病態・治療をふまえた
がん患者の排便ケア

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がんの進行・病状の悪化、治療や症状緩和に用いる薬剤など、複数の要因が関連し生じることが多いがん患者の排便障害。慢性的に経過し生命に直接かかわることは少ないが、患者のQOLに影響する。看護師は病態や治療をふまえたアセスメントを行い、日常生活や自尊心に配慮したケアが求められる。本書では、排便ケアの基礎知識から、治療や病態に伴う排便障害とそのケア、スキントラブル時の対応や術前からのストーマケアを解説。
シリーズ がん看護実践ガイド
監修 一般社団法人 日本がん看護学会
編集 松原 康美
発行 2016年06月判型:B5頁:192
ISBN 978-4-260-02777-9
定価 3,300円 (本体3,000円+税)

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がん看護実践ガイドシリーズ 続刊にあたって

がん看護実践ガイドシリーズ
続刊にあたって

 ≪がん看護実践ガイド≫シリーズは,日本がん看護学会が学会事業の1つとして位置づけ,理事を中心メンバーとする企画編集委員会のもとに発刊するものです.
 このシリーズを発刊する目的は,本学会の使命でもある「がん看護に関する研究,教育及び実践の発展と向上に努め,もって人々の健康と福祉に貢献すること」をめざし,看護専門職のがん看護実践の向上に資するテキストブックを提供することにあります.

 がん医療は高度化・複雑化が加速しています.新たな治療法開発は治癒・延命の可能性を拡げると同時に,多彩な副作用対策の必要性をも増しています.そのため,がん患者は,多様で複雑な選択肢を自身で決め,治療を継続しつつ,多彩な副作用対策や再発・二次がん予防に必要な自己管理に長期間取り組まなければなりません.
 がん看護の目的は,患者ががんの診断を受けてからがんとともに生き続けていく全過程を,その人にとって意味のある生き方や日常の充実した生活につながるように支えていくことにあります.近年,がん治療が外来通院や短期入院治療に移行していくなかで,安全・安心が保証された治療環境を整え,患者の自己管理への主体的な取り組みを促進するケアが求められています.また,がん患者が遺伝子診断・検査に基づく個別化したがん治療に対する最新の知見を理解し,自身の価値観や意向を反映した,納得のいく意思決定ができるように支援していくことも重要な役割となっています.さらには,苦痛や苦悩を和らげる緩和ケアを,がんと診断されたときから,いつでも,どこでも受けられるように,多様なリソースの動員や専門職者間の連携・協働により促進していかなければなりません.
 がん看護に対するこのような責務を果たすために,本シリーズでは,治療別や治療過程に沿ったこれまでのがん看護の枠を超えて,臨床実践で優先して取り組むべき課題を取り上げ,その課題に対する看護実践を系統的かつ効果的な実践アプローチとしてまとめることをめざしました.

 このたび,本シリーズの続刊として,『病態・治療をふまえた がん患者の排便ケア』をまとめました.排便は,人にとって最も羞恥心を伴う生理現象であり,生活行動の1つといえます.がんの病態や治療,その他さまざまな要因により,下痢,便秘,便失禁といった排便障害に悩む患者は少なくありません.排便の状態のみならず,スキントラブル,肛門部の痛み,脱水など,二次的な障害が生じる場合もあります.したがって,患者が1人で問題を抱え込まないよう,治療初期から,心身の支援を細やかな配慮のもとで行う必要があります.
 本書は,“病態と治療を踏まえた根拠に基づく排便ケア”ならびに“患者の尊厳と生活を支える排便ケア”をめざす1冊です.排便障害に関する基礎的知識を概説したうえで,がん治療を継続するために欠かせないケアの実際,二次的な障害のケア,外来診療の増加をふまえた療養生活の支援などを骨子に構成されています.また,排便ケアの具体的な方法を,イラストや写真でわかりやすく解説しています.治療や生活環境が変化した際,基本的なケアを基盤に自宅や多様な環境でどのように排便ケアを実施するかについても言及しています.

 ≪がん看護実践ガイド≫シリーズは,読者とともに作り上げていくべきものです.シリーズとして取り上げるべき実践課題,本書を実践に活用した成果や課題など,忌憚のない意見をお聞かせいただけるよう願っています.
 最後に,日本がん看護学会監修による≪がん看護実践ガイド≫シリーズを医学書院のご協力のもとに発刊できますことを心より感謝申し上げます.本学会では,医学書院のご協力を得て,これまでに『がん看護コアカリキュラム』(2007年),『がん化学療法・バイオセラピー看護実践ガイドライン』(2009年),『がん看護PEPリソース-患者アウトカムを高めるケアのエビデンス』(2013年)の3冊を学会翻訳の書籍として発刊して参りました.がん看護に対する重要性をご理解賜り,がん医療の発展にともに寄与いただいておりますことに重ねて感謝申し上げます.

 2016年5月
 一般社団法人日本がん看護学会理事長・企画編集委員会委員長
 小松浩子



 排泄は,人が生きていくうえで欠かせない機能です.特に排便は,日常生活と密接に関連し,排便障害をきたした場合は,身体的・精神的・社会的な負担となりQOLに影響することもあります.それゆえ看護師は排便行為の介助にとどまらず,個々に見合った排便コントロールを行い,快適な日常生活が送れるように支援することが重要です.

 がん患者は治療や病態の悪化に伴い,便秘,下痢,便失禁といった排便の障害をきたすことがあります.これらの多くは,慢性的な経過をたどり,生命に直接にかかわることが少ないため,対処が遅れがちになってしまうこともあります.「最近,便が出ていない」「おなかが張って食欲がない」と医療者に訴える患者もいれば,「便秘くらい大したことない」「そのうち出るだろう」と思い,医療者に伝えず様子を見ている患者もいるかもしれません.
 個人差はありますが,排便障害は腹痛,悪心・嘔吐,腹部膨満感,食欲不振,肛門痛,脱水などの症状を伴い,二次的な障害が出現して日常生活に影響を及ぼします.また治療の継続が困難になることもあります.さらに排便にかかわることは,人の尊厳,ボディイメージの変容,羞恥心や対人関係にも影響を及ぼすことから,できるだけ早期に介入する必要があります.
 がん患者の排便障害は,発生要因が明らかで改善が可能なこともあれば,複数の要因が関連しすべてを回避することが難しいこともあります.たとえば,緩和ケアを受けている患者が便秘になった場合,オピオイド系鎮痛薬,制吐薬,ADL低下,食事や水分摂取量の低下,環境の変化などさまざまな要因が考えられます.

 本書は,治療・病態をふまえ,生活を支える“がん患者の排便ケア”に焦点をあてました.第1章では,看護師ががん患者の排便ケアにかかわるうえで必要な基礎知識として,排便のメカニズム,排便障害の原因とアセスメントについて概説しています.つづく第2章と第3章では,実臨床で遭遇する機会が多い治療や病態に伴う排便障害とそのケアについて説明しています.治療では主に化学療法と放射線治療,病態では播種性病変がある場合,オピオイド系鎮痛薬使用時,下血時の排便ケアについて取り上げました.さらに第4章と第5章では,下痢・便失禁に伴うスキントラブルのケアと消化管ストーマ造設患者のケアについてふれ,観察,アセスメント,具体的なケア方法を中心に記載しています.最後の第6章の療養生活の支援では,排便障害専門外来,栄養管理,チーム医療の実際を紹介しています.
 どの項目も排便ケアにかかわる専門職がわかりやすく解説していますので,関心があること,日常のケアで困っていること,改めて確認したいことがあれば,該当する項目から読み始めても理解しやすい構成にしました.本書は,入院,外来,在宅において幅広く活用していただけると思います.

 がん患者の排便ケアを行う際は,専門的な視点から多面的にアセスメントし,つらくない生活を送れるよう積極的に介入する必要があります.がん患者の排便ケアを実践するうえで本書を参考にしていただければ幸いです.

 2016年5月
 編集 松原康美

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第1章 がん患者の排便ケアに必要な基礎知識
 1 排便のメカニズムとその障害
   1 消化管の役割・運動
   2 大腸についての理解を深める
   3 排便のしくみ
   4 便秘
   5 下痢
 2 排便障害の原因とアセスメント
   1 排便障害の定義と原因
   2 排便障害のアセスメントの進め方
 3 排便障害に関するアセスメントツール
   1 CTCAE ver4.0-JCOG
   2 ブリストル便形状スケール
   3 日本語版CAS
   4 Wexner Score
   5 Rome III
   6 King's Stool Chart
   7 排便障害評価尺度 ver. 2
 4 排便障害の治療
   1 がん患者の便秘
   2 がん患者の下痢
   3 がんの手術
   4 腸閉塞に対する治療
   5 直腸がん手術
   6 結腸人工肛門
   7 小腸(回腸)人工肛門:一時的な人工肛門造設

第2章 がん治療における排便ケア
 1 化学療法における排便ケア:下痢
   1 定義と病態
   2 アセスメント
   3 治療方法
   4 セルフケア支援
   5 排泄物と曝露対策
 2 化学療法における排便ケア:便秘
   1 便秘を起こしやすい薬剤と発生頻度
   2 アセスメント
   3 治療・対処方法
   4 看護のポイント
   5 セルフケア支援
 3 放射線治療における排便ケア
   1 下痢を起こしやすい照射部位・方法
   2 放射線性腸炎とは
   3 発症時期と症状
   4 観察とアセスメント
   5 治療・対処方法
   6 看護のポイント
   7 セルフケア支援
   8 二次的障害(皮膚障害,痛みなど)の予防と対処

第3章 進行がんに伴う排便ケア
 1 播種性病変がある場合の便通対策と症状緩和
   1 腹膜播種について
   2 腹膜播種による症状
   3 消化管閉塞に対する治療
   4 腹水に対する治療
   5 便通対策
 2 オピオイド系鎮痛薬使用中の便通対策
   1 オピオイドによる便秘の機序
   2 便秘対策に用いられる薬剤の種類・特徴・使用方法
   3 観察とアセスメント
   4 日常生活の支援
   5 二次的障害(悪心,食欲不振など)への対処
 3 下血の原因とケア
   1 一般的な下血とその対応
   2 進行がん患者における下血

第4章 下痢・便失禁に伴うスキントラブルのケア
 1 スキントラブルの観察とアセスメント
   1 下痢・便失禁の原因アセスメントと観察
   2 失禁関連皮膚炎(IAD)の発生機序
 2 スキントラブル発生時のケア
   1 予防ケア
   2 スキントラブル時のケア
 3 瘻孔がある場合のスキンケア
   1 瘻孔の種類と発生要因
   2 下痢・便失禁を伴う瘻孔の種類と患者が抱える苦痛
   3 下痢・便失禁を伴う瘻孔発生時のスキンケア
   4 排泄物の性状・量をアセスメントした排泄ケア用品の選択
   5 症状緩和を目的としたストーマ造設

第5章 消化管ストーマ造設患者のケア
 1 術前のケア
   1 術前ケアの目標
   2 情報提供と相談
   3 マーキング
 2 術後入院中のケア
   1 消化管ストーマの分類
   2 消化管ストーマ造設の対象と術式
   3 セルフケア確立に向けての支援
 3 日常生活における情報提供
   1 日常生活における留意点
   2 ストーマ外来
   3 患者会
   4 ストーマサバイバーへの支援
 4 ストーマ閉鎖術前後のケア
   1 増加するcovering stoma(diverting stoma)造設
   2 術前のストーマ部観察とケア
   3 排便障害が起こりやすいケース
   4 骨盤底筋体操
 5 緩和ストーマを造設する患者のケア
   1 緩和ストーマとは
   2 周術期のアプローチ
   3 退院後の療養生活支援
 6 ストーマ造設に関する社会保障制度
   1 身体障害者手帳
   2 障害年金について
   3 傷病手当金
   4 税金の医療費控除
   5 介護保険や障害者総合支援法による介護サービス
   6 相談窓口

第6章 療養生活の支援
 1 排便障害専門外来の実際
   1 排便障害専門外来受診時の流れ
   2 外来での実際
   3 排便障害治療におけるWOCNの役割
 2 下痢・便秘時の栄養管理
   1 良好な排便コントロールの条件
   2 下痢のときの栄養管理
   3 便秘のときの栄養管理
   4 経管栄養管理
   5 栄養補助食品の利用
 3 排便ケアにおけるチーム医療の実際
   1 チーム医療(チームアプローチ)の必要性
   2 排便障害をもつがん患者に対する看護師の役割
   3 入院・外来・在宅におけるシームレスなケア
   4 がん患者の排便障害へのチームアプローチの実際

索引

Column
下痢と便失禁の疫学
便失禁によるQOLへの影響
粉状皮膚保護剤含有軟膏を用いたスキンケア
ウイルス性疣贅に注意
日本オストミー協会の歴史と今後の課題
わが国における緩和ストーマ研究の動向
当院の排便障害専門外来延べ受診者数の動向
排便ケアを行う際の医師の視点

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排便ケアにおける「ひと工夫」がみえる一冊
書評者: 清藤 友里絵 (東邦大学医療センター佐倉病院看護師長/皮膚・排泄ケア認定看護師)
 がん罹患数の増加と5年相対生存率の上昇に伴い,がんと共存しながら生活している人は多くなり,その人らしさを維持できるよう支援することが求められています。

 がんの進行やがん治療における副作用に伴う症状は多様であり,その1つに排泄障害があります。排泄はあまりにも身近な行為であり,それゆえに障害を伴うとQOLに大きな影響を及ぼします。特に,排便障害は本人だけでなく,共に生活する家族や介護者に与える影響も大きいため,予防的または早期改善に向けた介入が必要です。一方で,排便障害は人の尊厳を脅かしかねないものであり,その悩みを打ち明けられない人は少なくありません。私たち医療者には,排便障害について意図的に患者と向き合う姿勢が必要であると考えます。排便障害や排便ケアに対する知識を深めることにより,自信を持って,排便障害のリスクを有するがん患者にかかわることができます。その一助になるのが本書です。

 本書は,全6章で構成されています。排便と排便障害の基礎知識に始まり,化学療法と放射線療法による影響と排便ケア,がんの進行に伴う症状に対する排便ケアが示されます。さらに,スキントラブルに対するアセスメントやケアの実際,消化管ストーマについては,術前から社会復帰まで一連のケアが具体的に紹介されています。緩和ストーマを造設する患者のケアが紹介されていることも特徴的です。また,療養生活の支援として栄養管理についても学ぶことができます。がんと共存する患者の排便障害と排便ケアが網羅されており,第1章からじっくり学ぶことはもちろんですが,項目ごとにポイントがまとめられているため,目前の患者に必要な介入の項目から読み始めても,十分理解できます。

 私は皮膚・排泄ケア領域の専従看護師として活動しており,病棟回診や外来で排便障害によるスキントラブルやストーマトラブルに対するケアを実践・指導しています。便失禁によるスキントラブルがなかなか改善しないと回診で相談を受け,現状のケアにもうひと工夫するようアドバイスし,スキントラブルが改善したというケースは多くあります。本書の第4章「下痢・便失禁に伴うスキントラブルのケア」と第5章「消化管ストーマ造設患者のケア」では,この「ひと工夫」がとてもわかりやすく描かれています。ここではあえて「描く」と述べます。それは,写真やイラストに加え具体的な説明により直接指導を受けているかのように細かなテクニックが理解でき,即実践可能だからです。

 基礎から応用までわかりやすくまとめられているため,経験の浅い看護師でも理解しやすく,また,指導的な立場であるリーダー看護師が知識や技術を再確認することにも役立つことでしょう。病院だけでなく,在宅や施設などでも活用できる一冊です。
さまざまな療養場所で活用できる心強い一冊
書評者: 小澤 恵美 (昭和伊南総合病院・皮膚・排泄ケア認定看護師)
 日常生活を普通に行っている方でも,「便がうまく出ない」「便が気になって仕方がない」という状況はあるだろう。病院では,便秘に伴う下剤や,下痢による皮膚障害,ストーマケアに関する相談が多く,退院後も移動した施設や訪問看護師から排便ケアについて相談が寄せられることがある。排便は,QOLにかかわる重要なことだとうかがえる。
 医療が高度化し,短期入院や外来通院治療も多くなる中で,排便ケアに関する知識も向上させる必要がある。中でも,がん患者数は増えているため,がんならではの排便ケアのポイントを押さえておくべきである。排便についての基礎的知識を「知らなかった!」という医療者も意外と多い。本書のようなわかりやすく根拠を押さえた書籍が求められていると感じる。

 第1章「がん患者の排便ケアに必要な基礎知識」では,排便のメカニズムとその障害,排便障害の原因やアセスメントツールが紹介され,これらは明日から使えるものだ。また,排便障害の治療についても,オピオイドや抗がん剤に伴う便秘・下痢や手術後の排便障害など状況別にわかりやすく説明されており,「なぜ,どうして」が理解しやすい。
 次章からはケアにかかわる内容が詳しく説明されている。第2章「がん治療における排便ケア」では,化学療法に伴う下痢と便秘,放射線療法における排便ケアが紹介されている。排便姿勢といったセルフケア支援や,二次的障害の予防・対策などのケアのポイントを知ることができる。
 第3章「進行がんに伴う排便ケア」として,播種性病変やオピオイド使用時の便通対策が述べられているが,下剤の効果時間などをまとめた表がわかりやすい。下剤についての基本的なことから留意点まで理解できる内容となっている。下血の項では,精神的な援助まで言及されており,ケアの質の向上につながる内容である。
 第4章「下痢・便失禁に伴うスキントラブルのケア」では,アセスメント項目の他,予防的ケアやスキントラブル時のケアについて,具体的に使用製品も紹介されているため,すぐに現場で取り入れられる。
 第5章「消化管ストーマ造設患者のケア」では,術前からストーマ閉鎖術前後のケア,緩和ストーマを造設する患者のケアや社会保障についてまでカバーされており,先を見越したケアの実践に生かせる内容である。
 第6章「療養生活の支援」では,排便障害専門外来や栄養管理についてメニューも紹介されている。また,排便ケアにおけるチーム医療の実際として,事例を用いた具体的な介入例もあり,チーム医療の重要性も理解できる。

 このように,本書はがん患者の病態や治療をふまえたケアが展開されている。病院・施設・在宅などさまざまな療養場所で活用できる心強い一冊である。
排便ケアを通して,がんへの理解が深まる一冊
書評者: 青木 和惠 (静岡県立大教授・成人看護学/皮膚・排泄ケア認定看護師)
 がん患者は治療と療養の過程でさまざまな症状を起こします。これらの症状を持つ患者のケアを実践する上で共通して大切なことは,常にがんとの関係を考えるということです。がん患者の症状は,がんが発生している臓器や器官,がん細胞の性質,がんの進行度などがんそのものの条件と,これに対応する治療,支持療法,緩和ケアなどの医療の条件とが複合して現れます。そしてこれらの複合条件は一つに固定されてとどまっているわけではなく,がんの治癒,あるいは進行のプロセスの中で,さまざまに組み合わされ変化していきます。がん患者の症状の全ては,このような状況の中で“がんであることを起点として”起こるといえます。

 本書は,そのことをきっちりと押さえて書かれたがん患者の排便ケアの解説書です。本書の特徴は,読者が必要としている排便ケアの知識を得られることのみにとどまらず,読み進めていくうちにがん患者に起こる排便障害と排便ケアの全体を学べるようになっていることです。もっといえば,この本は,排便障害や排便ケアというものを通して,がんという病態やその医療を知ることができるようになっているのです。

 第1章「がん患者の排便ケアに必要な基礎知識」では,がん患者の排便ケアに必要な基礎知識とストーマ造設を含めた治療の全容が解説されています。第2章「がん治療における排便ケア」では,化学療法と放射線療法という二つの治療によって起こる排便障害とケア方法,第3章「進行がんに伴う排便ケア」では,がんが進行するにつれて臨床で遭遇することの多い播種性病変がある場合の対策,鎮痛薬使用中の便通対策,下血の原因とケアが示されています。排便ケアの解説書という観点からみれば,共に参考資料の少ない項目を丁寧に解説しているという点で非常に貴重です。また,第5章「消化管ストーマ造設患者のケア」を設けることで,排便ケアにおけるストーマケアの位置を明らかにし,がんの治療法である外科療法,化学療法,放射線療法による排便ケアの全てを網羅することを実現しています。

 本書の編者である松原康美さんは,皮膚・排泄ケア認定看護師であると同時に,がん看護専門看護師です。また,がん看護学の博士でもあります。しかし,何より特筆すべきは,彼女ががん医療のWOC(創傷・オストミー・失禁)ケア領域屈指の実践家であるということでしょう。各執筆者にはがん医療をベースとして排便ケアに取り組む実践家が選ばれ,がん患者の排便ケアをがん医療として発展させたいという編者の意図を見事に体現しています。

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