医学界新聞

 

連載
第4回

再生医学・医療のフロントライン

  

血管の再生

日比野成俊  東京女子医科大学日本心臓血圧研究所・心臓血管外科
新岡 俊治  


 本邦の心臓血管外科領域では,これまでに約80種もの人工血管が使用されているが,遠隔期の石灰化,再狭窄,抗血栓性,耐久性,生体適合性,安全性等において問題点があり,理想的な人工血管はいまだ開発されていない。
 そこでわれわれは,こうした問題点を克服すべく,ティッシュエンジニアリング技術を用いた再生血管の開発,臨床応用をめざし,基礎実験を継続してきた。われわれの再生血管は自己細胞を用いて作成されるため,拒絶反応の可能性はなく,生きた自己細胞が存在するため,より長い耐久性が期待でき,最終的に異物が残存せず内腔も完全に内皮化されるため,移植後,長期間の抗凝固療法を必要としない。さらに,自己組織のため,成長の可能性が高く,理想的な血管であると考えている。

血管を再生するために

 基本的な再生血管の作成手順は(1)細胞採取,(2)細胞培養,(3)生体吸収性ポリマー上への播種,(4)血管移植手術の通りである。
 われわれはまず,末梢の血管細胞から大口径の血管(肺動脈)を構築し,それが外科的移植に耐えうるか否かを検証する実験を行なった。動物の大腿静脈を採取し,単純explant法で細胞を単離培養し,混合細胞(内皮細胞,平滑筋細胞,繊維芽細胞)を生体吸収性ポリマーに播種した。このポリマーは,外科的に身体に移植された後で,非酵素的加水分解によって自然に吸収され,消失する材質から形成されるものである。播種後7-10日目に細胞を採取した同一動物への移植を行なった。実験動物は移植後10-24週間後にそれぞれ血管径を評価した後に犠牲した。
 この結果,移植されたポリマーは完全に吸収され,作成された組織は組織学的に血管組織に類似していた(図1)。これらを組織学的,生化学的,生力学的に検討したところ,組織の in vivo におけるリモデリングが示唆された。また生力学的検査でも,経時的な最大張力の増大を認められた。免疫組織学的検討では,作成された組織は内皮細胞で覆われ,間質にエラスチンが存在することが確認され,また血管径は,動物の成長とともに増大した。

肺動脈再建における再生血管移植

 この成果から,1999年4月に東京女子医大倫理委員会の承認を得て,患者家族の十分なインフォームド・コンセントを得た上での臨床応用が可能となった。1999年よりヒト血管細胞の培養が開始され,移植第1例目は2000年5月,肺動脈再建において再生血管移植を4歳の小児例で応用した(図2)。
 現段階では,小児心臓外科領域における生体材料は満足できるものが存在しないため,従来の方法では結果が明らかに不良と思われる症例に対して本方法を適応しているが,将来的にはすべての補填材料を本方法で作成できるよう期待が高まっている。今後さらに症例を積み重ねて臨床での適応を拡大していく予定である。

今後の方向性

 臨床において,in vivo での静脈系大血管再生が可能になり,その初期段階の結果は,予想以上に有望であった。今後,臨床の場で質の高い再生医療が普遍化するよう,さらなる進歩が期待されている。われわれも現在,使用する細胞の起源として骨髄幹細胞,末梢血幹細胞に着目し,再生血管を作成する際に,より簡便に,より患者への負担が少なくなるような方法を模索して研究を継続している。さらに工学系の分野においても次々と新しい素材が発見,開発されており,臨床家との柔軟な連携が望まれる。


図1 左段は羊肺動脈置換後6か月目の組織の肉眼的所見。右段は犬下大静脈置換後6か月目(上段)と9か月目(下段)


図2 臨床例。再生血管移植時の手術所見(左段)と手術前後の肺動脈造影検査所見(右段)