,評価ならびにマネジメント
 (6)定期的な報告とフィードバック
(2)DMサポートサービス
 上記6プロセスのうちの特定のサービスを提供(製薬企業など)。

 最終回となる今回は,日本におけるDMの展開と課題とについて考察してみたい。

DMモデル

 すでに各氏が述べているように,DMには,職域モデル,地域モデル,企業によるDMプログラム・サービスの提供の3つのモデルが考えられる(表)。

 職域モデルは,産業保健職と健保組合が主体となってDMプログラムを提供するものである。わが国ではアメリカのように保険者が医師,患者関係に介在することは難しいため,一次予防や疾病の重症化予防を目的とした被雇用者(被組合員)の日常の自己管理が主なサービスの中心である。検診データやレセプトを有効活用することでDMプログラムのパッケージの開発にもつながるものと考えられる。また,対象となる集団の特定や介入のアウトカム評価も比較的容易であるため,今後の発展が期待される。

 地域モデルは,地域のかかりつけ医を中心に医療連携を中心に推進するモデルである。対象となる集団は,すでに疾病に罹患し医療機関を受診している患者であるため,当該疾病の重症化予防が主たる目的となる。

 企業がDMプログラムやサービスを提供する形態について米国をみると,多くのDM企業が疾病ごとにフルサービスプログラムを提供しているほか,研究機関,装置会社,製薬会社などのヘルスケア産業もDMツールを提供している。こうした企業の多くは,支払い者と契約を結び,疾病管理プログラムやツールの提供により当該疾病の医療費削減額がプログラム・ツールの費用を上回ることを示し,削減分をマージンとしている。伊木氏が紹介しているように,わが国でも,新たなDMビジネスが登場している。

地域モデルの事例

 医療機関の連携・機能分化については,さまざまな形態で取り組まれているが,DMの観点からは,島根県安来市・能義地域(2004年10月に3市町が合併し新「安来市」となった)における糖尿病対策のための安来・能義地域糖尿病管理協議会が注目される。本システムの中核は関係者間の連携である。つまり,プリマリケアを担う診療所と合併症のチェック・治療,教育入院などを行う中核病院との連携,内科-眼科間,内科-歯科間などの連携,市雇用の栄養士と内科医との連携などである。

 連携において重要なポイントとなる患者情報の共有化は糖尿病手帳と患者登録による診療支援システム,医療機関間での診療・教育の標準化については合併症チェックのためのマニュアル,食事・運動に関するマニュアル,標準化された患者紹介様式が導入されている。このような一般医科における初期教育,病診,診診連携を軸とした糖尿病対策システムの構築により,糖尿病の予防,早期発見,早期指導・治療,合併症管理に関する諸課題の解決が図られている。

 本地域の糖尿病管理システムは,疾病管理のうち,統一した実施ガイドラインの作成と関係者への周知,および介入した実績を糖尿病手帳で記録,管理する,という2点を取り込んでいることが注目に値する。

わが国における今後の展開

 DMの対象となる疾患としては,費用構造ならびにリスクが明らかで,効果の計測が容易な疾患や介入戦略・治療の標準化がしやすい疾患が適している。この意味では,合併症や発作時の緊急入院に費用がかかることが明らかとなっており,血糖コントロールレベルやピークフローでのリスクが予測できる糖尿病,喘息,COPD,CHFなどが対象となろう。

 一方,DMの普及において考慮すべき課題もいくつかある。

 第一の課題は,DMにおいて必要かつ有効なツールの開発である。すでに製薬企業をはじめさまざまな企業からDMサービスやツールが提供されている。しかしながら,多くのツールが有効であったかどうかについての評価が行われているわけではない。DMプログラムやツールについて臨床的,経済的視点からの評価が今後重要である。

 第二の課題は,ビジネスモデルの確立である。DMプログラム,サービス,ツールを提供する企業側とともに,それらを利用(購入)する組織側それぞれについて収益をあげるための仕組み,すなわちビジネスモデルを明確にする必要がある。DMプログラムの開発においては,集団や個々の患者のリスク評価のための新たなデータ収集・解析の仕組み,介入ツールの開発のために投資が必要となる。また,介入ツールの有効性を評価するための臨床試験にも多額の費用が必要となる。DMを継続的に実施するためにはこれらの初期投資や運用費用をどのようにまかなうかについてあらかじめ検討しておく必要がある。

 第三の課題として個人情報保護に関する問題がある。集団を特定し,個々の患者,住民のリスクの評価をもとに介入目標とするためには,レセプトや検診データなどの個人情報を扱う必要がある。来年4月の個人情報保護法の完全施行に合わせ,今後は,原則として個人情報使用に関しては本人同意が必要と考えられるが,なお,レセプトに含まれる情報の第三者利用など検討すべき事項が多く存在していると考えられる。

 わが国でもDMの対象疾患として重視される生活習慣病患者数と関連医療費の増加によりDMの医療政策的重要性が高まっている。診療が医療提供者の専門性によって診療方針が異なっていることや,治療の水準も地域により異なっているため,標準化された治療を医療現場に導入することが求められる。この標準化された治療を実践する手段としてのDMが注目されている。わが国におけるDM導入については,各モデルにおける目標とkey playerの違い,検診の普及により比較的軽症者が対象となることなどを考慮し,日本独自のDMモデルを今後検討していく必要がある。


坂巻弘之氏
1979年北海道大学薬学部卒業。1992年慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。製薬企業勤務,慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室,国際医療福祉大学国際医療福祉総合研究所等を経て,2000年5月より現職。主な著書に『やさしく学ぶ薬剤経済学』(じほう),『日本型疾病管理モデルの実践』(じほう,共著)。