医学界新聞

 

連載
第9回

再生医学・医療のフロントライン

  

脳内成体神経幹細胞を標的とした再生医療

桜田 一洋  協和発酵工業(株)東京研究所
医薬研究部門 再生医療グループ主任研究員


パーキンソン病をターゲットに

 パーキンソン病の治療を目的とした中枢神経系の再生医療の歴史は長く,すでに1980年代より開始されている。本治療は,成体脳にはニューロンを新たに生み出す能力はないとするRamon y Cajal(スペインの神経学者,「中枢神経系は再生しない」と定義)以来のドグマを踏襲して,パーキンソン病で選択的に失われるドーパミン作動性ニューロンを胎児脳や患者自身の副腎から採取して移植するという戦略により行なわれてきた。ヨーロッパを中心として行なわれた治験では治療効果は安定しないものの,一部の患者では非常に高い有効性が観察されている。一方,米国で実施された治験では,ジスキネジアなどの副作用も観察されている。胎児脳そのものを移植の材料として用いるこの第1世代型の治療は,倫理的な問題はもちろんのこと移植用の材料を十分確保することが難しく,胎児脳由来のドーパミン作動性ニューロンを代替する材料が求められている。このような流れの中から,ES細胞や胎生神経幹細胞を生体外で大量に培養した後,目的のドーパミン作動性ニューロンに分化誘導して移植に利用するという,第2世代型の再生医療の検討が開始されている。

成体神経幹細胞を賦活して再生

 一方,1992年に神経幹細胞の培養法が考案されると,ほぼ同時に本技術を用いて,げっ歯類の成体脳から神経幹細胞が分離・培養できることが報告された。さらに,1998年には岡野栄之らによりヒト成体脳からの神経幹細胞の分離が成功し,Fred Gageらによりヒト成体脳でニューロンの新生が起こることが示されたことで,Ramon y Cajal以来のドグマは完全に否定されることとなった。
 そして,誕生したのが,「脳内成体神経幹細胞を薬物などにより賦活して再生を誘導する」という新しいコンセプトによる再生医療である。成体神経幹細胞の増殖と分化を制御する因子の分子的な実体が明らかにできれば,神経再生を誘導する薬剤を開発できる可能性がある。実際このような,内在性の成体神経幹細胞を賦活する因子が最近になり,少しずつ明らかになってきている。
 カリフォルニア大学とStem Cell Pharmaceuticals社のグループは,TGF-αを線条体に投与することによりパーキンソン病モデル・ラットで顕著なドーパミン作動性ニューロンの再生が観察されることを報告している。またカルガリー大学とNeurostasis社のグループは,脳室内にEGF(上皮成長細胞)とBDNF(脳由来神経栄養細胞)を投与した後に,線条体に「THカクテル」(特許申請のために詳細な組成は発表されていない)を投与することで,同様にパーキンソン病モデル・ラットの症状を改善できることを発表している。
 さらに,NeuroTherapeutics社は成体神経幹細胞の増殖を刺激して脳内でニューロン数を増加させる働きのある「Neutrofin」という経口可能な合成化合物を開発し,アルツハイマー病やパーキンソン病の治療を目的とした臨床試験を行なっている。

今後の課題

 成体脳では神経幹細胞が存在するにもかかわらず,大きなニューロンの破壊に対して十分な再生が観察されない。そのため内在性の成体神経幹細胞を刺激する再生誘導治療には限界があるという考え方もある。今後は,このような再生誘導治療がどのような患者に対して適応可能なのかを明らかにしていくことが必要であり,そのためには成体神経幹細胞の生理機能を明らかにする基礎研究を積極的に進めていくことが必要である。

《第1回 心臓細胞再生の現状と展望(福田恵一)》
《第2回 皮膚の再生(朝比奈泉)》
《第3回 角膜の再生(中村隆宏,木下茂)》
《第4回 血管の再生(日比野成俊,新岡俊治)》
《第5回 末梢血管の再生(森下竜一)》
《第6回 骨の再生(大串 始)》
《第7回 軟骨の再生(開 祐司)》
《第8回 中枢神経系再生の研究戦略(岡野栄之)》