マウス組織アトラス

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長年組織学の第一線で活躍してきた著者ならではの、簡にして要を得た構成で、マウス正常組織の全体像が理解できる。ノックアウトマウスの形態学的変異を確認するには最適の資料となる。マウス実験に取り組むあらゆる分野の研究者の羅針盤となる一冊。標本作成、抗体選定、染色のすべてを惜しみなく解説した充実の付録は、一見の価値あり。
岩永 敏彦 / 小林 純子 / 木村 俊介
発行 2019年01月判型:A4頁:168
ISBN 978-4-260-03433-3
定価 13,200円 (本体12,000円+税)

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まえがき

 形態学の誇るべき点は,美しい構造に触れる機会が多いということであろう。そういった感動や驚きを毎日経験できることを願っているが,現実には難しい。ただ,強い感動はなくとも,それなりに美しい標本や写真を目にするのは心地よいもので,気分がやわらぐ。
 このアトラスの出版を思いついた理由は,医学部に在籍していても,基礎研究ではヒトではなくマウスの組織をみる機会が大半だからである。そこで,マウス組織の観察や研究の参考となるアトラスが1冊増え,読者が感動を得る手助けをするのは歓迎されるだろうと考えた。このアトラスの特色は,抗体を用いた免疫染色の図を多数取り入れたことにある。
 ここで用いた図は,すべてオリジナルの標本から撮影したもので,多くはこのアトラスのために新たに染色したものである。研究では特定の組織や現象に専念する場合が多いが,私の研究室では対象を限定せずに興味の赴くまま,また必要にかられてさまざまな組織を扱ってきた。それが幸いして,脳や生殖器を含めてほとんどすべての組織を観察した経験をもちあわせていたから,自前でこのアトラスをつくることができたといえる。各組織の専門家にとっては物足りなく,かつ断片的な写真しか掲載していないと言われれば,そのとおりである。一方,初心者にとってわかりやすい記載に注意を払い,このアトラスが研究のきっかけやヒントになることを願って編集した。そのことを意識して,初歩的な染色や観察法については実例を示しながら解説し,推薦できる抗体のリストも付録に掲載した。なお,マウスの系統や雌雄差が問題になる場合もあるが,多くの染色ではddY系統を用いた。からだがやや大きく,安価で扱いやすいことがその理由である。
 誰しも経験があると思うが,オーバーナイトで抗体染色したり,電顕用の切片をつくったりして,いよいよ明日観察するというときは,朝が来るのが待ち遠しい。そういったわくわくする研究者生活を長年続けてきた点では,私は幸せだった。大学を離れるときが近づき,退職の記念誌のつもりでこの一冊を完成させた。読者の研究に役立つものとなったか自信はないが,標本を観察したときの感動が若い研究者の皆さんに伝われば幸甚である。
 最後に,このアトラスの編集,制作の全般にわたりご尽力いただいた医学書院・医学書籍編集部の中 嘉子女史,制作部の富岡信貴氏には厚く御礼申しあげる。研究室の岩永ひろみ准教授には全体を通しての校正で多大な協力を得た。また,脳関係の染色には,北海道大学大学院医学研究院解剖発生学教室の渡邉雅彦教授,今野幸太郎助教から,精巣の構造については,金沢大学大学院医薬保健学総合研究科の仲田浩規講師から貴重なアドバイスをいただいた。最大の謝意を表したい。

 2018年11月
 岩永 敏彦

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主な標本作製法の説明
 I.固定
 II.切片作製
 III.染色

1章 総論
 1.血液
 2.上皮と結合組織
 3.軟骨と骨
 4.筋組織
 5.脂肪組織
 6.末梢神経系

2章 リンパ性器官
 7.胸腺と脾臓
 8.リンパ節
 9.腸のリンパ性組織

3章 循環器
 10.心臓
 11.動静脈
 12.血管内皮と毛細血管
 13.リンパ管
 14.骨髄

4章 消化管
 15.口腔
 16.歯
 17.歯の神経と発生
 18.唾液腺
 19.咽頭と食道
 20.胃
 21.小腸と大腸
 22.腸の内分泌細胞と神経

5章 肝臓と膵臓
 23.肝臓
 24.膵臓

6章 皮膚
 25.皮膚と毛
 26.洞毛と毛の神経支配
 27.乳腺

7章 呼吸器
 28.鼻腔(鼻粘膜)
 29.呼吸器

8章 泌尿器
 30.腎臓
 31.腎臓髄質の管系と尿管
 32.下部尿路

9章 雄の生殖器
 33.精巣と精巣上体
 34.副生殖腺
 35.精管と陰茎

10章 雌の生殖器
 36.卵巣
 37.卵管と子宮
 38.腟
 39.胎盤

11章 内分泌器官
 40.下垂体
 41.松果体
 42.甲状腺と上皮小体
 43.副腎

12章 感覚器
 44.平衡聴覚器
 45.眼球壁
 46.網膜

13章 神経系
 47.脳の構成細胞
 48.大脳皮質
 49.嗅球と海馬
 50.間脳
 51.視床下部と食欲調節機構
 52.脳幹
 53.小脳と延髄
 54.脳室周囲器官群など
 55.脊髄
 56.感覚性神経節

付録
 I.本書で使用した代表的な抗体
 II.染色の手順

参考文献
索引

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研究室に必備のマウス組織アトラス
書評者: 阪上 洋行 (北里大教授・解剖学)
 マウスは,実験動物として古くから利用されてきたが,1980年代に外来性の遺伝子を導入し発現させるトランスジェニックマウスが,続いて80年代後半にES細胞を用いた標的遺伝子の相同組換えによるノックアウトマウスの作製技術が確立されたことにより,確固たる地位を築いた。さらに,近年のゲノム編集技術の進歩により遺伝子改変マウスはより安価かつ短時間で手に入る時代に入り,その重要度は増すばかりである。本書は,獣医学部や医学部で組織学の教鞭をとる傍ら,さまざまな臓器の機能を組織構造から解き明かし,長年にわたって世界をリードしてきた著名な顕微鏡解剖学者による待望のマウス組織アトラスである。

 本書の最大の特色は,模式図や表による説明を極力省き,美術書の絵画を鑑賞しているような錯覚に陥る厳選された美しい顕微鏡画像を用いて,マウスの全身臓器の組織構築を語っている点である。一枚一枚の画像から,「いよいよ明日観察するというときは,朝が来るのが待ち遠しい」と前書きに記した著者の研究者としての高揚感が生き生きと伝わってくる。また,マウスの全身の臓器をこれだけ網羅的に掲載したアトラスは世界で初めてであろう。各項目では,臓器の基本的な組織構築をHE染色で示すとともに,臓器を構成する細胞や構造物をタンパク質とmRNAレベルで可視化した免疫組織染色やin situ ハイブリダイゼーション法による図を多数取り入れている。特に,免疫組織染色により,臓器の主要な構成細胞を示すとともに,臓器における脈管や神経の走行を染め出すことにより,脈管と神経により制御されている臓器の構造と機能に関する見逃されがちな大局的な視点を与えてくれる。

 評者も著者と同様に医学部で人体の組織学の教鞭をとっているが,研究の大半はマウスを利用している。遺伝子ノックアウトマウスが予想もしていなかった表現型を示し,その原因を追求するために自分の専門外の臓器を解析しなければならないことがよくあるが,顕微鏡でいざ観察すると,ヒトとマウスとの種差が意外と存在し,日頃,教鞭をとっている人体の組織学の知識だけでは十分でないことに気付かされる。例えば,マウスの食道や前胃での粘膜の角化,眼表面に脂質を分泌するハーダー腺や副生殖腺としての凝固腺の存在,精子の形状など枚挙にいとまがない。本書の項目は,著者が改訂を手がけている組織学の教科書の名著,『標準組織学』とうまく対応しており,併読することで臓器の構造と機能の理解がより深まる。

 さらに,本書の巻末付録での染色の手順や抗体の記載も見逃せない。信頼性の高い染色データを出すためには,特異性と感度の高い抗体を手に入れることが重要であるが,玉石混交の市販抗体から見つけ出すのは至難の技である。そのため,本書で利用された抗体のメーカーや品番に関する情報は,非常に貴重でありがたい。また,染色手順の項では,初心者にも染色を容易に再現できるように,著者のノウハウが盛り込まれ,実験マニュアルとしても大いに活用できる。

 以上,実験動物としてのマウスの重要性がますます高まる中で,本書は研究室に必備の組織アトラスとなることであろう。臓器の三次元微細構造のイメージングなどの顕微鏡解析技術が急速に進歩する中,今後,本書が改訂を重ねながら,進化していくのが楽しみである。
遺伝子改変マウスを扱う研究者に福音
書評者: 和栗 聡 (福島県立医大教授・解剖組織学)
 こんなアトラスが欲しかった! そう思わせる実用的な図譜に久しぶりに出合えた。医科学研究にとって遺伝子改変マウスの解析は当たり前の時代である。ノックアウトマウスで予想外の組織に影響が出たとき,あるいは組織特異的ノックアウトマウスの顕微鏡解析を初めて行うとき,どうするか。これまで私は,関連論文を検索するところから始めていた。でもこれからは違う。この『マウス組織アトラス』がすぐそばにある。

 大きな特徴は,免疫染色による写真の多さであろう。ブラウンに染まるDAB染色像,そしてグリーン,レッド,ブルーを基調とした蛍光カラー写真が目を引く。しかも,質の高いものばかりである。これほど免疫組織写真を多用しているアトラスは珍しい。そこから得られる情報はまさに「機能」を前面に出した組織学である。HE染色では目立たない特殊な細胞や構造,そして機能分子を可視化すれば,組織構造と機能の同時理解が一気に進む。医学生にとっては病理診断が重要であるから,教育現場でのHE染色像は欠かせない。しかし,研究の世界ではこだわる必要はない。機能重視の優れた染色法のほうが先端をいける。その意味で,時代を先取りした一冊といえよう。

 もう一つ忘れてならない特徴は,簡潔さである。ほとんどの項目が見開き2ページでまとめられており,そこには短い導入の記述と10枚程度の写真が収められている。また,マウスに特有の肉眼解剖写真や模式図が随所にみられる。さらに,付録にはマウス組織で使える抗体がリストアップされ,研究のスピードアップが図られる。経験者は一目で,入門者は短時間見る(そして読む)だけで,組織の概要が理解できてしまう。これほど膨大な知識をコンパクトにまとめるには,解剖学全体の知識のみならず,組織学研究のポイントと最新の知見を併せ持つ必要がある。

 著者は日本の組織学を牽引してきた岩永敏彦先生と,その門下の方々(北大)である。岩永先生といえば,故藤田恒夫先生(新潟大)の研究室で組織学を極め,最近は藤田尚男・藤田恒夫の『標準組織学 総論・各論』の改訂版を手掛けたことでも知られる。実際,学会でお会いした際は,染色法や使用抗体について教わることが多い。中でも「良い標本を作成しさえすれば,学生の理解は進む」という先生の持論は忘れられない。これは研究の世界にも当てはまる。論文で良いデータを示せば,レビューアーも読者も説得できるのである。写真のプレゼン手法にも数々の経験とこだわりを垣間見ることができる。論文図作成の良いお手本にもなるアトラスである。本書は退職を前に編集したとのことであるが,まさに真のエキスパートによる集大成といえよう。まえがきには「標本を観察したときの感動を若い研究者に伝えたい」とある。伝わるとどうなるだろう? そう,「感動は人を動かす」のだ。感動したからこそ私も本評を書かせていただいた。マウスを扱う研究室には必ず一冊,そろえてほしい。

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