定本 M-GTA
実践の理論化をめざす質的研究方法論

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質的研究方法論の1つとして広く知られるM-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ)の決定版。M-GTAの基本的な考え方と研究方法のプロセスを具体的かつ詳細に解説し、理論面と実践面から強力にサポート。看護系大学院生や看護研究者などを中心にM-GTAのさらなる浸透を図るとともに、質的研究の未来を見据えながら、理論と実践と研究の循環の実現に向けた研究成果の産出をめざす。

木下 康仁
発行 2020年10月判型:A5頁:400
ISBN 978-4-260-04284-0
定価 3,520円 (本体3,200円+税)

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はじめに

 この本は,質的研究法のひとつであるM-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ:Modified Grounded Theory Approach)について体系的に論じたものである。質的研究に期待されている深い解釈と厚い記述,課題とされてきた分析方法の明確化と分析プロセスの明示化,そして,意味の解釈を分析とするときの厳密さの確保と分析結果の実践的活用……M-GTAはこれらに応えようとする研究法として開発されてきた。
 本書は全体で4部構成になっており,Part 1でM-GTAの基本特性と方法論的基盤をオリジナル版GTAとの関係で論じ,Part 2でインタビューデータにおける概念生成から結果図とストーリーラインの作成までの分析方法と分析プロセスを詳しく説明しており,その内容の学習方法として,Part 3でグループワークの仕方を具体的に提案している。最後のPart 4では視点を質的研究全体に広げ,質的データの分析におけるコーディングとは何か,質的研究論文の査読のあり方,そして,質的研究を数量的研究との対比におくのではなく,共通土俵に上げて新たな科学哲学である批判的実在論との関係から,M-GTAの可能性を検討している。具体的な作業内容の説明から研究のあり方など大きな問題まで多岐にわたる内容を取り上げているので,部分と全体,全体と部分の関係を意識して読むと理解しやすいであろう。
 多くの読者にとっての関心はM-GTAの分析方法を詳述したPart 2だと思われるが,それだけではM-GTAを理解し実際に用いるのはむずかしいと考えている。分析を行なう自分自身の立ち位置を確認できないまま作業を始めてしまい,自分の解釈に関する適切さの判断があいまいで相対的になってしまうからである。特にPart 1は本書全体のゲートウェイになっているのだが,内容的に取っつきにくさを感じるのであれば,Part 2から先に読んでから戻るのでもよいだろう。また,Part 3から読んでグループ学習を立ち上げられれば,Part 2の検討をしやすくなり,理論的な内容が中心となるPart 1とPart 4についても,ディスカッションを通して理解を深めていきやすい。
 したがって,本書は一度読んで終わるのではなく,手元において読み直したり,手順と考え方を繰り返し確認しながら利用できるよう目次構成を詳しくしている。主たる読者としては,初めて本格的な研究に取り組む人たちを想定している。大学院の前期課程(修士)の人たちや博士論文に取り組む後期課程の人たち,実務専門職の人たち,そしてそうした人たちを指導する立場にある研究・教育職の人たちを念頭においている。

 この種の書籍は入門書であることが強調されがちであるが,本書は入門書であると同時に質的研究に関する専門書としても成り立つように工夫している。バランスをとるのがむずかしい試みであったが,この点に関しては数量的,質的を問わず研究法の専門家からの批判的検討を期待している。本書では考え方と方法,具体的な技法をできるだけ分けて説明することで,なぜある技法を用いるのか,その理由を自分で説明できることを重視している。技法と手順だけで質的研究ができるわけではなく,正誤判断ではなく意味の解釈を継続的に蓄積する作業では,自分の判断を必ず説明していかなくてはならない。そうしないと伝わらない。人に説明するには,自分がその内容に一定の確からしさ,本書でいう「リアリティ感」がもてないと不安定な作業となるからで,本書では,この「説明する」ということを強調している。逆にいうと,ここをおさえれば質的研究は知的躍動感を与えてくれるものになる。技法は考え方を具体的な形にしたもので考え方そのものではないから,実践によって身につくのであり,その意味では技能といってもよいかもしれない。そして,よりよい技法の可能性は常にオープンである。技法や方法から入って考え方を確認したり,考え方から入って方法に独自の工夫があったりしてもよい。
 このような構成にしたのは,学習者とは変わっていく存在だからである。新たに学ぶ人たちが増えていくのを期待するのはいうまでもないが,当然のことながら学習者はいつまでも初学者のままではないし,そうであってはならない。今,自分は学習プロセスのどこに位置しているのだろうかと,「学ぶ/習う→使う→教える」という継続的なプロセスに自分をおくことで,学習目的も変わっていくであろう。同じものをみているようで,みえ方は変わっていくからである。学ぶプロセスに「教える」まで含めているのは,教える専門家になることをめざすという意味ではなく,グループ学習がそうであるように,役割によって自分の理解を他の人に説明することで自分の理解を確かなものにし,新たな気づきにつながるからである。質的研究,M-GTAの学びは終わりのないプロセスであるが,常に自分の位置を確認することにより,学習者としての自分を振り返りやすくなり,研究者としての成長と課題に気づいていくことができる。ここに,この研究方法の奥の深さと知の探求の楽しさがある。学位論文が書ければそれで終わるというわけではない。
 M-GTAは現在非常に多くの領域で用いられており,特に当初から対人援助領域,看護・保健領域,ソーシャルワークや介護などの社会福祉領域での活用が際立っていた。そして現在は,リハビリテーション,臨床心理,学校教育,言語教育(英語・日本語),経営マネジメントなどの領域や,死生学,老年学,情報学などの学際領域でも用いられている。具体的な研究テーマは多岐にわたっているが,全体に共通した特性としては,人と人の直接的かかわり合い(社会的相互作用)が展開されている実践的専門領域ということになる。
 また,本書では全体を通して1つの研究例「高齢夫婦世帯における夫による妻の介護プロセスの研究」(木下,2009,第一章)を用いている。これにより本書で解説している研究上の各項目や段階,および,研究プロセス全体が理解しやすいようになっている。本書ではこの研究例をできるだけ詳しく紹介しているが,分析結果である理論(グラウンデッド・セオリー)の表現がどのような形になるのかを理解し,分析結果の記述の仕方などを詳しく知る上でも,上記の文献もぜひ副読本として読んでもらいたい。質的研究の場合には分析方法と作品(分析結果の記述の仕方)の両方を理解しないと,どちらも十分に理解できない面があるからである。

 本書のもう1つの特徴は,グループでの学習方法を提案していることである。分析方法の明確化と分析プロセスの明示化をめざし,筆者はこれまで「機能としてのスーパービジョン」という考え方で,実際の個別的,対面的スーパービジョンで行なわれる直接の指導関係とは別の方法を模索してきた。経験的学習方法の開発は質的研究の発展に欠かせないのであり,その実現のためにはグループワークのもつダイナミズムが機能としてのスーパービジョンをより実践的にできると考え,できるだけ具体的な方法を提案している。例えば,データの分析実習には,グループで取り組むことが経験的学習として有効である。データの解釈の際に,同じデータでも他の人が自分とは異なる見方をしていることに気づくことができれば,解釈の多様性を学べるとともに,自分の見方のくせや偏りを自覚しやすくなる。質的データの分析における「客観的」とは何か,「主観的」とは何かを考える機会にもなる。グループワークには,互いに学び合うインターラクティブなダイナミズムがある。
 質的研究は現在では認知,普及,定着しているが,依然として残されている大きな課題がある。それは,意味の深い解釈が十分できていないことである。分析をしてもこれでよいのか判断できず,リアリティ感がもてないということである。これはむずかしい問題であるが,翻ってみると,ここに質的研究の可能性がある。迷っているということは,あいまいなままに進めるか,一歩踏み込んでコミットしていくかの分岐点に立っているということである。しかし現状において,そこでの判断がしやすいこところまで質的研究法自体が整備されていないという認識を筆者はもっている。質的データの場合であっても,分析方法と分析プロセスを明確にする必要は当然あるのだが,仮にそれに対応できたとしても,それによって分析結果の質が保証されるわけでもない。データの解釈を研究者自身が行なうところに,質的研究の醍醐味がある。そしてそこには同時に陥穽がある。この関係を明らかにするためには,どうしても研究する人間を論じなくてはならない。この点は,質的研究の議論で十分取り上げられてこなかった。研究する人間を論ずることで,質的研究の可能性はオープンに検討できるし,ひいては人間についての理解や洞察が深くなっていくことが期待できる。M-GTAは,研究者が自身を「研究する人間」として捉えつつ,自分の行なっている解釈や分析を常に意識化し振り返ること(reflective な姿勢)を,一貫して促していく。それにより,言葉の意味に敏感になり,言葉の使い方がていねいになる。このことは,研究者としての分析力や説明力を強化し,活発なコミュニケーションを可能にして研究者をエンパワーする。

 ところで,M-GTAの開発は当初から計画されたものではなく,かれこれ30年の経験(木下,1990)を経て現時点に到達している。B.Glaser(1930~)とA.Strauss(1916~1996)という2人のアメリカの社会学者が1960年代に発表したThe Discovery of Grounded Theory〔『データ対話型理論の発見』(1967/後藤,水野,大出訳,1996)〕に触発され,研究と実践の関係を軸に試行錯誤を重ねてきた。その中で著した数冊のうち『グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践』(2003)と『ライブ講義 M-GTA』(2007)が広く利用され,現在も最も版を重ねている。後者は翻訳が韓国で出版され(2017),予想をはるかに超える関心と支持をいただいた。また,2000年に発足した「M-GTA研究会」は現在全国各地に地方会が設置され,領域を超えて多くの研究者が,M-GTAを用いた研究への取り組みと学習活動を展開している(https://m-gta.jp/)。
 こうした発展の一方で,「本を読んだけれども,よくわからない」という声にも多く接してきた。筆者としては,解説は基本的な部分にとどめてあえて余白を残し,余白は読者に埋めてもらうのが,学びの方法として適切ではないかと考えており,今でもその考えは基本的に変わっていない。余白があることによって,読者は否応なく自分の考えでそこを埋めなければならない。そのほうが,コントロール感をもって方法を使えるようになりやすいと考えるからである。これが,先に述べた「説明すること」の第一歩につながる。余白をこちらで埋めてしまうと,手順や技法に過度にこだわった分析をしてしまい,自分のしていることの説明が困難になり大きな不安を生んでしまいかねないからである。

 また一方では,M-GTAは簡単な方法であるかのような受け止め方もされてきたようである。おそらく,分析ワークシートの活用などが具体的でわかりやすそうな技法やツールにみえて簡単に取り組めそうに思われたことから,関心を集めたものと思われる。部分と全体の関係が十分に説明されていなかったためでもあるが,これは分析する自分自身が視野から脱落しているということであり,そのため,簡単な方法にみえるということであろう。技法や方法について過度に詳しい説明はせず余白を残したのも,こうしたHow to的な読まれ方を誘発して,肝心な点が理解されにくくなるのではないかと危惧したためであるが,初学者には少なからずわかりにくさが残るようであった。
 この30年の間に筆者は,研究会や研修会,授業や個別指導など多くの経験から,「これでよいのか」と迷いながらもM-GTAの可能性に共感し研究を進めていく学習者に接してきた。そして,「余白」を初学者にとっても埋めやすくすることの重要性と必要性を肌で感じるようになった。そこで, これまでの経験を踏まえて本書を執筆するにあたり,必要となる説明の水準や章の構成を吟味した。余白が必要であることに変わりはない。よって,かゆいところにまで手が届くほどではないかもしれないが,少しでも余白を埋めやすくなるよう工夫しながら解説している。グループワークを取り上げているのも,「説明すること」をグループの中で行なうのが,自分の理解を確かめる方法として有効であることを経験してきたからである。先に挙げた解説書の刊行からそれぞれ一定の年月を経ているので,この間の経験と質的研究の展開と現状を反映させる形で,本書をまとめることにした。

 最後に,筆者はこれまでM-GTAを「説明すること」について,方法の細部において研究者個々が独自の工夫を施すことを推奨してきた。わずかな工夫でも,自分の判断で方法を変えるには方法についての理解が前提となるから,方法に「使われる」のではなく,方法を「主体的に使う」態勢をとることが可能になる。この「工夫」とは,先に述べた「余白」とほぼ同じ意味だが,すなわち,自分の研究目的に照らして方法を「最適化する」ということであり,その判断には説明が必須となる。このことが重要である。例えば,M-GTAの分析ワークシートの作業においては,データから具体例を抽出する作業をどこから始めるかという課題がある。このとき,本書での考え方と方法の説明に照らして,自分で工夫したい場合には方法を修正することができるが,同時にその理由を説明することが必要である。
 このことは,本書で説明しているM-GTAの分析方法が唯一のものではないということを意味する。すべて,本書の説明の通りにしなくてはならないわけではない。本書で提示しているのは,考え方とその実践方法の基本型である。どの部分をどのように変えて用いるかという応用は,読者に委ねられている。現在,M-GTAを用いた研究論文が数多く発表されているが,分析方法の説明や結果の提示方法などの多様性の中に,一定の共通する形式がみられるようにも思われる。もちろん,これはそれぞれの研究者がそれぞれの考える形で「余白」を埋めてきた自然な結果であるから,本書はそうした傾向を否定するものでも抑制するものでもない。要は,M-GTAの基本特性を踏まえてさえいれば,共通する形式であれ独自の形式であれ,自身の判断を「説明する」ことができ,それにより,自分自身の方法としてM-GTAを獲得していくことができるということである。

 2020年9月

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はじめに

Part 1 M-GTAの方法論的体系性
 Chapter 1 グラウンデッド・セオリー・アプローチの基本特性
  1-1 オリジナル版GTAから継承する分析上の用語とM-GTAでの活用方法
  1-2 オリジナル版GTAから批判的に継承する点
 Chapter 2 M-GTAの方法論的基盤
  2-1 オリジナル版GTAの課題点への対応
  2-2 M-GTAにおける三位相のインターラクティブ性
  2-3 M-GTAが導入する分析上の用語

Part 2 M-GTAの分析方法
 Chapter 3 分析テーマと分析焦点者の設定方法
  3-1 分析テーマの設定方法
  3-2 分析焦点者の設定方法
 Chapter 4 概念生成と分析ワークシートの活用方法
  4-1 分析プロセスの全体像と例示研究の紹介
  4-2 概念-指示モデル
  4-3 分析ワークシートの活用方法
  4-4 概念生成の分析手順
  4-5 分析ワークシートの各欄の活用方法
 Chapter 5 概念比較からカテゴリーの生成方法
  5-1 概念の相互比較
  5-2 カテゴリーの生成
 Chapter 6 結果図とストーリーラインの作成方法および執筆時の留意点
  6-1 なぜ,中心的(コア)カテゴリーとするか
  6-2 分析結果を確定する
  6-3 結果図の作成方法
  6-4 ストーリーラインの作成方法
  6-5 論文執筆での留意点
 Chapter 7 なぜ,プロセスなのか
  7-1 分析テーマに「プロセス」の表現を入れる意味
  7-2 分析結果としてのグラウンデッド・セオリーとプロセスの関係
  7-3 現象のもつプロセス性とM-GTAは時系列分析ではないことの意味
  7-4 プロセスとしての理論
  7-5 分析プロセスの明示化
  7-6 プロセスについての補足

Part 3 M-GTAのグループワークでの学習方法
 Chapter 8 グループワークでの学習の進め方
  8-1 グループの編成と学習期間
  8-2 基礎学習:ウォーミングアップ編
  8-3 基礎学習:文献検討
  8-4 データに馴染む
  8-5 分析を始める:分析テーマと分析焦点者
  8-6 分析ワークシートを使った概念生成
  8-7 概念の相互比較からカテゴリー生成とその先の分析へ
  8-8 「1人」のデータではなく,「1人分」のデータの分析であること
  8-9 グループワークが短期の場合の方法
  8-10 分析実習の経験から得られるもの:グループ学習参加者の声より
  8-11 ファシリテーターとして参加する場合
 Chapter 9 グループワークと機能としてのスーパービジョン
  9-1 経験的学習の必要性と基本的考え方
  9-2 グループワークによる学びの3ステップ
  9-3 研究方法の3つの方向性

Part 4 質的研究とM-GTA
 Chapter 10 質的データのコーディングと記述のスタイル
  10-1 GTAのコーディング方法の特性
  10-2 インタビューデータの一般的なコーディング
  10-3 M-GTAのコーディング特性
  10-4 コーディングと文脈性の理解の仕方
  10-5 M-GTAを事例研究に用いる
  10-6 他の質的研究法とコーディングの関係:
        現象学的アプローチとナラティブ・アプローチの場合
  10-7 質的データと分析法の関係:記述による研究
        ─エスノグラフィーを中心に
  10-8 M-GTAにおけるデータと分析法の関係:概念化の研究
  10-9 「記述による研究」と「概念化の研究」の比較
 Chapter 11 M-GTAにおける理論と実践の関係:行為文脈設定型実装研究へ
  11-1 質的研究における理論と実践
  11-2 実践と理論の相互的研究展開:実践と理論のらせん的三重サイクル論
 Chapter 12 質的研究論文の査読基準作成と評価類型・改善方向の試案
  12-1 質的研究における査読の現状
  12-2 査読はコミュニケーション
  12-3 質的研究論文の査読に関連する現状の課題
  12-4 質的研究論文の査読ガイドライン
  12-5 査読ガイドラインに基づく論文の「評価類型と改善方向」
  12-6 評価の4類型と改善方向の実際
  12-7 最終評価をどこで下すのか:査読プロセスの今後の課題も含めて
 Chapter 13 批判的実在論とM-GTA
  13-1 質的研究の定義問題
  13-2 批判的実在論とM-GTAの関係

あとがき
文献
索引

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全ての質的研究者にとって必読の書
書評者:前田 泰樹(立教大社会学部教授・社会学)

 本書は,質的研究法の1つであるM-GTAについて体系的に説明したものである。GTA(グラウンデッド・セオリー・アプローチ)は,60年代北米における社会学の質的研究方法論の興隆の中で,B. GlaserやA. Straussらによって考案された。著者は,そのオリジナルGTAから受け取った発想を,領域科学を超えて質的研究法が定着した現代の状況に沿うように,また対人援助領域における実践と近い場でなされる研究のために,洗練させてきた。本書は,「定本」と冠されたタイトルが示すように,この方法論を30年にわたって牽引してきた著者による決定版といってよい。

 この本で想定される主たる読者は,「はじめて本格的な研究に取り組む人たち」である。例えば,看護学や社会福祉学の領域で修士論文を書く際に,実際にM-GTAを用いて質的研究を行おうとする学生にとっては,この本は必携の一冊である。また実は指導する側の教員にとっても,非常にありがたい書であることは間違いない。ただ,そうした本書の特徴については,多くの書評が予想されるので,残りの紙幅では,GTAとは異なる質的研究法(エスノメソドロジー)を専門とする評者が目を引かれた点について,紹介したい。

 本書の特徴の1つは,M-GTAを理解するためには,オリジナル版のGTAの評価が欠かせないという立場をとり,継承点と改善点を明示していることにある。理論生成を志向し「継続的比較分析」を行う,という基本的な構えを継承するとともに,初期のGTAがフィールドワークによる観察データを前提としていたのに対し,著者が自覚的にインタビューデータの分析のための方法としてコーディングの方法を体系化してきたことは,目を引いた。本邦におけるM-GTAの定着が,こうした洗練によって促進されてきたことは疑いない。

 本書のもう1つの特徴は,他の質的研究法に対する対話の道を開いている,ということだ。意味解釈の重要性を強調し「研究者を方法論化」するという主張は,表現や力点の違いはあれ,多くの質的研究法に訴求する論点だと思う。こうした共通点とともに,著者が強調するM-GTAの特徴は,その他の研究法との差異をもわかりやすく提示している。中でも評者の目を引いたのは,M-GTAが行うプロセスの分析は,「非時間的」なものだという主張である。M-GTAの目的が,現象の持つプロセス性を,現象の時間的順序から切り離して理論化することだとよくわかる表現である。

 評者がこれらの論点に目を引かれるのは,これらの点においてはGTAとは対極にある質的研究法,つまりコーディングを行わず,現象それ自身の時間的構成を明らかにしようとするエスノメソドロジーの考え方に依拠しているからでもある。その上で,評者がこれらの論点から多くを学ぶことができたように,本書は,M-GTAのみならず,質的研究を行う全ての人にとって,読めば必ず何かが得られる著作である。その意味でも,領域科学を超えて定着した現代の質的研究方法論における必読の書といってよいだろう。


M-GTAの実践書,至れり尽くせりの集大成
書評者:石田 千絵(日本赤十字看護大教授・地域・在宅看護学)

 本書は,「M-GTA」の全てが体系的に網羅されたテキストで,質的研究を理解するための辞書のような要素も有しています。「はじめに」の項に概要が記述されていますので,以下,木下康仁先生の言葉を拝借しながら,本書の概要と魅力をご紹介いたします。

 「質的研究に期待されている深い解釈と厚い記述,課題とされてきた分析方法の明確化と分析プロセスの明示化,そして,意味の解釈を分析とするときの厳密さの確保と分析結果の実践的活用……M-GTAはこれらに応えようとする研究法として開発されてきた」(p.iii)

 実際に,質的研究を研究手法で用いたことがある方は,誰でも一度はM-GTAを学んだことがあると思います。さらに,M-GTAを研究手法で選択された方は,「深い解釈」と「厚い記述」をめざしながらも思うように分析を進められず,自分自身に対する不甲斐なさに嘆息をもらしたことがあると思います。そして,木下先生の多数の著書を何度も読み直し,それぞれの本のエッセンスをつなぎ合わせながら「分析方法」と「分析プロセス」を探り,木下先生の研究会に参加して「意味解釈の厳密さ」を確保しながら,実践への活用を検討されてきたと思います。このように,時間をかけてやっとM-GTAを自分のものにしてこられた方が多いと思いますが,本書はこれらの努力を大幅にショートカットできるため,多くの研究者にとってはショッキングな内容となっています。M-GTAとは何か? 理論前提をどのように捉えるとよいか? 研究計画書をどのように記載すればよいのか? 実際の分析をどのように進めるとよいか? など,研究者にとって知りたい全てがこの一冊に記されているだけでなく,読者の傍らで木下先生が伴走してくださるような構成になっているからです。

 「本書は入門書であると同時に質的研究に関する専門書としても成り立つように工夫している」(p.iv)

 「4部構成になっており,Part 1でM-GTAの基本特性と方法論的基盤をオリジナル版GTAとの関係で論じ,Part 2でインタビューデータにおける概念生成から結果図とストーリーラインの作成までの分析方法と分析プロセスを詳しく説明しており,その内容の学習方法として,Part 3でグループワークの仕方を具体的に提案している。最後のPart 4では視点を質的研究全体に広げ,質的データの分析におけるコーディングとは何か,質的研究論文の査読のあり方,そして(中略)批判的実在論との関係から,M-GTAの可能性を検討している」(p.iii)

 本書は,初学者だけでなく研究指導者や教育者も読者対象とされていることから,M-GTAを含む質的研究全体の査読の方法についても丁寧に言及されています(Chapter 12)。さらに,批判的実在論とM-GTAとの関係を考察するChapter 13では,M-GTAのさらなる可能性が客観的に論じられており,「研究者は成長をし続ける存在である」ということを,著者自身が体現されていることを知らしめる終わり方となっています。

 このように本書は,M-GTAを丸ごと理解しながら質的研究の可能性についても思考を拡大できる生きた書籍であり,全ての質的研究者が手元に置いておくべき一冊であると考えます。M-GTAの辞書で実践書,著者の集大成,至れり尽くせりの一冊です。


自分自身の方法としてM-GTAを獲得する(雑誌『看護研究』より)
評者:西村 ユミ(東京都立大学大学院人間健康科学研究科看護科学域教授)

 本書は,M-GTAの「定本」とある通り,著者である木下氏がオリジナル版GTAに触発され,30年にわたる試行錯誤を経て到達した決定版である。また,「M-GTAを論ずることは質的研究を論ずること」と謳い,質的研究固有の人間観と理論的基盤をもとに方法論を構築した斬新な書籍である。

 定本とされる理由は,本書の構成が物語っている。4部構成のPart1では,M-GTAの基本特性と方法論的基盤について,オリジナル版GTAからいかに抜本的に再編成したのかが,その根拠とともに説得的に論じられる。Part2では,分析方法と分析プロセスが詳細に説明されるが,単なる手順ではない。例えば,GTAは参加観察による調査から構築されたが,現在,多くのGTA研究はインタビューをデータとする。両者のデータの質の違いを根拠に,データの性質に応じた方法論が再構成され説明される。Part3では,学習方法としてのグループワークの仕方が提案される。グループでの学習は質的研究には不可欠であり,すでに行なわれているであろうが,そこで何が起こり得るのかが分析されることで,意義が明確になる。最後のPart4では,視点を“領域化”した質的研究に向け,コーディングや査読のあり方,批判的実在論との関係からM-GTAの可能性が検討される。

 この構成から,1つの研究方法論であるM-GTAを論じていくと,多分野を横断して1つの領域となった質的研究を論じる必然性も伝わってくる。またこの過程で,著者が取り組んだ「高齢夫婦世帯における夫による妻の介護プロセスの研究」が例示され,それを追っていくと,データから何に気づくことで分析となるのかがよくわかる。興味深いことに,データからの発見という分析の醍醐味も経験できる。木下氏は,評者が取り組む現象学的研究の解釈では,現象学的還元が行なわれているのではないか,と読み取る。他者がデータを解釈する思考と,そこではっきり自覚せずに行なっていることまでもを見て取る著者の眼力が為せる技だ。それを辿れば,質的研究を進めている感覚が味わえるのも納得できる。

 それは,木下氏が【研究する人間】という概念を提案し,研究者を方法論に組み入れようとすることとも関係する。なるほどと思わされるのは,研究を1つの社会的活動として位置づけ,【研究する人間】が調査協力者,分析焦点者,結果の応用者という他者との間で3種類のインタラクティブを経験するという点だ。社会的活動と研究活動を分離させない。それは,オリジナル版M-GTAから生まれた課題を乗り越える装置としても機能する。GTAはその内部に量的研究の価値観をもち,それが,領域化した質的研究から批判された。原点に戻って,この批判に応じる過程において,自然科学と社会構成主義の対立構図を乗り越える必要性に迫られ,「三位相のインタラクティブ性」という方法論の体系化を図った。「分析テーマ」「分析焦点者」そして「研究する人間」のインタラクティブという視点である。分析テーマという目的をもち,調査協力者と関わり分析を進めると,分析焦点者という別の水準の視点からの変化(うごき)=“プロセス”が見えてくる。この妥当性は継続比較分析をしながら検証される。これを推し進めるのは【研究する人間】であり,構築されるのが理論である。いや,創られつつある理論を検証しつつ理論を構築し,さらにその理論の応用によって創造的に修正される。これらすべてが方法論に組み込まれていることには,唸らされた。定本とされるゆえんである。

 しかし,本書は完結してはいない。方法論に“余白”を設け,M-GTAを通して自らの方法を創造して修正していく姿勢を求める著者だからこそ,質的研究のメタ理論として批判的実在論の可能性を模索したまま本書を閉じる。本書において,「行為文脈設定型実装研究」と命名したM-GTAが実装によって理論を検証し続けるのと同様に,方法論においても思索と検証を続けようとすることの決意が私にははっきり伝わってきた。

(『看護研究』2021年8月号掲載)


「なるほど!」という理解とともにM-GTAと質的研究を学ぶ(雑誌『看護研究』より)
評者:グレッグ 美鈴(神戸市看護大学看護学部教授)

 グラウンデッド・セオリーは,Glaser版,Strauss版,M-GTAなどがあって,何だかとてもわかりにくいと思っていた。そして最近,看護学の論文でM-GTAを用いた研究をよくみるようになり,一度きちんと理解したいと思って手に取った。Part 1からPart 4の4部構成,13のChapterから成り,「定本」のタイトルがふさわしいと思う内容である。

 これまでも,木下先生が出版されたグラウンデッド・セオリーに関する書籍を読んではいたものの十分に理解できていなかったオリジナル版GTAとの違い,またM-GTAとは何なのかなどが,Part 1を読んで自分の頭の中が整理され,「あー,なるほど!」と思うことが多かった。

 Part 2では,M-GTAの考え方,特に具体的方法について,これでもかというほど研究例を用いて丁寧に説明されている。実際にM-GTAを使う際には,とても役立ちそうである。研究に必須の分析ワークシートを使う上で読者が疑問に思うであろうことについても,具体的な説明がある。そして概念生成が容易なものから困難なものまで例示され,概念比較からカテゴリーの生成方法,結果図とストーリーラインの作成についても,研究例を用いながら詳細に解説されている。これらは自分で実際にやらないとわからない部分もあると思うが,読むだけでも十分に理解しやすく,深く納得できる。

 Part 3のM-GTAを学ぶ方法として,グループワークの提案は興味深い。また「質的研究とM-GTA」のPart 4では,理論と実践に関わる研究を3つのタイプに分けた説明があり(Chapter 11),実践の学問である看護学研究は何をめざすべきなのか,看護学における理論とはどうあるべきなのかを考えさせられた。Chapter 12では質的研究論文の査読について悩みがちな内容が,すっきりと整理され,解決の糸口が示されている。

 M-GTAを使って研究したい人は,4つのPartからなる13のChapterを全部読んでから,分析方法が説明されているPart 2(5つのChapter)に戻り,研究の進度に合わせて各Chapterを読むとよいと思う。きっと研究のプロセスがより具体的にイメージでき,さらに研究に対して前向きな気持ちになれるはずである。しかしながら,どの質的研究の本もそうであるが,この本さえ読めば研究ができるというものではないことは頭に入れておきたい。

 「はじめに」では,質的研究に関する専門書としても成り立つように工夫したと書かれているが,確かに,全体を通して質的研究そのものを学んだ/考えた本であった。M-GTAを学びたい人だけではなく,質的研究に興味のある人にぜひ読んでいただきたい。

(『看護研究』2021年2月号掲載)

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