医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


小児医療に関する臨床検査のバイブル

こどもの検査値ノート 第2版
戸谷誠之,他 編

《書 評》濱崎直孝(九大教授・臨床検査医学)

新生児,小児医療への関心薄い日本

 「こどもの検査値ノート」が7年ぶりに改訂された。臨床検査の領域で働いていて感じさせられることは,医療のさまざまな領域で新生児,小児に関する部分への配慮が,一般的に足りない点である。例えば,近年,発達著しい臨床検査分析機器についても,小児専用機器の開発は皆無であるといっても過言ではない。また,検査項目についても,現行の医療保険制度の中で保険適用として収載されている臨床検査項目を概観してみると,新生児の遺伝性疾患に必須な検査項目が収載されていなかったりする。一方で,代表的な生活習慣病である糖尿病などについては,手厚くさまざまな角度から検討できるように検査項目が充実している。さらに,第2版の序文に編集者が書いておられるが,日本人小児の臨床検査に関する専門書がほとんどないのも,新生児,小児医療への関心の薄さを示している1つの反映であるのだろう。そのような中で小児医療に長年携わってこられた戸谷,宮坂,白幡の諸先生方が編纂されている「こどもの検査値ノート」は非常に貴重なものである。

ポケットサイズで実用的

 この本はポケットサイズで小児医療にかかわっている方々の白衣のポケットに収められるもので,常時携帯可能であること,また検査項目が臨床化学,内分泌,免疫,血液,凝固項目などについてはもちろんのこと,尿,髄液についても,さらには生理検査までも含んでいることから,この1冊があれば,日常の新生児,小児の診療には不自由はしないはずである。

 検査項目の記載に工夫が凝らしてあり,検査項目の分類,使用すべき適切な検体の種類,基準範囲,測定法,その単位とそれぞれ明確に区分して簡潔に記載してある。各項目はすべて2頁以内にまとめられている。それ故に,調べたい項目を探して頁を開けばその見開きの頁だけで知りたい検査項目についての情報をすべて知ることができるようになっている。この工夫は日常診療の上では大変便利がよいはずである。しかも,各項目について参考にした主な文献が厳選して記載してあるので,詳細な検索もできるようになっている。

 要するに,非常に実用的な小児医療に関する臨床検査のバイブル的な書である。小児医療に携わっている方々は新人からベテランまで,常に携帯されることをお勧めする。

基準範囲の設定が今後の課題

 このような貴重な著書であるが故に改良していただきたいことを最後に記しておく。初版で編集代表者の戸谷先生も述べておられるが,ここにあげてある基準範囲は厳密にいえば基準範囲ではなく,単なる目安にすぎないことである。

 新生児や小児を取り扱うことの性格上,病気でない子どもたちからデータを集めるためだけの目的で検査を行うことは許されないことである。それ故に,基準に則った基準範囲を決定できていない。しかしながら,基準範囲の整備は診断・治療基準の設定には必ず必要であり基準範囲の設定は必須の要綱である。

 このジレンマを解決する1つの方法は外来患者データを利用して基準範囲を決定することである。数千から数万の個体データを蓄積し手順に則って統計処理をすることで,信頼できる基準範囲を決定できることは,既にほぼ証明されている。臨床化学会,臨床検査医学会や小児科学会などが協調して全国規模で外来患者データを集め,信頼できる基準範囲を設定することは不可能ではない。本書の編集者が音頭をとって新生児,小児の成長過程における基準範囲を整備され,さらに進化した「こどもの検査値ノート」(第3版)が近い将来出版されることを祈念している。

B6変・頁256 定価2,730円(税5%込)医学書院


産科学のほぼ全領域を網羅

《Ladies Medicine Today》
産科臨床ベストプラクティス
誰もが迷う93例の診療指針
岡井 崇 編

《書 評》武谷雄二(東大教授・産科婦人科)

 医学は歴史的には個々の症状,病態,その経過を集約し,帰納化して大系としてまとめたものである。その過程で個別的なバラツキや多様な背景といったことはあえて捨象せざるを得ないことになり,これゆえ逆に,いわゆる教科書に整然と分類化され記述されている“医学”は,いわばあらゆる食材を取り揃えた貯蔵室ではあるが,実際に個々人に食してもらうには加工・調理が必要ということになる。

 昨今重視されているevidence based medicine(EBM)も,多様な個別的状況に恣意的なバリエーションを持たせた対象において,厳格な疫学的手法を用い,得られたデータをもとに診療を行うというポリシーであり,そのデータ自体の意義には学術的,科学的には異をさしはさむものではない。しかし見方をかえて,そのようにして得られた“データ(エビデンス)”が個々の事例にそのまま適用できるかというと,“エビデンス”を作出したプロセスからみても否といわざるを得ない。

臨床現場で高頻度にみられる実例に則した解説

 本書は現存の成書が抱えるこのような共通の問題点に対して発想の転換をはかったものであり,臨床の現場に日々従事する者にとって久しく待望されていた臨床に直結する指南書といえる。前述の比喩を用いるならば,美味しく調理された,そのまま食べられる料理といえる。

 特に産科学は母体と児の両者を同時に扱い,妊娠週数によって状況は激変し,さらに妊娠,分娩時,産褥といった非連続の現象が順次進行するといった他領域に例をみない特徴を有している。したがって,必然的に産科学の診療指針は本書の構成のようにやや分散的にはなるが,臨床の現場で高頻度にみられる実例に則して解説するほうがより実践的といえる。

 本書の内容は,具体的には妊娠初期の異常と超音波診断,母児感染,切迫早産,妊娠の合併症,胎児およびその付属物の異常,妊娠・分娩管理のdecision making,分娩の異常,帝王切開,産褥期の問題といった産科学のほぼ全領域を網羅したものである。

 産科学の実践は特に経験を積むことが不可欠であるが,本書の執筆者はいずれもこの領域の経験豊かな専門家諸氏であり,各自の豊富な経験に基づいたオーソドックスな見解を示しており,産科診療のゴールドスタンダードといえるものである。

 本書は産科の研修医のみならず産科医,助産師,看護師など産科診療に従事する者すべてに活用できるものと確信している。

B5・頁352 定価8,190円(税5%込)医学書院


若手外科医,初期研修医に必要な知識を網羅

ワシントン外科マニュアル 第2版
The Washington Manual of Surgery, 3rd Edition
小西文雄,宮田道夫,高久史麿 監訳

《書 評》冲永功太(帝京大教授・外科)

米国では外科医に要求される知識が広範囲にわたる

 原著はThe Washington Manual of Surgery(Third Edition)であり,米国ミズーリ州のワシントン大学外科のレジデントが中心となって執筆された外科研修医向けのマニュアルである。この原著を,自治医科大学大宮医療センターの医師が分担して翻訳して出版された。表題には外科となっているが,実際の内容は消化器外科・一般外科や心臓血管外科のみならず,形成外科,小児外科,整形外科,耳鼻科,泌尿器科,産婦人科などの内容を網羅しており,まさに本年スタートした新研修医制度に合致した内容となっている。このような本書の翻訳を企画された小西教授の見識に敬意を表したい。

 そもそも米国の外科の教科書では,紙数は限られているが,脳外科,整形外科,泌尿器科など外科系周辺科の内容が記載されており,米国の医療において外科医に要求されている医学の知識が,わが国におけるよりさらに広い範囲であることを示している。

新研修医には格好の教科書

 個人的には今回スタートした新研修医制度のローテート内容には批判があるが,すべての研修医が外科を研修するという点は,必ずしも無駄ということではなく,このような新研修医には本書はまさに携帯できる格好の教科書といえる。筆者が実際経験した米国医療は既に過去のものではあるが,当時から米国の学生実習は充実しており,恐らく今回実施されようとしている必修科以外の研修内容は,学生実習中に習得されていたように思われる。

通常の外科の教科書にも劣らない詳細な内容

 本書に記載された内容は,この携帯用小冊子にみえる外見よりもはるかに詳細に記載されており,内容の充実している点ではわが国における通常の外科の教科書に比較して勝るとも劣らない内容である。しかも,記載は日常臨床に即しており実際的であり,この1冊があれば少なくとも初期研修の内容を十分網羅することになるように思われる。

 外科学としての知識を習得できるのみならず,現場での研修医として行う具体的処置についても書かれており,有用である。研修医の時代はじっくり机に向かって本を読むより,研修をしながら短い時間に本を読み,知識を吸収することが重要である。その点でも本書は将来内科医やその他の専門医になろうとする研修医にとっても大いに役立つものと思われる。若い修練中の外科医を含めて,今回スタートした新研修医の先生方にはぜひ勧めたい本である。

A5変・頁1,016 定価9,345円(税5%込)MEDSi


統合失調症治療の俯瞰図が無理なく頭に入る

統合失調症治療ガイドライン
精神医学講座担当者会議 監修
佐藤光源,井上新平 編

《書 評》神庭重信(九大教授・精神病態医学分野)

「脆弱性-ストレスモデル」を念頭に

 本書は,統合失調症の急性期にある患者を,回復期を経て安定期にまで導くことをめざした治療ガイドラインであり,薬物療法と,精神保健・福祉までを視野に入れた心理社会的療法とが,バランスよく組み合わされた包括的なものに仕上げられている。

 全編は,統合失調症の「脆弱性-ストレスモデル」を念頭において記述されている。このため,本書は26名もの専門家によって執筆されているが,分担執筆の本によくありがちな“論文の寄せ集め”の如き読みにくさをほとんど感じさせない。ここで言う「脆弱性-ストレスモデル」とは,統合失調症は回復・社会復帰可能な障害であること,しかしストレスによる再発への脆弱性は長期の予防的治療の対象となることを強調する疾患・治療概念である。すなわち,精神症状の表面的な改善は一里塚に過ぎず,治療の到達点をあくまで長く安定した社会復帰を維持することに置く,極めて臨床的なモデルである。

 推奨される治療法の根拠となった引用文献のエビデンスレベルは,5段階で評価されている。言うまでもなく,疫学的知見や薬物・身体療法は,エビデンスレベルの高い文献をふんだんに引用しながらまとめられている。一方,心理社会的療法の推奨は総体的にエビデンスレベルの低い文献に依拠している。そもそも,人と人との固有な関わりにおいて最良の治療効果が生まれる心理社会的療法は,無作為比較試験になじまないのかもしれない。しかし,心理社会的療法は,患者の治療が急性期から安定期,そして回復期へと移るに従ってその重要性が増す治療法であり,これなくして,患者の利益を最優先とするノーマライゼーションは望むべくもない。

現場に必要な情報をきめ細かく

 次に本書の細部に踏み入ってみたい。章立ては,疾患の概念,治療計画の策定,治療法の解説,その他の重要な問題,今後の改訂と研究成果への期待から成る。

 第1章「疾患の概念」では,重要な業績の足跡を辿りながら,統合失調症の概念変遷が簡明に紹介されている。

 第2章「治療計画の策定」では,患者の疾患を包括的に評価した上で,患者・家族と“分かりあった治療”をめざすことの重要性が強調される。策定は,急性期,回復期,安定期のそれぞれの時期に相応しい推奨が紹介されている。急性期治療では,薬物療法が主体となるが,その安全性の確保,患者・家族への説明と協力要請,標的症状と治療法の選択やこの時期に適した心理社会的療法の説明が補完されている。強制的な入院が必要な場合の説明およびこの期間の面接で取り扱うべき事項,隔離と身体拘束の使用条件とその方法,診察の頻度とタイミング,生活指導・集団療法などの心理社会療法が,臨床にある医師の要請に答えるべくきめ細かく記載されている。安定期では,回復を維持しつつも社会復帰を促す各種リハビリテーションの詳解に続き,投薬の中止法や再発予防のための基本的な方針が紹介される。

 第3章では,各種治療法の解説(概説,適応と効果,治療技法)が要領よく的確に記述されている。さらに統合失調症の治療に欠かせない,社会資源の活用,社会制度や法制度の情報をも併せて提供してくれている。第4章では,自殺,身体合併症,老化,司法精神医学の諸問題が解説され,最終章では,今後に期待される研究が要約されている。

患者の利益が最優先

 本書『統合失調症治療ガイドライン』は,最新のエビデンスに則って合理的な治療法を推奨する従来のガイドラインとは多少趣を異にしている。「医学的な学説よりも患者の利益を最優先とする」編者・筆者らの定見が随所に具現されており,幅広い情報を盛り込んだ極めて実践的なテキストに仕上げられている。治療者は,患者が本来の自分をどの程度まで取り戻せたかという自己評価ならびに家族による客観的な評価を重視し,一貫した疾患教育に力点をおき,休養・加療にともなう現実社会との接触の希薄化に注意を払い,復帰を妨げるスティグマへ配慮することの重要性を深く考えさせられることだろう。この意味で,本ガイドラインは,米国精神医学会や世界精神医学会が出版しているものよりも,豊かな内容を備えていると言えよう。

 読者は最初に全体を通読されたい。専門知識や診療経験の乏しい研修医の方にもすんなりと読めるはずである。統合失調症の診療は如何にあるべきか,その俯瞰図が無理なく頭に入るだろう。そして,診療上の問題に実際に出会った時,改めて必要とされる箇所を開き,引用文献にもあたりながら,その説くところを吟味することを勧める。

A5・頁356 定価4,935円(税5%込)医学書院


日本の移植医にとって重要な文献として推薦

必携造血細胞移植
わが国のエビデンスを中心に
小寺良尚,加藤俊一 編

《書 評》原田実根(九大教授・病態修復内科)

日本での成績を中心に解説

 わが国における造血幹細胞移植は,同種骨髄移植の本格的な臨床応用以来すでに30年以上経過しているが,造血幹細胞源(骨髄,末梢血,臍帯血)およびドナー(同系,同種血縁,同種非血縁,自己)の違いによって多様化し,少なくとも9種類以上に区別される。したがって,臨床的適応としてどの移植法を選択すべきか,その決定はそれほど容易でない場合も少なくなく,それだけに選択の根拠がきわめて重要である。

 本書は,わが国で得られた成績を中心に造血幹細胞移植の基本的事項および臨床的事項を体系的かつ詳細に解説したものであり,大変時宜を得たものといえる。しかも,執筆者はいずれも現在第一線で活躍している移植医であり,参考とすべき情報が数多く記載されており,移植の現場で役立つ1冊といえる。特に,これから造血幹細胞移植に携わる医師は,造血幹細胞移植の治療原理の理解や現状把握にきわめて有用と思われる。

日本人で得られたデータからなるエビデンスが重要

 近年,Evidence Based Medicine(EBM)の重要性が喧伝されているが,わが国で得られたエビデンスは意外と少なく,日常臨床の現場では欧米で得られたデータを利用せざるを得ない場合が多い。しかしながら,同種造血幹細胞移植においては同種免疫反応が病態,たとえばgraft-vs-host disease(GVHD)に大きく影響し,移植成績を左右しうる。特にGVHDは人種によって発現頻度や重症度が異なるので,日本人で得られたデータをエビデンスとすべきである。わが国では,日本造血細胞移植学会が全国集計データを詳しく解析して毎年公表しており,重要なデータブックと位置づけられている。また,日本骨髄バンクや日本臍帯血バンクネットワークも成績を定期的に報告している。これらのデータはいずれも日本人で得られたエビデンスとして造血幹細胞移植の臨床で不可欠なものとなっている。

 本書でもわが国のエビデンスを中心に「疾患別移植の実際,成績,治療選択のフローチャート(第II章)」が詳しく述べられている。わが国の移植医にとって重要な参考文献として本書をぜひ推薦したい。同時に,本書に記載されたデータにはエビデンスとしてはまだ根拠の弱いものも含まれており,近い将来読者によって信頼度の高いエビデンスが創出されることを心より念願している。

B5・頁420 定価8,610円(税5%込)医学書院