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心因性非てんかん性発作へのアプローチ

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PTSDといった心理的な要因によりてんかん様の発作を起こす「心因性非てんかん性発作(PNES)」は、てんかん臨床の現場で多数の患者がみられるにもかかわらず、いまだ不明な点も多い。米国で心理士としてPNESに向き合ってきた原著者が、その臨床症状と具体的な心理療法的アプローチについて患者向けにコンパクトにまとめたガイドを翻訳。本邦におけるてんかん臨床の第一人者である監訳者によるコラムも理解を助ける。
原著 Lorna Myers
監訳 兼本 浩祐
谷口 豪
発行 2015年07月判型:A5頁:208
ISBN 978-4-260-02197-5
定価 3,740円 (本体3,400円+税)

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はじめに(兼本浩祐)/原書の序(Lorna Myers)

はじめに
 この本の存在を,私は本書の訳者である谷口豪先生を通して初めて教えていただいた.心因性非てんかん性発作(psychogenic non-epileptic seizure:PNES)は,精神科の通常の診断でいうならば解離性障害あるいは転換性障害のひとつということになるが,実際には解離性障害の中核群とも転換性障害の中核群とも異なった独特の臨床的なアプローチを要する.しかもちょっとしたこつをつかめば,実はその大半は比較的アプローチしやすく,治療効果も高い.
 しかし他方で,精神科と神経内科・脳外科の中間領域に属することもあって,敬遠されがちな病態でもある.臨床心理士の方々にとっても,少なくとも治療開始時にはたびたび救急搬送されることもあり,また症状そのものの表れにも医療的な側面が大きいことから敬遠され,専門的に取り組もうとする方は少ない.ただし,本邦でも少数の熱心な臨床心理士の方々によるケースワークも交えた境界越境的な症例報告は散見され,正面から取り組めば成果の上がる領域であるという臨床心理の側からの証言もある.
 実は臨床心理士の方によって,PNESを主眼として書かれた本は今までほとんどない.成書としてはFranz Rabeがドイツ語で1970年に書いた“Die Kombination hysterischer und epileptischer anfälle. Das Problem der ‘Hysteroepilepsie’ in neuer Sicht(ヒステリー発作とてんかん発作の併発─新たな視点からみるヒステリーてんかんの問題)”や,1982年に書かれたRileyとRoyの共著である“Pseudoseizures(疑似発作)”などが有名であるが,いずれも著者は臨床心理分野の人ではない.それらは,精神療法的な接近のノウハウを本格的に論じたものではなく,あくまでも症状分析を主体としている.さらに従来のそうしたモノグラフは,てんかん発作との区分になお曖昧さを残したヒステリーてんかんという用語や陰性の価値判断を明確に含む疑似発作という用語を表題として採用している.
 対照的に今回のLorna Myersの著書は,治療論に焦点を絞ってクライエント・家族・医療従事者のすべてに向けて平易な言葉で語りかけている点が画期的である.この疾患がヒステリーてんかんでも疑似発作でもなく,PNESという名前で呼ばれるようになったことの真価が本書ではいかんなく発揮されている.

 2015年6月
 兼本浩祐


原書の序
 Northeast Regional Epilepsy Groupの臨床神経心理学・心因性非てんかん性治療プログラムディレクターとしての10年以上の勤務のなかで,私は心因性非てんかん性発作(psychogenic non-epileptic seizures:PNES)をもつ患者とともに仕事をするという,とてもやりがいがありながらも骨のある経験をさせてもらっています.患者は皆,とても個性的であり彼女たちがそれぞれのやり方で話す物語はとても魅力的でした.彼女たちはどうしてPNESをもつようになったのか,診断を受けるまでにどれだけ時間がかかったか,そしてやっとのことで私のオフィスにたどり着いたと語ってくれました.その物語はやはり困難に満ちたものでした.PNESに関する信頼できる情報はとても少なく,多くの患者は何が悪くて,何をすべきかといったことを知らないまま何年間もPNESに手こずっていました.PNESはなかなか扱いにくい病気です.なぜならば神経学と心理・精神医学という2つの異なる専門領域をオーバーラップする問題だからです.つまり,PNESは神経学的な問題なのか? それともメンタルヘルスの問題なのか? という議論の隙間にこぼれ落ちてしまうことがあります.PNESの患者たちは進んで治療を引き受けてくれる治療者を探すのに苦労します.さらに,幸運にもPNESという正しい診断がついたにもかかわらず,別のメンタルヘルスの専門家にはその診断に疑問を投げかけられることもあります.
 Northeast Regional Epilepsy Groupのわれわれのグループは,PNESはそれに先立つ心理的なトラウマがほとんどすべてにおいて存在している病気と認識しています.トラウマがPNESを実際に起こすのかどうかは確信はできていませんが,PNESに随伴する抑うつ,不安や怒りといった精神的な問題の発生に対してトラウマが大きな役割を果たしているものと強く信じています.そしてこれらの精神的な問題はPNESの問題を重篤なものにしています.われわれはトラウマを受けた脳は通常とは異なる働きをするものと考えています.すなわち,感情や論理,記憶の中枢が変化するために,すでに存在しない脅威を知覚・評価してしまったり,論理的でない考え方をしています.感情的な苦悩や辛苦がとても強くなってもはや耐えられないものにまでなると,精神と身体の分離や離断が起きて心因性のエピソードが起こるのです.つまり,現実から解離し意識が変容する,自分はどこにいるのか,自分は誰なのか何をしていたのかといった感覚を突然失ったかのようになります.
 ストレスに対する「解離的解決」の問題には2つの要素があります.まず初めにそれはてんかんに似た発作エピソードを引き起こしやすくします.てんかん様の発作は周囲の人間を慌てさせ,とても戸惑わせるもので,そしてしばしば本人にとって危険なものになりえます.第2の要素としては,「解離的解決」は,てんかん様の発作の誘因となった心理的な問題やストレスを全く解決しないことです.事実,不安やフラストレーション,怒り,抑うつやその他ネガティブな感情は増えるばかりで,それはさらにPNESを増悪させてしまいます.心理的な苦痛への脳の「解決方法」自体が問題の一部分を担っているわけなのです.心理的な要因がPNESを誘発したり増悪するのですから,世界中のどの抗てんかん薬もあなたの役には立ちません.患者のあなたは自分自身の心理的な苦悩の根源に気づいて,それに適切に取り組む必要があります.そうでなければ発作は続いておそらく増悪するでしょう.しかし,PNESの患者の多くは何が問題で何をすべきかということがイメージできていません.
 そこで,私がこの本を書くことの第1の目的はPNESの患者の教育なのです.教育を受けた患者は治療チームに,前向きかつ率先して参加することができます.彼女たちはどういった治療が最も効果的であるかを知って,ドクターショッピングをするのをやめます.患者教育によって,患者自身が治療を強力に主導できるようになるのです.正しい知識を得た患者は自身の人生や運命を適切にコントロールすることができるようになります.
 第2の目的は,患者の家族や愛する人たち,医療従事者,そして一般の多くの人にこの病気を知ってもらうことです.まず最初に私は月刊のPNESに関するブログで「言葉を口に出す」ことから始めて,定期的に更新する「PNESニュース」およびPNESとメンタルヘルスについてのページを作りました.この本はブログやFacebookやその他諸々の情報が含まれています.すなわちこの本は,唯一無二の教育的なリソースを含むものであり,PNESの患者,そして家族や愛する人たち,患者と一緒に治療にあたる医療従事者のガイドとなるでしょう.また,われわれNortheast Regional Epilepsy GroupがPNES治療プログラムで用いているテクニックをいくつかご紹介できるでしょう.
 しかしながら私は次のことだけははっきりとさせておきたいのです.PNESはとても深刻な健康状態であり,十分な知識と経験を積んだメンタルヘルスの専門家(心理士や精神科医やソーシャルワーカー)の援助が必要です.この本は心理療法や向精神薬にとって代わるものではありませんが,補充的な教育ツールにはなりえます.一部の章しか自分には役に立たない,あるいはすべてがとても自分には意味があると感じるかもしれません.もし,あなたが実際に治療を受けているのであれば,その部分をセラピストや医師と共有してほしい,もしまだ治療を受けていなければ,将来の治療のためにそれを覚えていてほしいと思います.そうすれば医療者と患者自身の間での建設的な話し合いが始まるでしょう!
 あなたがこの本を読み始める前に最後に言いたいことは,「あなたの将来の物語を書くのはあなた自身である」.このことを常に頭に入れておいてください.正しい知識を得れば状態はよくなり,専門家からの適切なガイダンスがあれば,あなたは新しい自分の物語の著者になることができます.この本は安全な港への道筋を知らせる灯台のような役割を果たすのを意図しています.PNESに関してあなたが多くのことを知り,健康を再び得るための必要なステップを理解すれば,あなた自身のやり方でコントロールできなさそうなものをコントロールできるようになり,あなたの人生は大きく改善していきます.
 PNESをもつ患者の家族の読者には,PNESの患者が自身の病態を理解しようとしたり,この本に記されているようなテクニックを駆使したり,適切な心理的な治療を受けている限りはPNESの患者には希望があるというのをどうか知っていただきたいのです.ご家族は今は困難な状況かもしれません,しかしこの病気の正しい知識に基づいた支援などを通じて,あたの愛するPNESをもつ人が再び健康を取り戻し自己実現を可能にする手助けとなることでしょう.

 Lorna Myers Ph.D.

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Chapter 1 心因性非てんかん性発作(PNES)とは何か?
てんかん発作には似ているが…/意識の分裂/PNESにはどのような兆候があらわれるか/どのような人がPNESになりやすいのか?/新しい病気ではない…/PNES:名前というものにはどんな意義があるのか?/PNESの診断/ゴールドスタンダードの検査:ビデオ脳波検査/その他のテスト/PNESという診断が確定した後も抗てんかん薬の内服を続けたほうがよいのか?/あなた自身を助け始めるために何ができるのか:発作エピソード記録/発作エピソード記録の記載の例/記録を分析する/PNESに完全治癒はあるのか?

Chapter 2 PNESの治療
PNESの精神・心理療法:いくつかの療法の概略/認知行動療法(CBT)/ストレス免疫訓練/アクセプタンス・コミットメントセラピー(ACT)/精神力動的精神療法/システム論的(家族)療法/どのタイプの治療があなたには合っているのか?/どのようにして「正しい」治療者を見つけるか?/心理士/精神科医/ソーシャルワーカー/社会資源をどこへ照会すればよいか/よい患者・治療者関係の要素/癒しと前進

Chapter 3 PNESにおける心的外傷の役割
よくある心的トラウマの原因/心的外傷後ストレス障害(PTSD)/PTSDの症状/脳の変化/どうしてある人はPTSDを発症してその他の人はそうではないのか?/PNESにおけるPTSDの役割/PTSDの治療/認知処理療法(CPT)/持続エクスポージャー療法(PET)/眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)/弁証法的行動療法(DBT)/どうして心理療法はPTSDそしてPNESに効果があるのか?/エクササイズ1:科学者のようになること

Chapter 4 怒り:PNESの誘発因子
怒りの徴候と症状/怒りの身体的なサイン/怒りの行動的なサイン/怒りの感情の表出/何がその人を怒りやすくしているのか?/クイズ:あなたは怒りすぎている?/怒りとPNESのつながり/クイズ:アサーティブ,攻撃的,それとも怒りを抑圧している?/アサーティブを通して怒りをうまく取り扱うこと/怒りの管理/自分の怒りを知る/台本を用意する/深呼吸をしてみる/リフレームしてみる/極端な言葉を避ける/笑ってしまおう/建設的なゴールにむけてエネルギーを使う/運動をしてみましょう!/エクササイズ2:リラックスできるような呼吸/腹式呼吸対胸式呼吸/腹式呼吸の練習/腹式呼吸で心穏やかにする

Chapter 5 不安をコントロールする
不安とは何か?/不安のループ/ループを乗り越える-不安の症状をコントロールする/思考を変化させる/行動を変える/不安を減らしてPNESをコントロールする/エクササイズ3:自律訓練法

Chapter 6 うつの陰から抜け出る/ポジティブ心理学
どうやって,自分の抑うつ気分が深刻か知るのか?/何がうつ病の原因で,どのような人にリスクがあるのか?/うつ病のリスクファクター/うつ病とPNES/うつ病の治療/薬物療法/精神療法/ポジティブ心理学もしくは「幸せの心理学」/さぁ,選択です!/あなたの幸せ指数を増やす10の方法/自尊心:幸せを予測する重要なもの/自尊心を評価する/自己肯定化のアクティビティ/エクササイズ4:感謝のエクササイズ

Chapter 7 サプリメントと代替療法
CAMの種類/ダイエットサプリメント/カモミール/カヴァ/メラトニン/オメガ3脂肪酸/トケイソウ/S-アデノシルメチオニン(SAMe)/セントジョーンズワート/トリプトファン(5-HTP)/セイヨウカノコソウ/ヨガ/鍼療法・指圧療法/マッサージ治療/レイキ/音楽療法/アロマテラピー/バイオフィードバック/カイロプラクティック/スピリチュアリティ・祈祷/そのCAMはあなたに合っていますか?

Chapter 8 健康な頭は健康な身体を必要とする
食事/Doリスト/Don'tリスト/運動/よい運動プログラムの要素/体育っぽくないエクササイズ/たとえ,あなたがスポーツ選手じゃないとしても/睡眠/Doリスト/Don't リスト/ほどけない関係:身体と精神の健康

Chapter 9 PNESとともに生きる
安全/怪我を防ぐ/応急手当/現実的問題/運転する? それとも運転しない?/仕事/就学/障害年金の申請/結婚・家族生活/結婚と結びつき/子どもをもつこと/子どもが発作を目撃することに準備する/もし子どもがPNESをもっていたら/地域社会に参加する

Chapter 10 最後にいくつか言っておきたいこと
治療こそ鍵なのです/PNESと未来

おわりに
索引

columns
 日本のPNESの疫学・診断について
 日本で考えうるPNESへの精神医学的治療アプローチ(特に薬物治療)
 幼少期の心的外傷からPNESを発症した症例
 怒りが前面に出たPNESの症例
 当初仮面うつ病と診断されたPNESの症例
 日本で考えうるPNES患者へのリソース

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翻訳部はオーケストラ,コラムはピアノ独奏
書評者: 中里 信和 (東北大大学院教授・てんかん学)
 心因性非てんかん性発作(Psychogenic Non-Epileptic Seizure:PNES)とは,感情的問題が引き金で生じる発作であり,脳の電気的興奮が原因のてんかん発作とは病態が異なる。てんかん発作と酷似するためベテラン医師でも鑑別が難しく,患者によっては真のてんかん発作に合併する場合もあり,臨床現場では診療に苦慮する場合が少なくない。本書は米国の臨床心理士が執筆した書籍を,てんかんを専門とする精神科医の谷口豪先生が訳したものである。谷口先生は,てんかんとその周辺疾患の心の問題について造詣が深いだけでなく,患者の生活全般にわたる広い視野を持ちつつ社会全体に対しての啓発活動にも積極的に取り組んでいる。

 原著者は執筆の「第1の目的はPNESの患者の教育」であるとして,「教育を受けた患者は(中略)ドクターショッピングをするのをやめ(中略),患者自身が治療を強力に主導できるようになるのです」と書き出している(「原書の序」より)。さらに「第2の目的は,患者の家族や愛する人たち,医療従事者,そして一般の多くの人にこの病気を知ってもらうこと」と述べられている。

 ただし本書の前半部分は医学書的スタイルのため,患者にはやや敷居が高い印象を受ける。本書が述べているように,患者は自分に関係する本書の部分をセラピストと共有するのが理想型であろう。医師や心理士が最初に読んで本書の構成を理解しておいて,次に患者や家族に本書を薦めてみる手順が,疾患教育には現実的ではなかろうか。

 章が進むにつれて,てんかん学(神経学)的内容から,精神医学的・臨床心理学的な内容に変わる。心的外傷の役割,誘発因子,不安のコントロール,ポジティブ心理学,などの章になるにつれ,読みやすさがどんどん増す。読者が患者である場合は,前半部の難しさにめげずに後半を楽しんでもらいたい。後半では具体的な生活指導まで細かく記載されている。最後のソローの引用「あなたが想い描いた人生を生きなさい」で,本書はクライマックスを迎える。

 監訳の兼本浩祐先生は,てんかんに詳しい精神科医としての国際的リーダーである。本書には兼本先生がコラムを書き下ろしている。「PNESにおいて薬物療法は常に副次的である(中略)。PNESそのものに関しては,プラセボ効果以上の効能が投薬にあるのかどうかに常に注意を払うべきである」(33ページ)は名言だ。さらに,医師が臨床心理士や精神科医の助けを借りずに対処する方法として,患者の継続可能な受け入れ体制をつくる,病名告知が治療にも反治療にもなる,社会環境と本人との距離を調節する,の3点が述べられている部分も迫力がある。オーケストラの翻訳部とピアノ独奏のコラムがマッチしたコンチェルトのようなすてきな本である。

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