統合失調症治療ガイドライン

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各大学の教授により構成された精神医学講座担当者会議が監修した統合失調症の治療ガイドライン。疾患の概念から,治療計画の策定,治療法の解説,特殊な問題,研究の方向まで,日本の実情に即した記述で,日常臨床にすぐに役立つ実践的内容。「治療計画の策定」において治療オプションの推奨度を明示し,引用文献には,ほぼすべてエビデンスレベルの評価を加えるなど,精神科領域における本邦初の本格的治療ガイドライン。
監修 精神医学講座担当者会議
編集 佐藤 光源 / 井上 新平
発行 2004年01月判型:A5頁:356
ISBN 978-4-260-11890-3
定価 5,170円 (本体4,700円+税)
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  • 目次
  • 書評

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第1章 疾患の概念
第2章 治療計画の策定
第3章 治療法の解説
第4章 その他の重要な問題
第5章 今後の改訂と研究成果への期待
索引

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統合失調症治療の俯瞰図が無理なく頭に入る
書評者: 神庭 重信 (九州大教授・精神病態医学分野)
◆「脆弱性―ストレスモデル」を念頭に

 本書は,統合失調症の急性期にある患者を,回復期を経て安定期にまで導くことをめざした治療ガイドラインであり,薬物療法と,精神保健・福祉までを視野に入れた心理社会的療法とが,バランスよく組み合わされた包括的なものに仕上げられている。

 全編は,統合失調症の「脆弱性―ストレスモデル」を念頭において記述されている。このため,本書は26名もの専門家によって執筆されているが,分担執筆の本によくありがちな“論文の寄せ集め”の如き読みにくさをほとんど感じさせない。ここで言う「脆弱性―ストレスモデル」とは,統合失調症は回復・社会復帰可能な障害であること,しかしストレスによる再発への脆弱性は長期の予防的治療の対象となることを強調する疾患・治療概念である。すなわち,精神症状の表面的な改善は一里塚に過ぎず,治療の到達点をあくまで長く安定した社会復帰を維持することに置く,極めて臨床的なモデルである。

 推奨される治療法の根拠となった引用文献のエビデンスレベルは,5段階で評価されている。言うまでもなく,疫学的知見や薬物・身体療法は,エビデンスレベルの高い文献をふんだんに引用しながらまとめられている。一方,心理社会的療法の推奨は総体的にエビデンスレベルの低い文献に依拠している。そもそも,人と人との固有な関わりにおいて最良の治療効果が生まれる心理社会的療法は,無作為比較試験になじまないのかもしれない。しかし,心理社会的療法は,患者の治療が急性期から安定期,そして回復期へと移るに従ってその重要性が増す治療法であり,これなくして,患者の利益を最優先とするノーマライゼーションは望むべくもない。

◆現場の医師に必要な情報をきめ細かく記載

 次に本書の細部に踏み入ってみたい。章立ては,疾患の概念,治療計画の策定,治療法の解説,その他の重要な問題,今後の改訂と研究成果への期待から成る。

 第1章「疾患の概念」では,重要な業績の足跡を辿りながら,統合失調症の概念変遷が簡明に紹介されている。

 第2章「治療計画の策定」では,患者の疾患を包括的に評価した上で,患者・家族と“分かりあった治療”をめざすことの重要性が強調される。策定は,急性期,回復期,安定期のそれぞれの時期に相応しい推奨が紹介されている。急性期治療では,薬物療法が主体となるが,その安全性の確保,患者・家族への説明と協力要請,標的症状と治療法の選択やこの時期に適した心理社会的療法の説明が補完されている。強制的な入院が必要な場合の説明およびこの期間の面接で取り扱うべき事項,隔離と身体拘束の使用条件とその方法,診察の頻度とタイミング,生活指導・集団療法などの心理社会療法が,臨床にある医師の要請に答えるべくきめ細かく記載されている。安定期では,回復を維持しつつも社会復帰を促す各種リハビリテーションの詳解に続き,投薬の中止法や再発予防のための基本的な方針が紹介される。

 第3章では,各種治療法の解説(概説,適応と効果,治療技法)が要領よく的確に記述されている。さらに統合失調症の治療に欠かせない,社会資源の活用,社会制度や法制度の情報をも併せて提供してくれている。第4章では,自殺,身体合併症,老化,司法精神医学の諸問題が解説され,最終章では,今後に期待される研究が要約されている。

◆患者の利益が最優先

 本書『統合失調症治療ガイドライン』は,最新のエビデンスに則って合理的な治療法を推奨する従来のガイドラインとは多少趣を異にしている。「医学的な学説よりも患者の利益を最優先とする」編者・筆者らの定見が随所に具現されており,幅広い情報を盛り込んだ極めて実践的なテキストに仕上げられている。治療者は,患者が本来の自分をどの程度まで取り戻せたかという自己評価ならびに家族による客観的な評価を重視し,一貫した疾患教育に力点をおき,休養・加療にともなう現実社会との接触の希薄化に注意を払い,復帰を妨げるスティグマへ配慮することの重要性を深く考えさせられることだろう。この意味で,本ガイドラインは,米国精神医学会や世界精神医学会が出版しているものよりも,豊かな内容を備えていると言えよう。

 読者は最初に全体を通読されたい。専門知識や診療経験の乏しい研修医の方にもすんなりと読めるはずである。統合失調症の診療は如何にあるべきか,その俯瞰図が無理なく頭に入るだろう。そして,診療上の問題に実際に出会ったとき,改めて必要とされる箇所を開き,引用文献にもあたりながら,その説くところを吟味することを勧める。

精神疾患をエビデンスに基づいて考える時代が到来
書評者: 山内 俊雄 (埼玉医大教授・神経精神科)
◆統合失調症の概念から学べる

 「精神科の診断や治療は,人それぞれ,おもいおもいに行なわれており,流派によってもやり方が違う,何でもありだ」といった声を他の科の医師から聞くこともあったように,かつては,有効な治療手段を持たず,それぞれの精神科医が工夫をこらして,治療にあたった時代もあった。それだけに,精神科の中心的な疾患とされる統合失調症の治療ガイドラインが上梓される時代が来たことに,ある種の感慨を覚える。それは,精神科治療が進歩し,いくつもの治療手段を手にするようになって,最適な治療法を,エビデンスをもとに考えることができるようになったことを意味しているからである。

 この本は,「治療ガイドライン」とうたっているが,実は治療に関することだけではない。第1章の「疾患の概念」では,統合失調症の概念の変遷や疫学,臨床症状,経過・転帰が述べられており,統合失調症についての必要な知識の概要を学ぶことができる。また,治療も薬物療法に限らず,身体療法,心理社会的療法も含めて,広い立場で記述されている。しかも,「その他の重要な問題」の章では,自殺,身体合併症,老化,司法精神医学的諸問題について述べられ,その他に,法的事項,社会制度,社会資源にまでわたっているので,その意味でも,本書は統合失調症について学ぶべき必要な事柄がすべて,要領よくまとまって書かれている良書というべきであろう。

 もちろん,「治療ガイドライン」とうたっているとおり,薬物療法を中心とした治療についてはより詳しく記述されている。それも,「治療計画の策定」の章は,精神医学的管理,急性期治療,回復期治療,安定期治療に分けて,症状評価と治療選択が具体的に呈示されている。それぞれの薬物,治療選択については,なるべくエビデンスに基づいて,最も適切と考えられる治療手段が書かれており,「治療オプションの推奨度」「引用文献のエビデンスレベル」が示されるなど,これまでの精神医療の弱点ともいえた客観性を確保するための努力もなされている。

◆精神疾患をどう理解するかを学ぶ格好のテキスト

 このように本書は,統合失調症についての,最新のデータに基づく包括的テキストブックであり,治療的側面に限らず,臨床の現場で役に立つ,実践の書でもある。編者は「統合失調症の治療に焦点を当てた本書は,脆弱性―ストレスモデルをもとに編集したガイドラインという点に特色がある」と述べているが,この本は決してある仮説や特定の考えにしたがったものではなく,ひとつのモデルに基づいて編集されたにせよ,そのことによって図らずも,きわめて広い立場に立って,生物学的,心理―社会的視点で疾患を考えるという,バランスのとれた本になっていることも特色である。その意味では,本書は精神医療の現場にいる人はもちろん,新しくはじまる卒後臨床研修医にとっても,精神疾患をどう理解するかを学ぶ格好のテキストである。

日本の精神科領域で初のエビデンスに基づいたガイドライン
書評者: 樋口 輝彦 (国立精神・神経センター国府台病院院長)
◆アップデートな内容で総説的に解説

 統合失調症治療ガイドラインがやっと出版された。企画から出版までに4年近くの歳月を要したので,初期に書かれた原稿はすでに古く,時代に合わないのではないかと危惧したが,すべての原稿に手が加えられ,アップデートな内容になっているので安心した。

 治療のガイドラインには大きく3種類が存在する。そのひとつはEBMに立脚した本書のような総説的,解説的スタイルのものであり,他のひとつはより実践的なアルゴリズムの形をとったものである。第3にはEBMではなく,専門医のコンセンサスに基づいたガイドラインをあげることができる。これらは,それぞれが特徴を持ち,使い方も当然異なるのであるが,常に相互補完的に使用することができて有用である。本書はその第1のスタイルに相当し,すでにAPAが出版しているガイドラインの日本版とも言えるものである。

 構成は5章からなり,第1章は疾患の概念というタイトルで統合失調症の概念,疫学,臨床症状,経過と転帰について要領よくまとめられている。この章自体は治療に直接関わるものではないが,治療の前提としておさえるべき基本的なことが整理されている。

 第2章は「治療計画の策定」であり,本書の中核をなす章である。精神医学的管理に始まり,急性期,回復期,安定期に分けて,症状の評価,治療の場の選択,薬物・身体療法,心理社会的療法について書かれている。網羅的であるが,単に羅列的記述ではなく,実践に役立つように意識して書かれている点が印象的である。薬物療法の項には抗精神病薬選択のアルゴリズムが示されており,従来のガイドラインとは一味違っている。また,病期を分けて,これに合った治療法の指針が示されている点も,特にレジデントなど初心者にとっては有用と思われる。

 第3章はそれぞれの治療法の解説である。薬物療法には従来型抗精神病薬に加えて新規の抗精神病薬についても十分な記載があり,また身体療法では電気けいれん療法に矩形波による修正型ECTにも言及されており,直近の情報が提供されている。心理社会的療法については,基本的な療法が網羅されており,しかもその道のオーソリティーによって執筆されており,大変内容の濃いものになっている。

 第4章には「その他の重要な問題」として,自殺,身体合併症,統合失調症と老化,司法精神医学的諸問題がとりあげられている。いずれも今日的重要課題であり,重要な指摘が随所に見られる。最後の第5章は本書のまとめであり,編集者の今後の展望が描かれている。

◆精神科研修の参考書としても有用

 本書は恐らく精神科領域でEBMに基づいて作成された本邦初のガイドラインと言えよう。ガイドラインの持つ意味は治療における最低限の知識と方法を共有することであると思う。個別の治療はあくまでも医師の裁量に委ねられるべきことは当然であるし,この点は編集者も序で述べている。しかし,最低限のコンセンサスすら,これまでの精神医療では実行されていなかった点が問題であり,これを克服する上でも,このガイドラインの役割は大きいと考える。精神医療関係者にはもちろん手にとっていただきたいが,加えて来年度からはじまる卒後臨床研修の精神科研修の参考書としてもお薦めしたい。

 最後にひとつ希望を述べさせていただく。治療法の開発は日進月歩である。1,2年もたてば,すぐに改訂が必要になると思われる。大変な作業であるが,きめ細かな改訂作業が恒常的になされ,常に最新のエビデンスに基づいたガイドラインが届くようにしていただければ幸いである。

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