わかりやすい省察的実践
実践・学び・研究をつなぐために

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看護、教育、福祉などの対人関係専門職にとって、実践・学び・研究はどのように位置づけられるのか。現場の知を探求していくために必要な考え方を、省察的実践や成人学習理論の成書を多数翻訳してきた第一人者がわかりやすく解説。実践に悩む人はもちろん、教育・研修担当者、大学院進学に興味のある方へもおすすめ。学び続けるあなたを応援する1冊。

三輪 建二
発行 2023年03月判型:A5頁:248
ISBN 978-4-260-05115-6
定価 2,970円 (本体2,700円+税)

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はじめに

 仕事にたずさわる私たちは「学び続ける」ことが期待されている。急激な社会変化のなかで、専門分野の知識・技術をたえず新しくする必要があるからである。学び続ける理由はそれだけではない。特に私たちの多くは、人とかかわり合い、向き合う仕事を専門としており、人びととの関係性やコミュニケーションについて、また自分自身の専門職としてのあり方についてたえず振り返り、学び続けていくことが求められている。

看護職・教育職・福祉職は対人関係専門職
 看護師や看護教員をはじめ、幼稚園・小学校・中学校・高等学校の教師、保育士、公民館職員など社会教育施設職員、専門学校教員、理学療法士師・作業療法士、ソーシャルワーカーなど社会福祉施設の職員、カウンセラー、事務職員、自治体職員、さらに市民活動団体など地域コミュニティで活躍する人びと、ビジネス分野のマネジャーや経営者など、人びととかかわり合う仕事をする専門職を総称して、対人関係専門職(対人支援専門職・対人支援職者)と表現することができる。
 対人関係専門職の学びは、専門学校・短期大学や大学などの養成段階だけでは終わらない。専門職に就いてからも、私たちは自分の実践をめぐる個人の学び、勤務先や専門職団体が用意する研修プログラムで学んでいる。また、大学院も私たちに門戸を開いている。昼夜開講制、社会人入試制度、通信制大学院など、専門職が仕事と両立させながら学べる制度面の整備も進んでいる。学術的な大学院に加え、高度専門職業人を養成する専門職大学や専門職大学院、および博士課程も社会人に開かれている。

第1部:対人関係専門職における学び
 私たち看護職・教育職・福祉職は、人びととかかわり合う対人関係専門職である。私たちが学ぶことがらには最新の知識・技術の修得に加えて、相手との対人関係能力やコミュニケーション能力の向上をめぐるものがある。第1部では対人関係専門職の学びをとらえる視点として3つの論点を取り上げる。
 1点目は、対人関係専門職は「省察的実践者」であり、専門職として取り組む実践についてたえず振り返り(省察し)、次の実践の改善に生かす学びが求められるという視点である。新しい知識・技術の修得に加え、対人関係やコミュニケーションのあり方について、自らの実践を個人あるいは仲間とともに振り返り(省察し)、次の改善策を図るという学びは、対人関係専門職だからこそ求められていると言えるのではないだろうか。
 2つ目は、対人関係専門職は学校教育を修了している有資格者の社会人であることが多く、「成人学習者」であるという視点である。自己決定性や人生上・職業上の経験の尊重、硬くなっている意識を変容する学習など、子どもの学びとは異なる、成人学習の考え方が注目されている。成人学習の視点から対人関係専門職としての学びをとらえると視界はどう広がるのだろうか。
 3つ目は、対人関係専門職が向き合う人びとの多くが知識・技術や人間関係・コミュニケーションについて学ぶ学習者であるとし、対人関係専門職を、人びとの学びを支援する「学習支援者」としてとらえ直すことである。
 第1部での説明や事例の多くは、対人関係専門職の学びのなかで、すでに行われていることがらである。しかしあらためて、対人関係専門職としての学びを、省察的実践と成人学習、学習支援の視点で原理的・根底的に考察することで、今まで見えなかった新たな発見があるのではないかと考える。

第2部:省察的な記録・レポート・論文をまとめる
第3部:実践と研究をつなぐ指導──実務家教員のことば

 対人関係専門職である私たちの学びとして注目されるのが、現職研修や大学院での学びである。第2部「省察的な記録・レポート・論文をまとめる」では、対人関係専門職の論文作成とその指導に焦点をあてる。対人関係専門職が自分の実践を記録に基づいて振り返り、所属機関や専門職団体に研修レポートを提出し、さらに学術性が高いとされる研究論文(修士論文、博士論文など)をまとめる際のポイントについて検討する。
 私たちにとって論文とは何なのかからはじめ、執筆の順番に即して、研究テーマの絞り込み、研究デザイン・研究方法・研究倫理、データの厳密性と適切性、分析・考察・結論の厳密性と適切性について検討する。
 省察的実践者・成人学習者・学習支援者である私たち対人関係専門職が、大学院の学修で直面するのは、大学院が求める学術的な「厳密性」と、自分がかかわる実践に即した「適切性」をめぐる対立と葛藤である。
 研究論文では、科学的な「厳密性」が重視され、私たちは、厳密な研究方法や分析方法とエビデンス(証拠)が求められることが多い。専門職分野の学会で蓄積された先行研究を数多く読み込むことも求められる。とはいえ私たちのなかには、以上の学術的トレーニングを十分に受けていない人びともおり、厳密性のプレッシャーにさらされるうちに、もともとの実践・臨床上の問題意識が薄くなることや、研究論文としてまとめた成果が、実践や臨床の現場に還元しきれないまま終わることがある。
 実践・臨床と理論・学術とを橋渡しするにあたっては、高い「壁」があることを見据えながら、できうる限り実践・臨床の視点に立った研究レポート・研究論文のあり方を模索してみたい。
 第3部「実践と研究をつなぐ指導──実務家教員のことば」は、論文を指導する教員のうち、特に実務家教員の臨床の知に根差したことばに注目している。インタビュー記録でのことばは、本文中でも引用している。

本書の読者と工夫
 本書の主な読者は看護師や学校教師をはじめとする、人びととかかわり合う対人関係専門職である。また、私たち対人関係専門職の研究論文を指導する大学院教員である。対人関係専門職の範囲は広いが、看護や教育、福祉の事例が多くなっている。指導する大学院生がその分野に集中していることもある。
 専門的な説明もあり、実践とつなげて考えてもらう意味で、【事例と解説】を多く用意している。【事例と解説】には、筆者のセミナーなどに寄せられた感想や質問を取り上げ、省察的実践や成人学習の観点から私自身が解説したものもある。また各章には、本文の内容に関連する【コラム】、みなさんの実践を振り返っていただくための【問いかけ】も用意している。
 それぞれの立場で、事例・解説やコラムにある、わざや臨床の知に根ざした「実践のことば」を読んでいただくことで、省察的実践の意味をよりわかりやすく理解できるようになるならば、筆者にとって本望である。

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はじめに

第1部 対人関係専門職における学び
 第1章 私たちは対人関係専門職として学び続ける
  第1節 対人関係専門職とは
  第2節 対人関係専門職の学び
  第3節 対人関係専門職の資質・能力と学び
 第2章 私たちは省察的実践者として学び続ける
  第1節 技術的熟達者の学びの特徴
  第2節 知を「適用」する学びでよいか
  第3節 省察的実践者としての学び
 第3章 私たちは成人学習者として学び続ける
  第1節 アンドラゴジー
  第2節 自己決定性と経験の尊重
  第3節 自分の意識を変容する学び
 第4章 私たちは学習支援者として学び続ける
  第1節 人びとの自己決定性が育つ学習を支援する
  第2節 人びとの経験を尊重する学習を支援する
  第3節 人びとの意識変容の学習を支援する
 第5章 かかわり合う相手の学びのプロセスを支援する
  第1節 教える役割
  第2節 引き出す役割・問い直す役割・つなげる役割
  第3節 学習プロセスの展開を支援する:準備段階
  第4節 学習プロセスの展開を支援する:実施段階
  第5節 学習プロセスの展開を支援する:終了段階
 第6章 省察的実践サイクルをらせん的に展開する
  第1節 人びとの成長と組織の改善
  第2節 専門職集団内での交流と資質・能力の向上
  第3節 多職種集団との交流

第2部 省察的な記録・レポート・論文をまとめる
 第1章 省察的に語る、省察的に書く
  第1節 実践を省察的に語ることは研究である
  第2節 実践を省察的に記録する
  第3節 省察的なレポート・論文を書く
 第2章 課題を絞り込む
  第1節 形式的に絞り込む:規模と実行可能性
  第2節 内面的に絞り込む:経験や信念の省察
  第3節 理論的に絞り込む:資料や先行研究の省察的な取り扱い
 第3章 研究目的・研究方法を省察的に設定する
  第1節 研究の背景・先行研究・研究目的
  第2節 目的に沿った研究方法を選びとる:量か質か
  第3節 省察的実践者にとっての研究倫理
 第4章 データを省察的に収集し分析する
  第1節 データの厳密性と適切性をめぐって
  第2節 観察研究、言説研究およびGTAの厳密性と適切性
  第3節 アクションリサーチ
 第5章 データを省察的に考察し結論をまとめる
  第1節 エビデンスに基づく実践という要請
  第2節 省察的な考察と結論:厚い記述
 第6章 経験省察型のレポート・論文をまとめ、活用する
  第1節 レポート・論文の活用
  第2節 経験省察型のレポート・論文の壁とは
  第3節 実践・学び・研究をつなぐために

第3部 実践と研究をつなぐ指導──実務家教員のことば
 私立教育系大学院(修士課程・通学制)
 私立国際関係系大学院(修士課程・通信制)
 私立福祉系専門職大学院(専門職大学院・通学制)
 私立経営系大学院(MBA課程・通学/通信制)
 私立経営系専門職大学院(専門職大学院・通学制)
 「実践のことば」から──まとめに代えて

コラム
 対人関係専門職ということば
 省察的実践者ということば
 ショーンの省察(リフレクション)への理解
 実習生と新人看護師──いつからおとなの扱いになるのか
 ケアする者がケアされる者から学ぶ:鷲田清一
 希望は、必ず見つかる──患者の心の奥底の希望を引き出す
 授業研究・校内研究と職員室の変化
 看護師集団の省察から看護師・医師間の省察へ
 資料・先行研究をめぐる実務家教員からの提言
 先行研究と自己の経験──「ジレンマ」と向き合う
 精神科医の研究方法の変更:神谷美恵子
 「実践に基づくエビデンス」は可能だろうか?
 赤ペン先生ではない論文指導と対話

あとがき
索引

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省察的実践を可視化し、研究につなげるための必読書
書評者:安酸 史子(日本赤十字北海道看護大学学長・教授)

 看護職は対人関係専門職である。著者の三輪建二氏は、教育に関心をもつ多くの看護師が手に取ってきたであろうドナルド・A・ショーンの『省察的実践とは何か──プロフェッショナルの行為と思考』(鳳書房、2007)の監訳者であるとともに、看護師の大学院生を指導してきた実績があり、本書のなかには多くの看護師や看護教師の事例が登場してくる。
 私は看護師経験よりも看護教師経験が長いが、看護教師としての省察的実践をどのように看護研究につなげるかについては困難さを感じてきた。本書は、タイトルにあるようにわかりやすくていねいに「省察的実践」と「省察的実践を研究にすること」について解説されていて、省察的実践を研究につなげることに困難を感じている研究者にとっては待望の書である。大学院の学修で直面する「厳密性」と、自分がかかわる実践に即した「適切性」をめぐる対立と葛藤については、看護学の大学院教育をしている立場では、極めて日常的な葛藤である。本書の第1部では、省察的実践者であり、成人学習者である対人関係専門職のありようについて理論的にかつわかりやすく解説をしてくれる。実践と学術との橋渡しには高い「壁」があるとしたうえで、第2部では省察的実践者として実践・臨床の視点に立った省察的な記録・レポート・論文をまとめることについて詳細に検討している。そして第3部では、実践と研究をつなぐ指導について具体例を引用しながら解説してある。
 私は看護教育学を専門としていて、省察的実践を研究につなげたいと願いながら、周りから求められる「厳密性」の壁を乗り越える方策をなかなか見いだせずにいた。ショーンの「行為のなかの省察」「省察的実践家」の概念についての解釈を深めても、そのことを研究につなげることは難しいと感じてきた。手に入れた教育方法や理論のあてはめの「方法のパッチワーク」や「方法の目的化」では、目の前の学生との教育実践における事実が見えない。「方法のパッチワーク」や「方法の目的化」の繰り返しでは、一番大切な省察的実践の中身がそぎ落とされてしまう危険性がある。実践のなかに理論があるというTheory in practiceというショーンの提唱を研究につなげたいと思いながらも、「厳密性」を求める主流のなかでは、「方法のパッチワーク」や「方法の目的化」は研究者が陥りやすい穴である。
 看護や教育における熟練の実践の技は、複雑な状況のなかで瞬時に省察し判断して紡ぎだしていく極めて高度な「技」である。ショーンが省察的実践を泥沼のなかでの実践であると説明しているが、泥沼のなかでの省察と判断を可視化していくことは困難である。しかし、その困難な研究の行程を歩んでいく意義は極めて高い。
 最後に三輪氏は「実践が学びであり、実践が研究である。学びが研究であり、学びが実践である。そして研究が実践であり、研究が学びである。このつながりが自然に意識され、納得して体得していくこと、対人関係専門職にとっての信念や価値観に位置付けることで、対人関係専門職が実践者であると同時に本当の意味での学習者、研究者になっていくし、そうなってほしいと心から願っている」と記している。私は看護教育学の専門家として、看護実践や看護教育実践における省察的実践を可視化していく省察的実践の研究が看護研究としてどんどん世に出てくることを願っている。本書はそうした願いを実現するための必読の書である。

(「看護教育」Vol.65 No.1 掲載)

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