医学界新聞

 

〔連載〕How to make <看護版>

クリニカル・エビデンス

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


(前回,2515号よりつづく

〔第21回〕崩壊するプロ組織(3)

3大事件から学ぶべきもの

(1)ボストン湾汚泥流出事件
 1982年,上層部と現場のギャップは事故として表面化しました。ナット・アイランドにある下水処理場は,37億ガロンもの未処理下水を,半年間にわたって港内に放出してしまったのです。この下水処理場は誰が責任を取るわけでもなく,1997年まで継続し,閉鎖となりました。
 ボストン湾も最近ではかなり浄化されたようですが,多くのボストン知識人は近海の魚介類を食べないようにしているようです。この事件は,ハーバード大学の授業でケースとして用いられなければ,ボストン湾浄化とともにそのまま忘れ去られていたでしょう。

(2)ダナ・ファーバー癌研究所
 抗癌剤過剰投与事故

 1994年11月悲劇が起こりました。臨床試験中の2人の進行乳癌患者に抗癌剤が誤って4倍量投与され,1人が死亡してしまったのです。臨床試験はシメチジン(H2 blocker)がサイクロフォスファマイド(CY)の抗腫瘍効果を増強するかどうかを検証するためのものでした。当初の予定では「CY 4g/m2/4日間」でしたが,一部「CY4 g/m2/日」ともとれる記述があり,結局4倍の抗癌剤が投与されてしまったのです。
 オーダーは2年目のクリニカル・フェローが書き,他の医師がこのオーダーに確認のサインをしています。薬剤師は薬の詳細と,治療計画を見比べなくてはなりませんでしたが,その時点で間違いを発見できなかったのです。しかも同プロトコールはすでに2回行なわれており,その点を確認さえしていれば薬用量が過剰であることはすぐに発見されたはずです。最後に看護師がオーダー通りの投薬をしてしまいました。
 病棟にプロトコール冊子はなく,看護師は医師の指示通りの処置を行なったことになります。さらに悪いことに,血液検査が行なわれ異常値を示していたにもかかわらず,データは臨床試験用に保存されたのみで患者カルテには記載されていませんでした。このことは患者の異常事態発見をさらに遅らせてしまいます。CYの副作用である心不全で3週間後に死亡した患者は,ボストン・グローブのヘルスコラムニストでした。もう1人は死亡を免れたものの,非可逆性の心不全を合併しました。他に3人の女性がこの臨床試験に登録されていましたが,幸いなことに予定通りの治療が行なわれ,過剰投与は免れました。
 翌1995年2月に,最初に臨床試験データの整理を担当していた事務職員が,CYの過剰投与に気づきました。この事実はダナ・ファーバー癌研究所所長クリストファー・ウオルシュと臨床部長のデイビット・リビングストンに伝えられ,翌日になり家族に医療過誤の事実が伝えられました。医療過誤を起こしたことは誉められることではありませんが,彼らは隠そうと思えば隠せたこの事件を,あえて家族に伝える決心をした点,さすが世界屈指の癌センターだったと言えます。過剰投与にかかわった2人の医師と3人の薬剤師は業務からはずされ,院内の原因調査委員会が編成され,毎週のように会議が開かれました。
 ここで興味深いことは,エール大学癌センター部長で前国立癌センター所長をその委員会の長に据えた点です。ダナ・ファーバー癌研究所は調査に公平を期すため,部外者の専門家に調査を依頼したのでした。翌年3月になって,この事故はボストン・グローブ紙のトップ記事として報道され,大きな衝撃を与えることになります。
 リビングストン教授は,小児科癌治療部の部長であるステファン・サラー教授に事故発覚後,座を譲ることになりました。サラー教授は,「2度とこのような惨劇が起こらないように」と,新しいリスクマネジメントのシステム構築に粉骨砕身で努力しました。同時に所長,常務,評議員と薬剤部部長が解任されました。「この事故は間違った医師本人の問題というよりは,これを防ぐリスクマネジメントシステム構築を怠った上部の責任である」と考えれば当然の処置であったと言えましょう。
 リーダーとは,皆を変革に向かわせ,起こったことに対して責任を取る人のことです。日本ではリーダーたるべき人たちの責任意識が薄いことが多く,まずはそこから改善しなくてはなりません。新しいリーダー,サラー教授のもと900人のスタッフ中100人を巻き込んで改革が始まりました。リスクマネジメントの専門家を呼んで,調査・講演を依頼したり,スタッフに対してもシステム改善に関するシンポジウムに積極的に参加させました。
 このようなことに1.5億円が投資されたと報告されています。最もフォーカスが当った場所は「クオリティ・アシュアランス」でした。つまり医療過誤を検出し,それが発生しないようにするためにはどうしたらよいか,さらに改善点がきちっと機能しているかどうか検討する機構です。まずスタッフ全員にクオリティ・アシュアランスとリスクマネジメントの概念の教育を徹底しました。月に1度委員会を開き,どんな些細なミスでも報告をさせます。それぞれに対して,問題点を浮き出たせ,原因について考え,どのように解決を試み,その結果はどうであったかなどを検討し書類にまとめます。改善をモニターできるものであれば,なるべく簡単なグラフとして表します。毎月のベッドからの墜落件数,薬用量問合せ確認件数など,簡単な棒グラフや折れ線グラフで示すようにしたのです。
 この事件はリスクマネジメントに関して,世界の医療機関の目を覚まさせたと言われています。ハーバードでは,世界の関係者に対して「To Err is Human」の著者らが中心になって「BUILDING CLINICAL AND ADMINISTRATIVE TRUST」の講習会が行なわれています
http://www.hsph.harvard.edu/ccpe/Trust/register_exec.htm)。

(3)東海村(JCO)臨界事故
 今回のウラン精製に関して,スペシャルクルーの副長であったYさん(55歳)は焦っていました。明日中に製品の完成度を調べるためのサンプルを提出しなければならなかったからです。また本社より出向となった多くの新人を,近日中に指導もしなくてはなりませんでした。納期期限までにはまだ間がありましたが,何とか早めに今回の精製を済ませておきたかったのです。
 事故前日の9月29日に,Yさんは核取主任者に「ある工程を簡略化できないか」と聞いています。核取主任者とは,核燃料物質の取り扱いなどを監督する責任者で,科学技術庁(科技庁)長官が資格認定をしています。Yさんは,その主任者から「大丈夫だろう」との回答を得ています。まずはここで事故が防がれるべきでした。また工程を変更する場合には,あらかじめ科技庁に届け出る必要があります。しかし裏マニュアルが公然と使われている状況ですから,届け出を行なうはずもありません。
 事故当日となった翌30日,Yさんは同じクルーのOさん(35歳)とSさん(39歳)とともにウラン精製最終工程に入りました。彼らは10年以上の経験を持つベテランでしたが,今回受注のあった作業はJCOでも多いタイプのものではなく,そういう意味で3人とも不慣れな状況という,悪い条件が重なってしまったのです。従来ウランを精製する時には,通常「貯塔」と呼ばれる非常に縦長の筒を用います。この形は,中性子がうまく外に逃げるため核分裂反応が起こりにくくなっています。一方貯水槽は,2.4kg以上を入れてはいけないことになっています。なぜなら,貯水槽に急激に大量のウランを注ぎ込むと核分裂反応が勝手に始まり,臨界状態となるからです。このことは核燃料取り扱い業者の常識でしたが,JCOの常識ではなかったのです。
 最後のウラン精製を行なうため3人のクルーは,2.4kgが許容量の貯水槽に16kgを注ぎ込んでしまいました。まだ貯塔であれば臨界事故は起こっていなかったかもしれません。これは裏マニュアルさえも逸脱した行為でした。Sさんが注入容器を支え,Oさんが注入しました。この作業に入ったところで,Yさんは作業状況を電話報告するために別室に行っています。その間に臨界状態に達してしまったのです。Sさんの証言では,臨界状態にみえるとされる「青い光」が確認されています。その時に警報機が鳴り,Yさんが戻るとSさんが倒れたOさんを抱きかかえるようにしていました。その結果としてSさんとOさんは亡くなり,Yさんは一命を取りとめました。
 過去,避難訓練も行なわれてきましたが,地域住人不在のものでした。自治体から,「避難訓練をすると住人の不安をあおる」と言われていたというのが主な理由です。またJCOにおいても,「臨界事故は起こらない」と想定していたため,発生時のマニュアルが存在しませんでした。
 リスクマネジメントの根本は,「人は間違いを犯すものである。よって事故の責任はシステムにある」という基本概念で言い表すことができます。つまり作業員3人に問題がなかったとは言いませんが,責任を追及されるべきは「裏マニュアルが横行する組織ぐるみのやり方」を容認したシステムであり,その責任者なのです。科技庁は,臨界が起こり得るかもしれない施設の視察を怠り,裏マニュアルが横行する環境を作ってしまいました。また,会社はリスクを軽視して売上を優先する傾向にありました。その一方で,周辺の住民はもちろん,「臨界のリスクはない」と説明されてきていたのです。

病院長更迭を制度化

 厚生労働省は,医療事故の防止を怠っている病院に対し,都道府県知事が病院長を更迭できる制度を導入すると発表しました。全国2万7000の病床を持つ医療機関に対して,安全対策の指針づくり,月1回程度,安全管理のための委員会の開催,安全対策の職員研修,院内の事故報告制度を義務づけ,さらに,高度先端医療を担う全国82の特定機能病院に対しては,専任の安全管理者の配置,安全管理の専門部門の設置,院内での患者の相談体制の整備を本年から義務化されます。これを守らない場合には,院長更迭と特定機能病院の指定を取り消すというものです。
 アメリカのダナ・ファーバー事件以来,「To err is human(間違うは人なり)」という考え方が浸透しはじめました。従来,「医療者は誤りを犯さない」という迷信じみた考えが,医療者側にも患者側にもありました。しかし,医療が高度になればなるほど,その医療ミスの危険は高くなります。アメリカでさえも,ダナ・ファーバー事件以前は医療ミスを隠蔽する傾向にありました。しかし,この事件以降「医療人とはいえ人間である以上,誤りを犯すものである。よって,その誤りの頻度を少なくするような組織を構築していかなくてはならない。そのように考えれば,医療事故によって個人が責められるべきではなく,その組織が責められるべきである。リーダーとは組織をまとめる責任者であり,医療事故を最小化する努力を怠っていた病院で医療事故が発生すれば,それは病院長の責任となる」という考えに徐々に変化していきました。
 しかし,医療過誤を直接起こすのは現場の人間であって病院長ではありません。いくら制度が整っていても,現場と委員会の間の意思疎通がなければ事故は減らないでしょう。私たちは,医療事故防止の制度を形式的なものから機能的なものに変えていくことを真剣に考えなくてはなりません。