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第3380号 2020年7月20日


【interview】

寄生虫が1型糖尿病治療の鍵に

下川 周子氏(国立感染症研究所 寄生動物部主任研究官)に聞く


 寄生虫は宿主との共生のため,宿主の免疫機能を低下させ免疫機構を回避すると考えられている。国立感染症研究所の下川氏らはこのほど,寄生虫感染と自己免疫疾患との関連性に着目し,腸管寄生蠕虫が1型糖尿病(以下,T1D)の発症を抑える仕組みを報告した1)。この免疫機構の解明は宿主となり得るヒトの免疫学の発展にも通じる。これまで寄生虫が誘導する抑制性の細胞の種類や分泌物質を同定する研究が求められてきたため,本研究成果に期待が高まる。寄生虫感染による免疫メカニズム解明のための研究の現状と将来展望について,下川氏に聞いた。


――寄生虫がT1Dの発症を抑制するメカニズムについて,2020年4月に研究成果を報告されました。初めに,研究の概要を紹介してください。

下川 今回,マウスを用いた実験で,無症候性の感染を起こす腸管寄生蠕虫Heligmosomoides polygyrusHp写真)がトレハロースを産生し,そのトレハロースを餌とする腸内細菌Ruminococcusが増殖することで,リンパ球の一種であるCD8陽性制御性T細胞(CD8Treg)が誘導されることを報告しました1)。さらに,CD8TregがT1Dの発症を抑制する重要な細胞であることも明らかにしました。この結果は,自己免疫疾患や炎症性疾患の治療の糸口になると考えられています。

――CD8Tregの機能は解明されているのでしょうか。

下川 現時点では全貌は未解明で,さまざまな研究が進められています。その中でわれわれは,CD8Tregが膵臓β細胞を破壊する自己応答性のCD4陽性T細胞やCD8陽性T細胞を抑制することで,T1Dの発症を抑えることを見いだしました(図1,21)

図1 マウスにおけるCD8TregとT1D発症抑制との関係(文献1より)
Hp非感染マウスにT1Dの発症を誘導すると血糖値が上昇する(○,△)。一方で,Hp感染マウス()や,Hp感染マウスから単離したCD8Tregを移入した非感染マウス()では,T1Dの発症を誘導しても血糖値の上昇が抑えられた。

図2 Hp感染による免疫反応の流れ
Hp感染によって産生が促進された二糖のトレハロースがRuminococcusを増殖させる。このRuminococcusによって誘導され増加したCD8Tregが,自己の膵臓β細胞を攻撃するCD4/CD8陽性T細胞を抑制。β細胞が破壊されなくなったことでインスリンが正常に分泌され,血糖値の恒常性が保たれる。

 これらの研究は全てマウスを用いて行われましたが,ヒトにおいても,T1D患者は健常者と比較してCD8TregとRuminococcusの数が少ないことが明らかになりました1)。ヒトの腸内細菌叢は①Bactereoides型,②Prevottela型,③Ruminococcus型の3タイプに大別されます2)。その中でRuminococcusが数多く分布する③は日本人に多いとされます。世界的に見ると日本ではT1Dの患者さんが少ないと言われており,その一つの理由と考えられます。

寄生虫を知ることで宿主の免疫機構を解き明かす

――そもそも自己免疫疾患と寄生虫感染症との間にはどのような関係があるのですか。

下川 近年,自己免疫疾患だけでなく花粉症やアトピー性皮膚炎などのアレルギーも含めた炎症性疾患は増加の一途をたどっており,その理由の一つに,寄生虫や細菌などによる感染症の減少,いわゆる衛生仮説が挙げられます。従来,衛生仮説についてはさまざまな研究がなされていたものの,科学的な証明はできていませんでした。

 また,今まで支持されてきたTh1/Th2パラダイム説()についても,この説だけでは説明できない現象が多く,寄生虫が何らかの抑制性の細胞や物質を誘導しているのではないかとの考えから,原因を突き止めるための研究が2006年頃から盛んに進められています。

――寄生虫が感染すると,宿主はどのような免疫状態になるのでしょう。

下川 寄生虫は,他の病原体とは全く異なるユニークな免疫応答を惹起します。細菌やウイルスが宿主の免疫応答により排除されるのに対して,寄生虫はTreg,Breg,M2マクロファージ,IL-10といった抑制性の細胞やサイトカインを誘導し,宿主の免疫応答を低下させることで宿主と共生しようとします。この「寄生虫が宿主の免疫を調節する能力」は,自己免疫疾患など自己の免疫が暴走することによる疾患の新しい治療法の発見にもつながると期待しています。

寄生虫の力でT1Dを治したい

――なぜT1Dに着目されたのですか。

下川 元々,「寄生虫はヒトと共生したいのではないだろうか」と漠然と思っており,寄生虫が病気を起こすメカニズム,特に宿主側の免疫を研究してきました。その中で,寄生虫には免疫を自由自在に操る可能性があることを知り,この能力をうまく利用することで自己免疫疾患やアレルギー疾患の治療法につながるのではないかと考えるようになりました。

 数ある自己免疫疾患の中でも,私が着目したT1DはQOLが非常に低い疾患です。またここ数年,劇症型T1Dの増加が報告されています3)。劇症型は致死的で,仮に病状が落ち着いたとしても血糖値が不安定で合併症を起こしやすく,食事療法や運動療法,インスリン治療など,通常のT1Dと同様に自己管理が欠かせません。膵移植や膵島移植といった治療の可能性もありますが,ドナーが不足しています。

 寄生虫の免疫抑制に関する論文をいくつも読んでいた際,T1Dと同じ自己免疫疾患である多発性硬化症のマウスモデルでは,CD8Tregをマウスに移入すると症状が改善するとの報告4)を見つけました。もしこのCD8Tregを寄生虫が誘導しているなら,同じ自己免疫疾患であるT1Dの治療にも生かせるのではないかと考えました。

――実験としては何から始めたのでしょうか。

下川 前述の論文4)を参考に,まずマウスに寄生虫を感染させることから始めました。すると実際にCD8Tregが増加し,そのマウスにT1Dを誘導しても血糖値が上がらず疾患の発症が抑制されました。この結果からわれわれの考えが正しそうだと実感し,研究を深めていきました。

――今回,寄生虫感染およびCD8TregがT1Dに影響を与えることが明らかになりました。その他の自己免疫疾患に対する有効性は検討されていますか。

下川 全身性エリテマトーデスのマウスモデルに,Hymenolepis microstomaという寄生虫を感染させた場合にもCD8Tregが増え,症状が抑えられることがわかってきました5)。CD8Tregの誘導メカニズムが明らかになれば,今後自己免疫疾患で苦しむ多くの患者さんを救う可能性が生まれます。

――ヒトへの応用に期待が高まります。今後ヒトへの治療や予防につなげる場合の課題は何でしょう。

下川 CD8Tregを誘導する物質の同定です。私たちは寄生虫そのものを治療目的として使用するのではなく,寄生虫由来の物質の投与や細胞治療によって疾患の治癒につなげたいと考えています。例えば今回明らかになった,Hpが産生するトレハロースはとても身近な物質ですし,トレハロースによって増殖するRuminococcusも元々ヒトの腸内細菌です。

 現在,CD8Tregを直接増やす最終産物の同定を試みていますが,もしそれがヒトへ投与可能な物質であれば,CD8Tregの誘導が可能となりT1Dの発症を抑制できるかもしれません。われわれの研究が患者さんに安心して提供できる治療になることを願っています。

――実用に向けて今後さらに深めるべき点は何ですか。

下川 CD8TregによってT1Dの発症が抑制されることは判明したものの,その作用機序はまだ不明です。この機序を解明しT1Dをはじめとしたさまざまな自己免疫疾患の細胞療法に応用することが今後の狙いです。

 CD8Tregの誘導に関しては,まだ寄生虫感染しか報告されていません。さらに研究を進めて,ヒトより古くから存在している寄生虫に,いろいろと教えてもらいたいと考えています。

(了)

:Th1細胞とTh2細胞とのバランスによって疾患が規定されるという説。この説では,Th1が優位になると自己免疫疾患・炎症の増悪が,Th2が優位になるとアレルギー反応の増強が引き起こされると考えられている。

参考文献
1)Nat Commun. 2020[PMID:32321922]
2)Nature. 2011[PMID:21508958]
3)Curr Diab Rep. 2020 [PMID:32537669]
4)J Immunol. 2008[PMID:18178821]
5)Parasitol Int. 2020[PMID:31954872]


しもかわ・ちかこ氏
2014年長崎大大学院医歯薬総合研究科修了。博士(医学)。19年より現職。専門は寄生虫感染による免疫メカニズムの解析。現在は理研生命医科学研究センター粘膜システム研究チーム客員研究員,群馬大大学院医学系研究科生体防御学協力研究員を兼任。