こころの回復を支える
精神障害リハビリテーション

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「精神障害リハビリテーションってなんだろう?」統合失調症のこころの回復を支えて40年の著者がそんな疑問にわかりやすく答えます。精神障害リハビリテーションの基本的な概念や理論の解説にはじまり、実際にリハビリテーションを進めていく手順、ひとりひとりの人生に寄り添うことの重要さ、支援者に必要な技術や心構えまで、この1冊でわかります!
池淵 恵美
発行 2019年03月判型:A5頁:286
ISBN 978-4-260-03879-9
定価 3,740円 (本体3,400円+税)

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はじめに─この本を手に取ってくださった方に

・精神障害リハビリテーションはとてもおもしろい!!
 おもしろさを伝えたいと思って,この本を書きました。
 筆者が精神障害リハビリテーションにはまったきっかけは,なんと1979年(昭和54年)にさかのぼります。医学部を卒業して精神科に入りましたが,筆者が研修を受けた病院では入院病棟がなく,代わりにデイケアで患者さんたちといろいろな活動をしました。そのなかで,はじめは硬い表情で口数の少なかった人が,生き生きと周りの人との交流を楽しむようになり,それまで見られなかった元気な発言をしたり自信を取り戻す様子を見て,とてもひきつけられ,そうした患者さんの回復を支えるスタッフの活動に興味を持つようになりました。元気になった人たちはやがて学校や仕事へと旅立っていくのですが,そのときの本人や家族の深い喜びにも心を動かされました。精神障害リハビリテーションや,それを提供する場としてのデイケアを勉強したいと強く思ったのです。
 この仕事についてみると,精神疾患やこころの病を持つ人たちは,もともと人づきあいが苦手で居場所のなさを感じていたり,自分に自信を持てず悩んでいたり,なかにはいじめにあったり,生育過程で苦労があったりする人も多いのですが,それに追い打ちをかけるように,疾患によって大きく人生の行路をゆがめられて挫折を味わい,若いうちから人生の理不尽に打ちのめされるつらさも,そばで見ることになりました。そうした人たちが元の生活に戻ろうとするときの社会の壁や,精神疾患であると聞くときの周りの反応などにも,昔から今に続く,社会のなかで不遇な存在となっていることを感じました。このような人たちに,どんな生きていく場を私たちは提供できるのでしょうか。今に続く,筆者の問題意識のひとつであり,リハビリテーションをやっていこうとする思いにつながっています。
 それから,精神疾患やこころの病を持つ人たちが回復してくるとともに,生きることの不器用さや,その不器用さから無理な努力をして自滅してしまうなど,彼らのもろさにも驚かされました。かつては科学的に理解することのむずかしい「闇の力」で再発が起こると考えられた時期もありましたが,現在では,本人が環境のなかで感じるなんらかのストレスによって再発は起こると考えられています。なぜそこまで不器用だったり,もろかったりするのでしょうか。これも筆者のずっと抱き続ける問題意識であり,なんとか彼らの生きづらさを解明し,乗り越える方法を見つけたいという筆者の動機につながっています。
 作家が処女作で,その後の作家としての発展を予測できるような方向性をすでに示すのと同じように,医師などの支援者もはじめの数年で,何を経験し,何を学んだか,どんな研修環境に身を置いていたかが,その後の発展を方向づけるように思います。筆者もまた,大学卒業後に経験したことによって,精神障害リハビリテーションに何を求めていくかが決定づけられました。そしてもう40年,ずっと学んだり,経験したり,考えたりしていますが,はじめに感じたおもしろさは続いているし,精神疾患によってもたらされる理不尽さや筆者の抱いた謎はまだ解消されていません。そうと意識していなかったのですが,いつしかその解消に努めることがライフワークとなりました。読者にも,そのおもしろさの一端を少しでも伝えられればと思います。
 実際の精神障害リハビリテーションの現場は,もっと個別性に満ち,波瀾万丈であって,ドラマチックな展開があるのですが,文章にしてしまうとどうしても平板になってしまい,筆者の力量のなさをおわびするしかありません。その分,提示しているケース(筆者の経験をもとに創作したものです)から,実際の現場を少しでも味わっていただけたらと思います。

・この本を読むと何かよいことがある?
 精神疾患・こころの病を持っている人に対して,どのような専門的な援助ができるか,ということについて,この本では,精神療法家とも違うし,認知行動療法家とも違うし,薬物療法の専門家とも違うスタンスを提供していると思います。治療する技のキレ味や,疾患についての知識の豊富さだけでは語れない「何か」について考えるよすがになれば,と筆者は希望しています。それは,精神疾患・こころの病にかかることになって,その人の生活や人生にどのような影響が出てくるのかについて,思いをはせることでもあります。
 障害 disability からの回復は,現在の医療・福祉制度の限界から,当事者や家族にとって必ずしも納得のゆくものではないかもしれません。そして,薬物療法が必要なくなるくらいに回復してほしい,という専門家の願いもまた,まだ夢の段階で終わっています。いずれはもっと回復を助けていく科学や技術が生まれてくるかもしれませんし,筆者はそれを強く希望していますけれども。そうした現状のなかで,精神障害リハビリテーションに従事していくことは,回復すること=すっかり症状がなくなって「当たり前の生活」ができるようになることだ,という既存の概念を転換していく必要が出てくるということです。働かなくてもその人なりの人生がある,という考え方は,身体疾患や精神疾患などで障害がもたらされることで,生きていく術(すべ)が制限される人たちが生み出してきた知恵なのです。精神療法では「心的事実」という言葉があります。実際に皆が認識している事実とは違うかもしれないが,ある人のこころのなかで起こっている,感じているもののことです。それはその人にとっては重要な主観的体験です。社会福祉の領域では,「誰でも社会のなかで平等に生きていく権利を持っている」と教えられます。主観的な体験に重きを置きつつ,社会のなかでより望ましいと考えられる生き方や社会のあり方を求めていくことが,精神障害リハビリテーションの専門家には求められます。
 こうした考え方は,日頃の世間の営みにおける常識的な考え方からすると,理屈が勝っているように感じられたり,あくまで理念にすぎないと感じられるかもしれません。しかしそこに,困難を抱えつつより豊かな人としての生き方を求める志を感じてくださる方もおられるのではないでしょうか。精神障害リハビリテーションに毎日どっぷり浸っている筆者にとって,この本を書くことによって,私たちの常識がしばしば世間ではそうではないことについて,考えるよい機会となりました。筆者と逆の視点から,この本が述べることと日頃の生活との乖離を感じる方もいるかもしれません。そのような方にも乖離が生じる意味をぜひ考えていただけたらと思います。筆者にとって,パーソナルリカバリー(本書の第2章でくわしくお話しします)を語る当事者の言葉は,そうした乖離がどのように越えられていくかを物語っています。
 それから,ひとりの専門家ができることとできないこと,チームの大切さや周囲の環境がどのように障害や疾患の経過に影響を与えるかについても,考えていただける機会になってほしいと思っています。

・この本を書くにあたってお世話になった方々
 まず一番に,これまで筆者とリカバリーの道を歩んできた多くの当事者の方々や,ご家族に感謝いたします。筆者をパートナーにしていただいたこと,不安や悩みを相談してくださったこと,不満や焦りを話してくれたこと,ひとつひとつが得がたい体験となりました。
 それから,精神障害リハビリテーションの仕事をいっしょにしてくださったたくさんのスタッフには,これまで本当に支えていただきました。ひとりでは途方に暮れるようなときや,勇気や知恵がわいてこないときに,仲間の存在は大きかったです。ひとりひとりのお名前を挙げることはしませんけれども,書きながら皆さんの顔を思い浮かべています。
 筆者に手ほどきしてくれた多くの先輩――医師も看護師もそのほかの職種の方々もおられます――にも,多くのものを与えていただきました。専門家としての成長には,先輩の存在は欠かせないものなので,筆者自身も若い人を育てることをこれからもしていきたいと思いますし,この本がそれに役に立つことを願っています。
 筆者を丸ごと受け止めて支えてくれ,癒やしてくれた家族には,どう気持ちを伝えていいかわかりません。診療や教育や家事のすき間を縫って,何とか原稿書きができました。家族には大分迷惑をかけたかもしれません。
 最後に,編集に携わった小藤崇広さんに感謝します。この原稿が出版に至ったのは彼の尽力によるものですし,初めての読者として,忌憚のない意見をたくさん述べてくれました。厳しい意見もたくさんあったのですが,よく考えるともっともだと思うことばかりでしたので,ずいぶん加筆・修正をしました。この本は小藤さんとの共同創造でできあがったと言えます。
 皆さん,ありがとうございました。

 2019年初頭に
 池淵恵美

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第1章 精神の「障害 disability」とは何か
 1 統合失調症の人の生きづらさから障害 disability を考える
 2 障害・生きづらさはどの程度改善するのか
 3 障害 disability をもたらす基盤としての脳機能
 4 障害の構造──機能・活動・社会参加
 5 環境(文化・社会制度・人とのつながり)は障害を変える
 6 ノーマライゼーションと障害 disability の克服

第2章 リハビリテーションとはどういうものか
 1 リハビリテーションという言葉が示すもの
 2 リカバリー概念の発展
 3 エビデンスに基づく実践とパーソナルリカバリー
 4 精神障害リハビリテーションの基本的な考え方
 5 精神障害リハビリテーションの技術
 6 地域におけるリハビリテーション
 7 希望を育むこと・成長していくこと

第3章 精神障害リハビリテーションのプロセス
 1 精神医学の治療とリハビリテーションの違いを考える
 2 初診のときからリハビリテーションは始まる
 3 苦しい症状に対して,まずは本人が楽になることを見つける
 4 家族や周囲の人たちに,疾患や障害の特徴を知ってもらい,
     どうつきあっていくかを学んでもらう
 5 「楽しいこと」「興味の持てること」を見つけ,
     自信や体力や気力を取り戻していく
 6 本来の自分の力が少しずつ戻ってきたら,社会参加の目標を見つけていく
 7 リアルワールドにチャレンジする
 8 なかなかよくならない症状・障害とつきあっていくやり方を探していく
 9 リハビリテーションから次の一歩が踏み出せない場合がある
 10 再発・再入院への対応
 11 長い目で見て,回復を信じていくことが大切である
 12 人それぞれのリカバリー
 13 早期介入・こころの健康

第4章 精神障害リハビリテーションを計画する
 1 治療・リハビリテーションの計画を立てるときの基本的な考え方
 2 初診察(面接)時の治療・リハビリテーション計画
 3 急性期を乗り切るための計画
 4 うまく急性期が乗り切れないときの治療・リハビリテーション計画の修正
 5 日常生活の再開や退院を準備していくための計画
 6 社会参加に向けた計画
 7 外来中断・引きこもりなどへの計画
 8 社会参加の継続を支援する

第5章 人生を支援するリハビリテーション
 1 ライフステージと精神障害
 2 就労支援
 3 恋愛・結婚・子育て支援
 4 ひとり暮らしや身体的健康の支援

第6章 回復を支える支援者の役割
 1 Personal support specialist
 2 リハビリテーションに携わる personal support specialist の視点
 3 定期的な個人面接
 4 リハビリテーションの専門家として知っておきたい技術
 5 精神障害リハビリテーションについて深く学ぶ
 6 多職種協働チーム

第7章 精神障害リハビリテーションをゆたかにする研究
 1 障害 disability の解明
 2 障害 disability を改善するためのリハビリテーションの開発と効果検証
 3 「主体」の意欲を育て,パーソナルリカバリーを支援するための研究
 4 有用なリハビリテーションの実装・普及研究とサービスの効果研究
 5 どのような社会のあり方が,障害を持つ人の社会参加を促し,
     ノーマライゼーションにつながるか

終章 時代の精神を越えて

初出一覧
索引

CASE
 1-1 生きづらさがだんだん大きくなって発症したSさん
 1-2 前節で紹介したSさんのその後
      ――時間がかかったけれど,自分の生きる方向を見つけました
 1-3 Kさんは仕事をきちんとこなしていますが,
      神経認知機能障害の影響を受けています
 1-4 ご主人のサポートを受けて主婦業をこなしているYさん
 1-5 Mさんは社会的認知の偏りが見られることがあり,時々周りの人と
      うまくいかなくなります
 1-6 障害の認識がうまくできないため混乱しているKCさん
 1-7 なぜ自分の調子が悪くなるのか,うまくつかめていなかったUさん
 1-8 Vさんは自分の障害について自覚していなかったのですが,いろいろな体験を
      積み,仲間の話を聞いたり心理教育を受けたりするうちに,少しずつ
      自分がどうしてつまずいてしまうのか,気づくようになりました。
 1-9 Aさんは仕事熱心で生真面目な会社員ですが,その認知パターンと
      ストレスとがからみあって時々調子を崩すことがあります
 1-10 職場が変わったら,無口なことが評価されるようになったNさん
 2-1 リハビリテーションを経験し,リカバリーのプロセスも順調で,
      今は仕事に生きがいを感じているTさん
 2-2 なかなか就労支援がうまくいかなかったXさん
 2-3 家でのお母さんとのやり取りからいらいらして壁を蹴ってしまったUAさん。
      e-SST で症状への対処,自分の認知のゆがみ,お母さんとの
      コミュニケーションを練習しました。
 2-4 自分がやりたいと思っていることを進めていく過程で,
      リカバリーしていったAIさん
 2-5 Bさんのよいところが見えてきたら,支援もうまくいくようになりました
 2-6 現実とつながらない願望から,実際の希望へと1歩踏み出したRさん
 2-7 あきらめと絶望のなかで,仲間の力によって希望が生まれてきたJさん
 3-1 リカバリーしていく過程のなかで少しずつ自分の生き方が変わったPさん,
      支援者との二人三脚でした
 3-2 ずいぶん試行錯誤しましたが,やっとHさんは自分なりの生き方を見つけました
 3-3 長い入院の後のひとり暮らしで,英会話が生きがいになったJBさん
 3-4 50代に入ってパートナーとめぐりあい,あたたかい家庭を築いたDさん
 4-1 苦しい急性期を乗り切ることに難渋したFEさん
 4-2 単一家族心理教育のなかで,退院後の生活について自分の考えを
      周りに伝えられたVさん
 4-3 母親に頼って自宅で生活し,外に出ようとしないWさん
 4-4 デイケアでのリハビリテーションからはじまり,学校生活,仕事経験,
      恋愛などを通して成長していったMさん
 4-5 Zさんは「服薬中断実験」などを経験しながら社会での生き方を
      自分のものにしていきました
 5-1 やりたい仕事が見つかるまで長い道程を重ねたYCさん
 5-2 職場のちょっとした出来事で幻聴がはじまり,
      いつも解雇させられると心配していたEさん
 5-3 病気になったあと,給料は安くなったがゆったり仕事できる職場が見つかり,
      納得して仕事しているCさん
 5-4 恋愛をするたびに大混乱するYKさん
 5-5 周囲の反対にもかかわらず結婚したJMさん
 5-6 Lさんは病気になって周囲に過敏になり悩みましたが,
      パートナーと出会って病気のことも話して結婚し,その後2人の子育てを
      通してふつうのお母さんの苦労をしています
 5-7 グループホームでの生活を通してひとり暮らしの技術と自信をつけたOさん
 5-8 けんかが絶えない家庭から飛び出して,グループホームの世話人の支えで
      仕事もしているNさん
 5-9 親が亡くなってLCさんは急にひとり暮らしになりましたが,母方の叔父さんや
      デイケアの支えを受けて,趣味を楽しみ,さみしさともつきあって
      生活しています
 5-10 Yさんは20年の長期入院のあと,グループホームで生活をはじめましたが,
      いろいろ苦戦しています
 5-11 いらいらから食べ過ぎてしまうことを乗り越える練習をしているGさん
 6-1 REさんは自分で試行錯誤しながらリカバリーの道をたどってきました
 6-2 病院に来たくない,自分は病気と違う,と言い続けていたAGさん
 6-3 病気や薬の説明なんかちゃんと受けていないと,治療中断してしまうZCさん
 6-4 しばしば妄想を訴えるLSさん
 6-5 LFさんのお母さんは娘の妄想に悩んでいましたが,ほかのお母さんから
      素晴らしいヒントをもらいました
 6-6 支援者として力量をつけてきたSKさん

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リアルな事例から学ぶ,当事者の人生に向き合う支援
書評者: 京極 真 (吉備国際大教授・作業療法学)
 名著だと思う。精神障害リハビリテーションの基本から応用,そして最先端の動向まで端的に論じており,著者の豊かな経験と洞察,そして幅広い知識がなければ書けないと思う。ここでは,本書を読み解くにあたって,重要だと思われるポイントを3つ解説する。

 第一のポイントは,共同創造である。本書はリハビリテーション,エビデンスに根ざした実践,パーソナル・リカバリー,パーソナル・サポート・スペシャリストなどさまざまな論題を扱うが,その中心軸には共同創造があると思う。共同創造とは,専門家と当事者がコラボレーションすることである。精神障害リハビリテーションは精神障害によって生活が困難になった当事者を対象に,その人らしい社会への参加を実現するために支援するアプローチである。それを実質化するには,専門家のみが主導してもダメだし,当事者のみが主導しても不十分であり,専門家と当事者がともに手を取りあっていく必要がある。ここは,著者の際立った洞察が光るところであり,精神障害リハビリテーションの本質を表しているところだといえるだろう。

 第二のポイントは,豊富な事例である。本書は随所にリアルなエピソードをはさんでいる。これらは,著者の体験から創作した事例であるものの,目の前に当事者がいるかのような臨場感をもたらしている。その理由は,事例が単に医学的な治療経過を示したものではなく,人生のプロセスを反映しているところにあると思う。例えば,悩みつつ試行錯誤しながら就労する事例(pp.110-111)もあれば,周囲の反対に遭いながらもどうにかこうにか結婚したのにしばらくしたら現実に気付いて離婚した事例(pp.190-191)も示されている。このように,本書では一人ひとりが病とともに生きる姿を描き出している。人生のプロセスを反映した豊富な事例が示されているため,本書はリハビリテーションの本質である「人間にふさわしい生活を取り戻すこと(p.42)」の意味がとてもよく理解できる構成になっていると思う。

 第三のポイントは,当事者の人生の課題と向きあっているところにある。特にそれが表れていると思ったのは「恋愛・結婚・妊娠・出産・子育て支援」に多くの紙面を割いているところである。従来の精神障害リハビリテーションの本では,当事者の回復過程にそった支援の在り方を論じても,人生の課題である「恋愛・結婚・妊娠・出産・子育て」についてはほとんど議論してこなかったと思う。評者はいつもこの点に違和感を抱いていたが,本書は見事にその壁を壊してくれている。当事者は自分の人生を生きる人であり,そこには「恋愛・結婚・妊娠・出産・子育て」といった一大イベントが待ち構えている。本書は専門家がどう支援していけばいいかを具体的に論じつつ,技術を磨く必要性を示している。

 以上,3つのポイントを解説した。他にも,本書にはさまざまな読みどころがあるため,皆さんにはぜひ自らの目で確かめていただけたらと思う。
良書という他ない,読みやすくも奥深い一冊
書評者: 後藤 雅博 (医療法人崇徳会理事・顧問/こころのクリニックウィズ所長)
 本書の著者は,2019年3月に帝京大学医学部精神神経学教室主任教授を退官した池淵恵美氏である。15年にわたる教授職,まずもって退官をお祝いしたい。退官記念の会は大学関係者だけではなく,さまざまな領域の人たちが参集し,氏の幅広い業績と温かい人柄をよく表したよい会だった。本書はそういう氏が,初めて書き下ろした一般向け(といっても学生や支援者対象であるとは思うが)の精神科リハビリテーションの解説書である。

 本書の構成は第1章「精神の『障害disability』とは何か」から始まって第7章「精神障害リハビリテーションをゆたかにする研究」まで,リハビリテーションの概念,そのプロセス,計画の立て方,リカバリー,支援者の役割という順番の章立てになっている(最後に「時代の精神を越えて」という素晴らしい終章がある)。これだけでも包括的かつ実践的なものであることはわかるが,それぞれの章の中の節がまた魅力的で,例えば第1章の第1節は「統合失調症の人の生きづらさから障害disabilityを考える」であり,第3章では「初診のときからリハビリテーションは始まる」「苦しい症状に対して,まずは本人が楽になることを見つける」などの節があったりする。まことに,すぐ読んでみたくなるようなタイトルだ。しかも,第6章まではそれぞれの節にほぼcaseがひとつ以上入っていて,具体的な臨床場面が想起できるようになっている。それぞれのcaseは目次にも記載されていて,「50代に入ってパートナーとめぐりあい,あたたかい家庭を築いたDさん」のような,これまた魅力的な,想像をかき立てるタイトルが付されている。さらに,それぞれの節の最後には「第○節のまとめ」として5~10行程度の文字の色を変えたまとめがついている。しかもその上それぞれの章の最後には「テイクホームメッセージ」として,著者の伝えたいことが「気持ち」として語られている。例えば「この章を読んで,やっぱり完璧に紙に書かれた計画がイメージされるとしたら,筆者の力量不足です」など,こんな感じである。評者はcaseだけを通して読んでみたり,節のまとめだけを通して読んでみたりした。テイクホームメッセージも。読み方としては邪道かもしれないが,必ずや本文も読みたくなることは保証したい。

 さまざまな解説書の中には,自分の主張に都合の良い事実だけを挙げて,それでよしとしているものもあるが,著者にはそんな部分はみじんもない。長く臨床と研究の架橋に尽力され,実践されてきた著者らしく,マイナスの事実も公平にきちんと記載されてある。著者の講演は,難しいこと,学術的なことを,易しい言葉で平易に語ることで定評があり,また発表やシンポジウムのコメントは,穏やかな物腰で優しい言葉だが内容は鋭い。本書は一見平易な解説書だが,さまざまな工夫が凝らしてあって,精神障害リハビリテーションの学術的基礎から実際の複雑で困難な事態までを一望できる。良書という他はない。
精神科治療+リハビリテーションで人生の支援を
書評者: 武田 雅俊 (大阪河﨑リハビリテーション大認知予備力研究センター長)
 「精神障害リハビリテーション」をライフワークとして実践と研究をリードされている池淵恵美先生が,帝京大学主任教授としての定年を迎えられるのを機に上梓された本書には,40年間の「精神障害リハビリテーション」第一人者からのメッセージが詰め込まれており,精神障害を持つ人への専門的援助について,精神療法家とも認知行動療法家とも薬物療法家とも違うスタンスが提供されている。著者は,専門家の視点からのリハビリテーション(社会参加などを目標とする客観的リカバリー)と当事者の視点からのリカバリー(満足できる自分なりの生き方を達成するパーソナルリカバリー)とが統合されて初めて本当の意味でのリカバリーが達成できると考えており,エビデンスに基づくパーソナルリカバリーの実践をめざした活動の軌跡が記述されている。

 リハビリテーションとは,脳とこころの機能回復と共に当事者が社会の中での生き方や人生を取り戻していくことを支援するアプローチであるが,著者が伝えたいことは,精神科治療にリハビリテーションが加わることによって,当事者がリアルワールドで生活していく支援が可能となるとの指摘である。精神科医,看護師,心理士,社会福祉士,リハビリテーション専門職など精神障害の臨床に携わる全ての人に知ってほしいメッセージである。

 現在の精神科治療が,全ての当事者に納得のいく人生や豊かな社会参加を提供できているとは言えない。その理由としては,精神疾患の複雑さ,治療現場の時間とマンパワーの不十分さ,社会的なリソースの不足と偏見などの要因が考えられるが,「精神障害リハビリテーション」は,直接的に当事者のリカバリーを支援する生活臨床の重要な領域であり,個々の事例の中からサイエンスとして提示できるメッセージを抽出することがなかなか困難な領域でもある。本書はそのような困難な課題に正面から取り組まれた力作であり,臨床家に役立つ内容となっている。

 著者は,精神障害リハビリテーションは初診の時から始まるという。精神症状がよくなればおのずから生活が回復するわけではなく,初診時から当事者のリアルワールドでの生活を念頭に置いた見方が必要であると断言する。そして,精神障害に起因する苦しい症状に対しては,まずは本人が楽になることを見つける努力をすることが必要という。精神科医の中には,ここまでの役割しか果たせていない者もいるのかもしれないが,本書で述べられているように,リハビリテーションの視点からいうと,これは治療的かかわりの第一歩にすぎない。著者は,臨床家に求められている役割を,「当事者だけでなく家族や周囲の人たちに,障害の特徴を知ってもらい,どうつきあっていくかを学んでもらう」こと,「楽しいことや興味を持てることを見つけ,自信や気力を取り戻していき」,「本来の自分の力が戻ってきたら社会参加の目標を見つけていき」,「リアルワールドにチャレンジする」ことであると述べて,順番にそのプロセスと手順を述べる。さらに,臨床家でないと思いもつかないような丁寧さで,「なかなかよくならない症状や障害とつきあっていくやり方を探す」こと,「リハビリテーションから次の一歩が踏み出せない場合」の方法に加えて,「再発・再入院への対応」についても述べる。著者は,「長い目で見て,回復を信じていくことが大切である」ことと,「人それぞれのリカバリー」があると締めくくる。

 著者は,「精神障害リハビリテーションの現場は,もっと個別性に満ち,波瀾万丈であって,ドラマチックな展開がある」と言うが,本書にちりばめられた40例超の事例(「CASE」欄)を読み返してみて,どの事例にも著者の回復を願う温かい心と温かいまなざしが感じられ,その通りだと思った。
「専門家の無力」を受け容れること,「当事者の力」を信じること
書評者: 向谷地 生良 (北海道医療大学/浦河べてるの家)
 本書を読み終えた後,私は不思議な感慨に満たされていました。それは,著者と重なる40年に及ぶ実践現場で味わった惨めさや行き詰まりなどを含めた全ての事柄を「わかるよ」と受け止めてもらえたような気持ちになったからです。

 東京の大学病院と北海道の片田舎(浦河町)にある病院という両極端な地域背景と,医師とソーシャルワーカーという決定的な立場の違いを越えて,2つの現場を結び付けたのは,著者らによって1988年に東大デイホスピタルに招かれたカリフォルニア大のロバート・P・リバーマン(Robert Paul Liberman)が開発したSST(社会生活技能訓練)でした。

 私がSSTに最初に触れたのは,30年前に札幌で開催された前田ケイ先生(ルーテル学院大名誉教授)による講演でした。そこで私はSSTの持つ“素性”に限りない可能性を感じ取り,こころが熱くなったことを覚えています。このSSTの登場は,今日の精神障害リハビリテーションの中心概念となっている「リカバリー」の基本理念が,初めてわが国に導入される契機となったもので,精神医療を支えるパターナリスティックな治療・援助構造に根本的な変更を求める要素を孕んでいたと私は理解しています。もちろん,一部には「訓練」という名称へのアレルギーがあり,SSTの持つ理念とは相いれない“SSTもどき”なプログラムも見受けられるという現状がありましたが,依存症や統合失調症などを持つ当事者を主体とした地域ベースでの精神障害リハビリテーションを模索していた私たちにとって,SSTとの出合いは,暗闇の中に差し込んだ一筋の希望の光のようなものでした。このSSTの導入は,1994年の「入院生活技能訓練療法」として,診療報酬に取り込まれ,翌年の「SST普及協会」の設立へとつながります。

 このように著者の池淵恵美先生は,一貫してわが国の精神障害リハビリテーションを国際的な水準へと引き上げるために,さらには臨床と研究の最新情報をわが国にもたらす重要な窓口として尽力されてきました。しかも,それを自ら臨床の場で実践され,机上の理論としてではなく,精神保健福祉の現場で汗をかく臨床家ばかりではなく,家族や当事者も手に取ってみることができる貴重な実践経験として発信され,私たちはそれに励まされてきました。

 このたび出された『こころの回復を支える 精神障害リハビリテーション』には,その豊富な研究者,臨床家としての経験が盛り込まれ,最先端の脳科学や臨床研究の成果と到達点が,その限界を含めて,複雑で多岐にわたる臨床現場に生かしていくための手立てとして,実にわかりやすい形で示されています。その意味でも,臨床家が,あらためて自分たちの臨床を見直すための鏡として,さらにはこれから臨床をめざして学んでいる学生ばかりではなく,家族や当事者も含めた一般市民も手元に置いて利用できる身近な“セカンド・オピニオン”としても活用できるものです。

 最後に,この本で一番,励まされるのは,著者の「失敗や挫折,どうしてもうまくいかないもどかしさ」の経験,「悪化の勢いが止められないなかで,隔離や拘束をせざるを得ないときの専門家としての無念さ」が率直に語られていることです。精神障害リハビリテーションのプロセスは,「ともに弱くなること」であり,そこに共同創造の可能性が拓かれていくことを教えられます。
著者の信念や迷いまでも織り込まれた,染みる一冊
書評者: 今村 弥生 (杏林大・精神神経科学教室)
 日本で精神科リハビリテーションの現場に身を置いている人,特に社会生活技能訓練(SST)関係者のほとんどは,今までに池淵恵美先生の著作・講演に学んで,自分たちの実践に役立ててきたと思われますが,この書評を書いている私もその一人です。そんな私が,こういう言い方をすると,先輩におもねっているように聞こえるかもしれませんが,それでも,この本は読むべき本と表現せざるを得ない一冊です。精神科リハビリテーション関係者に限らず,病いからの回復を支援する人,リカバリーをめざしている途中に迷いが生じた人にとって,知っておくべきことが,だいたい全部詰まった本です。

 ところで,この本は教科書としては典型的ではありません。まず図が著しく少ないことが目につきます。最近の教科書は図が多めのものが多い中,できるだけ「言葉」で伝えようとする姿勢に,リハビリテーションの技法より,人がなすことの意義を強調しているのだと思いました。本文はですます調で,語りかけるようにつづられていて,専門用語が少なめで,日常生活の暮らし言葉が多く使われているのも,非典型的ですが,おかげで精神医療の全ての職種の専門家と,ピアスタッフ,当事者家族も読むことができます。ただ,読み進めていくと,平易な文章は学術的な難しい事象をわかりやすく説明しているだけではなく,文章の中に著者の信念や迷いも織り込まれていることが伝わってきます。教科書の在り方として,著者の治療への不完全さや,情緒的なゆらぎを表現することは,意見が分かれるかもしれません。しかし,理論を組み立てながら,著者の思いがクッションのように置かれているから,理屈だけではなく,精神科リハビリテーションの限界と可能性が読者に染みるように伝わってくる,魅力的な一冊になっています。本の内容を視覚以外で感じることができるなら,この本は懐かしさと暖かさが感じられるような,そんな本だと思いました。

 さまざまな形のリカバリーの型について,かなり多くの症例が上げられて紹介されていますが,リカバリーを達成した典型例だけではなく,煮え切らない事例もいくつかあるのと,外来中断や引きこもりの人への治療計画,当事者同士の恋愛,支援者の心得という,よそではあまり見ない章に思いの外多くの紙面が割かれているのも本書の特徴です。また,後半の精神科リハビリテーションの研究の総説(第7章「精神障害リハビリテーションをゆたかにする研究」)もありそうでない,著者にしかできないことでしょう。個人的にはこの研究のまとめは,自分の仕事上,非常に助かる章でしたが,EBMに基づいた部分や,意義のある研究紹介よりもむしろ,やはり著者の想い,語りの部分に引きつけられました。

 終章の「時代の精神を越えて」の中で,著者はリハビリテーション技術の中には時代とともに置き去りになったものもあるけれど,その中にはリカバリーのプロセスの本質が含まれていたものもあり,古いものと新しいものを両方見て,その中に本質を見いだす,流行だけに捉われない姿勢が重要と論じています。リカバリーへと導く支援は,暗い航海の中に浮かぶ灯台の光に例えられていますが,今の時代,薬物療法も進化して,就労状況も整ったから,当事者の回復の航路はそんなに暗くなく,灯台の光くらいでは,物足りなく感じることがあり,私もつい,新しい治療法や技法に飛びついて,もっと立派な支援をしようとしているところはありました。助け過ぎず,支援がうまくいかない,にもかかわらず,かかわりを続ける「伴走」のリハビリテーションから少し離れていたようです。

 リカバリーをめざす人への光の当て方がわからなくなった人が,この本がきっかけで,もう一度感覚を取り戻せるかもしれません。
 願わくは,私も小さな灯台の光でありたいと,思っています。

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