頭頂葉
頭頂葉研究の第一人者のライフワーク
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頭頂葉研究の第一人者の「課外授業」。人間の高次な空間認知を対象に、単純な平面から3DGに至るまでのさまざまな空間認知の仕組みを明らかにする。頭頂葉の機能からセザンヌ、エッシャー、フェルメールの絵画の創造の秘密について考える。
*「神経心理学コレクション」は株式会社医学書院の登録商標です。
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- 書評
目次
開く
第1章 頭頂葉の特徴とその進化
1. 秋元波留夫とMountcastleの研究
2. 指令機能と遠心性コピー
3. 運動失調と到達ニューロン
4. 脳の進化と霊長類の進化
第2章 頭頂連合野の構造
1. 頭頂葉の構造と脳地図
2. MishkinとGeschwindの部位局在
3. 体性感覚と体部位局在
4. サルと人間の脳地図
5. 身体像と身体図式
6. 記憶と知覚をめぐる対立点
7. 頭頂葉の細胞学地図
8. 立体視の高次情報処理
第3章 頭頂葉の神経結合
1. 空間視の経路-“what”と“where”
2. Goodaleの“how経路”
3. 視覚研究の最前線-Van EssenとZeki
4. 地誌的障害と道順障害
第4章 頭頂葉の破壊症状
1. 視覚失認と立体感の喪失
2. 運動視の障害とバリント症候群
3. リーチングニューロンの障害
4. 身体図式と姿勢図式の障害
5. 失行とミラーニューロン
第5章 身体図式と空間の知覚
1. 身体と空間に関するニューロンの研究
2. von Holstの距離に関する恒常性の発見
3. 追跡運動と運動制御に関する研究
4. 視覚ニューロンと体性感覚ニューロン
5. Hyvarinenの多感覚ニューロンの研究
第6章 運動視のメカニズム
1. 運動視と奥行き運動
2. 回転感受性ニューロンと“Amesの窓”
3. 身体の回転と自己運動の知覚
第7章 手の運動の視覚的制御
1. リーチングと位置のコントロール
2. 視覚の働きと手の操作
3. グラスピングとプレシェイピング
第8章 立体視の高次情報処理と三次元図形の知覚
1. 立体視の高次情報処理機構
2. MarrとGibsonの三次元図形の研究
3. 平面の勾配とテクスチュア
4. 立体視と3Dモデルの探求
第9章 空間視からみる近代絵画
1. 記憶で描く三次元物体の表象
2. セザンヌの線遠近法と構図
3. 西洋絵画と日本画
4. フェルメールの秘密を解剖する
5. 近代絵画とドメスティックアート
6. エッシャーの「だまし絵」を解剖する
文献
あとがき
索引
空想美術館
1. 秋元波留夫とMountcastleの研究
2. 指令機能と遠心性コピー
3. 運動失調と到達ニューロン
4. 脳の進化と霊長類の進化
第2章 頭頂連合野の構造
1. 頭頂葉の構造と脳地図
2. MishkinとGeschwindの部位局在
3. 体性感覚と体部位局在
4. サルと人間の脳地図
5. 身体像と身体図式
6. 記憶と知覚をめぐる対立点
7. 頭頂葉の細胞学地図
8. 立体視の高次情報処理
第3章 頭頂葉の神経結合
1. 空間視の経路-“what”と“where”
2. Goodaleの“how経路”
3. 視覚研究の最前線-Van EssenとZeki
4. 地誌的障害と道順障害
第4章 頭頂葉の破壊症状
1. 視覚失認と立体感の喪失
2. 運動視の障害とバリント症候群
3. リーチングニューロンの障害
4. 身体図式と姿勢図式の障害
5. 失行とミラーニューロン
第5章 身体図式と空間の知覚
1. 身体と空間に関するニューロンの研究
2. von Holstの距離に関する恒常性の発見
3. 追跡運動と運動制御に関する研究
4. 視覚ニューロンと体性感覚ニューロン
5. Hyvarinenの多感覚ニューロンの研究
第6章 運動視のメカニズム
1. 運動視と奥行き運動
2. 回転感受性ニューロンと“Amesの窓”
3. 身体の回転と自己運動の知覚
第7章 手の運動の視覚的制御
1. リーチングと位置のコントロール
2. 視覚の働きと手の操作
3. グラスピングとプレシェイピング
第8章 立体視の高次情報処理と三次元図形の知覚
1. 立体視の高次情報処理機構
2. MarrとGibsonの三次元図形の研究
3. 平面の勾配とテクスチュア
4. 立体視と3Dモデルの探求
第9章 空間視からみる近代絵画
1. 記憶で描く三次元物体の表象
2. セザンヌの線遠近法と構図
3. 西洋絵画と日本画
4. フェルメールの秘密を解剖する
5. 近代絵画とドメスティックアート
6. エッシャーの「だまし絵」を解剖する
文献
あとがき
索引
空想美術館
書評
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Yellow-Red-Blue あるいは頭頂葉の風景
書評者: 入來 篤史 (理研 脳センター/東京医科歯科大学/ロンドン大学)
酒田英夫先生の研究の足跡は,世界の頭頂葉の研究の歴史そのものである。そして,その集大成を象徴するのが,本書最終章に掲げられた,セザンヌの『サン・ヴィクトワール山』に見る線遠近法の妙技であり,フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』に込められた陰影の魔術なのである。つまり,「頭頂葉を通してみた世界の風景」はかくあり,ということなのだと思う。どのようにしてこの境地に辿りつかれたのか,その歩みの一歩一歩に込められた想いを,希望を,信念を,本書の聞き手の山鳥重,河村満,田邊敬貴の三先生が巧みな質問で聞き出してゆき,酒田先生ははるか遠くに視線を投げながら,そのときどきの世界の研究現場の人間模様を回想しつつ物語ってゆく。
ここには酒田英夫先生の,自然に対する畏敬の念が満ちている。真の研究者かくあるべし,という真摯な態度である。そんな中で,私の心に残ることばがある。本書にも出てくる『ニューロンに聞く』という,脳に対する謙虚な研究姿勢である。まずは仮説を立てて,神経活動を検証するための手段として用い,精密に定式化されたモデルを構築してゆく,という現在一般的になった神経生理学の手法とは,明確に一線を画するこの態度は,いまや「酒田学派」のスローガンといってもよいだろう。
そのような酒田先生の薫陶を受けて頭頂葉研究に足を踏み入れた私であるが,冒頭の絵画に表現されるような風景を作り出す,頭頂葉のメカニズムはどのようになっているのかを,日々考えている。私はいま,自室の壁に掛かる,カンディンスキーの『Yellow-Red-Blue』を眺めている。私の「頭頂葉」機能のメカニズムはこんなイメージである。この画家ご本人が何を意図したかはさておき,私は自分の頭の中も,こんな風になっているのではないか,とふと感じたりもする。私自身も頭頂葉を研究のフィールドとするようになって以来,だんだんと醸成されてきたイメージなのである。本書を読み進めていただくと,この意味をご理解いただけるのではないか。そのさわりはというと,以下のようになるのではないかと思う。
霊長類になって特に発達した頭頂葉では,顔の前で巧みな操作をすることができるようになった手指によって形作られる空間構造を,両眼視による精密な三次元視覚情報解析によって,多種感覚を統合してその情報の持つ「意味」を抽出する装置が進化した。この機能は,しかし,空間の形や構造の解析にとどまるものではなかろう。われわれはより高度な概念や思想を,空間操作のアナロジーでもって考えるではないか。カンディンスキーのこの絵は,そんなありさまを描いているように見えるのだ。頭頂葉は思索の立体交差である。これが,いわば私が酒田先生から教わり,いま抱いている「世界から見た頭頂葉の風景」なのである。
頭頂葉研究を振り返り学ぶ 脳科学に関わる方の必読書
書評者: 岩村 吉晃 (川崎医療福祉大教授)
人気の『神経心理学コレクション』にまた新たな1冊が加わった。酒田英夫教授の『頭頂葉』である。この書は,同コレクション既刊の彦坂興秀教授の『眼と精神』に次いで2冊目の『課外授業』で,神経生理学者の酒田先生が,このシリーズの編集陣をなす山鳥重氏,河村満氏,田邉敬貴氏という神経心理学の第一人者たちに2日間にわたって行った集中講義の記録である。この講義は数年前に行われたにも関わらず,本書が世に出るまでに2年余の歳月が流れた。遅かった理由は酒田先生の超完璧主義である。しかしその結果,本書は非常に内容の濃いものに仕上がった。
酒田先生は1960年に東大医学部を卒業,大学院生として同付属脳研究施設,時実利彦教授のもとで神経生理学を学んだ。その後,大阪市大生理学浅沼宏教授の共同研究者として,ネコ運動野と体性感覚野の単一ニューロン記録と微小刺激研究に従事。やがてカリフォルニア大の萩原成長教授のもとに留学,そしてジョンズ・ホプキンス大に移りMountcastle教授のもとで,無麻酔サル頭頂葉体性感覚野の単一ニューロン記録という当時最先端の神経生理学を学んだ。
帰国後は,京大霊長類研究施設,東京都神経科学総合研究所,日大医学部生理学教室で単一ニューロン活動記録により一貫してサル頭頂葉の機能を追求した。はじめは第5野における体性感覚統合と姿勢図式のメカニズムがテーマであったが,東京都神経研時代にMountcastle教授の研究室に再留学,帰国してからは酒田先生の興味は体性感覚から視覚へと移り,以後,一貫して頭頂葉における視覚の高次機能,特に空間視のメカニズム解明に取り組むこととなった。酒田先生は東京都神経研や日大医学部生理学教室に積極的に外国の一流研究者を招いて共同研究を行い,また多くの若い研究者が国内外から彼のもとに集まってめざましい研究成果をあげた。こうして酒田先生は頭頂葉研究の国際的リーダーの一人としてのステイタスを確立した。本書には酒田先生のこの30余年にわたる華々しい頭頂葉研究の成果が凝縮,しかも非常にわかりやすく記述されている。
本書の中心テーマは頭頂葉の視覚機能,特に空間視の問題である。それは空間とそこに存在する事物の視覚的認識である。しかし問題は視覚にとどまらない。三次元空間の知覚が成立するとき,まずその中心に位置する自己身体の認識があり,視覚と体性感覚,聴覚,平衡感覚との統合があり,そして空間の事物に働きかけるための眼球運動や手の到達運動の随意的制御がある。本書ではこれらの重要な問題がすべて取り上げられている。
冒頭に酒田先生の頭頂葉研究のきっかけとなった学生時代の恩師,秋元波留夫先生の失行失認の講義,Mountcastle教授の思い出などが語られる。その後,随所でGibson,von Holst,Marrなど,心理学や認知科学の大家の研究が紹介される。それらは実に教育的である。酒田先生はこれらの研究からいろいろとヒントを得たと謙虚に述べるのであるが,彼は本書の中で一貫して,サル脳のニューロン活動とヒトの知覚とが一致する様を見事に示す。また,神経系は論理的という主張を豊富な実例をもって示している。これらは「酒田頭頂葉学」の真髄であり,本書にはそれがこれまでになく明快に表現されている。
頭頂葉の機能をめぐる国際的な論争と各研究者の立場が紹介されているのもいい。Mountcastle教授のドグマチックな運動指令説,これを引き継いだAnderson氏の運動意図重視の考え方,Goldberg氏の注意へのこだわり,そして酒田先生の頭頂葉の役割は知覚であるとの主張,これらのいきさつから頭頂葉機能研究の進展ぶりが明らかになる。ここで忘れてはならないのが,Mountcastle教授の弟子であり,酒田先生の共同研究者でもあったHyvarinen氏の先駆的功績である。彼は頭頂葉における視覚と体性感覚の統合について独創的研究を行ったが,惜しくも早世した。
歴史的に見れば頭頂葉研究は患者たちの臨床観察で始まった。これらの臨床知見もまた酒田先生の研究をガイドした重要な要素である。臨床の権威である3人の「生徒」たちを前に酒田先生が頭頂葉の破壊症状記述の歴史を語り,これらを神経生理学的知見に基づいて説明する様は見事であり,迫力がある。臨床症状は破壊巣が大きいこともあって,いくつかの徴候の集合であることが多いが,酒田先生をはじめとする生理学者の実験結果によって,部分徴候の責任部位が示唆されるのが小気味よい。臨床家は日常,一人ひとり違う症状を持つ患者に対面する。これらを独創的に理解しようとするときには,伝統的な臨床記述の呪縛から抜け出さねばならないであろう。その際,酒田先生の記述は大いに参考になること受けあいである。
本書の最後に頭頂葉機能,特に空間視と近代絵画との関わりが熱っぽく語られる。その話題の中心はセザンヌが描いたサンヴィクトワール山で,これが写真で撮影した像より大きく描かれている理由が説明される。またフェルメールが奥行き知覚や光と影,テクスチャをたくみに利用したことも指摘されている。エッシャーのだまし絵も登場し,あわせて画家の創作心理の秘密を解き明かそうと試みられる。実は酒田先生自身,学生時代美術部に属し油絵を描いた。彼の絵は確かセザンヌの絵に似ていたように思う。巻末には「空想美術館」まで設けられており,絵画への想いはいつまでも尽きることがない。
本書は臨床神経学,神経心理学分野で活躍する専門家職業人にとって必読の書であることは言うまでもない。さらに,医学以外の分野で脳科学に関わる研究者や学生にとっても重要である。それは本書が,今日の脳科学隆盛の基礎を築いた神経生理学,特に無麻酔サル脳からの単一ニューロン活動記録がいかにパワフルであり,多くを教えてくれるかを改めて示しているからである。
書評者: 入來 篤史 (理研 脳センター/東京医科歯科大学/ロンドン大学)
酒田英夫先生の研究の足跡は,世界の頭頂葉の研究の歴史そのものである。そして,その集大成を象徴するのが,本書最終章に掲げられた,セザンヌの『サン・ヴィクトワール山』に見る線遠近法の妙技であり,フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』に込められた陰影の魔術なのである。つまり,「頭頂葉を通してみた世界の風景」はかくあり,ということなのだと思う。どのようにしてこの境地に辿りつかれたのか,その歩みの一歩一歩に込められた想いを,希望を,信念を,本書の聞き手の山鳥重,河村満,田邊敬貴の三先生が巧みな質問で聞き出してゆき,酒田先生ははるか遠くに視線を投げながら,そのときどきの世界の研究現場の人間模様を回想しつつ物語ってゆく。
ここには酒田英夫先生の,自然に対する畏敬の念が満ちている。真の研究者かくあるべし,という真摯な態度である。そんな中で,私の心に残ることばがある。本書にも出てくる『ニューロンに聞く』という,脳に対する謙虚な研究姿勢である。まずは仮説を立てて,神経活動を検証するための手段として用い,精密に定式化されたモデルを構築してゆく,という現在一般的になった神経生理学の手法とは,明確に一線を画するこの態度は,いまや「酒田学派」のスローガンといってもよいだろう。
そのような酒田先生の薫陶を受けて頭頂葉研究に足を踏み入れた私であるが,冒頭の絵画に表現されるような風景を作り出す,頭頂葉のメカニズムはどのようになっているのかを,日々考えている。私はいま,自室の壁に掛かる,カンディンスキーの『Yellow-Red-Blue』を眺めている。私の「頭頂葉」機能のメカニズムはこんなイメージである。この画家ご本人が何を意図したかはさておき,私は自分の頭の中も,こんな風になっているのではないか,とふと感じたりもする。私自身も頭頂葉を研究のフィールドとするようになって以来,だんだんと醸成されてきたイメージなのである。本書を読み進めていただくと,この意味をご理解いただけるのではないか。そのさわりはというと,以下のようになるのではないかと思う。
霊長類になって特に発達した頭頂葉では,顔の前で巧みな操作をすることができるようになった手指によって形作られる空間構造を,両眼視による精密な三次元視覚情報解析によって,多種感覚を統合してその情報の持つ「意味」を抽出する装置が進化した。この機能は,しかし,空間の形や構造の解析にとどまるものではなかろう。われわれはより高度な概念や思想を,空間操作のアナロジーでもって考えるではないか。カンディンスキーのこの絵は,そんなありさまを描いているように見えるのだ。頭頂葉は思索の立体交差である。これが,いわば私が酒田先生から教わり,いま抱いている「世界から見た頭頂葉の風景」なのである。
頭頂葉研究を振り返り学ぶ 脳科学に関わる方の必読書
書評者: 岩村 吉晃 (川崎医療福祉大教授)
人気の『神経心理学コレクション』にまた新たな1冊が加わった。酒田英夫教授の『頭頂葉』である。この書は,同コレクション既刊の彦坂興秀教授の『眼と精神』に次いで2冊目の『課外授業』で,神経生理学者の酒田先生が,このシリーズの編集陣をなす山鳥重氏,河村満氏,田邉敬貴氏という神経心理学の第一人者たちに2日間にわたって行った集中講義の記録である。この講義は数年前に行われたにも関わらず,本書が世に出るまでに2年余の歳月が流れた。遅かった理由は酒田先生の超完璧主義である。しかしその結果,本書は非常に内容の濃いものに仕上がった。
酒田先生は1960年に東大医学部を卒業,大学院生として同付属脳研究施設,時実利彦教授のもとで神経生理学を学んだ。その後,大阪市大生理学浅沼宏教授の共同研究者として,ネコ運動野と体性感覚野の単一ニューロン記録と微小刺激研究に従事。やがてカリフォルニア大の萩原成長教授のもとに留学,そしてジョンズ・ホプキンス大に移りMountcastle教授のもとで,無麻酔サル頭頂葉体性感覚野の単一ニューロン記録という当時最先端の神経生理学を学んだ。
帰国後は,京大霊長類研究施設,東京都神経科学総合研究所,日大医学部生理学教室で単一ニューロン活動記録により一貫してサル頭頂葉の機能を追求した。はじめは第5野における体性感覚統合と姿勢図式のメカニズムがテーマであったが,東京都神経研時代にMountcastle教授の研究室に再留学,帰国してからは酒田先生の興味は体性感覚から視覚へと移り,以後,一貫して頭頂葉における視覚の高次機能,特に空間視のメカニズム解明に取り組むこととなった。酒田先生は東京都神経研や日大医学部生理学教室に積極的に外国の一流研究者を招いて共同研究を行い,また多くの若い研究者が国内外から彼のもとに集まってめざましい研究成果をあげた。こうして酒田先生は頭頂葉研究の国際的リーダーの一人としてのステイタスを確立した。本書には酒田先生のこの30余年にわたる華々しい頭頂葉研究の成果が凝縮,しかも非常にわかりやすく記述されている。
本書の中心テーマは頭頂葉の視覚機能,特に空間視の問題である。それは空間とそこに存在する事物の視覚的認識である。しかし問題は視覚にとどまらない。三次元空間の知覚が成立するとき,まずその中心に位置する自己身体の認識があり,視覚と体性感覚,聴覚,平衡感覚との統合があり,そして空間の事物に働きかけるための眼球運動や手の到達運動の随意的制御がある。本書ではこれらの重要な問題がすべて取り上げられている。
冒頭に酒田先生の頭頂葉研究のきっかけとなった学生時代の恩師,秋元波留夫先生の失行失認の講義,Mountcastle教授の思い出などが語られる。その後,随所でGibson,von Holst,Marrなど,心理学や認知科学の大家の研究が紹介される。それらは実に教育的である。酒田先生はこれらの研究からいろいろとヒントを得たと謙虚に述べるのであるが,彼は本書の中で一貫して,サル脳のニューロン活動とヒトの知覚とが一致する様を見事に示す。また,神経系は論理的という主張を豊富な実例をもって示している。これらは「酒田頭頂葉学」の真髄であり,本書にはそれがこれまでになく明快に表現されている。
頭頂葉の機能をめぐる国際的な論争と各研究者の立場が紹介されているのもいい。Mountcastle教授のドグマチックな運動指令説,これを引き継いだAnderson氏の運動意図重視の考え方,Goldberg氏の注意へのこだわり,そして酒田先生の頭頂葉の役割は知覚であるとの主張,これらのいきさつから頭頂葉機能研究の進展ぶりが明らかになる。ここで忘れてはならないのが,Mountcastle教授の弟子であり,酒田先生の共同研究者でもあったHyvarinen氏の先駆的功績である。彼は頭頂葉における視覚と体性感覚の統合について独創的研究を行ったが,惜しくも早世した。
歴史的に見れば頭頂葉研究は患者たちの臨床観察で始まった。これらの臨床知見もまた酒田先生の研究をガイドした重要な要素である。臨床の権威である3人の「生徒」たちを前に酒田先生が頭頂葉の破壊症状記述の歴史を語り,これらを神経生理学的知見に基づいて説明する様は見事であり,迫力がある。臨床症状は破壊巣が大きいこともあって,いくつかの徴候の集合であることが多いが,酒田先生をはじめとする生理学者の実験結果によって,部分徴候の責任部位が示唆されるのが小気味よい。臨床家は日常,一人ひとり違う症状を持つ患者に対面する。これらを独創的に理解しようとするときには,伝統的な臨床記述の呪縛から抜け出さねばならないであろう。その際,酒田先生の記述は大いに参考になること受けあいである。
本書の最後に頭頂葉機能,特に空間視と近代絵画との関わりが熱っぽく語られる。その話題の中心はセザンヌが描いたサンヴィクトワール山で,これが写真で撮影した像より大きく描かれている理由が説明される。またフェルメールが奥行き知覚や光と影,テクスチャをたくみに利用したことも指摘されている。エッシャーのだまし絵も登場し,あわせて画家の創作心理の秘密を解き明かそうと試みられる。実は酒田先生自身,学生時代美術部に属し油絵を描いた。彼の絵は確かセザンヌの絵に似ていたように思う。巻末には「空想美術館」まで設けられており,絵画への想いはいつまでも尽きることがない。
本書は臨床神経学,神経心理学分野で活躍する専門家職業人にとって必読の書であることは言うまでもない。さらに,医学以外の分野で脳科学に関わる研究者や学生にとっても重要である。それは本書が,今日の脳科学隆盛の基礎を築いた神経生理学,特に無麻酔サル脳からの単一ニューロン活動記録がいかにパワフルであり,多くを教えてくれるかを改めて示しているからである。
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