社会精神医学
日本の社会精神医学の到達点 待望の刊行
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日本社会精神医学会編の定本的「社会精神医学」テキスト。歴史的事項から最新の社会病理現象までを網羅し、広範な他の学術領域とのつながりを詳述した。執筆陣に各テーマの第一人者を迎え、現時点での日本の社会精神医学の到達点を示す。精神医学に関連する社会的な事件、事象が増加している昨今、社会精神医学が果たすべき役割は益々大きく、本書の刊行はまさに時宜を得たものと言えよう。精神科医はもちろん、精神保健医療福祉に関わるすべての関係者の必携書。
編集 | 日本社会精神医学会 |
---|---|
発行 | 2009年03月判型:B5頁:480 |
ISBN | 978-4-260-00708-5 |
定価 | 12,100円 (本体11,000円+税) |
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- 序文
- 目次
- 書評
序文
開く
序
昨今,精神医学に関わる事件,事象が日常的に増えていると感じるのは一般市民の間でも共通した感想であろう。新聞や雑誌に取り上げられる関連の記事の多さが何よりもそれを物語っている。そうした状況の中で彼らに的確な情報を与え,理解を得るようにするのはほかならぬ社会精神医学の大切な使命の一つである。一例を挙げるなら社会問題にもなっている,ここ10年にわたって年間の自殺者が3万人を超えるという由々しい事態について解説し,対策を練るのは精神医学者というより正確には社会精神医学者が中心となって,隣接の領域や関係機関と連携してあたるべきことである。
このように社会精神医学の任務が一昔前に比べて非常に増えていることは事実であるが,専門家にもそうでない関連の人々にもその共通の拠り所となる社会精神医学の教科書がないことが不便に感じられるようになっていた。本書と同じく医学書院から出版された懸田克躬,加藤正明共編の『社会精神医学』が約40年前の1970年刊行であったから,精神保健医療福祉の改革が叫ばれている今日,その“空白期間”は長きに過ぎたといえよう。
本書はそのようなニーズに応えるべく,日本社会精神医学会が総力を挙げて作った教科書である。教科書といっても学生向けというより,現時点でのこの分野の到達点を示す意味合いが強い。50人に及ぶ各専門分野の執筆陣にもそのことが示されていよう。本書の企画は2004年秋,神戸で行われた第12回世界社会精神医学会(WASP)の成功を記念して,当時の理事長,中根允文教授の発案により,常任理事会のなかに編集委員会が立ち上げられてスタートした。企画の段階から医学書院の協力を得て3年余を要したが,学会が掲げるランドマークという初期の目的は果たせたのではないかと思う。
その世界社会精神医学会のメインテーマは“Globalization and Diversities: Challenges for Social Psychiatry”であったが,この“国際化と多様性”こそ世界中の国家,社会全体がここ数十年好むと好まざるとにかかわらず,直面している課題である。社会精神医学にとっても40年前の教科書の時代と比べて最も変化した一面であるといえよう。テーマによって差異があるのは当然ながら,このあたりが読み取れる内容となっていれば,本書は成功したといえるが,その評価は読者に委ねたい。
社会精神医学が学際的領域を加えて,拡大の方向にあることはこの学問の性質上当然といえる。本書でも学術会議を通して,法学,経済学,心理学,宗教学,建築学,社会福祉学,教育学,社会学等の専門家の執筆協力をいただき,内容に厚みと幅をもたすことができた。最近進歩の著しい脳科学の知見を取り入れた“社会脳”などの項目もあって然るべきとの声を編集の最終段階で耳にしたが,時間的にいかんともしがたく,将来の改訂増補の機会を待ちたい。
最後に,多忙の中執筆されたすべての執筆者にお礼を申し上げるとともに,企画の段階からお世話になった医学書院の方々に感謝申し上げる。なお,第7章の「政策形成と当事者活動」を執筆されたこの分野でのパイオニア岡上和雄氏は病床で脱稿され,これが遺稿となったことを付記して,ご冥福をお祈りしたい。
本書が多くの関係者に読まれてわが国の社会精神医学の発展に寄与することにより,わが国の社会の安寧に貢献することを心から願っている。
2009年の幕開けに
編集委員を代表して 広瀬徹也
昨今,精神医学に関わる事件,事象が日常的に増えていると感じるのは一般市民の間でも共通した感想であろう。新聞や雑誌に取り上げられる関連の記事の多さが何よりもそれを物語っている。そうした状況の中で彼らに的確な情報を与え,理解を得るようにするのはほかならぬ社会精神医学の大切な使命の一つである。一例を挙げるなら社会問題にもなっている,ここ10年にわたって年間の自殺者が3万人を超えるという由々しい事態について解説し,対策を練るのは精神医学者というより正確には社会精神医学者が中心となって,隣接の領域や関係機関と連携してあたるべきことである。
このように社会精神医学の任務が一昔前に比べて非常に増えていることは事実であるが,専門家にもそうでない関連の人々にもその共通の拠り所となる社会精神医学の教科書がないことが不便に感じられるようになっていた。本書と同じく医学書院から出版された懸田克躬,加藤正明共編の『社会精神医学』が約40年前の1970年刊行であったから,精神保健医療福祉の改革が叫ばれている今日,その“空白期間”は長きに過ぎたといえよう。
本書はそのようなニーズに応えるべく,日本社会精神医学会が総力を挙げて作った教科書である。教科書といっても学生向けというより,現時点でのこの分野の到達点を示す意味合いが強い。50人に及ぶ各専門分野の執筆陣にもそのことが示されていよう。本書の企画は2004年秋,神戸で行われた第12回世界社会精神医学会(WASP)の成功を記念して,当時の理事長,中根允文教授の発案により,常任理事会のなかに編集委員会が立ち上げられてスタートした。企画の段階から医学書院の協力を得て3年余を要したが,学会が掲げるランドマークという初期の目的は果たせたのではないかと思う。
その世界社会精神医学会のメインテーマは“Globalization and Diversities: Challenges for Social Psychiatry”であったが,この“国際化と多様性”こそ世界中の国家,社会全体がここ数十年好むと好まざるとにかかわらず,直面している課題である。社会精神医学にとっても40年前の教科書の時代と比べて最も変化した一面であるといえよう。テーマによって差異があるのは当然ながら,このあたりが読み取れる内容となっていれば,本書は成功したといえるが,その評価は読者に委ねたい。
社会精神医学が学際的領域を加えて,拡大の方向にあることはこの学問の性質上当然といえる。本書でも学術会議を通して,法学,経済学,心理学,宗教学,建築学,社会福祉学,教育学,社会学等の専門家の執筆協力をいただき,内容に厚みと幅をもたすことができた。最近進歩の著しい脳科学の知見を取り入れた“社会脳”などの項目もあって然るべきとの声を編集の最終段階で耳にしたが,時間的にいかんともしがたく,将来の改訂増補の機会を待ちたい。
最後に,多忙の中執筆されたすべての執筆者にお礼を申し上げるとともに,企画の段階からお世話になった医学書院の方々に感謝申し上げる。なお,第7章の「政策形成と当事者活動」を執筆されたこの分野でのパイオニア岡上和雄氏は病床で脱稿され,これが遺稿となったことを付記して,ご冥福をお祈りしたい。
本書が多くの関係者に読まれてわが国の社会精神医学の発展に寄与することにより,わが国の社会の安寧に貢献することを心から願っている。
2009年の幕開けに
編集委員を代表して 広瀬徹也
目次
開く
第1章 社会精神医学とは
1 社会精神医学の歴史
2 社会精神医学の定義
3 社会精神医学の実践のための研究方法論
第2章 社会精神医学の役割
1 社会構造の変化と精神保健
2 社会精神医学の現代的意義
3 精神保健サービス従事者の機能
4 アンチスティグマ活動の展開と精神保健
5 疾病性・事例性の定義とその意義
第3章 社会精神医学研究とその成果
1 世界における研究とその成果
a.欧米諸国における研究
b.アジアにおける精神医療と研究
2 日本における研究とその成果
3 疫学研究
第4章 ライフサイクルと社会精神医学
1 総論
2 乳幼児期
3 児童青年期を中心に
4 青年期
5 成人期
6 老年期
第5章 現代社会の特性と社会精神医学
1 文化と精神障害
2 災害
3 犯罪・暴力
4 ひきこもり・家庭内暴力・ニート
5 自殺
6 薬物・アルコール関連問題
7 睡眠障害
8 摂食障害
9 ジェンダー
10 メディア・インターネットの影響
第6章 精神保健サービスの提供と学術基盤
1 精神科救急医療
2 精神障害リハビリテーション
3 司法精神医学
4 総合病院精神医学
5 産業精神保健
6 家族精神医学
7 地域精神医学
8 学校精神保健
第7章 社会精神医学と近接領域
1 関連学問領域について
a.総論
b.法学
c.経済学
d.心理学
e.宗教学
f.建築学
g.社会福祉学
h.教育学
i.社会学
2 政策と社会精神医学
a.精神保健福祉制度
b.政策評価
c.政策形成と当事者活動
第8章 社会精神医学の課題と展望
1 社会精神医学の課題と展望
補遺 日本社会精神医学会の歴史
索引
1 社会精神医学の歴史
2 社会精神医学の定義
3 社会精神医学の実践のための研究方法論
第2章 社会精神医学の役割
1 社会構造の変化と精神保健
2 社会精神医学の現代的意義
3 精神保健サービス従事者の機能
4 アンチスティグマ活動の展開と精神保健
5 疾病性・事例性の定義とその意義
第3章 社会精神医学研究とその成果
1 世界における研究とその成果
a.欧米諸国における研究
b.アジアにおける精神医療と研究
2 日本における研究とその成果
3 疫学研究
第4章 ライフサイクルと社会精神医学
1 総論
2 乳幼児期
3 児童青年期を中心に
4 青年期
5 成人期
6 老年期
第5章 現代社会の特性と社会精神医学
1 文化と精神障害
2 災害
3 犯罪・暴力
4 ひきこもり・家庭内暴力・ニート
5 自殺
6 薬物・アルコール関連問題
7 睡眠障害
8 摂食障害
9 ジェンダー
10 メディア・インターネットの影響
第6章 精神保健サービスの提供と学術基盤
1 精神科救急医療
2 精神障害リハビリテーション
3 司法精神医学
4 総合病院精神医学
5 産業精神保健
6 家族精神医学
7 地域精神医学
8 学校精神保健
第7章 社会精神医学と近接領域
1 関連学問領域について
a.総論
b.法学
c.経済学
d.心理学
e.宗教学
f.建築学
g.社会福祉学
h.教育学
i.社会学
2 政策と社会精神医学
a.精神保健福祉制度
b.政策評価
c.政策形成と当事者活動
第8章 社会精神医学の課題と展望
1 社会精神医学の課題と展望
補遺 日本社会精神医学会の歴史
索引
書評
開く
多岐にわたる視座から示された社会精神医学の到達点
書評者: 佐藤 壹三 (医療法人同仁会木更津病院そが西口クリニック院長)
編集委員を代表して広瀬徹也氏も,序文の中で述べられているが,かつて同じ表題『社会精神医学』が,同じ医学書院から最初に出版されたのは,何と1970年,今からおよそ40年前のことである。氏はこれについて,その空白期間の長さを指摘し,本書はこの空白を埋めるべく,社会精神医学会の総力を挙げての企画,日本の社会精神医学の今日の到達点を示すものであり,広く社会精神医学に関与する人たちの教科書となることも期待しておられる。
前著が発行された1970年は,荒れた日本精神神経学会金沢総会の翌年,いわば日本の精神医学会が昏迷の時代に突入した時。懸田克躬,加藤正明の両先達の編集,これに5人の碩学が加わり,それぞれの専攻領域を執筆されている。日本社会精神医学会が発足したのが,その11年後の1981年であったから,これはいわば夜明け前の啓蒙の書だったといえるかもしれない。これに対して本書は,4人の編集委員に50余人の執筆者という,まさに社会精神医学領域その後の発展と広がりそのものを反映しているものといえよう。
したがって本書は,総論的部分と各論的部分の中で,この間のわが国社会精神医学領域の歩みを広く集大成し,現状を分析,さらに将来の展望を問うという幅広い内容となっている。さまざまな領域の方も含め50余人の執筆者故,その内容に過疎,時に重複があるのはやむを得ないが,逆に豊富な内容,膨大な引用資料は,多岐にわたる視座と共に,本書の優れた長所かと思われる。
以下簡単に章を追って内容を紹介すると,第1章「社会精神医学とは」では,その歴史,定義そして臨床実践のための方法論,第2章「社会精神医学の役割」では,社会構造の変化,現代的意義,疾病性と事例性の問題などが取り上げられる。第3章では世界,アジアそして日本それぞれの研究成果を示し,疫学的研究を別記。この第1章から第3章までが,本書の総論的部分ということになろう。
以下各論的に,第4章「ライフサイクルと社会精神医学」,第5章「現代社会の特性と社会精神医学」,ここでは災害,自殺,ジェンダーなどまさに今日的話題を社会精神医学的視座から問い直す。第6章「精神保健サービスの提供と学術基盤」では,救急医療,司法精神医学,産業,家族,地域精神医学など多くこれまで取り上げられた実践の場を検証している。第7章では視座を変え法学,社会経済学,心理学あるいは宗教学など幅広いさまざまの関連学問領域から社会精神医学を問い直す。第8章は課題と展望。補遺の学会の歴史も貴重な資料である。
この膨大な内容を短い中で紹介することは至難であるが,三次元的,あるいはMRIのように今日の成果を結集した本書は,まずは21世紀初頭の社会精神医学の記念碑ともいうべきで,編者も言われているように,この領域に日常活動しておられる多くの方々,あるいは関心を持たれる方にはぜひ御一読をお勧めしたい。
わが国における現時点での社会精神医学の到達点
書評者: 西園 昌久 (福岡大名誉教授・精神医学)
社会精神医学は実践の医学である。カントがかつて「理論なき行為は暴力であり,行為なき理論は空虚である」と述べたといわれる。社会変動やグローバリゼーションの激しい今日,個人の価値観,家族のあり方,集団と個人のかかわり方も著しく変動する。また,個人の自己責任のみで生きていくことは困難である。精神障害の予防,患った人の治療そしてリハビリテーションには社会精神医学的視点とその実践が不可欠なのである。
本書は,その序で「日本社会精神医学会が総力を挙げて作った教科書である。教科書といっても学生向けというより,現時点でのこの分野の到達点を示す意味合いが強い。50人に及ぶ各専門分野の執筆陣にもそのことが示されていよう。」と自負されているようにわが国の社会精神医学会がそこまで実力をつけてきたことを示すのであろう。その「序」にも40年前,懸田克躬,加藤正明共編の『社会精神医学』が刊行されたことが記されているが,それはわが国でまだ,社会精神医学の理論と実践が存在しなかった時期のいわば啓蒙の書であった。それに対比して本書は,この間の40年の精神医学・精神科医療の社会変動とかかわったある種の停滞,混乱それからの再建,進歩の体験を通して到達した内容と考えられる。
本書はB5判480頁からなる大著である。内容は,社会精神医学とは,社会精神医学の役割,社会精神医学研究とその成果,ライフサイクルと社会精神医学,現代社会の特性と社会精神医学,精神保健サービスの提供と学術基盤,社会精神医学と近接領域,社会精神医学の課題と展望,日本社会精神医学会の歴史などの章立ての下個々の項目ごとに記述されている。それらを具体的に挙げる余裕はないが,読み物としても興味がそそられるテーマが論じられている。それらは,社会精神医学を超えて精神医学の本質を考えさせてくれる。また,欧米のみならず,アジア各国の精神科医療についての記載があるのも素晴らしい。
若干の意見を述べると,今日の精神医学は神経科学の発達に伴う生物学的精神医学主導で展開しているが社会精神医学はそれに対してどのような対応がなされればよいのであろうか。WHO,ヨーロッパ事務局のRutz, W.(2003)は「うつ,攻撃性,自己破壊行動,自殺,暴力,破壊的スタイル」の障害が先進国に多発することを例に挙げて,ドラマチックな社会変化が脳の発達と機能に影響を及ぼしたことと関連することであり,社会精神医学も従来の社会的次元のみに基づくものから神経科学上の新しい知見を取り入れた新しいパラダイムに発展すべきであると主張している(註)。生物学的精神医学が優位なわが国において社会精神医学の次の目標は生物-心理-社会的モデルでの発達であろう。今一つ挙げれば,近代化したはずのわが国社会にあって,今なお人の心に沈殿し,自由な判断をしばしば拘束している「ムラ意識」の問題の解明の課題である。
註) Rutz, W.: Rethinking mental health; a European WHO perspective, World Psychiatry 2(2):125-127, 2003
書評者: 佐藤 壹三 (医療法人同仁会木更津病院そが西口クリニック院長)
編集委員を代表して広瀬徹也氏も,序文の中で述べられているが,かつて同じ表題『社会精神医学』が,同じ医学書院から最初に出版されたのは,何と1970年,今からおよそ40年前のことである。氏はこれについて,その空白期間の長さを指摘し,本書はこの空白を埋めるべく,社会精神医学会の総力を挙げての企画,日本の社会精神医学の今日の到達点を示すものであり,広く社会精神医学に関与する人たちの教科書となることも期待しておられる。
前著が発行された1970年は,荒れた日本精神神経学会金沢総会の翌年,いわば日本の精神医学会が昏迷の時代に突入した時。懸田克躬,加藤正明の両先達の編集,これに5人の碩学が加わり,それぞれの専攻領域を執筆されている。日本社会精神医学会が発足したのが,その11年後の1981年であったから,これはいわば夜明け前の啓蒙の書だったといえるかもしれない。これに対して本書は,4人の編集委員に50余人の執筆者という,まさに社会精神医学領域その後の発展と広がりそのものを反映しているものといえよう。
したがって本書は,総論的部分と各論的部分の中で,この間のわが国社会精神医学領域の歩みを広く集大成し,現状を分析,さらに将来の展望を問うという幅広い内容となっている。さまざまな領域の方も含め50余人の執筆者故,その内容に過疎,時に重複があるのはやむを得ないが,逆に豊富な内容,膨大な引用資料は,多岐にわたる視座と共に,本書の優れた長所かと思われる。
以下簡単に章を追って内容を紹介すると,第1章「社会精神医学とは」では,その歴史,定義そして臨床実践のための方法論,第2章「社会精神医学の役割」では,社会構造の変化,現代的意義,疾病性と事例性の問題などが取り上げられる。第3章では世界,アジアそして日本それぞれの研究成果を示し,疫学的研究を別記。この第1章から第3章までが,本書の総論的部分ということになろう。
以下各論的に,第4章「ライフサイクルと社会精神医学」,第5章「現代社会の特性と社会精神医学」,ここでは災害,自殺,ジェンダーなどまさに今日的話題を社会精神医学的視座から問い直す。第6章「精神保健サービスの提供と学術基盤」では,救急医療,司法精神医学,産業,家族,地域精神医学など多くこれまで取り上げられた実践の場を検証している。第7章では視座を変え法学,社会経済学,心理学あるいは宗教学など幅広いさまざまの関連学問領域から社会精神医学を問い直す。第8章は課題と展望。補遺の学会の歴史も貴重な資料である。
この膨大な内容を短い中で紹介することは至難であるが,三次元的,あるいはMRIのように今日の成果を結集した本書は,まずは21世紀初頭の社会精神医学の記念碑ともいうべきで,編者も言われているように,この領域に日常活動しておられる多くの方々,あるいは関心を持たれる方にはぜひ御一読をお勧めしたい。
わが国における現時点での社会精神医学の到達点
書評者: 西園 昌久 (福岡大名誉教授・精神医学)
社会精神医学は実践の医学である。カントがかつて「理論なき行為は暴力であり,行為なき理論は空虚である」と述べたといわれる。社会変動やグローバリゼーションの激しい今日,個人の価値観,家族のあり方,集団と個人のかかわり方も著しく変動する。また,個人の自己責任のみで生きていくことは困難である。精神障害の予防,患った人の治療そしてリハビリテーションには社会精神医学的視点とその実践が不可欠なのである。
本書は,その序で「日本社会精神医学会が総力を挙げて作った教科書である。教科書といっても学生向けというより,現時点でのこの分野の到達点を示す意味合いが強い。50人に及ぶ各専門分野の執筆陣にもそのことが示されていよう。」と自負されているようにわが国の社会精神医学会がそこまで実力をつけてきたことを示すのであろう。その「序」にも40年前,懸田克躬,加藤正明共編の『社会精神医学』が刊行されたことが記されているが,それはわが国でまだ,社会精神医学の理論と実践が存在しなかった時期のいわば啓蒙の書であった。それに対比して本書は,この間の40年の精神医学・精神科医療の社会変動とかかわったある種の停滞,混乱それからの再建,進歩の体験を通して到達した内容と考えられる。
本書はB5判480頁からなる大著である。内容は,社会精神医学とは,社会精神医学の役割,社会精神医学研究とその成果,ライフサイクルと社会精神医学,現代社会の特性と社会精神医学,精神保健サービスの提供と学術基盤,社会精神医学と近接領域,社会精神医学の課題と展望,日本社会精神医学会の歴史などの章立ての下個々の項目ごとに記述されている。それらを具体的に挙げる余裕はないが,読み物としても興味がそそられるテーマが論じられている。それらは,社会精神医学を超えて精神医学の本質を考えさせてくれる。また,欧米のみならず,アジア各国の精神科医療についての記載があるのも素晴らしい。
若干の意見を述べると,今日の精神医学は神経科学の発達に伴う生物学的精神医学主導で展開しているが社会精神医学はそれに対してどのような対応がなされればよいのであろうか。WHO,ヨーロッパ事務局のRutz, W.(2003)は「うつ,攻撃性,自己破壊行動,自殺,暴力,破壊的スタイル」の障害が先進国に多発することを例に挙げて,ドラマチックな社会変化が脳の発達と機能に影響を及ぼしたことと関連することであり,社会精神医学も従来の社会的次元のみに基づくものから神経科学上の新しい知見を取り入れた新しいパラダイムに発展すべきであると主張している(註)。生物学的精神医学が優位なわが国において社会精神医学の次の目標は生物-心理-社会的モデルでの発達であろう。今一つ挙げれば,近代化したはずのわが国社会にあって,今なお人の心に沈殿し,自由な判断をしばしば拘束している「ムラ意識」の問題の解明の課題である。
註) Rutz, W.: Rethinking mental health; a European WHO perspective, World Psychiatry 2(2):125-127, 2003
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