こころとからだにチームでのぞむ 慢性疼痛ケースブック
一生かかっても経験できない「痛み診療」のケースは、ここにあります
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「こんなときどうすればよいのか」「他のひとはどうしているのだろう」
慢性疼痛診療は困りごとの連続です。なくならない痛み、患者や家族との関わりかた、確信のないゴール設定、この介入は適当なのだろうか……。臨床実践に直結する定式化された方法がないなかで参考になるのはエキスパートによる症例のみ! 困ったときのヒントは読めば必ず見つかります。痛み診療の新時代へ踏み出そう。
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序文
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まえがき
本邦における慢性痛は全成人の10〜30%が罹患しているといわれており、わが国の極めて大きな健康損失の原因となっています(Nomura S, et al. Lancet 2017. PMID:28734670)。慢性痛が発現、維持されるメカニズムはいまだ十分に解明されていませんが、脳科学研究などからは、感覚のみならず情動に関連する複合的な脳機能が関与しており(Tracey I, et al. Neuron 2007. PMID:17678852)、その病態としては、身体だけでなく、心理社会的側面が複雑に関与した多角的なものが示唆されています。加えて、従来の身体医学的な治療のみでは限界があることはよく知られており、慢性痛に対して高いエビデンスを持つ治療法は、運動療法を含めたチームアプローチと認知行動療法を中心とした心理療法であることが指摘されています。
しかしながら、慢性痛診療におけるチームアプローチや心理療法においては、臨床実践に結び付く定式化された方法がなく、各施設、各医療者が手探りで治療を模索しているのが現状です。慢性痛の患者さんに日々向き合いながらも、実際の治療アプローチに苦慮したり、勉強する機会が持てなかったりする医療者が孤軍奮闘されている場合がとても多いのではないでしょうか。
そのような現状を踏まえ、本書は、専門家がいない状況であっても慢性痛に苦しむ患者さんを「何とか助けたい」と願う医師と看護師、理学療法士、心理士、薬剤師、保健師などメディカルスタッフを読者として想定したケースブックになっています。熟練の臨床スタッフによる臨床や経験の英知を集めた、初学者から一線の臨床現場で活動する専門医を含めた幅広い職種に役立つ慢性痛の事例集に仕上がっていると自負しています。
内容は、チームアプローチの実践と治療のコツをできるかぎり詳らかにし、その実際をケースから学ぶことで、慢性痛の評価から集学的治療までを一挙に把握できる構成となっています。総論と各論から構成されていますが、総論では、生物・精神/心理・社会モデルを軸に慢性痛の最新知見や概念を解説しています。また、臨床面ではエビデンスに基づいた治療原則が解説されています。各論では、ICD-11分類に基づく症例のほか、日常でよく出会う精神疾患を合併した慢性痛や発達過程から見る慢性痛のケースを取り上げています。多職種診療を想定したケースでは、医師・看護師・理学療法士・心理士などの視点から症例を俯瞰し、それぞれの専門性を生かした多職種カンファレンスに参加した場合に得られるような解説がなされています。
普段から手元に置いていただき、困ったなというときに、参考になりそうな部分を開いてみてください。きっと、エキスパートによるさまざまな知恵と工夫がつまった本書がヒントを伝えてくれることと思います。
明智龍男
名古屋市立大学大学院医学研究科 精神・認知・行動医学分野 教授
名古屋市立大学病院こころの医療センター、緩和ケアセンター センター長
目次
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まえがき
1 慢性痛を知る
慢性痛を理解しよう
慢性痛の理解に役立つ薬理学的視点
慢性痛の脳科学
2 慢性痛をどう評価するか
慢性痛の多面的評価
慢性痛の身体的要因をどう評価するか
慢性痛の心理社会的要因をどう評価するか
3 慢性痛の臨床――エビデンスと治療の原則
慢性痛の治療の進め方
慢性痛の薬物療法
慢性痛とオピオイド鎮痛薬――遵守すべきこととしてはいけないこと
慢性痛のインターベンショナル治療――するべきこととしてはいけないこと
慢性痛のリハビリテーション
慢性痛の運動療法――セルフマネジメントを目的にした腰痛教室
慢性痛の認知行動療法
慢性痛のマインドフルネス
慢性痛の集団マインドフルネス
慢性痛のアクセプタンス&コミットメント・セラピー
慢性痛の入院型ペインマネジメントプログラム
慢性痛の患者が利用可能な社会福祉制度
4 ケースブック1 ICD-11分類に基づく慢性痛
Case 1 慢性一次性疼痛[MG30.0]
原因不明の全身痛でドクターショッピングを繰り返した1例
Case 2 慢性がん関連疼痛[MG30.1]
乳がん術後の疼痛が慢性的に持続している1例
Case 3 慢性術後および外傷後疼痛[MG30.2]
肺がん術後に側胸部痛が持続している1例
Case 4 慢性二次性筋骨格痛[MG30.3]
パーキンソン病患者の急速破壊型股関節症に対する多角的アプローチの1例
Case 5 慢性二次性内臓痛[MG30.4]
慢性膵炎による難治性腹痛の1例
Case 6 慢性神経障害性疼痛[MG30.5]
神経ブロックを施行したために服薬アドヒアランスが不良となった帯状疱疹後神経痛の1例
Case 7 慢性二次性頭痛または口腔顔面痛[MG30.6]
非歯原性歯痛による抜いても治らない歯の痛みの1例
5 ケースブック2 精神疾患と併発する慢性痛
Case 8 うつ病と慢性痛
抑うつ症状と器質的要因不明の左上腕部痛・腰痛が持続している1例
Case 9 双極性障害と慢性痛
双極性障害と胸部の術後疼痛が持続している1例
Case 10 不安障害と慢性痛
パニック症・社交不安症と慢性的な腰痛が持続している1例
Case 11 発達障害と慢性痛
10年間ドクターショッピングを繰り返し、うつ病・パニック症・線維筋痛症と診断された全身痛の1例
6 ケースブック3 ライフステージと慢性痛
Case 12 思春期の慢性痛
思春期のアイデンティティ確立における葛藤が慢性痛につながった1例
Case 13 青年期の慢性痛
企業での肩こり・腰痛予防の取り組みにより慢性的な頭痛が軽快した1例
Case 14 壮年期の慢性痛
同胞葛藤による介護ストレスや過活動が持続因子となっていた線維筋痛症患者の1例
Case 15 高年期の慢性痛
喪失体験に伴って痛みが増悪した高齢の慢性痛患者の1例
Case 16 交通事故と慢性痛
交通外傷後に発症し脊髄硬膜外刺激電極療法・アキレス腱延長術まで行った複合性局所疼痛症候群の1例
Case 17 がんサバイバーと慢性痛
乳がん術後の術創に慢性の疼痛、ひっぱり感、違和感を経験した1例
7 ケースブック4 臨床で気をつけたい慢性痛
Case 18 心理的要因が疑われていたが器質的要因が発見された例・1
心理社会的要因が疑われたが、頸椎椎間板ヘルニア手術により復職できた交通事故後の1例
Case 19 心理的要因が疑われていたが器質的要因が発見された例・2
非定型顔面痛で入院後、真菌性髄膜炎が判明した1例
Case 20 オピオイド依存症と慢性痛・1
トラマドールによる退薬症状(身体依存)の1例
Case 21 オピオイド依存症と慢性痛・2
がん術後痛に強オピオイドが継続された結果、薬物依存に陥った1例
Case 22 アルコール依存症と慢性痛
脳血管障害後の中枢痛がアルコール依存によって修飾された1例
Case 23 ニコチン依存症と慢性痛
四肢の血流障害による強い痛みがあるが禁煙できないニコチン依存症患者の1例
8 ケースブック5 慢性痛診療のアプローチ
Case 24 集学的チームアプローチ・1
動作恐怖を呈する思春期の慢性痛患者に対し、神経ブロックと心理教育を併用した集学的なリハビリテーションを行った1例
Case 25 集学的チームアプローチ・2
CRPSとうつ病を合併した慢性痛に対し、先行してうつ病の薬物療法と対人関係療法を行い、その後リハビリテーションを行った1例
Case 26 集学的チームアプローチ・3
広範囲に及ぶ疼痛が続き、若年性線維筋痛症と診断された小学生女児の1例
Case 27 運動療法を主体としたチームアプローチ
器質的要因が明らかでない全身痛に対し、運動療法に教育を併用したアプローチが有効であった1例
Case 28 集団認知行動療法と併用したアプローチ
身体症状症とうつ病を併発した慢性痛患者が集団認知行動療法を経験して改善した1例
Case 29 集団マインドフルネスによるアプローチ
マインドフルネスの実践により痛みにとらわれない生き方を体得した慢性腰痛患者の1例
Case 30 集団アクセプタンス&コミットメント・セラピーによるアプローチ
痛みを引き受けながら、生きがいのある自分らしい人生へ一歩踏み出した慢性痛患者の1例
Case 31 神経ブロックを併用したアプローチ
上殿皮神経へのブロック注射が著効した慢性腰痛患者の1例
Case 32 入院型ペインマネジメントプログラムによるアプローチ・1
精神疾患(身体症状症、注意欠如多動性障害)を伴った非特異的腰痛患者に対して入院型ペインマネジメントプログラムを適用した1例
Case 33 入院型ペインマネジメントプログラムによるアプローチ・2
精神疾患を伴わない非特異的腰痛患者に対して入院型ペインマネジメントを適用した1例
索引
編著者略歴
書評
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慢性痛診療に立ち向かった軌跡とそのエッセンスがここに
書評者:矢吹 省司(福島医大教授・疼痛医学)
本書は,慢性疼痛患者を診療する医療者が参考にできる事例集が中心となっている。8章から成っており,1章:慢性痛を知る,2章:慢性痛をどう評価するか,3章:慢性痛の臨床―エビデンスの治療と原則,そして4~8章:ケースブック,という構成である。
まず,慢性痛を理解し,どのように評価し,そしてどのような治療があるのかを1~3章で知ることができる。これらの章の各項目には,「Point」があり,その項目のまとめが記載されている。そこを読んでいくだけでも内容をある程度理解できるようになっている。そして4章:ICD-11分類に基づく慢性痛,5章:精神疾患と併発する慢性痛,6章:ライフステージと慢性痛,7章:臨床で気を付けたい慢性痛,および8章:慢性痛診療のアプローチで,具体的に事例を挙げて病態の評価の結果とそれをもとにどのような治療方針を立てるかについて記載されている。共通していることは,(1)いち医師だけでの評価や治療では限界がある,(2)多くの専門家がそれぞれの視点で評価し,それをカンファレンスでディスカッションすることで的確な治療方針が見えてくる,そして(3)多面的に治療することで複雑な慢性痛であっても改善(痛みの程度そのものに変化がなくてもADLやQOLは改善)できる可能性がある,ということである。
事例の多くは,著者らの名市大病院いたみセンターでの症例であると思われる。患者の生育歴を含め,さまざまな情報を収集し,各専門家が分析して診断し治療に結びつけている様子が実際にカンファレンスに参加しているように理解できるような記載になっている。「Review―評価のポイントはどこだったのか」には,評価を行う際に考えた具体的なポイントが記載されておりとても参考になる。Case 1からCase 33まであり,読者は自分がかかわっている慢性痛患者と似たCaseが見つかると思う。所々に「リソースが十分でない施設での痛み診療」という記載もあり,なかなか多職種で診療にあたれない施設の場合の対応に関しても配慮されている。
慢性痛患者の病態をどう考えて,どのように治療方針を立てて,どう治療していくか,一律にいかないのが慢性痛診療の難しさである。著者らは苦労してこのいたみセンターを立ち上げ,軌道に乗せてきたと思われる。われわれ読者は,そのエッセンスをこの本を読むことで得ることができる。悩みながら慢性痛診療に頑張っている医療者全てに読んでいただき,明日からの診療に役立てていただきたい一冊である。
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