視覚性認知の神経心理学

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ヒトの高次視覚機能とその障害に関して、臨床例を呈示しながら分かりやすく紹介。高次視覚機能に関わる神経基盤の基礎、形態認知および視空間認知のメカニズムとその障害、さらには意識と視覚認知の関係にまで鋭く迫る。また、視覚認知障害が二次的に様々な行為に与える影響や、視覚認知の陽性症状にも触れている。視覚性認知の最先端が1冊にまとまった好著。
*「神経心理学コレクション」は株式会社医学書院の登録商標です。
シリーズ 神経心理学コレクション
鈴木 匡子
シリーズ編集 山鳥 重 / 彦坂 興秀 / 河村 満 / 田邉 敬貴
発行 2010年05月判型:A5頁:184
ISBN 978-4-260-00829-7
定価 3,080円 (本体2,800円+税)

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 臨床神経心理学を学び始めてから20年以上が経ちましたが,1人ひとりの患者さんとの出会いは今でも非常に新鮮です。私の常識を覆すような症状がみられることもしばしばあります。その度に,自分の頭を整理し直す作業を繰り返してきたような気がします。中でも,種々の視空間認知に障害を抱える患者さんの症状は,私たちが世界をどう見ているのかを考えるまたとない機会を与えてくれます。患者さんご自身がうまく捉えられない症状を観察し,一緒に試行錯誤することによって,症状を解きほぐし,もととなる機能障害,その背後にある神経基盤を探っていきます。そのような作業はとても根気のいることですが,徐々に糸がほぐれて,患者さんも敵の正体がわかってくると,自らいろいろな工夫をしてその結果を報告してくれます。このような内観を聞かせてもらえることが,動物実験では得られない臨床神経心理学の醍醐味の1つだと思います。
 近年,神経科学は飛躍的な発展を遂げ,視空間認知に関しても動物実験や神経機能画像法などを用いて多くの知見が得られています。形態,奥行き,動きなど個々の視覚情報処理の神経基盤はかなりはっきりしてきました。しかし,私たちが日常生活で時々刻々変化する環境からどのような視空間的情報を抽出し,処理して,行動に結びつけているかの全体像は,まだまだ見えてきません。神経科学で次々に明らかになってくる知見と,ヒトの認知機能の理解にはまだ大きなギャップがあります。そのギャップをつなぐ架け橋になるのが臨床神経心理学の目標の1つです。そのために,神経生理学的手法を参考にして,神経科学で得られた知見を個々の症例において検証していくことが必要です。一方で,臨床症状から,神経機能のモジュール性などヒトの神経ネットワークについて多くの示唆を得ることができます。したがって,各症例の詳細な検討は,多数例によるevidence-based medicineが優勢となっている現代においてもなお重要性を減ずるものではありません。そこで,本書は視空間認知にさまざまな機能障害をもつ症例をなるべく多く呈示し,それを軸に書き進めることにしました。まず,おもしろそうな症例を読んでみて,そこからその症候やその基盤となる機能について理解を深めていくという使い方もできるようにしてあります。
 本書は,神経内科,脳外科,リハビリテーションなどに携わる臨床家が症状を理解する際の助けになることに加え,視空間認知について基礎的な研究をしている神経科学者の研究のヒントになることを期待して書きました。細かい検討をしていない症例も多く,検証すべき明確な問題点を呈示することはできませんが,患者さんの症状が新たな研究の視点を得るきっかけになれば幸いです。内容に関してはかなり前に記載した部分もあり,最新の知見とは異なる点があるかと思いますので,忌憚のないご教示やご批判をお願いいたします。
 シリーズ編集者のお1人である山鳥重先生から本書のお話をいただいてから数年余が経過してしまいました。その間,新任地への赴任などもあり執筆が延び延びになってしまいましたが,やっと完成することができました。山鳥先生には症例についてご指導いただくとともに,拙い草稿を読んで感想をいただき,心から感謝いたします。東北大学高次機能障害学,同リハビリテーション部,山形大学高次脳機能障害学のスタッフや大学院生には患者さんをみるうえで大変お世話になりました。医学書院の樋口覚さんは当初より辛抱強く励ましてくださり,不慣れな私に折にふれ具体的なアドバイスをくださいました。本書の巻末には,附録として日本や世界の文豪が記載した視覚対象についてのコラムをつけていただきました。また,木村政司さんは本書の表紙と各章の扉に,文字を連想させるすばらしいイラストを添えてくださいました。以上のような多くの方々に対し,この機会に改めて御礼申し上げたいと思います。最後に,私の長い診察に辛抱強くつきあい,症状について一所懸命教えてくれた多くの患者さんとそのご家族に深く感謝します。

 2010年4月
 鈴木匡子

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第1章 対象の視覚認知
 A.対象認知の基本的な性質
 B.形態認知の障害
 C.色認知の障害

第2章 視空間認知と行為
 A.要素的空間認知の障害
 B.構成障害
 C.空間性失書
 D.時計の読み,時計の描画の障害(アナログ時計とデジタル時計)
 E.視覚運動性失調(Visuomotor Ataxia)
 F.着衣失行
 G.自己身体定位障害
 H.地誌的失見当
 I.道具使用の障害
 J.計算の障害
 K.空間関係の言語的理解

第3章 視覚性注意とその障害
 A.視覚性注意
 B.視覚性注意の神経基盤

第4章 視覚認知と意識
 A.欠損の無認知
 B.視覚処理と意識の解離

第5章 視覚認知の陽性症状
 A.変形視(metamorphopsia)
 B.視覚性保続
 C.幻視
 D.皮質電気刺激による視覚性体験

第6章 高次視覚機能に関わる神経基盤
 A.視覚路のしくみ
 B.一次視覚野と高次視覚野
 C.形態認知に関わる神経システム
 D.色認知に関わる神経システム
 E.視空間認知に関わる神経システム
 F.視空間認知から行為への神経システム
 G.動きの認知に関わる神経システム
 H.神経基盤を知るための研究方法

第7章 高次視覚機能を知るための検査方法
 A.要素的視覚機能
 B.形態認知
 C.色覚認知
 D.視空間認知
 E.動きの認知(運動視)
 F.視覚性注意

参考文献
索引

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症状を解きほぐす術を学べる
書評者: 高橋 伸佳 (千葉県立保健医療大教授・リハビリテーション学)
 神経心理学の対象は言語,行為,認知にはじまり,記憶,注意,遂行機能,情動などを含む広範な領域に及ぶ。このうち失認症を中核とする認知の障害は,他の症状,例えば失語症や失行症などと比べてとっつきにくいと感じる人が多いのではなかろうか。大脳の機能を大きく運動(出力)と感覚(入力)に分けたとき,後者の障害である失認症は外から見てその存在がわかりづらい。障害を検出する際にも,結果を出力という目に見える(表に現れる)形でとらえにくいため客観的評価が難しい。こうした印象が失認症への積極的アプローチをためらう理由の一つかもしれない。

 認知の障害は視覚,聴覚,触覚など感覚別に分類される。本書はこのうち最も重要な視覚性認知に焦点を当てたものである。本書の特長は2つある。一つは視覚が関係する高次脳機能のすべてを網羅している点である。内容は「視覚性失認」はもちろん,「視空間認知」,「視覚性注意」,「視覚認知の陽性症状」から「視覚認知と意識」にまで及ぶ。読み,計算,言語理解,行為などについて,視覚(あるいは視空間)認知の観点からみた項目もある。読者は全体を眺めてもよいし,まず興味のある部分から覗いてみてもよい。徐々にこの領域が身近に感じられるようになるだろう。

 本書のもう一つの特長は,著者の経験した38例もの豊富な症例が記載されている点である。しかも,具体的で詳細に書かれている。多くの症例には病巣を示す実際の画像もある。読者は症例を読み進むにつれて,どんなときに視覚性認知障害の存在を疑うのか,それを明らかにするために行うべき検査は何か,結果をどう解釈するか,病巣も考慮して病態をどうとらえるか,など症状を解きほぐす術を学ぶことができる。

 例えば「水滴のついたトマトなんて」と題された症例(各症例にはこのような機知に富んだタイトルがつけられている)がある。脳出血後「料理の写真を見てもすぐにわからない」という症状が出現した。まず,視力や視野の異常によらないことが確認される。「高次視知覚検査」では一部に障害がみられたがこれでは症状を説明できない。次いで物品や風景の写真を用いて検査すると「対象の質的特徴の抽出」に問題があるらしいことがわかる。そこでさらにtexture(肌理〈きめ〉)の違いによる形の抽出能力を調べ,ついにこの症例では「textureの違いによって輪郭をとらえる機能」が低下していることを突き止める。「なるほどこう考えていくのか」と感心する読者も多いに違いない。

 本書は神経心理学を学びつつある諸氏が視覚性認知に関する知識を整理し,理解を深めるのに最適と思われる。さらにこの方面の研究に興味をもつ人にとっては,症候の正確なとらえ方や病態解明へのアプローチの仕方について多くの示唆を与えてくれるものと確信する。

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