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第3387号 2020年9月14日


【対談】

卒後教育のNew Normal
教育を受ける機会が減った研修医たちを救え!

小坂 鎮太郎氏(板橋中央総合病院総合診療科 医長)
橋本 忠幸氏(橋本市民病院総合内科 副医長)


 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の感染拡大を受け,3密を避けた臨床研修の実施は困難を極めており,全国の臨床研修病院は試行錯誤の日々を送る。こうした状況下での卒後教育はどうあるべきなのか。ICTを用いた教育システムの開発に取り組む小坂氏,橋本氏との対話から,卒後教育のニューノーマルを考えたい。


COVID-19で失われた教育機会を取り戻すために

小坂 卒後教育のメインはこれまで,ベッドサイドティーチングと集合型研修から構成されていたと思います。けれどもCOVID-19によってそうした教育スタイルは実施困難になりました。また,課題はそればかりだけでなく,2020年度より初期臨床研修において必修化された一般外来研修の実施方法も懸案の1つです。実際当院では今年の4~5月の間,外来研修を実施できず初期研修医が暴露する患者数が減り,教育機会のロスが増えています。橋本先生の施設ではどうだったのでしょう。

橋本 当院ではCOVID-19の感染拡大を受けて,診療科を一般チーム,COVID-19チーム,休憩の3チームに分けてローテーションを組み,万が一診療科内に感染者や濃厚接触者が現れても診療科全員が出勤停止となる事態を避けるよう工夫していました。初期研修医は一般チームに配属され,原則COVID-19疑いの患者や確定診断を受けた患者との接触は避けさせてきました。休憩に割り当てられたチームの指導医は,Web会議システムを用いてレクチャーをしたり,カンファレンスの司会を務めたりと,可能な限り研修医の教育機会のロスを補うようにしています。

小坂 ICTをうまく活用して対応したのですね。

橋本 ええ。昨年よりレクチャー等のオンライン化を推進してきたために,少ない指導医数ながら今回のコロナ禍においても教育の質を維持できています。小坂先生の施設でも卒後教育にICTを活用していると伺いました。

小坂 当院でもかねて課題としていた指導医数不足等の解決のために,本年2月より「Tele-GIM」と名付けた遠隔コミュニケーションシステムを総合診療科に導入しました。期せずしてコロナ禍に陥る前にシステムを導入できたので,3密を避けて回診したり,遠隔から症例プレゼンのフィードバックをしたりするなど,一時期の教育機会のロスをリカバーしつつあります。

橋本 レクチャーの配信やカンファレンスの代替だけでなく,回診にもICTを活用しているのは驚きです。

小坂 患者さんには教育のために行っている旨を事前に説明の上,書面にて同意をいただき,診察室をタブレット端末で撮影,医局でスタンバイしている指導医にいつでもアドバイスをもらえるよう常時Zoomでつないでいます(写真)。撮影機器を2台設置することで,研修医の視線や態度,患者の表情などもチェックできるよう工夫しました。こうした取り組みにより,多忙な指導医を捕まえて相談する時間を短縮でき,また指導医自身も効率的に時間を活用できる状態になっています。

写真 板橋中央総合病院で取り組まれるICTを活用した外来指導のイメージ
診察室には2台のタブレット端末を配置し,研修医の視線や態度,患者の表情を確認できるよう工夫する。常時Zoomで指導医とつながっているために,外来研修における直接観察指導も容易となる(写真左)。また,画像コンサルテーションで指示を仰ぐことができるため,診療方針を共有できることもメリットの1つだ(写真右)。

橋本 研修医指導に当たる指導医は多忙なために,常時アドバイスをもらえる状況は研修医にとっても安心ですね。

小坂 回診時にはカルテを確認しながら検査や処方のオーダーを指導医が代行できたり,画像コンサルテーションをして指示を仰いだりできるのもメリットの1つです(写真)。さらに,回診中にはリアルタイムでレクチャーを行い,文献や資料を共有できるので,小さな疑問もその場で解決できます。

橋本 外来指導等に遠隔による教育システムを導入した際の有効性に関するエビデンスはあるのでしょうか。

小坂 海外の文献ではICTを用いた診療評価が複数個所を効率的に指導できる方法であること1),また対面診療と診療内容に有意な差は生まれなかったこと2)が示唆されています。しかしながら,日本ではエビデンスが十分に確立されていません。今後は医学教育のスペシャリストと協働しさらに質を向上させ,エビデンスを創出していきたいと考えています。

真に意義のある教育コンテンツの開発に向けて

橋本 小坂先生のように現場のニーズに合わせてICT技術を導入する方もいる一方で,シミュレーターを使えばシミュレーション教育,Webを使えばオンライン教育,のように技術をそのまま転用するだけで満足される方がいるのも事実です。レクチャーをWebにアップすれば遠隔教育なのかと言われると,やはり疑問が残ります。学習者にとって本当に有用な技術なのかを検証し,改善していく必要があると思うのです。

小坂 新技術の導入に際し,具体的にはどのようなことを検討しなければならないのでしょう。

橋本 まずはICT技術をどのように活用するかを,SAMR(Substitution,Augmentation,Modification,Redefinition)モデルに従って分析してみることです3)。分析の一例として,対面で行っていたレクチャーにICT技術を導入するケースで考えてみます。

 SはSubstitution。つまり対面だったレクチャーをWeb上にアップし,講義を「代替」することです。このステップで留まってしまうと,学習者には物足りない講義になります。私自身,対面でのレクチャーには自信がありましたが,いざ講義を収録し客観的に視聴してみると,面白みに欠けていました(笑)。やはり対面での掛け合いがなくなることは学習者に大きな影響を与えます。ですので,せめてその次の段階であるAugmentation,「拡大」することを視野に入れて,教育コンテンツの開発に取り組まなければならないと思っています。

小坂 例えば学習者による投票結果をリアルタイムに反映するサービスであるMentimeterを導入しながらレクチャーを行うなども一つの手ですよね。

橋本 その通りです。他にイメージしやすいものとしては,収録したレクチャーの映像に加えて,復習となる課題を用意しその答えにフィードバックできるシステムを実装することです。レクチャーを視聴しただけの場合と比較すると,知識の定着をより促すことができます。

 理想を言えば,さらにその上のステージであるModification,「変容」まで到達した教材を作成できるとさらに良い教育コンテンツとなります。例えば反転授業を採用することで,Web上で得た知識を前提としつつ対面時により難度の高い症例のディスカッションに専念することも一案です。ですが,このレベルまで到達できる施設はまだ少ないでしょう。まずは学習者の意欲を高めるようなコンテンツの作成が重要ですね。

小坂 ただ,施設ごとにさまざまな教育コンテンツを作っても無駄が多いようにも感じます。学会などが主導して時代にそぐうようなICT教育のコンテンツ開発に取り組んでもいいのではないでしょうか。

橋本 同感です。YouTubeで医学に関連する動画を検索すると,海外の学会主導で作成された質の高い教材が数多くヒットします。しかしながら日本語で検索するとほとんどヒットしません。この状況は歯がゆいばかりです。

小坂 動画のほうが視覚的に訴えられるために教える際に適しているケースもありますよね。例えば脱臼の整復。日本ではわかりやすい動画が少ないので,海外の医師がアップしている動画を私が解説しながら研修医に供覧しています。対面で直接指導しづらい環境の中ではこのような解決策も有効だと感じています。

「使える人が使えばいい」という時代はもう終わり!

小坂 その一方で,教育コンテンツの高度化には注意しなければならない問題があるとも感じています。それは学習者がどのようなツールを使用できるかという点です。応用範囲の広いツールであるGoogle Classroomを活用する場合,多様なコンテンツを提供できるものの,学習者がうまく扱えないケースも多く,せっかく用意した教材を持て余しかねません。そうした人に対しては結局レクチャー動画の視聴のみで止まってしまうために,遠隔教育と一口に言っても,提供できる内容が限られてしまいます。

橋本 おっしゃる通りです。ICTを用いた教育を導入する中で気付いたことは,学習者によってITリテラシーに大きな開きがあることです。昨年の段階ではZoomは誰一人使えませんでしたし,チャットツールのSlackの存在も知られていませんでした。そのためステップアップの指標としてマイルストーンを作成し,活用しています()。

 橋本市民病院で用いられているZoom使用時のマイルストーン(クリックで拡大)

小坂 このマイルストーンは指導時に目安となりますね。最低でもLevel 4程度までは全員が行えるようになってほしいものです。

橋本 私自身,米国の大学院をオンラインコースで修了しましたが,講義の難度もさることながら,オンラインでの授業体系に四苦八苦した記憶があります。つまり,拡張されたWebラーニングを最大限生かすためには,学習者側にもスキルが求められるのです。これまでは「使える人が使えばいい」という雰囲気が強かったのですが,この情勢を機に,当院の研修医や専攻医にはZoom,Slack,Google Classroomの使用を必須としました。もちろん,使いこなせるよう受講や勉強の方法をフォローしています。

小坂 今後はICT技術を身につけることが医師のコンピテンシーの1つになるでしょう。若手の中にはICTの扱いが得意な方もいるので,上級医が逆に教えてもらう立場になることも少なくないはずです。相互にスキルを高め合う関係性を構築できれば,さらに有意義なコンテンツの開発につながる好循環も生まれると考えます。

個人情報の取り扱いに関する指針の策定が急務

小坂 最後に取り上げたいのは,卒後教育へのICT技術の導入における個人情報の取り扱いの問題です。これは遠隔医療の抱える大きな課題とも言えます。当院では「医療保険の携行と責任に関する法律」である米国のHIPAAを参考に,院内の個人情報保護教育を整備しつつ,総務省,経産省,厚労省等のアドバイスを受け,研究の一環として当院の倫理委員会を通してオプトアウト,同意書取得の上で運用をしています。やはり情報に触れる医療従事者から個人情報が持ち出されたり,漏洩したりすることが最大のリスクですので,権利関係をはっきりさせた上で導入しなければならないことが高いハードルです4)

橋本 確かに,当院でもシステム構築に当たり懸念材料として挙がったのは,どこまでICT化してよいかという基準です。コロナ禍によって卒前教育やオンライン診療においてはある程度の規制や枠組みが定まってきたものの,卒後教育に関しては曖昧な部分が多いままです。基準がないのであれば,院内の倫理委員会で承認を受け,患者の同意が得られればよいのではとも考えます。

小坂 私も同じ考えです。厚労省が指針を出すまでは病院単位で取り組むしかないでしょう。

小坂 今後新たにICTを用いた教育システムの構築に取り組む方々にとっては『週刊医学界新聞』で短期連載していた「遠隔教育のABC」は大いに参考になると思います。エビデンスや前例がない現在の状況で躊躇する点は多々あると思いますが,環境の変化に合わせてぜひ前向きに導入を検討してほしいと思っています。今まさに卒後教育体制も大きな変革の時を迎えているのです。

(了)

参考文献・URL
1)Fam Med. 2015[PMID:26545060]
2)Am J Emerg Med. 2018[PMID:30209006]
3)Puentedura RR. SAMR and TPCK:Intro to Advanced Practice.
4)Health Aff(Millwood). 2014[PMID:24493763]


こさか・しんたろう氏
2009年神戸大医学部卒。佐久総合病院,東京ベイ・浦安市川医療センター救急集中治療科での研修を経て,14年練馬光が丘病院総合診療科,救急・集中治療科。米オレゴン健康科学大家庭医療科にて短期研修の後に,19年より現職にて総合診療科プログラムディレクター,医療の質管理委員として研修を含めた医療の質管理を行う。

はしもと・ただゆき氏
2010年大阪医大卒。和歌山県立医大病院にて初期研修,12年飯塚病院総合診療科で後期研修,チーフレジデントを経て15年より現職。19年米ジョンズホプキンス大公衆衛生大学院修士課程修了。現在,YouTubeにて「中級者のための動画教材作成講座」を配信中。