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学生や新人が「発達障害かもしれない」と感じたら
それぞれの困りごとから考え、ともに成長する学習者支援

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18歳人口の減少、医療の多忙化など、医療者教育は新たな展開を迎えています。社会においても、発達障害への関心が高まる中、これまでの方法が通じなくなったとき、つい、学習者が発達障害かもしれない、と感じるようです。本書では、発達障害への理解を深めるとともに、よりよい支援を実現するための考え方、あり方をお伝えします。教育者、医療従事者、職場の管理者必携の一冊です。

川上 ちひろ
発行 2025年08月判型:B5頁:144
ISBN 978-4-260-06207-7
定価 2,860円 (本体2,600円+税)

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はじめに──教育の場における「困った」場面と発達障害

 現在,発達障害の特性に関する解説やその対応方法を記した書籍が多数発行され,発達障害の診断を受けた(もしくは障害特性を思わせる)登場人物がドラマや映画などにも取り上げられるなど,いわゆる“発達障害ブーム”ともいえる現象が起こっています。
 さまざまな教育現場や職場においても,発達障害のある人(この表現方法に関する議論も多々ありますが,本書では発達障害の診断のある人,診断はないが発達障害の特性がみられる人を含みこのように表現します)とうまくかかわるにはどうすればよいか,教育やサポートのよい方法はないか,という話題が多く取り上げられています。
 このような状況ですので,発達障害という言葉をこれまでに一度も聞いたことがないという人はほぼいないでしょう。
 こうした“発達障害ブーム”の背景にはさまざまな要因が考えられます。1つには,2004(平成16)年に発達障害のある人が存在するということが法律〔発達障害者支援法,2011(平成23)年に一部改正〕に明記され1,明確に医療による治療やケアの対象となったことなどが考えられます(医療の対象になることを,医療社会学では「医療化」と表現します)
 もちろん,発達障害が法律に明記され,社会的に認識される以前から,発達障害といえるような人は社会や学校で存在していました。そして,ちょっと変わった人,個性的な人などという受け取られ方をしていたかもしれません。
 しかし現在は,前述の「医療化」といった動きに加え,一般の方でも「発達障害」に非常に多くの関心が寄せられており,社会全体が発達障害か否かはっきりさせたほうがよいのではないか,という方向になってきているといえます。
 筆者は,これまで医療者教育全般を支援する立場の大学教員として,発達障害のある看護学生・看護師への対応に悩む大学の教員,臨床の教育担当者など,教育や育成にかかわる多くの教育者・指導者のみなさんに向けて研修会などでお話をしてきました。
 また,長年発達障害のある子どもをサポートしてきたNPOアスペ・エルデの会のディレクターとして,「発達障害のある子どもの性の問題行動」や「発達障害のある女の子・女性」について,どう考え,どう対応するのがよいのかを,小中高等学校の教員をはじめ,その子どもたちをサポートしている職員や心理職などのさまざまな職種のみなさんとともに考えてきました。
 このような活動で,発達障害のある子どもの保護者,時には発達障害のある当事者のみなさんとお話しするなかで,いろいろなことを考え,また気づくきっかけがありました。
 本書は,発達障害の医学的な知見だけでなく,そうした教育現場で伺ってきた悩み,支援のあり方から,筆者自身が経験し学んだことをまとめています。主に看護教育系の話題が中心にはなりますが,他の医療教育また病棟や職場などの教育が求められる組織でも広く活用いただけると思います。

 本書での用語の定義をまとめておきます。
 教育者:教育を行う側の教員,指導者,管理者などを総称して表現します。
 学習者:学生,(新人や若手)医療者など,教育を受ける側を指します。教育者であっても学ぶという立場であれば学習者ですが,本書では教育者がサポートする対象を学習者とします。
 学習者支援:学習をより促進させるために学習者をサポートすることとします。特に本書では医療者養成機関での学生や医療臨床現場における医療者を対象とします。
 発達障害のある:発達障害の診断のある人,診断はないけれど発達障害の障害特性がみられる人,発達障害があるのではないかと思う人などを含みこのように表現します。
 発達障害の理解や発達障害の障害特性への対応の知見を押さえたうえで,発達障害の診断にとらわれず,教育者・支援者が対応に何らかの“問題・課題がある” “対応の難しさがある”と感じる学習者への支援の考え方や実践を紹介することを基本の考えとしています。

 2025年6月
 川上ちひろ

引用文献
1 e-Gov法令検索:発達障害者支援法.
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=416AC1000000167

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はじめに

1章 発達障害かもしれない学習者の支援とは
 第1節 教育場面で“対応が難しい学習者”に出会ったとき
  ・ 医療者教育における「発達障害かもしれない」学習者
  ・ 障害のある学生の在籍数の推移
  ・ 教育者が感じる“対応が難しい学習者”とはどのような学習者か
  ・ 対応の難しさと発達障害のイメージ
  ・ 臨床場面における「発達障害」のイメージ
  ・ 発達障害に特化した,魔法のようなかかわりはあるだろうか
  ・ ラベリングから個別性への視点の変換
 第2節 学習者と「ともに」困りごとを考える
  ・ 本当に困っているのは誰か
  ・ 学習者の困りごとを考える:看護学生編
  ・ 学習者の困りごとを考える:新人看護師編
  ・ 「発達障害への対応の知見」と「学習支援の知見」の融合の提案

2章 発達障害の知見をふまえ,困りごと・強みを考える
 第1節 発達障害の基本的知識
  ・ 発達障害の診断
  ・ さまざまな発達障害
  ・ 発達障害は連続体
 第2節 教育者・組織が変わるための学習者支援
  ・ 「問題のありか」を考える
  ・ 何が変わると学習者支援がうまくいく(かもしれない)のか
  ・ 「問題」分析シートの活用
  ・ 「強み」分析シートの活用

3章 組織・個人で支援するための枠組みとヒント
 第1節 合理的配慮と教育的配慮
  ・ 合理的配慮とは
  ・ 教育的配慮とは
  ・ 合理的配慮提供の流れ
  ・ 事前的改善措置/基礎的環境整備の重要性
 第2節 組織での支援
  ・ 組織で支援を行うこと
  ・ 学内・学外の連携
  ・ 実習先との連携
  ・ 医療者教育の特殊性をとらえ直す
  ・ 地域を巻き込んだシームレスな連携の視点で考えることの提案
  ・ 学習者のキャリア支援
 第3節 個別のかかわりでの支援
  ・ 発達障害の特性がある学習者とかかわるうえで
  ・ 学習者とのコミュニケーション
  ・ 学習者の自己理解を促進するかかわり
 第4節 学習者を支援するための理論
  ・ 技術・業務を習得する:正統的周辺参加と,認知的徒弟制
  ・ 学習する環境を整える:心理的安全性
  ・ すこしずつできることを積み重ねる:限界的練習と発達の最近接領域
  ・ 看護の実践を支える力:非認知能力,認知機能
  ・ 振り返りができるようになること:メタ認知,省察的実践家
 第5節 ともに成長する学習者支援に向けて

4章 教育者の困りごと相談事例集
 事例1 看護師に向いていないと感じる学生
 事例2 教員からみて,発達障害と思われる学生
 事例3 患者の気持ちに共感することが難しい(ASDかもしれない)学生
 事例4 患者に合わせた看護が考えられない(ASDかもしれない)学生
 事例5 勝手に仕事を進めてしまう病棟の(ADHDかもしれない)新人看護師
 事例6 自己評価が高い(ASDかもしれない)新人看護師
 事例7 合理的配慮を申請している発達障害のある学生の保護者から,学校でもっと支援をしてほしいと要求された
 事例8 教員間で支援の考えにばらつきがある
 事例9 実習施設から,発達障害の診断をもつ学生に大学の担当者をつけてほしいと要求された
 事例10 本人の資質と志望領域が合っていない(ように感じる)学生の就職支援

おわりに
索引

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発達障害の困りごとから始まる支援の形
書評者:篠崎 惠美子(人間環境大学看護学部 教授)

 近年は、看護や教育の現場に限らず、「発達障害」という言葉を耳にする機会が増えている。私たちの周りには、「発達障害だから」と特別視されている学生や新人看護師が少なくない。しかし、本当に発達障害といわれる人が増えたのだろうか。本書を読み進めていくうちに、私は「発達障害」という言葉を安易に使っていないか、困った学生やスタッフに遭遇すると、「発達障害かも……」と考えてしまっていないかと自問自答した。そもそも本書を手にとったきっかけも、発達障害の学生に対応するヒントが欲しかったからである。
 著者は “学生や新人が「発達障害かもしれない」と感じたら” というタイトルのとおり、発達障害の診断を受けた人だけに限定した解決策を示しているわけではない。それぞれの困りごとを抱えた学習者としてとらえ、「誰が何に困っているのか」を教育者の視点だけでなく、学習者の視点からも考える学習支援を提案している。
 排除ではなく支援、一人の学習者として寄り添う姿勢が本書全体に一貫して流れている。教育の現場に身を置いている私にとって、「困りごとは教員の困りごとなのか、それとも学習者の困りごとなのか」を深く考えさせられた。これは、著者が長年に渡る教育経験と、発達障害という特性をもつ子どもと家族を支援してきた経験から、フラットな立場で書かれているからであろう。
 さらに本書には、発達障害の基本的知識を踏まえうえで、困りごとや強みを整理する方法が具体的に示されている。問題分析シートや強み分析シートの提示、支援のヒント、教育者が直面しやすい相談事例集など、教育者の認識を変え得ると同時に、現場で直面する課題に即応できる実践的な内容が多い。単なる理論にとどまらず、すぐに使える道具と考え方が詰まっている点が大きな魅力である。
 読み進めながら思い出されたのは、以前川上先生から投げかけられた「私たちも、発達障害の特性があるよね」という言葉である。その言葉が、本書の内容をより身近に感じさせ、私は自然と引き込まれていった。
 本書は、発達障害というラベルにとらわれず、困りごとを抱えた学習者とともに学び、成長するための視点を私たち教育者に与えてくれる一冊である。教育に携わる者にとって、自らの指導を問い直し、新たな支援の可能性を見いだす契機となるであろう。

(「看護教育」 Vol.66 No.6 掲載)