看護サービスの経済・政策論 第2版
看護師の働き方を経済学から読み解く
看護師の賃金はなぜ上がらないのか? なぜいつも臨床では看護師が足りないのか?
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著 | 角田 由佳 |
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発行 | 2020年10月判型:A5頁:232 |
ISBN | 978-4-260-04279-6 |
定価 | 3,740円 (本体3,400円+税) |
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2021.07.02
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序文
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経済学は,みんながよりよく生活できることを目指す学問である。
もちろんお金を計算するだけではないし,収益を増やしたり,コストを削減したりする方法を考えるだけの学問でもない。
しかし,誤解を恐れずにいえば,やはりお金は必要である。この第2版の執筆を進めている間,COVID-19の感染拡大により,企業の倒産や経営困難の報道が頻繁に流れていたが,医療施設や介護施設も例外ではない。休業という選択もできないため,事態はより深刻ともいえる。
働く者にとって,自分の働きやスキルが,給与で適切に評価されず,活かせる職場環境も整わなければ,働きつづけることは難しくなるだろう。施設側も収益を十分に得られなければ,職員を雇用して給与を払い,経営を維持することはできなくなる。
同時に,そこには,サービスの消費を必要とする患者や利用者がいる。そして家族がいる。医療や看護サービスを提供する際には,自施設の経営だけではなく,消費者の生活も考えなくてはならない。とりわけ近年「地域包括ケアシステム」の構築が唱えられ,ほかの医療・介護施設や事業所と連携,調整しながら,消費者が住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けられるべく必要なサービスを提供することが重視されるようになった。そして,医療の一環としてだけではなく,看護サービスそのものが消費者のもとへ,より届けられるようになった。
一般のモノ・サービスであれば,消費者自身が,自分の購入したい商品を選ぶことができる。いうまでもなく,何が欲しいのか,自分にとって必要なサービスを知っているためである。企業側も,消費者に選ばれるようなサービスを生産しようと努力する。それこそが企業の存続する方法だからである。
しかし医療や看護サービスは,消費者自身で選ぶことが難しい。1人で在宅療養したり,あるいは認知症を患う人が多くなっている現状は,どのような看護サービスを消費すれば,自身の健康状態や生活の質(QOL)を維持,改善できるのか,十分に判断できない消費者が増えていることを意味している。そのため仮に,施設側が利益を得ようと,コストを抑えて消費に適さないサービスを提供したとしても,消費者はそれがわからないまま購入してしまう。このように特殊な,極論すれば品質の低いサービスでも取引が実現可能な状況にあっても,消費者のよりよい生活を考え,適切なサービスをアセスメントし提供できるのは,看護師にほかならない,筆者はそう考えている。
本書は,初版で論述した,看護師の働き方を読み解く経済学の理論を基軸としながら,2019年1月から10回にわたって『看護管理』誌で連載した「看護×経済学─経済学で読み解く看護サービスと医療政策」の内容を盛り込み,改訂したものである。また本書では,この連載で取り上げた「看護管理者が経済学を学ぶということ」「看護の生産性と看護師の生産性」と「看護師のワーク・ライフ・バランスと生産性」を加筆し,新たな章として掲載している。
看護サービスについて経済学の視点からアプローチするとき,看護師の働き方を解き明かすことなしに語ることはできない。初版の頃から看護師をとりまく環境は変化している一方で,残念ながら,看護師の働きや技能が評価されにくい構造は変わっていない。第2版ではこの根本を見据えつつ,データを刷新し,政策の動向や変化を取り入れるとともに,看護サービスの全体像を捉えることを意識して改訂を行った。
本書の流れは次のとおりである。
序章でまず,経済学とはどのような学問か説明したうえで,その目指す方向性が看護と共通することを述べる。
第I章では,一般のモノやサービスのように自由に取引することが難しい,医療サービスの特殊性と,それゆえ必要となる医療政策について説明する。そして,消費者にとって自分がどのようなサービスを消費すればよいのか判断しにくいという「情報の非対称性」をはじめ,自由な取引を難しくする特殊性が看護サービスにもあるのかどうか,看護の定義や訪問看護の実態に関するデータから考察する。
第II章では,社会経済環境が変化するなかで,看護サービスがどれほど取引されているのか,その市場の規模を分析する。そして看護サービスの必要性が消費者に十分に伝わっていないことから,過小な取引になっている可能性を指摘する。
第III章では,看護サービスを生産するうえで着目しなくてはならない2つの生産性〔「看護(サービス)の生産性」と「看護師の生産性」〕と,判断するための指標について説明する。そのうちの1つ,「看護(サービス)の生産性」は,一般のモノやサービスにはない,看護サービスに独特の概念である。看護師,なかでも看護管理者は,これら2つの生産性をマネジメントしなくてはならない。しかし,それを難しくするのが,第IV章と第V章で説明するように,現在の診療報酬制度のしくみである。
第IV章では,看護の診療報酬のしくみが看護サービスの生産と雇用に与える影響を説明する。そのうえで,サービスの高品質化と収益増加のために,高い技能をもつ看護師の労働力が必要であっても,その技能が賃金で評価されるとは限らない実態を分析する。第V章では,看護の診療報酬のしくみのもと,看護師と看護補助者や薬剤師などとの間で,業務の分担や移譲がどのように行われることになるのか説明する。そして独自調査から実態を分析し,業務分担・移譲が進まない背景にある,生産性マネジメントの難しさを指摘する。
労働者にとって通常,相応の賃金が支払われなかったり,過重な業務負担を感じたりするなどして現在の職場に満足できなければ,条件のよい職場に転職することが選択肢の1つになるはずである。しかし,看護師にはそれを難しくする,働き方の特徴がある。第VI章では,「女子労働供給」の視点から,看護師の労働供給行動を説明する。そして,看護師の労働供給行動と,需要する病院側の特徴から,労働力がいわば安く買い叩かれる,不完全な労働市場構造が成立することを第VII章で説明する。また第VII章では,看護師の労働市場で生じるさまざまな労働力不足を説明し,不足の改善を目指して政府がとってきた政策の効果についても検討する。
看護師に相応の賃金が支払われにくいなかにあっても,比較的高い賃金が支払われる者もいれば,そうでない者もいる。この賃金格差や労働条件の差が生まれる理由を,いろいろな視点から説明するのが第VIII章と第IX章である。第VIII章では,医療施設や介護施設・事務所に勤務する看護師の賃金をはじめ,労働条件の比較分析を行ったうえで,教育などを通じて養成される技能の差異に着目する「人的資本論」から,賃金の格差について説明する。第IX章では,労働市場が階層化し,技能を高めたとしても高賃金の階層へ移動しにくいという「労働市場の二重構造」,技能や責任,作業条件などで評価する「職務価値」の差異という,2つの視点から,看護師の賃金の格差を分析する。
第X章では,看護師に対するワーク・ライフ・バランス施策について,実態を明らかにしたうえで,施策の導入が生産性を上げるとは限らないことを,第VIII章で説明する技能養成に着目して説明する。そして最後の第Ⅺ章では,第X章までの論点を振り返りながら,よりよい看護サービスが消費者のもとへ届くとともに,看護師の働きや技能が評価されるための方法について考察する。
やっと慣れてきたと思ったら変わってしまう診療報酬や介護報酬。たくさんのデータを目の前にしながら,病床稼働率や入所利用率,訪問回数など,引き上げを求められるさまざまな指標。もちろん,入退院の支援を行いながら患者の入院日数や在宅復帰率,重症度,医療・看護必要度などにも目を配らなくてはならない。収益を確保し経営を安定させてこそ,そこで働く者の,その家族の生活を守ることができる。同時に,そこには良質な医療や看護サービスを必要としている消費者の生活がある。みんなの生活をよりよくするには,どのような方法があるのか。そして,そのために政府はどうかかわっていけばよいのか。本書が考えるきっかけとなれば,筆者にとってこのうえない幸せである。
2020年8月
角田由佳
目次
開く
A 経済学とは
B 経済学の視点,経営学の視点
1 ある看護管理者の経験談
2 経済学と経営学の視点の違い
3 資源の希少性:誰しも「選択」が必要だ
4 看護師の役割の重要性
C 看護と経済学が目指すこと:よりよい生活のための「看護サービスの経済学」
第I章 経済学からみた看護サービス
A サービスの特性と看護サービスの捉え方
1 サービスとは何か
2 看護サービスの捉え方
B 自由な市場取引を妨げる医療サービスの特殊性
1 市場のメカニズム
2 医療サービスの特殊性
C 政府はなぜ医療サービスの取引に関与するのか
1 情報の非対称性という特殊性への政策対応
2 不確実性と外部性,価値財という特殊性への政策対応
D 看護サービスの特殊性とは
1 看護の定義にみる特殊性
2 供給の実態にみる特殊性
まとめ:看護サービスの取引にも必要な政策対応
第II章 社会経済環境の変化と看護・医療サービス
A 看護・医療サービスの消費を支える財政基盤
1 経済情勢
2 国民医療費・介護費の動向
3 国民医療費・介護費の財源
B 看護・医療サービスの消費はどのくらいの規模か
1 人口の高齢化
2 看護・医療サービスの消費者の健康状態
C 看護・医療サービスの生産はどのくらいの規模か
1 医療施設数
2 病床数
3 介護保険施設数と定員・利用者数
D 看護サービスの生産と消費について
まとめ:看護サービスの必要性を伝える意義
第III章 看護の生産性と看護師の生産性
A 2つの生産性の存在
1 看護サービスと看護師のサービスの違い
2 看護サービスの生産性と看護師の生産性
B 看護師の生産性:判断する指標は何か
1 労働生産性の定義
2 看護師の労働生産性を上昇させる方法
3 看護師の労働生産性を判断するには:経営指標
C 看護サービスの生産性:判断する指標は何か
1 看護サービスの生産性の捉え方
2 看護サービスの生産性を判断するには:アウトカム指標
D 2つの生産性改善を目指さねばならない看護管理者
まとめ:生産性のマネジメントを難しくする看護の診療報酬
第IV章 診療報酬制度のしくみがもたらす影響I
看護師の技能評価を妨げるメカニズム
A 診療報酬制度はどのようなしくみになっているのか
1 日本における診療報酬の支払われ方
2 診療報酬点数表のしくみ
B 看護サービスの生産にかかわる診療報酬のしくみ
1 看護サービス生産の対価としての入院基本料の支払われ方
2 看護師の技能を規定しない診療報酬
C 看護師の技能を問わない診療報酬と利益を高める経営とは:
生産性マネジメントの難しさ
D 技能の高い看護師ほど賃金で評価されにくい
1 高い技能をもつ看護師の需要と賃金の関係
2 看護師の賃金の実際
3 賃金以外の労働条件,教育機会へのインパクト
E 診療報酬の加算は技能の高い看護師の評価につながるか
まとめ:乖離する労働生産性と技能評価
第V章 診療報酬制度のしくみがもたらす影響II
看護師が他職種業務を担うメカニズム
A なぜ看護師は他職種の業務を引き受けるのか
1 看護師の業務内容を問わない診療報酬と加算の効果
2 他職種の業務を担う理論的背景:利益を高める経営とは
B 多くの他職種業務に看護師が携わっている実態
1 病院開設者別にみた他職種業務の分担・移譲の実態
2 協働する看護補助業務と看護師が主として行う薬剤関連業務
C 看護師が薬剤関連業務を主に担うのはなぜか
1 他職種への業務移譲によって上昇する看護サービスの生産性
2 労働生産性を上げにくい病棟薬剤師
D 加算の取得状況からみた業務分担の違い
1 患者とかかわる業務:加算の効果はみえにくい
2 各種搬送業務:加算の効果がみえやすい
3 薬剤関連業務:加算を取得すれば業務分担・移譲が進む
4 薬剤師との業務分担・移譲に向けて
まとめ
第VI章 看護師の労働供給 無視できない結婚と出産・育児
A 労働供給とは
1 1人で生活する場合の労働時間の決定
2 家族と生活する場合の労働時間の決定
3 雇用主側から労働時間が指定されている場合
B 看護師の大半を占める女性の労働供給行動
1 夫の所得が就業に与えるインパクト
2 子どもの存在が就業に与えるインパクト
3 夫の所得や子どもの存在が労働時間に与えるインパクト
C 看護師はどのような労働供給行動をとるのか
1 従来の研究にみる看護師の労働供給行動
2 日本における看護師の労働供給行動
まとめ
第VII章 看護師の労働需要と市場構造 生産性に見合わない賃金と労働力不足
A 労働需要とは
1 看護サービスの生産と看護師の労働力
2 看護師のもつ生産性と労働需要
B 雇用主による独占的な労働市場の形成
1 市場全体からみた看護師の労働供給
2 看護師の労働力が安く買い叩かれる需要独占市場
3 なぜ需要独占市場が形成されるのか
C 看護師にみられるさまざまな労働力不足
1 ニーズに対する労働力不足
2 静(態)的な労働力不足
3 動(態)的な労働力不足
4 需要独占構造下で雇用主が訴える労働力不足
D 労働力不足の解消に向けた政策の展開とその影響
1 労働力不足問題の表面化と対応策
2 労働力不足に対する各種政策手段のもつ影響
3 労働市場の需要独占構造を改善するには
まとめ
第VIII章 賃金・労働条件の格差と人的資本論
A 看護師間でどのように格差が生じているか
1 勤務する施設の規模からみる賃金格差
2 病院間にみる賃金格差
3 介護保険関連分野にみる賃金格差
4 賃金以外の労働条件にもみられる格差
B 賃金格差を説明する人的資本論
1 労働者の生産性に影響する「人的投資」
2 一般的技能への投資と賃金の関係
3 企業特殊的技能への投資と賃金の関係
C 人的資本論から看護師の賃金格差は説明できるか
1 学校教育にかかる費用と賃金との関係
2 職場での教育にかかる費用と賃金との関係
まとめ:看護師の特殊的技能への賃金評価と費用負担
第IX章 看護師間の賃金格差を生み出すメカニズム
A 賃金格差を生む労働市場の二重構造
1 一般の労働者にみられる賃金格差
2 第1次労働市場と第2次労働市場で異なる賃金決定メカニズム
B 看護師の労働市場も二重構造が成立しているのか
1 持続して観察される看護師の賃金格差
2 関連養成機関をもつか否かで分断される市場
3 二重構造仮説の検証方法
4 二重構造の成立を示す検証結果
C 賃金格差を生む職務価値の差異
1 職務の価値をどう評価するか
2 看護師間に職務価値の差はあるか
まとめ
第X章 看護師のワーク・ライフ・バランスと生産性
A 看護師の就業状況
1 看護師の就業動向
2 勤務先別にみた看護師数の推移
B 一般企業と比較した看護師の労働環境
C 看護師のワーク・ライフ・バランス施策の実施状況
1 ワーク・ライフ・バランスが実現する社会とは
2 看護職のワーク・ライフ・バランスへの取り組み
D ワーク・ライフ・バランス施策と看護師の労働生産性
1 WLB施策の導入で減らせる費用,増える費用:技能養成に着目して
2 労働生産性低下の可能性:看護管理者に必要となる冷静な判断
まとめ:看護サービスの生産性を高める視点との両立
第Ⅺ章 よりよい看護を消費者のもとへ届けるために
看護師の技能評価との両立に向けて
A 生産性の狭間に立つ管理者,立たずに済む管理者
B 介護保険制度のもとでの看護サービス:両立する生産性の向上
1 介護報酬のしくみと看護サービスの生産
2 消費者獲得のために必要となる品質競争
C キーパーソンとしてのケアマネジャー:役割の発揮を難しくする現状
1 ケアマネジメントの難しさ
2 看護師資格をもつケアマネジャーの少なさ:利益を高める経営とは
D みんなのよりよい生活のために:情報発信の必要性
あとがき
索引
書評
開く
書評者: 勝原 裕美子 (オフィスKATSUHARA代表)
本書は,私が愛読していた同タイトルの初版本を,著者の最新の知見や最近の看護政策に鑑みて大幅に改訂した第2版である。
看護管理に携わっていると,ヒト,モノ,カネをどのように調達して配分するかを考える毎日である。特に,2年に一度の診療報酬,3年に一度の介護報酬の改定は,組織の方向性を確認し,組織の意思決定が新たになされる大事であるため,そのデータの読み解きと予測は,事務部門とともに入念に行われる。政策誘導がどういう意図なのか,なぜ原資が乏しい中でこのような医療資源の配分がなされるのかといったことは,常日頃の情報網からキャッチし,いざ意思決定というときに慌てないように準備する。
さて,ここまでは,多くの管理者が経験していることだと思うが,もし本書を精読して看護サービスの経済,看護労働市場の経済を理解すれば,より大局的にそれらを捉えることができる。そして,より戦略的な意思決定に結び付けることができるであろう。
例えば,次のようなことは,直感的,経験的,常識的にわかっていることだけれども,説明しようとすると難しい。
・一般的に看護師の給料は高いといわれているが,生涯賃金でみたときには本当に高いといえるのだろうか。
・なぜ,賃金の引き上げが難しいのか。
・大学卒の看護師と専門学校卒の看護師の教育の差と給与の差をどう説明するのか。
・クリニカルラダーIのナースもIVのナースも診療報酬上は同じ「1(人)」と数えられることが,経済学的に何を意味するのか。
経済学といえば,難しい数式が出てきそうだが,本書では,それらが極力排除されている。代わりに,身近な例を添えながら,経済学用語は1つずつ丁寧でわかりやすく説明され,これらの問いに素人でもわかるような解説がされているのが,本書の特徴だ。
経営方針や経営計画で近視眼的な発想に陥りそうになったときには,本書を開き,相対的にはどうなのか,全体の配分の中で占める割合はどれくらいなのか,この傾向が続くとどのようなバランス曲線になるのかといったことを考えてみてほしい。それに耐え得るデータや指標も随所で紹介されている。
実は,私と著者とは旧知の仲である。かつて,経営学によって立つ私が使う言葉と,経済学者である著者の使う言葉の微妙な違いを議論したことが懐かしい。
今や,日本で看護サービス経済や看護の労働市場に関する経済学的考察に関しては,名実ともに第一人者である著者の新刊を読ませていただき,感じたことがある。それは,以前から,著者は看護や看護師への関心が深いとは思っていたが,本書では,看護師への愛がさらに深まったということである。リスペクトといってもよいかもしれない。きっと,現場経験のある大学院の学生や,研修の場での管理者からの声を聞く中で,看護の奥深さと同時に,そこに従事する看護者たちへの思いへの接近が進んだのだろうと想像している。それをうれしく思っているのは,私だけではないだろう。ぜひ,そんな著者の思いがこもった本書を手にしてほしい。
看護サービスの向上につながるマネジメントのヒントが得られる1冊(雑誌『看護管理』より)
評者:金井 Pak 雅子(関東学院大学看護学部教授)
看護が追求するのは,人々の健康であり,その人らしく生きることを支援することである。一方,経済学が追及するのは,人々のよりよい生活である。これらは究極的には,人々の「幸せ」を探求することにつながっている。このことを学問的に分かりやすく解説したのが本書である。経済学者がこれほどまで看護サービスについて,さらには看護師の働き方や政策に至るまで,客観的データに基づき分析・解説している著書は,日本,いや世界でも類を見ない。
本書は,『看護師の働き方を経済学から読み解く―看護のポリティカル・エコノミー』の改訂版であるが,内容としては,さらに生産性について,「看護」と「看護師」の両側面からの解説,そして看護師のワーク・ライフ・バランスなどを追加している。また,看護師の賃金格差が生じるメカニズムやその実態を人的資本論の観点からデータを用いて詳細に分析している。随所に出てくる経済学者ならではのデータ分析は,著者の論点を力強くバックアップしている。
看護管理学が専門の筆者にとって,「看護の生産性」と「看護師の生産性」の違い,そしてなぜ看護師が他職種の業務を担ってしまうのか,そのメカニズムの解説にとても興味をひかれた。
「看護の生産性」と「看護師の生産性」
「看護の生産性」は,物的資源と人的資源を活用し,看護サービスをいかに効率的・効果的に提供するかを追求する。一方,「看護師の生産性」は,人的資源の一部である看護師の労働生産性を指している。日本独特の診療報酬制度という規定では,看護師のスキルレベルはカウントされていない。つまり,新卒であってもベテランであっても人数のみで換算されているジレンマの中,いかに看護師の生産性を向上させるかについて,業務改善や勤務体制の工夫による看護師の労働時間の削減などが提案されている。さらには,看護師の労働生産性を判断する経営指標についても紹介されている。看護管理者には,これら2つの生産性の向上を目指すことが要求されており,そのことを著者は明確に提示している。
看護師が他職種の業務を担うこと
看護師が他職種の業務を担うことは,看護サービスの質を低下させる要因となっていると著者は指摘している。にもかかわらず,看護師が他職種の業務を担っている実態,例えば薬剤の分包,点滴のミキシング,配膳,残食チェックなどに関する分析結果が,分かりやすい図表を用いて解説されている。
さらに,看護師が他職種の業務を担ってしまうメカニズムとは,前述したように,現行の診療報酬制度では看護師配置人数のみが規定されており,技能や業務に関する規定がないこと,他職種の業務のために新たに労働者を雇用するよりも,すでに配置基準に則って雇用している看護師に任せたほうが人件費を削減できることに由来する。なるほどと思った次第である。
本書は,看護管理者にぜひお勧めしたい。希少な経営資源である人材の有効活用を図り,対象者の究極の安寧のためにいかに看護サービスの向上を図るか。これらのマネジメントにつながる考え方の基本やヒントが本書から得られるであろう。
(『看護管理』2021年1月号掲載)
正誤表
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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。
更新情報
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正誤表を追加しました。
2021.07.02