成人学習
理論と実践を結びつける
人材育成、専門職教育に携わるすべての人に、いま、必要な一冊。
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成人の学びを支援する教育者には、学習者の自己決定性や動機づけ、変容のプロセスに目を向け、自らの実践を省察し続けることが求められている。成人学習/成人教育の主要理論とトピックを網羅しながら、教育者自身の学習観・教育観を問い直す。
| 著 | ローラ・L・ビエレマ / モニカ・フェデリ / シャラン・B・メリアム |
|---|---|
| 訳 | 三輪 建二 |
| 発行 | 2026年08月判型:B5頁:472 |
| ISBN | 978-4-260-06599-3 |
| 定価 | 6,160円 (本体5,600円+税) |
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はじめに:日本の読者に向けて
本書の『成人学習:理論と実践を結びつける』というタイトルに目をとめ,「成人学習」という言葉に惹かれて読んでみようと思った読者のなかには,それぞれの分野で知識と技術を修得して専門職(プロフェッショナル)となり,今度は,学んだ成果を後輩に伝えて指導する「教育者」になっている方々が少なからずいるのではないだろうか.もちろん,教育者としての自信を持っている人もいるが,なかには,専門の知識や技術はあっても教育の進め方がよくわからない,あるいは教育学に対する関心はあっても,成人学習論はよく知らないと考える人がいるように思われる.これから本書を読もうとする日本の読者のために,訳者の立場から,読み方の手引きを記しておきたい.
■専門の知識や技術はあっても教育の進め方がわからない
看護や医療を含むさまざまな分野において,こんにちでは,専門職化や高度専門職化と呼ばれる動きが高まりをみせている.専門分野の高度な知識や技術の修得のための,養成や研修の仕組みづくりも進んできている.そして,身につけた専門的な知識や技術を,同じ分野に進む後輩の学生や新人に伝え,指導する教育者の役割を担う人も,広がりをみせている.
ペダゴジーモデルしか知らないことへのとまどい
とはいえ,それぞれの分野で専門職教育にたずさわる人びとからは,とまどいの声が少なからず生まれるようになっている.「今どきの学生や新人は,基礎・基本をしっかり教えようとしても,真剣に聴いてくれないようだ」「こちらが熱心になればなるほど,学生や新人は自主的に学ぶことをしなくなっている」といったとまどいや不満の声が聞こえてくるのである.実際に,そのような傾向が生まれているといえるのかもしれない.しかしながら,そこから一歩進んで,「だから近頃の学生や新人は…」「やはりZ世代は…」となり,さらに,「このままでは専門職資格は取れないよ」「専門分野を任せることはできそうもない」といった言動にまで発展すると,相手を非難する姿勢のままで,本当に良いのだろうかという思いにかられてしまうのである.
後輩世代を指導・教育することにとまどいや不安を覚える点について,ある教育者は,「自分は,専門の知識や技術を学んで,その道のプロフェッショナルであるという自覚と自信は持っているが,教育学を学んだ経験はないので教育には自信がない」と私に述懐していた.たしかに,学部や大学院での学修や職場での研修プログラムで,専門職としての学びを経験したことはあっても,教育者になるために学んだ経験はあまりない(まったくない)ということは,ひとつの事実としてありうることである.
そのような場合,その人がモデルとして頼りにする専門職教育は,自分がこれまで受けてきた学校教育モデルになるので,いきおい,講義法を中心に,知識や技術を一方的に教えるペダゴジー(pedagogy)モデルのみということになるだろう.とはいえ,20歳前後やそれ以上の年齢の学生や新人に,ペダゴジーモデルだけで教えても,当の学生や新人は,知識・技術の一方的な詰め込みになっていると受け止めて,意欲的に学ばないことになってしまいかねない.
教育がうまくいかないとしても,学生や新人に責任を転嫁して非難するのではなく,自分なりに工夫しようとする教育者もいる.そのような教育者は,暗黙のうちにペダゴジーモデルに代わるものを求め,本書にあるような,成人の学習を支援する「アンドラゴジー(andragogy)」に対する関心を高めるようになっている.
目からうろこの教育手法:ゲーミフィケーション・反転授業・逆向き設計論・ジグソー法などの手法の宝庫
本書の第1部から第4部までは,「成人の学習を支援するアートと科学」であるアンドラゴジーや,アンドラゴジーを背後において支えている哲学や心理学,社会学,情報工学,さらには神経科学などの基礎理論を網羅的に整理している.
さらに,それらの学習や教育の理論を,成人が学ぶ現場に適応する,実践的・臨床的な手法についても,くわしい紹介と検討がなされている.とりわけ,後半の第5部では,アンドラゴジーを土台にし,後輩の学生や新人の特性に合わせた,さまざまな教育手法や教授法,カリキュラムのあり方が紹介されている.
新世代の学生や新人が,生き生きと主体的に学び,また学び合うような授業や実習をどう進めたらよいだろうかと思案している専門職の教育者たちは,ぜひ,第5部の3つの章をひもとくとよいのではないだろうか.たとえば,SMART,経験学習,ブレンデッド学習,ゲーミフィケーション(以上第13章),オンライン教育法,ハイブリッド学習,反転授業,逆向き設計論,チーム基盤型学習(以上第14章),アクティブラーニング,インタラクティブな講義,シンク・ペア・シェア,ライティング・ペア・シェア,ジグソー法,そしてスモール・ティーチングの考え方(以上,第15章)などがある.
これらの手法で気づくのは,シンク・ペア・シェアやジグソー法のように,一人ひとりの学習者に徹底的に向き合うだけではなく,学習者同士のインタラクティブなやり取りを,学習支援に取り入れようとしていることである.Z世代と呼ばれる学生や新人に合うような教育手法や教授法を求めている教育者には,目からうろこの方法が目白押しになっているのである.
とはいえ,本文の後ろの「解説」(435頁)でも説明するが,これらの手法や技法を,「ハウツー」として取り入れるだけでは,やがては,行き詰まりを覚えるようになるに違いない.新しい教育手法に好奇心を持つ学生や新人であっても,そのうちにその教え方に慣れ,あきてしまい,自主的に学ぶことが少なくなる可能性が高いからである.悪くすると,「これだけ新しい手法を学んで適用してみたのに,それでも自主的に学ぼうとしないのは,今どきの学生や新人は,結局は…」と,相手を批判するようになり,一歩間違えると,ハラスメントにもなりかねない思考方法に陥ってしまうことになる.これらの教育手法は,あくまでアンドラゴジーの視点や,それを背後で支えている教育理論の土台があって意味を持っており,また,手法や技法というものは「手段」にすぎず,実際の学生や新人に向き合い,その特性を生かした学習支援を行い,自分の学習支援のあり方をたえず省察し,自分なりの教育方法を編み出すという姿勢が必要になる.相手の悪口を言っているひまなどないのである.
■教育学への関心があっても成人学習論はよく知らない
2番目の読者層には,専門の知識や技術を教える経験をするなかで,方法よりは,成人学習・成人教育の「理論」に関心を持ってきた人たちもいるだろう.
成人学習論の体系的な理解
このような読者層の多くは,M・ノールズ『成人教育の現代的実践』や『成人学習者とは何か』,P・クラントン『おとなの学びを拓く』や『おとなの学びを支援する』,D・ショーン『省察的実践とは何か』や『省察的実践者の教育』,J・メジロー『おとなの学びと変容』,そしてS・メリアムほか『成人期の学習』(いずれも鳳書房)を手に入れ,学んだ経験を持っているのではないだろうか.実は筆者は上記の書物のほとんどに,訳者や監訳者としてかかわっている.
とはいえ,これらの書物はすべて絶版になっており,入手するのはむずかしくなっている.その意味でも,本書は,上記の書物で展開されている成人学習論や成人教育論をほぼすべて網羅しており,本書一冊で,アンドラゴジー,自己決定性,経験の尊重,意識変容の学習,実践コミュニティなどの基本的概念を理解し,また教育実践に適応することができるものになっている.
さらに新しい成人学習論へ:身体性,感情,スピリチュアリティ,ホリスティックなど
本書ではさらに,今まであまり検討されてこなかった,新しい成人学習論にもページが割かれている.特に,臨床的な仕事にたずさわっている,看護師をはじめとする医療従事者や,社会福祉士,ケアマネジャーなどの福祉関係者,社員研修担当者にとっては,クライアント(患者や利用者,社員など)である成人学習者の特性を尊重し,その特性に向き合うにあたって,「身体性」「感情」「レジリエンス」「マインドフルネス」「スピリチュアリティ」「インクルージョン」「ホリスティック」といった視点や,さらには,脳をめぐる神経科学の知見をふまえた,成人の「記憶」や「知恵」といった視点などは,おおいに参考になるのではないだろうか.
以上のキーワードは,実際には,頭だけでは十分には理解しにくいものである.だからといって学ぶに値しないというものではない.これらは,一応は理論として学びながらも,実際の臨床や実践現場において,クライアントとの関係性を編むなかで,初めて,腑に落ちるといった,いわば臨床的な知や理論であると言ってよい.成人学習論はこのような意味においても,頭だけで理解する理論とは言えない.また,このような臨床的な知を身につけると,今度は,学生や新人を教育するときでも,知識や技術の伝達だけではなく,学生や新人が心のなかで,腑に落ちて理解できるような教育手法を編み出せるようになるのである.
読者である皆さんは,本書で学びながらも,クライアントをはじめとする相手とのかかわりのなかで,教育実践を行っては省察(リフレクション)し,また教育実践をしては省察をくり返すことで,成人学習論や成人教育論を「身体知」としても理解し,我がものにしていただきたいと願っている.
最後に,本書では原著でのapplyに「適応する」という訳語をあてたことに触れておきたい.
applyは一般に適用する,応用すると訳される.しかし,本書の副題が「理論と実践を結びつける」とあるように,成人学習の「理論」を「実践」にそのまま「適用する」「応用する」,つまり理論を実践に「あてはめる」という考え方のままでは,本書が主張する,理論と実践が緊張関係をはらみながら相互に結びついているというコンセプトが伝わりにくくなると思われる.そこでapplyは「適応する」と訳している.なお,第3部第7章の訳注29(166頁)でも,同じような説明を行っている.
三輪 建二
2026年7月
目次
開く
はじめに:日本の読者に向けて
序
謝辞
著者
第1部 成人学習の文脈
第1章 成人学習とは:理論と実践との結びつき
激動の時代における成人学習
変動性または「VUCA」
変動の時代における生活と学習
成人教育と学習の概念と用語の定義
第2章 現代の社会的文脈と文化のなかで成人学習を理解する
グローバル資本主義と新自由主義
知識社会
第3章 批判的パースペクティブを社会的文脈にある成人学習に適応する
批判的であること
批判理論
批判的思考
批判的行動:マインドフルでタイムリーな介入
第2部 成人教育者:だれなのか・なぜ必要か
第4章 成人教育分野でのキャリアを追究する
成人教育と成人教育者
成人教育の範囲
成人教育のキャリアと役割
成人教育の哲学,原理,パースペクティブを探究する
教育方法の妥当性を評価する
第5章 成人教育者になる
グローバルで順応性ある姿勢を育む
成人教育者の仕事について批判的に考える
公平性と正義にコミットする
成人学習のリーダーになる
第3部 成人学習者:だれなのか
第6章 成人学習者の動機づけを理解する
動機づけとその定義
動機づけ理論
成人教育における動機づけ
オンライン環境における動機づけ
第7章 アンドラゴジーを適応する:成人の学習を支援するアートと科学
アンドラゴジーと成人学習の発展
成人学習者をめぐるいくつかの前提
アンドラゴジーの現在
アンドラゴジーの原理と学習経験
第8章 成人の自己決定性を学習のなかで重視する
自己決定型学習を定義する
自己決定型学習の到達目標
自己決定型学習のプロセス
個人的属性としての自己決定型学習
さまざまな文脈のなかでの自己決定型学習
自己決定型学習を評価する
自己決定型学習をめぐる誤解
自己決定型学習に対する批判
第4部 成人学習のプロセス:どのように
第9章 成人期の学習と変化を結びつける
成人学習と関連する変化について理解する
レヴィンの3段階変化モデル
成人の学習と変化のダイナミクスを理解する
変化のペース,計画,規模を理解し成人学習者に適応する
成人期の変化に対処する
第10章 成人期の学習を経験する
経験と学習の関係について
経験学習のモデル
省察的実践と行動探究
状況的認知と実践コミュニティ
第11章 変容のための学習
変容のための学習
意識変容の学習
生成的な知
生成的な知を促す
第12章 神経科学と成人学習を結びつける
脳神経をめぐる誤解・神話
神経可塑性
知能
認知的発達と知恵
神経科学を念頭に置いた教育プログラムをデザインし実施する
第5部 成人学習プログラムを開発し提供する:何を
第13章 成人学習の経験とプログラムをデザインする
効果的な成人学習デザインの原理
効果的な成人学習プログラムをデザインする
成人向けの学習をデザインする教育手法
成人学習プログラムにおけるファシリテーターの役割
成人教育プログラムのアセスメントと評価
成人学習プログラムのデザインにチャレンジする
これからのトレンド
第14章 成人に効果的なオンライン学習をデザインする
学術的な加速効果としてのデジタル化とCOVID-19の政策
教育・学習環境におけるデジタル・リテラシー
オンライン教育法をデザインする
オンライン学習の効果
オンライン学習の課題
心理的課題
第15章 成人のアクティブラーニング・プログラムをファシリテーションする
伝統的な講義
アクティブラーニング
アクティブラーニングの実施をめぐる考察
インタラクティブな講義
アクティブラーニングのデザインとファシリテーション
解説:日本の読者が本書から得られること
著者・対象となる読者など
本書の6つの意義
5つの部の紹介
おわりに
成人教育者は「対人関係専門職」である
成人教育者は「学び合い」の支援者である
教育分野と人材育成分野との「学び合いのコミュニティ」に向けて
索引




