医療の価値と価格
決定と説明の時代へ

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医療制度を支える経済情勢が厳しさを増している現在、医療の「価値」や「価格」を正面から論じる必要がある。本書では、価値や価格を論じるのに必要な基礎知識を体系的に整理している。医療経済学をベースに医療の価値と価格を見える化し、価値に見合った社会的な負担を関係者に説明すること、そして、価値に関する議論や関係者の理解が進むことにより、わが国の医療の発展につながることを目指す。

田倉 智之
発行 2021年07月判型:A5頁:276
ISBN 978-4-260-04352-6
定価 3,850円 (本体3,500円+税)

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    2022.06.13

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はじめに

 近年,わが国の社会保障給付費に対する社会保険料収入は,実体経済(国民総生産など)の成長がほぼ止まった1995年度頃から伸びが鈍り,2017年度には収入ベースで3分の1程度の収支差が生まれている。すなわち,国民1人あたりの社会保険関係の収支は,大きな赤字となっており,医療経済学の面からながめて,国民皆保険制度や介護保険制度の行く末を案じる意見もみられる。これらを背景に,医療保険制度や介護保険制度においては,生産性や効率性を標榜した議論も散見する。また,診療報酬の水準についても,財政管理などを背景に従前にも増して厳しい議論が増えている様子である。
 このような情勢を踏まえ,医療や介護の関係者からは,医療サービスや介護サービスが有する価値を改めて見直すべきであるという論調も根強くみられる。関係者に限らず国民の多くは,この動きに賛同すると思われるが,具体的に価値をどのように見える化し,関係者の間で共有すべきかについては,十分に落し込まれていないようである。また,価値に見合った価格水準の議論が進めば進むほど,その価格を担保するために必要な経済的な負担(トレードオフ)の話題も顕在化することになる。具体性のないなかで価値の重要性を説くことは,結果として,価値の議論のインフレ化を招く懸念もある。
 価値や価格は,多様性や複雑性などを秘めているため,学際的な観点からは,古来より取り扱いに苦慮してきた歴史がある。一方で,わが国の健康関連分野の発展を促していくために,価値や価格のさらなる検討は避けて通れないと推察される。社会における医療・介護分野の重要性は論じるまでもないが,その有用性や存在意義を価値という概念で評価し,価格やシステムに反映する道筋について,体系的に整理を行った良書は少ないのが現状である。そこで本書は,経済学や医学はもとより,哲学などの各種知見を駆使しながら,医療分野の価値と価格の理論や手法をまとめ,その相互関係について解説を試みている。
 本書の構成は,最初に「医療を取り巻く社会経済の動向」を整理し,続いて「健康・生命の価値の考え方と表現」,「医療市場の価格水準の成り立ち」を解説している。さらに,価値評価の概念に基づき「医療分野の価値と価格のケース」を取り上げ,最後に「医療の価値と価格のあるべき姿」を論じている。なお,取り扱うテーマがすそ野の広い学際領域であるため,本書は,全体の俯瞰と相互の体系化に重きを置いて,かかわる知見の整理を行っている。そのため,個別分野の専門家や特定テーマの探求者には,物足りない面もあると思われるが,他の専門書と併せて読んでいただくと,本書の意義も一層高まるはずである。
 本書が,医療や介護にかかわる方々の想いの一端に触れ,新たな気づきなどが生まれることにより,各現場や仕組みの発展に資することができれば幸いである。

 2021年6月
 田倉 智之

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はじめに

序章 なぜ医療経済学を学ぶのか――医療の価値と価格の説明が求められる時代
  1 医療/介護を取り巻く経済動向
  2 解決策を模索する政策の流れ――現状と論点の把握
  3 なぜ価値と価格に着目するのか
  4 期待される(目指すべき)イメージは
  5 提供する価値の評価と説明力の向上を目指して

第1章 医療を取り巻く社会経済の動向
 A 医療にまつわる経済的な仕組み
  1 経済基調をながめる
  2 医療分野の資源配分(医療費用)
  3 医療分野における財政負担構造
  4 医療分野と経済活動のバランス
  5 公的医療市場のモラルハザード
 B 医療分野の経済成長への貢献
  1 産業とは何か
  2 医療産業の概要と特徴
  3 成長戦略における医療産業の考え方
  4 金融工学などの理論による市場価値の予測方法
  5 再生医療分野が有する産業的な価値予測の事例
 C 価値の共有が望まれる時代の到来
  1 価格水準のあり方について検討が望まれる病院経営の領域
  2 価格水準のあり方について検討が望まれる創薬事業の領域
  3 社会の変遷から負担と受益のあり方について検討が不可欠

第2章 健康・生命の価値の考え方と表現
 A 人間の行動を決める価値とは何か
  1 価値について改めて考えてみる
  2 価値の学際的な発展の歴史
  3 使用価値と交換価値
  4 使用価値――医療分野に応用するための整理
  5 交換価値――医療分野に応用するための整理
  6 医療分野において価値哲学を考えるための整理
  7 価値に関する理論の医療分野への応用
 B 医療の価値を説明する考え方とは
  1 効用の概念
  2 主観価値説の概要
  3 限界効用理論の要点
  4 価値に対する健康分野の特性
  5 健康分野のアウトカム指標(健康関連QOL)――成果の考え方
  6 医療分野における効用測定の要点
 C 医療における経済価値の主な論点
  1 費用対効果(パフォーマンス)による価値の検討
  2 医療技術の費用対効果分析の概要
  3 認知にかかわるバイアスの取り扱い(フレーミング効果)
  4 人間や組織の非合理性の取り扱い(行動経済学)
  5 医療分野における価値のとらえ方とその表現(まとめ)

第3章 医療市場の価格水準の成り立ち
 A なぜ価格が必要なのか
  1 価格の起源と役割を改めて考えてみる
  2 価格はどのように成立するのかを考える
  3 価格が変化をする理由について考える
  4 総余剰と価格弾力性について
  5 厚生経済学の概要について
  6 ゲーム理論の概要について
  7 価値と価格の関係を市場から整理する
 B 価格の算出アプローチ
  1 医療分野の価格検討の特徴と条件
  2 医療費用(資源消費)の算定方法
  3 コストによる価格設定の論点
  4 診療成果(アウトカム)の算定方法
  5 医療分野の品質と価格の関係整理
  6 提供される診療に対する支払意思額
  7 診療分野の技術難易度の算出方法
  8 診療パフォーマンスの算出方法
 C 医療における価格形成
  1 準公的な医療市場の背景と特性
  2 わが国の診療報酬制度のルーツ
  3 医療保険制度の基本的フレーム
  4 医療保険制度における価格設定
  5 医薬品や医療機器の価格設定の概要

第4章 医療分野の価値と価格のケース
 A 疾病予防の価値評価
  1 疾病予防の価値評価の基本的な概念の整理
  2 循環器疾患領域の疾病予防の価値評価のケース
  3 糖尿病領域の疾病予防の価値評価のケース
  4 介護予防的な介入の価値評価のケース
 B 治療介入の価値評価
  1 薬物療法系の価値評価にかかわるケース
  2 治療機器系の価値評価にかかわるケース
  3 希少疾患に対する医療革新などの価値評価にかかわるケース
 C 医療システム関連の価値評価の例
  1 検査・診断分野の価値評価の事例
  2 アドヒアランスを明らかにし向上させる価値評価の事例
  3 パレート最適(フロンティア曲線)による 価値検討の事例
  4 行動経済学を応用した予防医療の価値検討の事例

第5章 医療の価値の議論と価格のあるべき姿
 A わが国の医療・介護システムの存在意義
  1 医療・介護システムの価値評価の考え方
  2 医療・介護システムのマクロの価値評価
  3 医療・介護システムのミクロの価値評価
  4 医療・介護の成果を未来志向で考える
 B 医療・介護分野の価値と価格にかかわる課題
  1 効用を軸とした価値や価格の議論の系譜
  2 現代経済学を背景とした価値と価格の課題と潮流――厚生経済の進展に向けた効用の個人間比較の可能性
  3 社会医学を背景とした価値と価格の課題と潮流――医療・介護における価値の解釈方法
 C 医療・介護分野の価格形成のあり方
  1 医療・介護システムのパフォーマンス評価のあり方
  2 医療・介護市場における財政と配分のあり方
  3 医療・介護市場における価値と価格を論じる意義
  4 健康関連の合理的な意思決定と交渉戦略の重要性

終章 医療に対する価値観を共有し価格水準を考えることの重要性
  1 医療分野で価値や価格を論じる意義
  2 医療分野の価値や価格のアプローチ
  3 医療分野の価値や価格を論じる限界
  4 本書のメッセージと将来への抱負

あとがき
索引

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医療・介護システムの存在の重要さをあらためて考える
書評者:安藤 高夫(医療法人社団永生会理事長/衆議院議員)

 世界に冠たる社会保障制度は日本を世界一の長寿国にしました。医療保険,介護保険によって誰もが適切な医療や介護をいつでも受けることができるようになり,日本国民は長年の願いである長寿を手にしたのです。ただ一方で,人々の寿命が延びたことは高齢化をもたらし,今度は皮肉なことに医療・介護保険制度の持続可能性を問われることになりました。

 国政においては,「全世代型社会保障改革」を実現するため,2019年に介護保険制度改革(高額介護サービス費等),2020年に医療保険制度改革(後期高齢者の窓口負担割合等)を議論してきました。結論に至っていない課題も多く残されており,引き続き「給付と負担の見直し」という難題に取り組んでいかなければなりません。

 こうした中,田倉智之先生が著された『医療の価値と価格――決定と説明の時代へ』は,まさに延頸鶴望の書と言えます。本書の趣旨は「医療・介護システムの存在の重要さをあらためて考えてみる」ことにあります。すなわち,「医療分野における種々の価値や適正な価格水準を広く予見性をもって論じることが可能であれば,価値の見える化や各種の医療事業の採算を担保する価格水準により,医学の進歩や国民の幸福を後押しすることにもつながる」のです。本書は前段で,医療の価値と価格について,保険財政や人口動態,産業構造から問題提起し,費用(資源消費=医療コスト)と効果(診療成果=患者アウトカム)のバランスで価値を算定する費用対効果を説明,その上で診療報酬制度における公定価格の仕組みを整理しています。後段では,疾病予防(循環器疾患や糖尿病),内科診療(がん化学療法),外科治療(人工関節や腎代替療法),検査・診断の各ケースを用いて,費用対効果による具体的な価値分析を示してくれています。

 著者は,国民皆保険制度の持続的な発展には,患者・家族などの医療の享受者と医療機関などの提供者が納得する,費用と効果のバランスによる価格設定を志向すべきで,臨床=疾病管理と経済=予算管理を一体として医療政策を進めることが肝要だと主張します。

 新型コロナウイルス感染症の流行により国民の受療行動が変化し,一人ひとりが安易に医療に頼らないとする風潮も現れてきています。政治の世界に身を置いていると,日本国民自身がどのような国にしていきたいのか,お年寄りと若い人でどのように考え方が違うのか,これからの政策は政治主導ではなく国民ニーズに合わせていくべきなのではないか,といったことをよく考えます。私は今こそ,子どもから若者,子育て世代,現役世代,高齢者,病気や障害を抱える方々まで全ての国民が参加し日本の将来の社会保障について話し合う,国民会議を開くチャンスではないかと思っています。その際,本書は,われわれを正しい議論に導いてくれる道標になるでしょう。


「看護の価値と価格」を論じることのできる書
書評者:福井 トシ子(日本看護協会会長)

 2011年の第31回日本看護科学学会学術集会シンポジウムIIIで「社会に向けた看護の価値の可視化」が企画され本書の著者である田倉智之氏が登壇し,「価値が共有できることが可視化」と述べ,「看護サービスの「価値」を定量化し関係者が理解することが要」「看護のサービスの価値を社会経済性という観点から看護報酬を最終負担する国民に説明を行うことが理想」と述べた。

 これまでの議論の中心にある看護の有用性や看護職の存在意義,すなわち,「看護の価値」をどのように可視化することが可能であろうか。本書は,この問いに応える。

 「看護の価値」とは何か。看護の価値を可視化するための前提となる「価値」を理解するために,本書の「第2章 健康・生命の価値の考え方と表現」「A 人間の行動を決める価値とは何か」を熟読しよう。columnの「失ってはじめて気づく健康の価値を考える」(p.70)は興味深い。

 「看護師の労働価値と給与水準を考える」(p.72)というcolumnの中で「……准看護師も含む日本の給与水準は,国際的にみて概ね平均的な水準にあると推察される。……」とある。このcolumnを読み,私は反論したいと思った。なぜなら,日本の看護職員は,24時間体制であらゆる現場を守っており,業務の特殊性から,夜勤・交代制勤務によるさまざまな健康上のリスクにさらされている。諸外国とは,労働環境が異なる。

 今回のコロナ禍においても,看護職は引き続き高い使命感を持って働いているが,使命感だけでは限界がある。正当な処遇が必要だ。このような厳しい勤務の中,看護師の賃金をみると,企業で働く大学卒や他の職種と大差はないが,その内容は年収・月収には「夜勤手当」がかなりのウエイトを占めているからだ。看護職は患者の擁護者である。看護職員が日中も夜間も健康に働くことは,患者に提供される医療の安心・安全を守ることに直結している。医療提供体制を維持する上でも,看護職員が健康に働き続けられることが重要であり,看護職員の厳しい仕事内容に見合った処遇改善が欠かせない。しかし,こう主張するためには,国民に説明できるデータが必要だ。国民に説明が必要なのだ。

 価格はどうだろう。「第5章 医療の価値の議論と価格のあるべき姿」A項目では,システムの価値評価の考え方が整理されている。本書から,医療・介護分野における価値や価格の関係性を学ぶことができる。「看護の価値」と現行の価格もしくは配分にギャップはないのか,議論のヒントがある。

 本書を深く理解するには,前提知識が必要だ。そういう意味では,少々やっかいな本かもしれない。だが,認定看護管理者教育課程サードレベルで学ぶ看護職諸氏には読破していただきたい。仲間と読もう。現実と対比させながら読み,議論をしよう。認定看護管理者として活躍する管理者は,ブラッシュアップするためのテキストとして活用していただきたい。仕組みがわかればマネジメントに生かせる。修士・博士課程で看護職の経済活動等に関する研究に取り組む諸氏にはうってつけの書だ。


「医療の価値と価格」に関する理解と知識が深まる1冊
書評者:二木 立(日本福祉大名誉教授)

 歯ごたえのある本だが,最後まで読み通せば,「医療経済の本質」(田倉智之氏)である「医療の価値と価格」についての理解と知識が深まる。これが本書を読んでの感想です。

 田倉さんは,医療経済学研究者には珍しい工学系大学院出身で,そのためもあり主流派経済学(新古典派経済学)の狭い枠組みにとらわれず(ただし,それにやや軸足を置いて),新古典派以外の経済学,医学(社会医学を含む),哲学,倫理学,心理学,社会学等の知見も活かしながら,「ひとり学際」(森岡正博氏)的に縦横無尽に論じています。

 本書は序章と終章を含め,以下の7章構成です。「序章 なぜ医療経済学を学ぶのか 医療の価値と価格の説明が求められる時代」「第1章 医療を取り巻く社会経済の動向」「第2章 健康・生命の価値の考え方と表現」「第3章 医療市場の価格水準の成り立ち」「第4章 医療分野の価値と価格のケース」「第5章 医療の価値の議論と価格のあるべき姿」「終章 医療に対する価値観を共有し価格水準を考えることの重要性」。

 私は以下の3点に注目または共感しました。第1は,本書の原理論とも言える第2章で,新古典派の価値論(効用,主観的価値説)だけでなく,古典派・マルクス経済学の価値論(使用価値と交換価値,客観的価値説)も同等に紹介し,「公益性の高い医療分野において,価格水準の適正化を論じるにあたり」,両説を「スタートラインとする整理が不可欠」と主張していることです(p.54)。私の知る限り,日本語・英語の医療経済学の教科書で,古典派・マルクス経済学の価値論を紹介している本は他にありません。

 第2は,第4章を中心として,本の随所で,田倉さんが今まで発表してきた,さまざまな医学分野の経済評価・「価値評価」のエッセンスが簡潔に紹介されており,それが本書の説得力を増していることです:疾病予防,血液・腹膜透析,白内障手術,薬物療法,服薬アドヒアランス,人工呼吸器,神経内科等。ただ,第4章A1で「多くの予防介入は医療費の適正化につながらないとされている」(p.186)と明記しながら,疾病予防で費用が削減する可能性を示唆する文献ばかり紹介していることには疑問も感じました。

 第3は,本書全体で,繰り返し,「わが国の国民皆保険制度は,世界的にみて大きな経済価値を有している」との認識に基づいて,「国民皆保険制度の持続的な発展に向けて―享受者と提供者の双方が納得できるよう」な改革を提唱していることです(例:p.222)。

 残念なことが1つあります。それは,本書が主としてミクロの医療経済学について論じているため,「制度派経済学」について触れていないことです。私は,医療・「社会保障の機能強化」,そのための資源・所得の再配分を考える上では,制度派経済学の知識が不可欠と思っています。それを学ぶためには,権丈善一『ちょっと気になる政策思想 社会保障と関わる経済学の系譜』(勁草書房,2018)の併読をお薦めします。


医療経済学を体系的に学べる1冊(雑誌『看護管理』より)
評者:吉田 俊子(聖路加国際大学看護学部 学部長/大学院看護学研究科 教授)

医療が社会に与える影響と役割
 私が新人看護師として臨床に入ってから35年以上がたった。新人だった頃,コストについて話題にした記憶はなく,他職種との議論もほぼなかったと思う。学生時代に経済について学んだ記憶もほとんどない(講義にはあったのかもしれないが全く頭に残っていない。母校には怒られそうだが)。当時の私には,医療とコストという認識そのものが頭になかったといっても過言ではない。

 そのような状況から,現在では医療と経済を考える日々に変化していることは,皆様のご想像の通りである。

 医療者は質の高いケアを提供することが使命であり,いつの時代にも共通する目標である。しかしながら,現在の医療制度の中で,医療者はケアのコストはもとより,生産性を上げることや効率の課題を抱え,矛盾も多い中でケアを提供している。そして何よりもコロナ禍では,健康と社会の関係性を考えざるをえない課題に日々直面している。医療が社会に与える影響と役割を深く考える日々が続いている。

私たちの実践の価値と価格
 本書は,序章の「なぜ医療経済学を学ぶのか」という本質からスタートする。なぜ,医療の価値と価格なのか,という起点である。そして医療,経済,社会とさまざまな視点から,段階を経て,医療経済学への理解を深めていく。

 看護職は目前の看護に全力である。目の前のケアにどのような価値があるのか,このケアには診療報酬を付けるべきではないか,見えないケアの価格をどのように決めるのか,という悩みも頭をよぎる。最近では,アドバンス・ケア・プランニングの重要性から,意思決定や治療の課題を抱えながらも患者・家族との関係の中でケアを模索している。

 このような私たちの実践に,組織,医療,社会全体としてどのような価値があるのか,どのように価格を設定していくのかについて,各章において鋭い切り口で著者は語りかける。

 そして,引き込まれるのがコラムである。私は田倉先生と学会等の活動でご一緒する機会を頂戴したが,「吉田さん,まさにそこだよね。私が思うに……」など雑談で話したことをコラムに発見する。例えば,p.72のコラムのタイトルは「看護師の労働価値と給与水準を考える」である。上げて欲しいに決まっている。ではどのように考えていくべきか?

 コラムでの課題の謎解きが,医学や経済理論や哲学など,医療を基軸としながらもさまざまな観点を用いて,体系的にかつ分野を超えて自由闊達に各章で示されている。

 医療における経済的な状況の改善は,今まさに我が国の最重要課題である。本書を通して,私自身,組織の管理者として,また医療に従事する看護職として,我が国の最重要課題に対していかに基本的なことを知らないか,体系的に学んでいないか,また学ぶ必要があるかを痛切に感じた。本書には,今とこれからの医療における時代の要請に応えるシーズが満載である。

 本書を看護管理に携わっている方はもちろん,医療に携わる方,医療を目指す方にぜひ手に取っていただきたい。ピリッと効いたコラムを楽しみつつ,各章でじっくりと田倉先生と対話していただきたいと思う。

(『看護管理』2021年12月号掲載)

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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。

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