〔連載〕How to make <看護版>
クリニカル・エビデンス
浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)(前回,2520号)
〔第22回〕水害から人々を守れ(1)
地球温暖化により水循環異常の被害・程度は悪化傾向にあります。
特に,熱帯地方の貧しい国では,その被害はいまだに想像を絶するほど大きなものです。一方,日本においても台風などの被害は伊勢湾台風以前よりは桁違いに減少したものの,いまだに多数の死者と被害を出しているのが現状です(表1,2)。
私たちが1人でも多くの人を助けようとしている反面,いとも簡単に多くの命が日本から遠いところで失われているのです。しかし,個々の事例を深く掘り下げると,水害は天災ではなく人災なのではないかという側面も見えてきます。
表1 アジアサイクローンあるいはタイフーンによる死亡数の比較 | |||||
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1970 1737 1881 1897 1876 1864 1833 1822 1780 1839 1789 1965 1963 | バングラディッシュ(旧東パキスタン) インド 中国 バングラディッシュ バングラディッシュ インド インド バングラディッシュ 西インド諸島 インド インド バングラディッシュ バングラディッシュ | 300,000 300,000 300,000 175,000 100,000 50,000 50,000 40,000 22,000 20,000 20,000 19,270 11,468 | |||
表2 日本の3大台風 | |||||||
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年月日 1000mb等圧線の半径 最低中心気圧 最大風速 最大瞬間風速 最大高潮 死者・行方不明者 家屋の全半壊 家屋の流失 | 1934年9月21日 460km 911.9mb 45.0m/s 60m/s 3.1m 3,036人 88,046棟 4,277棟 | 1945年9月17日 480km 916.6mb 40.0m/s 62.7m/s 2.0m 4,229人 107,319棟 2,394棟 | 1959年9月26日 430km 929.5mb 45.4m/s 61.0m/s 3.5m 5,101人 149,190棟 4,703棟 | ||||
バングラディッシュ・サイクローン
1991年4月29日,サイクローンがバングラディッシュを襲い,13万8000人もの命が奪われました。このことをどれくらいの日本人が知っているでしょうか?しかし,もっと多くの犠牲者がでた年もあります。1970年のサイクローンにより,バングラディッシュでは30万の人が死亡しています。そして,失われたのは人間だけでなく,住居,植物,動物などありとあらゆるものが荒廃してしまったのです。しかしながら,それにもかかわらず人々は同じ場所で生きようとします。
バングラディッシュはベンガル湾の北東部に位置する国で,わずか14万4500km2の地域に1億1500万人の人が暮らしています。年間の収入は平均で2万円程度であり,多くの人々は貧困に喘いでいました。
ご存知のように,大西洋で発生するものは「ハリケーン」,太平洋は「タイフーン」,インド洋のそれは「サイクローン」と呼びます。ベンガル湾では年間平均13の低気圧が発生し,そのうちおよそ4-5がサイクローンに発展します。そして,バングラディッシュ沿岸にディザスターをもたらすようなサイクローンは数年に1度みられています。
特に,バングラディッシュは土地が低く,また森林伐採も進んでおり,水害には脆くできています。しかし,その貧困からディザスターを調査し備えるというレベルには達していません。一応は高台に避難所が建っていますが,そこまでの道は少なく,また十分な人数を収容することもできず,水や食料のストックが十分にあるわけでもありません。
日本でも伊勢湾台風以前は,しばしば台風によって千人以上の被害者が出ていました。しかし,1960年代からは気象情報の正確さを増し,家屋も頑丈になり,台風による被害の程度は10分の1程度に減少しました。
しかし,それにもかかわらず,1990年代に入った現代でも死亡は0にならず,被害も甚大です。
2000年9月10日には,夜から記録的な豪雨が東海地方を襲いました。
土砂崩れなどで愛知,岐阜,静岡三県で7人が死亡,48人が負傷,三重県などで2人が行方不明となりました。
愛知県西部を流れる新川の堤防決壊などで,名古屋市西区や同県西枇杷島町を中心に床上浸水は1万8000戸を超え,床下浸水は3万7000戸に上り,同日夜に入っても同県内を中心に,約11万5000人が避難勧告の対象となっていました。軽自動車を運転していた主婦が,冠水した道路でUターンしようとして流され,死亡しています。
また,養魚場の様子を見に行った85歳の男性が流され,死亡しています。
1970年,史上最悪のサイクローン
1970年11月5日,いつものようにベンガル湾で発生した低気圧はゆるやかに北上し,やがて中型のサイクローンに進展し,1970年11月12日バングラディッシュを襲いました。当時,サイクローンがいつどこにどれくらいの勢力をもって上陸するか,正確に予測することは困難でした。衛星より受信した映像から判断すると,サイクローンは徐々に勢力を強め,北から北東の方向に進路を変えつつありました。
上陸時の中心気圧は950から960ミリバールでした。丘の上には避難所も設置されており,ラジオ等で避難勧告が出されました。それにもかかわらず,多くの人々が家に留まったのです。そして,避難しなかった人々を津波が襲い,ほとんどすべてを飲みつくし,洗い流してしまったのでした。
カビール(仮称)は沿岸部に住む58歳の男性で,かつてのサイクローンを回想します。「あんなにひどいサイクローンを経験したことはなかった」
ラジオ放送でサイクローンの警報が流れます。昼頃より風が強くなり,夕方にかけてストームへと変わっていきました。空は黒く,しかし時に空は赤くみえました。風はいたる方向から吹き荒れ,うなり声にも似たその音を聞くと,人々は自分の鼓膜がおかしくなってしまったような錯覚にさえ襲われました。
津波はおよそ6メートルの高さとなって瞬く間に街を襲いました。カビールの家にも,海水が入ってきました。
「避難しなくては!」
彼は自分の妻と子ども6人を連れて,丘の上にある3階建ての避難ビルに歩いて避難しました。およそ3kmの道のりです。
「家に流れ込んできた海の水は,黒かったよ。こんなに黒い水を見るのは初めてさ。思い出すだけでもゾッとするね」
バングラディッシュ沿岸部は低地であり,津波の影響は相当内陸部にまで及びます。カビールは何千人もの避難民とともに,その高台にある避難ビルで一夜を過ごしました。
一夜明けて,カビールは自分の村に戻ってみました。驚いたことに自分の家の影も形も残っていません。かろうじて,家の一部であったかもしれない木片を2,3拾えるくらいでした。やむなく,彼の家族は数日間,野宿せざるを得ませんでした。食べるものは何もなく,水も3キロ先まで行かないとない状態でした。2日後,飛行機で救援用の食糧が空から落とされました。多くの人はヤシの実を竹でこじ開け,この2日間を凌ぎました。
多くの人が避難所を利用しませんでした。その理由は,「家を離れると物を盗まれる」ことを恐れたからですが,まさかこんなにひどいものだとは思わなかったのでしょう。あるいは,「またいつものがきた」という程度にしか考えていなかったかもしれません。ラジオからの警告を無視してしまったのでした。
また赤十字の人々も,メガホーンで声を嗄らして呼びかけたのですが,多くの人は自分の家に留まりました。
カルールは13歳の少年で,両親と兄弟で暮らしていました。夜,家の中に海水が入ってきたところまでは覚えていますが,その後は記憶がありません。翌朝気がつくと,家から5キロ離れたヤシの木の上にいました。
バングラディッシュでは,サイクローンによる被害が繰り返されます。そのために高台に避難所も用意されています。避難勧告も発令されます。それでも人々は動かなかったのです。その理由を,6割の人は先ほどのように「避難中の盗難を恐れて避難しなかった」と回答しています。そして,20%は「警告を信じなかった」,残りは「安全なところは混雑している」,「サイクローンはアラーの教えである」などです。
大きな被害が予想される時には,半強制的に避難させることもやむを得ないのではないでしょうか? 全員避難させれば,盗難の心配もないはずです。そして,避難所は快適にするべきでしょう。また,数日は避難民の食糧と水を維持できるように考慮しなくてはなりません。
必ず将来もまた大きなサイクローンに襲われて,被害を出すとわかっているのですから,住む場所を移すことを考えるべきだとも思います。しかし,サイクローンで壊されても壊されても,そこに住み続ける人々の心も尊重しなくてはならないのかもしれません。彼らにとって,サイクローンでよく混ざった土は栄養に富み,作物がよくとれるのだそうです。
そうであるとすれば,国や自治体が補助を出して,家々の盗難防止システムを強化するべきではないでしょうか? そして,避難所をもう少し暮らしやすくすることでしょう。この点が解決すれば,大きな被害の予想されるサイクローンの際には,全員を避難させるべきです。もちろん老人や身体の不自由な人もいるでしょうから,そのような人たちに対してもサポートシステムを充実させるべきです。
サイクローンによる被害は増えるか?
サイクローンの頻度が増えたかどうかは微妙なところです。しかし,氷河が溶けることにより,確実に海面のレベルは上がっています。世界人口のおよそ60%は沿岸に住んでいます。この100年で10-25cm上昇しており,現在,世界で4600万人が水害の危険に曝されていると試算されています。
さらに将来,50cm海面が上昇すると,9200万人が危険な状態となります。バングラディッシュは海抜が低く,もちろんサイクローンが直撃し,しかも最近,森林伐採を徹底的に行なっているので,海面上昇により直接的な影響を受けるでしょう。