「話せない」と言えるまで
言語聴覚士を襲った高次脳機能障害
「脳損傷とはこういうことだったのか」 専門家が自ら経験してわかったこと
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本書は、失語症など高次脳機能障害の専門家である著者が、心原性脳梗塞で倒れてから回復に向かうまでの自らの体験を、主治医、門下のスタッフらの協力のもとまとめたもの。発症当時から急性期病院での治療・経過、退院後の生活などが時系列でまとめられている。専門家ならではの、その知識に裏打ちされた“当事者体験”による科学的な分析を交えた筆致が注目される1冊。
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本書7頁: r-tPA直後の発話 (MP3,00:39)
本書40頁: 発症6日目の会話 (MP3,00:41)
本書146頁: 「脳の回復過程を脳波で観る」 今井絵美子 (PDF,A5・4頁,711KB)
本書214頁: 「左上肢へのリハビリ記録:回復への挑戦―認知運動療法」
富永孝紀・河野正志 (PDF,A5・13頁,694KB)
本書25頁: 発症18日目の歩容(WMV,01:23) |
本書219頁: 「電池移動」を行なう左手動作(WMV,00:32) |
著 | 関 啓子 |
---|---|
発行 | 2013年02月判型:A5頁:256 |
ISBN | 978-4-260-01515-8 |
定価 | 2,750円 (本体2,500円+税) |
更新情報
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- 序文
- 目次
- 書評
序文
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推薦の序(石合 純夫)/前書き(関 啓子)
推薦の序
関さん倒れる!-「復活」への記録
関さんは、かつて、当時の東京都神経科学総合研究所で左半球損傷による言語とその障害の研究を行っていた。一方、同じ職場で、私は半側空間無視をはじめとする右半球症状の研究に熱中していた。研究員の異動に伴い、私の研究グループの一員となった関さんは、一見すると地味ともいえる蓄積データを、慣れない領域ながらものすごい馬力で処理して、最初の半側空間無視の論文を国際誌に掲載した。共同研究において、口の悪い私のコメントに対して、むっとした表情を見せて険悪ムードになることもしばしばであった。そもそも関さんのほうが私よりも数歳(内緒)年上であるので、当然かもしれない。しかしながら、必ず思い直してデータ処理や論文推敲を行って、素晴らしい成果を達成した。数年で次々と国際誌に論文を掲載し、わが国で最もディスカッションしがいのある半側空間無視研究者となった。関さんはバイタリティがあって、必ず立ち直る。落ち込むことがあってもその期間が短い。
2009年7月14日、「関さん倒れる」のメールが以前の共同研究者の1人から届いた。驚く一方、働き過ぎと不整脈のことを知っていた私にはやはりという印象もあった。しかし、7月28日に神戸の病院に関さんを訪ねると、左不全片麻痺、半側空間無視、言語症状があっても、あのバイタリティを失ってはいなかった。そう、すでにこの本の準備が始まっていたのである。関さんは、1999年から、神戸大学に転出して独立した仕事をしていたので、以来、彼女の書き物にコメントすることはなくなっていた。ところが、本書の帯の推薦文(最終的にはこの「推薦の序」)を依頼されたのをきっかけに、つい昔のように、本文に対して言いたい放題コメントさせてもらった。たぶん、相当むっとしたのではないかと思う。しかし、関さんは以前と変わらぬバイタリティで応えてくれた。
本書は、脳梗塞で倒れた患者が勉強して書いた手記ではない。脳損傷と症状に関する研究者が、その知識を保ちつつ自分の症状を見つめて、回復を目指した記録である。ここで、「知識」と書いた。知識があるから本書のような分析ができたのは間違いない。ただ、十分に客観的かというと、そうでもない。しかし、医師やメディカルスタッフの目とは異なる感性がこめられている。本書は読み手によって、解釈や感じ方の異なる部分も少なくないと思う。それだけに、対象となる読者は多様であり得る。専門的で難しいところはその職種の人に読んでもらうとして、研究者が語る「脳損傷」の自己体験に触れてほしい。
関さんはこの本の出版で新たなスタートを切れると思う。自分の世界を切り開く関さんの「復活」を祝いたい。
2012年12月
札幌医科大学医学部リハビリテーション医学講座教授 石合 純夫
前書き
私は失語症および半側空間無視(以下、無視と略)などの、いわゆる「高次脳機能障害」を専門領域として、30年近く臨床・研究・教育活動を行なってきた言語聴覚士(以下、STと略)です。私は大学で言語学を学んでいたときに失語症者と運命的な出会いをし、失語症のリハビリテーション(以下、リハビリと略)をする専門職STになることをその場で決めました。
その後、念願のSTとなった私は、夫の転勤先の札幌での約5年半の臨床、東京都神経科学総合研究所勤務を経て、脳損傷後遺症である失語や無視をはじめ高次脳機能障害に関する様々な知識と臨床経験を積み、高次脳機能障害の専門家として神戸大学にて充実した教育・研究・臨床活動をしていたとき、脳梗塞を発症し一瞬にして左片麻痺と発話障害や無視をはじめとする高次脳機能障害を抱える身となりました。
私は発症直後から、自分の状態を示す動画や音声を記録し、日々のリハビリやそれに対する自分の思いを詳細に書き残し、発症した2009年の秋には本書の出版を決意しました。高次脳機能障害の専門家が専門領域の高次脳機能障害になり、自分の回復を客観的データとともに解説するということは、これまでなかったことだと思います。本書の大きな特徴はそこにあり、この記録はきっと臨床家および当事者・関係者に何らかの示唆を与えるものになると思います。
発症時は声が出ず、自分の言いたいことを文章に組み立てることができなかったのに、今ではほぼ苦労せず表現できるようになりました。また、発症時は左手が随意的に動かず麻痺が回復しても補助手レベルと考えられていたのに、今では物をつまむことができるようになったばかりか、ドアノブを回してドアを開けることもできるようになりました。この3年半近くのリハビリを振り返って、人間の脳が持っている復元力のすばらしさや不思議さを改めて感じています。
読者の中には、本書の中にちりばめられている私のリハビリの内容や専門家ならではの対応、その時々の私の気持ちに興味をお持ちの方も多いことでしょう。ぜひ本書を開いて、興味をひかれた箇所に目を通していただければ嬉しく思います。
なお、本書に示した私の回復は特殊な症例報告にすぎず、多くの脳卒中患者が辿る平均的な経過ではない可能性があります。得られた驚異的な回復は、おそらく、私が専門家としてこの領域におり、多方面からの専門的支援を受けられたことによってもたらされた例外的なものという感想をお持ちの方も多いことと思います。しかし、私は専門家として知識や経験知を持っていたからこそ困難にも適切に対応できたし、脳の可塑性とリハビリの力を確信していたからこそあきらめずに努力を重ねてここまで回復できたと自負しています。
本書がリハビリに難渋する対象者とのセッションに行き詰まる臨床家や、期待したほど回復しない症状に悩む当事者・ご家族への励ましとなれば幸いです。
それでは、ご一緒に3年前の夏の発症の日の神戸にタイムスリップして、私の回復の様子をみていきましょう。
2012年12月
関 啓子
推薦の序
関さん倒れる!-「復活」への記録
関さんは、かつて、当時の東京都神経科学総合研究所で左半球損傷による言語とその障害の研究を行っていた。一方、同じ職場で、私は半側空間無視をはじめとする右半球症状の研究に熱中していた。研究員の異動に伴い、私の研究グループの一員となった関さんは、一見すると地味ともいえる蓄積データを、慣れない領域ながらものすごい馬力で処理して、最初の半側空間無視の論文を国際誌に掲載した。共同研究において、口の悪い私のコメントに対して、むっとした表情を見せて険悪ムードになることもしばしばであった。そもそも関さんのほうが私よりも数歳(内緒)年上であるので、当然かもしれない。しかしながら、必ず思い直してデータ処理や論文推敲を行って、素晴らしい成果を達成した。数年で次々と国際誌に論文を掲載し、わが国で最もディスカッションしがいのある半側空間無視研究者となった。関さんはバイタリティがあって、必ず立ち直る。落ち込むことがあってもその期間が短い。
2009年7月14日、「関さん倒れる」のメールが以前の共同研究者の1人から届いた。驚く一方、働き過ぎと不整脈のことを知っていた私にはやはりという印象もあった。しかし、7月28日に神戸の病院に関さんを訪ねると、左不全片麻痺、半側空間無視、言語症状があっても、あのバイタリティを失ってはいなかった。そう、すでにこの本の準備が始まっていたのである。関さんは、1999年から、神戸大学に転出して独立した仕事をしていたので、以来、彼女の書き物にコメントすることはなくなっていた。ところが、本書の帯の推薦文(最終的にはこの「推薦の序」)を依頼されたのをきっかけに、つい昔のように、本文に対して言いたい放題コメントさせてもらった。たぶん、相当むっとしたのではないかと思う。しかし、関さんは以前と変わらぬバイタリティで応えてくれた。
本書は、脳梗塞で倒れた患者が勉強して書いた手記ではない。脳損傷と症状に関する研究者が、その知識を保ちつつ自分の症状を見つめて、回復を目指した記録である。ここで、「知識」と書いた。知識があるから本書のような分析ができたのは間違いない。ただ、十分に客観的かというと、そうでもない。しかし、医師やメディカルスタッフの目とは異なる感性がこめられている。本書は読み手によって、解釈や感じ方の異なる部分も少なくないと思う。それだけに、対象となる読者は多様であり得る。専門的で難しいところはその職種の人に読んでもらうとして、研究者が語る「脳損傷」の自己体験に触れてほしい。
関さんはこの本の出版で新たなスタートを切れると思う。自分の世界を切り開く関さんの「復活」を祝いたい。
2012年12月
札幌医科大学医学部リハビリテーション医学講座教授 石合 純夫
前書き
私は失語症および半側空間無視(以下、無視と略)などの、いわゆる「高次脳機能障害」を専門領域として、30年近く臨床・研究・教育活動を行なってきた言語聴覚士(以下、STと略)です。私は大学で言語学を学んでいたときに失語症者と運命的な出会いをし、失語症のリハビリテーション(以下、リハビリと略)をする専門職STになることをその場で決めました。
その後、念願のSTとなった私は、夫の転勤先の札幌での約5年半の臨床、東京都神経科学総合研究所勤務を経て、脳損傷後遺症である失語や無視をはじめ高次脳機能障害に関する様々な知識と臨床経験を積み、高次脳機能障害の専門家として神戸大学にて充実した教育・研究・臨床活動をしていたとき、脳梗塞を発症し一瞬にして左片麻痺と発話障害や無視をはじめとする高次脳機能障害を抱える身となりました。
私は発症直後から、自分の状態を示す動画や音声を記録し、日々のリハビリやそれに対する自分の思いを詳細に書き残し、発症した2009年の秋には本書の出版を決意しました。高次脳機能障害の専門家が専門領域の高次脳機能障害になり、自分の回復を客観的データとともに解説するということは、これまでなかったことだと思います。本書の大きな特徴はそこにあり、この記録はきっと臨床家および当事者・関係者に何らかの示唆を与えるものになると思います。
発症時は声が出ず、自分の言いたいことを文章に組み立てることができなかったのに、今ではほぼ苦労せず表現できるようになりました。また、発症時は左手が随意的に動かず麻痺が回復しても補助手レベルと考えられていたのに、今では物をつまむことができるようになったばかりか、ドアノブを回してドアを開けることもできるようになりました。この3年半近くのリハビリを振り返って、人間の脳が持っている復元力のすばらしさや不思議さを改めて感じています。
読者の中には、本書の中にちりばめられている私のリハビリの内容や専門家ならではの対応、その時々の私の気持ちに興味をお持ちの方も多いことでしょう。ぜひ本書を開いて、興味をひかれた箇所に目を通していただければ嬉しく思います。
なお、本書に示した私の回復は特殊な症例報告にすぎず、多くの脳卒中患者が辿る平均的な経過ではない可能性があります。得られた驚異的な回復は、おそらく、私が専門家としてこの領域におり、多方面からの専門的支援を受けられたことによってもたらされた例外的なものという感想をお持ちの方も多いことと思います。しかし、私は専門家として知識や経験知を持っていたからこそ困難にも適切に対応できたし、脳の可塑性とリハビリの力を確信していたからこそあきらめずに努力を重ねてここまで回復できたと自負しています。
本書がリハビリに難渋する対象者とのセッションに行き詰まる臨床家や、期待したほど回復しない症状に悩む当事者・ご家族への励ましとなれば幸いです。
それでは、ご一緒に3年前の夏の発症の日の神戸にタイムスリップして、私の回復の様子をみていきましょう。
2012年12月
関 啓子
目次
開く
推薦の序
前書き
第1章 運命の日
1-1 救急外来にて
1-2 思い起こせば
第2章 急性期(2009年7月11日~8月5日)
2-1 入院後の経過
2-2 私から見た入院当初の医学的状況
2-3 病棟での生活
2-4 家族から見た私の経過
2-5 チーム名谷の活動
2-6 携帯メール
2-7 石合教授来神
2-8 花火大会の一日
2-9 転院
第3章 回復期(2009年8月5日~11月21日)
3-1 回復期とは
3-2 永生病院に到着
3-3 永生病院での入院生活
3-4 訓練経過
3-4-1 第1期(8月5日~8月23日)
3-4-2 第2期(8月24日~9月19日)
3-4-3 第3期(9月19日~11月21日)
第4章 復職準備期(2009年11月22日~2010年5月6日)
4-1 この時期について
4-2 リハビリテーション
4-3 その他の出来事
4-4 対象者の生活を具体的に想像するということ
4-5 頭の中の算盤
4-6 自宅生活上の工夫
第5章 復職期(2010年5月6日~2011年3月31日)
5-1 引っ越し
5-2 復職
5-3 高専賃での生活
5-4 活動再開
5-5 生活の工夫
5-6 ラジオ出演
5-7 退職の決意
5-8 上肢のリハビリテーション
5-9 言語および高次脳機能障害の自主リハビリ
5-10 退職
5-11 私の脳梗塞を振り返って
後書き
索引
前書き
第1章 運命の日
1-1 救急外来にて
1-2 思い起こせば
第2章 急性期(2009年7月11日~8月5日)
2-1 入院後の経過
2-2 私から見た入院当初の医学的状況
2-3 病棟での生活
2-4 家族から見た私の経過
2-5 チーム名谷の活動
2-6 携帯メール
2-7 石合教授来神
2-8 花火大会の一日
2-9 転院
第3章 回復期(2009年8月5日~11月21日)
3-1 回復期とは
3-2 永生病院に到着
3-3 永生病院での入院生活
3-4 訓練経過
3-4-1 第1期(8月5日~8月23日)
3-4-2 第2期(8月24日~9月19日)
3-4-3 第3期(9月19日~11月21日)
第4章 復職準備期(2009年11月22日~2010年5月6日)
4-1 この時期について
4-2 リハビリテーション
4-3 その他の出来事
4-4 対象者の生活を具体的に想像するということ
4-5 頭の中の算盤
4-6 自宅生活上の工夫
第5章 復職期(2010年5月6日~2011年3月31日)
5-1 引っ越し
5-2 復職
5-3 高専賃での生活
5-4 活動再開
5-5 生活の工夫
5-6 ラジオ出演
5-7 退職の決意
5-8 上肢のリハビリテーション
5-9 言語および高次脳機能障害の自主リハビリ
5-10 退職
5-11 私の脳梗塞を振り返って
後書き
索引
書評
開く
長期にわたる経過の全貌を明らかにした貴重な記録
書評者: 綿森 淑子 (広島県立保健福祉大学名誉教授)
本書は失語症など高次脳機能障害の専門家である著者が,自らの心原性脳梗塞の発症直後から,録音・録画も含め,集積してきた膨大な記録のまとめである(音声と動画は医学書院のWebsiteに掲載)。脳損傷の現実を内側からレポートした記録として貴重であるばかりでなく,一人の対象者の長期にわたる経過の全貌を明らかにしている点でも重要な資料である。現在,脳卒中のリハビリテーション(以下,リハと略)は,おおむね半年で終了となるが,さまざまな治療法についての情報を積極的に求め,回復を促進できそうなあらゆる手段を利用してきた著者の場合,発症から約3年余にわたり機能回復が続いていることが記され,発症からの時間経過によって輪切りにされている現在の脳卒中リハの在り方に一石を投じる記録ともなっている。また,日常生活レベルでの数々の不便さとそれらへの対応,社会との関わりの中で感じた悲哀と心のバリアフリー化の訴えなど,脳損傷の影響の広範さ,甚大さが具体的に記され,それに立ち向かい克服しようとする著者の挑戦は,一般の読者や障害のある人,その家族にとっても共感できる内容となっている。
言語聴覚士として長年,失語症の人と向き合ってきた著者はかつて「病前の自分と今の自分を比較することは,どの時期においても益がないと思っています。……私は患者さんと『できたこと』に目を向けながら言語のリハビリをしてきました(2003)」と書いた。自らのリハにあたって,この信念を実践したのは当然だが,さらに進んで「不便な状態を楽しみ,より良い状態へと工夫することをゲームのように楽しもう」という夫君の提案も加味され,家族の全面的な支援の下,早期の職場復帰を目標に全力でリハに取り組む様子が詳述されている。幸い,急性期から同僚などリハ専門職集団の強力なサポートを得て回復は順調に進むが,発話の困難(話し方が平板で,複雑な説明や電話での会話に苦労)に悩まされ,利き手である左手の麻痺と感覚障害は復職後,発症前には想像もしなかったさまざまな生活上の困難をもたらすことになる。著者は病前,「患者さんの日常を想像し,共感する」ことを信条に臨床にあたっていたのだが,脳損傷者としての体験は著者自身の想像をはるかに超えたものであり,病前の自分は「(患者さんの困難を)現実的に想像し,共感しえていなかった」ということに気付く。そして,毎日接する患者の日常生活を具体的に想像して深く共感し,適切に支援することこそ「相手に寄り添う」態度であるとあらためて実感する。
医療者の多くは,“専門職モード”の中で忙しさにかまけて障害のある人の内面的世界を知ろうともせず,症状だけを見て対処しがちなのではないだろうか。本書のように「立場の逆転を経験した人だけが語れる患者の声」に耳を傾けることは,障害のある人たちの経験に寄り添い,共感を深める上で極めて有用であり,リハに携わる専門職はもちろん,医療,看護の全ての分野の人々にぜひ手に取ってほしい一冊である。
体験記の範疇を超えた一冊
書評者: 辻下 守弘 (甲南女子大学教授・理学療法学)
医療者プロフェッショナルの到達点は,患者の立場を真に理解して治療やケアが行えることであろう。医療者の立場として,疾患の病態は説明できるが,病気や障害のつらさを語ることは難しい。それを補う唯一の方法は,患者側の立場となった人々の体験談から真摯に学ぶことである。
まさにプロフェッショナルを目指す医療者にとって待ち望んだ絶好の本が出版された。本書は,言語聴覚士である著者が脳卒中となって倒れ,その後片麻痺を克服して復職し,さらに新しい人生を獲得されるまでの物語がつづられている。ただし,本書は体験に基づいた体験記という範疇を超えて,高次脳機能障害のテキストであるとともに,自ら被験者となって取り組まれた臨床研究をまとめた学術書でもある。
本書は脳卒中の発症を起点として時系列に,「運命の日」「急性期」「回復期」「復職準備期」,そして「復職期」の5章構成となっており,各章とも著者の実直で手抜きを許さない人柄を表すように身体の状態や日常のエピソードなどが繊細なタッチで語られている。大きな特徴は,単に著者の記述だけでなく,治療やケアにかかわった医師や看護師,そしてPT,OT,STといったスタッフ自身が検査や評価の所見,あるいは治療やケアの状況などを記述し,それに対して著者がコメントするといった執筆スタイルがとられていることである。このスタイルに沿って読み進めていくことにより,障害像と回復の状況が明確となり,まさにその現場にいるかのような臨場感を与えている。また,この著者のコメントには,スタッフに対する患者としての感謝や尊敬,そして時には教育者としての厳しい指摘や提言などが散りばめられており,著者の人柄やスタッフとの間柄を感じられて面白い。
著者は,高次脳機能障害に関する一流の研究者であり,専門領域である無視あるいは言語障害に関する検査方法の解説と検査結果の解釈は見事であり,歯切れのいい論理展開とテンポある文章表現はさすがである。また,科学者としての客観的な切り口と患者としての主観的な切り口が交互に語られることで,病態の本質が明確となっている。ただし,言語障害の解説には難解な用語や表現もあるが,医学書院のホームページ内には著者自身の音声データが掲載されており,それを再生すれば障害像の理解を助けてくれる。さらに,このホームページ内には,歩行の状態や手の作業療法場面の画像データ,そして「脳の回復過程を脳波で観る」と「左上肢へのリハビリ記録:回復への挑戦―認知運動療法」と題する補足資料が閲覧可能となっているのもありがたい。
著者のリハビリテーション過程は,常に家族をはじめ数多くの知人や友人,そして同僚や教え子らとの関係性に恵まれていた。人が窮地に陥ったとき,人を支えるのは人とのネットワークだということを,本書を読んでしみじみと実感することができた。ぜひ,多くの医療者やケアスタッフ,そしてプロフェッショナルを目指す学生の皆さんに読んでいただきたい。また,本書には,各時期の生活場面における不自由に対する自助具の創意工夫や目的に応じたトレーニングのアイデア,そして認知運動療法,CI(強制拘束)療法,ミラーセラピー,tDCS(経頭蓋直流刺激)療法,そして気功治療などの体験記なども詳細に解説されており,広く一般の方々にも参考となる一冊である。
自らの体験を通して症状や問題点を時系列で解説
書評者: 前島 伸一郎 (藤田保健衛生大学教授・リハビリテーション医学)
本書の著者である関啓子氏はわが国を代表する高次脳機能研究の第一人者であり,言語聴覚療法のエキスパートでもある。これまで30年近く,この領域のトップランナーとして臨床・研究・教育活動に従事してこられた。
その関氏が,自らが被った脳梗塞による症候を分析して解説を加えるとともに,発症から社会復帰に至るまでのリハビリテーションの始終を記録した本書を刊行された。本書の最大の特徴は,脳卒中を罹患した患者が勉強して書いたものではなく,脳損傷による高次脳機能障害の専門家が,自らの症候を主観的に捉えて分析し書かれたところにあり,たぐいまれなるわが国で唯一の書物といえる。
脳卒中では,運動麻痺や感覚障害などの神経症候に加え,高次脳機能障害という,医療従事者でさえ見過ごしてしまう症候を伴うことが多い。そのような高次脳機能障害に対しては確立された治療法も少なく,評価や治療を試みもせずに終わってしまうことがほとんどである。このため高次脳機能障害の実際については,非常に捉えにくいことがほとんどだが,本書では,初めて体験する脳卒中患者としての不思議な世界を,関氏が自ら分析し,その経過を楽しんでいるかのように述べている。一方で,医療従事者として長年患者と接する中で感じてきたことに対し,いざ自分が患者になってみると,全く異なる感を抱き,苦しんだ様子が如実に描写されている。このように,ある分野の専門家が,自分の専門とする領域を二面的に,かつ主体的に経験することは大変まれであり,本書の中で,どんな世界が広がっているのか,一般読者が驚きをもって読み進める物語としても,一読の価値はあるだろう。
また,脳卒中や高次脳機能障害に関わる医療従事者にとっても,非常に読みやすい専門書の一つとして,本書は特筆に値するだろう。すなわち本書は,脳梗塞に罹患した日から,急性期,回復期,復職準備期,復職期という時系列に沿って進み,各時期の症状や問題点をわかりやすく解説し,それに対する対処法やリハビリテーションについて,自らの体験を通し言及している。一般的には,筆者が体験者である場合,主観が入りがちで,実際にそのような文面もみられるが,それを補うべく,治療を担当した医師や療法士が,それぞれの場面で客観的な立場から寄稿しているため,感情論に偏ることなく,客観的な医学書籍としても,非常に読み応えのある書籍であるといってよいだろう。
臨床家は多くの患者を経験し,知識を共有し,より医学を進歩させていくものである。しかし,自らのこの悪夢のような体験を冷静に振り返ることは簡単にできることではなく,その経験を後世に伝え,さらに医療の発展に寄与したいと願う関氏の情熱が文章の端々に滲み出ている。また,リハビリテーションにおいて,ご家族の支えがいかに重要かということについても述べられており,ほぼ全ての脳卒中患者が直面するであろう社会的な問題に対する記載も非常に興味深い。
本書は筆者自身が述べるように特殊な症例報告かもしれない。すなわち,関氏のリハビリテーションに対する取り組みを,全ての患者さんに期待したり,適応させたりすることは難しい。しかし,脳卒中という一つの疾患群とその後遺症に対して,最先端の評価機器とあらゆる治療手技を用いて,社会復帰しようとした姿勢と努力は並大抵のものではない。その意味でも,本書は貴重な医療と人生の記録であり,医療従事者にとどまらず,広く患者さんやそのご家族にも御一読いただきたい。
書評者: 綿森 淑子 (広島県立保健福祉大学名誉教授)
本書は失語症など高次脳機能障害の専門家である著者が,自らの心原性脳梗塞の発症直後から,録音・録画も含め,集積してきた膨大な記録のまとめである(音声と動画は医学書院のWebsiteに掲載)。脳損傷の現実を内側からレポートした記録として貴重であるばかりでなく,一人の対象者の長期にわたる経過の全貌を明らかにしている点でも重要な資料である。現在,脳卒中のリハビリテーション(以下,リハと略)は,おおむね半年で終了となるが,さまざまな治療法についての情報を積極的に求め,回復を促進できそうなあらゆる手段を利用してきた著者の場合,発症から約3年余にわたり機能回復が続いていることが記され,発症からの時間経過によって輪切りにされている現在の脳卒中リハの在り方に一石を投じる記録ともなっている。また,日常生活レベルでの数々の不便さとそれらへの対応,社会との関わりの中で感じた悲哀と心のバリアフリー化の訴えなど,脳損傷の影響の広範さ,甚大さが具体的に記され,それに立ち向かい克服しようとする著者の挑戦は,一般の読者や障害のある人,その家族にとっても共感できる内容となっている。
言語聴覚士として長年,失語症の人と向き合ってきた著者はかつて「病前の自分と今の自分を比較することは,どの時期においても益がないと思っています。……私は患者さんと『できたこと』に目を向けながら言語のリハビリをしてきました(2003)」と書いた。自らのリハにあたって,この信念を実践したのは当然だが,さらに進んで「不便な状態を楽しみ,より良い状態へと工夫することをゲームのように楽しもう」という夫君の提案も加味され,家族の全面的な支援の下,早期の職場復帰を目標に全力でリハに取り組む様子が詳述されている。幸い,急性期から同僚などリハ専門職集団の強力なサポートを得て回復は順調に進むが,発話の困難(話し方が平板で,複雑な説明や電話での会話に苦労)に悩まされ,利き手である左手の麻痺と感覚障害は復職後,発症前には想像もしなかったさまざまな生活上の困難をもたらすことになる。著者は病前,「患者さんの日常を想像し,共感する」ことを信条に臨床にあたっていたのだが,脳損傷者としての体験は著者自身の想像をはるかに超えたものであり,病前の自分は「(患者さんの困難を)現実的に想像し,共感しえていなかった」ということに気付く。そして,毎日接する患者の日常生活を具体的に想像して深く共感し,適切に支援することこそ「相手に寄り添う」態度であるとあらためて実感する。
医療者の多くは,“専門職モード”の中で忙しさにかまけて障害のある人の内面的世界を知ろうともせず,症状だけを見て対処しがちなのではないだろうか。本書のように「立場の逆転を経験した人だけが語れる患者の声」に耳を傾けることは,障害のある人たちの経験に寄り添い,共感を深める上で極めて有用であり,リハに携わる専門職はもちろん,医療,看護の全ての分野の人々にぜひ手に取ってほしい一冊である。
体験記の範疇を超えた一冊
書評者: 辻下 守弘 (甲南女子大学教授・理学療法学)
医療者プロフェッショナルの到達点は,患者の立場を真に理解して治療やケアが行えることであろう。医療者の立場として,疾患の病態は説明できるが,病気や障害のつらさを語ることは難しい。それを補う唯一の方法は,患者側の立場となった人々の体験談から真摯に学ぶことである。
まさにプロフェッショナルを目指す医療者にとって待ち望んだ絶好の本が出版された。本書は,言語聴覚士である著者が脳卒中となって倒れ,その後片麻痺を克服して復職し,さらに新しい人生を獲得されるまでの物語がつづられている。ただし,本書は体験に基づいた体験記という範疇を超えて,高次脳機能障害のテキストであるとともに,自ら被験者となって取り組まれた臨床研究をまとめた学術書でもある。
本書は脳卒中の発症を起点として時系列に,「運命の日」「急性期」「回復期」「復職準備期」,そして「復職期」の5章構成となっており,各章とも著者の実直で手抜きを許さない人柄を表すように身体の状態や日常のエピソードなどが繊細なタッチで語られている。大きな特徴は,単に著者の記述だけでなく,治療やケアにかかわった医師や看護師,そしてPT,OT,STといったスタッフ自身が検査や評価の所見,あるいは治療やケアの状況などを記述し,それに対して著者がコメントするといった執筆スタイルがとられていることである。このスタイルに沿って読み進めていくことにより,障害像と回復の状況が明確となり,まさにその現場にいるかのような臨場感を与えている。また,この著者のコメントには,スタッフに対する患者としての感謝や尊敬,そして時には教育者としての厳しい指摘や提言などが散りばめられており,著者の人柄やスタッフとの間柄を感じられて面白い。
著者は,高次脳機能障害に関する一流の研究者であり,専門領域である無視あるいは言語障害に関する検査方法の解説と検査結果の解釈は見事であり,歯切れのいい論理展開とテンポある文章表現はさすがである。また,科学者としての客観的な切り口と患者としての主観的な切り口が交互に語られることで,病態の本質が明確となっている。ただし,言語障害の解説には難解な用語や表現もあるが,医学書院のホームページ内には著者自身の音声データが掲載されており,それを再生すれば障害像の理解を助けてくれる。さらに,このホームページ内には,歩行の状態や手の作業療法場面の画像データ,そして「脳の回復過程を脳波で観る」と「左上肢へのリハビリ記録:回復への挑戦―認知運動療法」と題する補足資料が閲覧可能となっているのもありがたい。
著者のリハビリテーション過程は,常に家族をはじめ数多くの知人や友人,そして同僚や教え子らとの関係性に恵まれていた。人が窮地に陥ったとき,人を支えるのは人とのネットワークだということを,本書を読んでしみじみと実感することができた。ぜひ,多くの医療者やケアスタッフ,そしてプロフェッショナルを目指す学生の皆さんに読んでいただきたい。また,本書には,各時期の生活場面における不自由に対する自助具の創意工夫や目的に応じたトレーニングのアイデア,そして認知運動療法,CI(強制拘束)療法,ミラーセラピー,tDCS(経頭蓋直流刺激)療法,そして気功治療などの体験記なども詳細に解説されており,広く一般の方々にも参考となる一冊である。
自らの体験を通して症状や問題点を時系列で解説
書評者: 前島 伸一郎 (藤田保健衛生大学教授・リハビリテーション医学)
本書の著者である関啓子氏はわが国を代表する高次脳機能研究の第一人者であり,言語聴覚療法のエキスパートでもある。これまで30年近く,この領域のトップランナーとして臨床・研究・教育活動に従事してこられた。
その関氏が,自らが被った脳梗塞による症候を分析して解説を加えるとともに,発症から社会復帰に至るまでのリハビリテーションの始終を記録した本書を刊行された。本書の最大の特徴は,脳卒中を罹患した患者が勉強して書いたものではなく,脳損傷による高次脳機能障害の専門家が,自らの症候を主観的に捉えて分析し書かれたところにあり,たぐいまれなるわが国で唯一の書物といえる。
脳卒中では,運動麻痺や感覚障害などの神経症候に加え,高次脳機能障害という,医療従事者でさえ見過ごしてしまう症候を伴うことが多い。そのような高次脳機能障害に対しては確立された治療法も少なく,評価や治療を試みもせずに終わってしまうことがほとんどである。このため高次脳機能障害の実際については,非常に捉えにくいことがほとんどだが,本書では,初めて体験する脳卒中患者としての不思議な世界を,関氏が自ら分析し,その経過を楽しんでいるかのように述べている。一方で,医療従事者として長年患者と接する中で感じてきたことに対し,いざ自分が患者になってみると,全く異なる感を抱き,苦しんだ様子が如実に描写されている。このように,ある分野の専門家が,自分の専門とする領域を二面的に,かつ主体的に経験することは大変まれであり,本書の中で,どんな世界が広がっているのか,一般読者が驚きをもって読み進める物語としても,一読の価値はあるだろう。
また,脳卒中や高次脳機能障害に関わる医療従事者にとっても,非常に読みやすい専門書の一つとして,本書は特筆に値するだろう。すなわち本書は,脳梗塞に罹患した日から,急性期,回復期,復職準備期,復職期という時系列に沿って進み,各時期の症状や問題点をわかりやすく解説し,それに対する対処法やリハビリテーションについて,自らの体験を通し言及している。一般的には,筆者が体験者である場合,主観が入りがちで,実際にそのような文面もみられるが,それを補うべく,治療を担当した医師や療法士が,それぞれの場面で客観的な立場から寄稿しているため,感情論に偏ることなく,客観的な医学書籍としても,非常に読み応えのある書籍であるといってよいだろう。
臨床家は多くの患者を経験し,知識を共有し,より医学を進歩させていくものである。しかし,自らのこの悪夢のような体験を冷静に振り返ることは簡単にできることではなく,その経験を後世に伝え,さらに医療の発展に寄与したいと願う関氏の情熱が文章の端々に滲み出ている。また,リハビリテーションにおいて,ご家族の支えがいかに重要かということについても述べられており,ほぼ全ての脳卒中患者が直面するであろう社会的な問題に対する記載も非常に興味深い。
本書は筆者自身が述べるように特殊な症例報告かもしれない。すなわち,関氏のリハビリテーションに対する取り組みを,全ての患者さんに期待したり,適応させたりすることは難しい。しかし,脳卒中という一つの疾患群とその後遺症に対して,最先端の評価機器とあらゆる治療手技を用いて,社会復帰しようとした姿勢と努力は並大抵のものではない。その意味でも,本書は貴重な医療と人生の記録であり,医療従事者にとどまらず,広く患者さんやそのご家族にも御一読いただきたい。