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第3379号 2020年7月13日


【座談会】

アートの視点がこれからの医学教育を変える?
対話型鑑賞で鍛える「みる」力

福 のり子氏(京都芸術大学アート・コミュニケーション研究センター所長 教授)
伊達 隆洋氏(京都芸術大学アートプロデュース学科学科長 准教授)
森永 康平氏(獨協医科大学総合診療科 助教)=司会


 近年のアート教育で対話型鑑賞という手法が注目を集めている。本手法は作品に関する知識偏重のアート教育への疑問から1980年代に米ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開発された,参加者同士の対話による気付きや感じ方を重視した鑑賞法である。総合診療医・森永康平氏はこの手法に着目し,医学教育で不足しがちな言語化能力や観察力などの向上をめざして,医学部で対話型鑑賞の授業を開講するなど普及に取り組んでいる。

 本座談会では森永氏を司会に,日本への対話型鑑賞導入の第一人者である福のり子氏,看護学部で対話型鑑賞の授業を行う伊達隆洋氏の3氏が,医学教育における対話型鑑賞の意義や可能性を語り合った。


森永 ここ30年ほどで,国際的な医学教育の流れは大きく変化しています。従来の教育による観察トレーニングの不足や医学知識偏重による「病気を診て人を診ない」状態への反省として,医学部のカリキュラムにアートなどの人文科学を取り入れて「幅広い知識を学び,総合的に考える医師」を育成する傾向が強まったのです。2017年に行われた調査1)によると,米国,カナダ,豪州,イタリアの大学ではそれぞれ約70の医学部で対話型鑑賞などの手法を中心にアートを扱った科目を取り入れています。

 このように医学教育へのアートの導入が国際的になされている背景を踏まえながら,対話型鑑賞について,これを日本に初めて紹介された福先生からご説明をお願いします。

 医学と美術にはかかわりがないと思っている方も多いと思います。しかし,病院と美術館には大きな共通点があるのです。いずれの場所も,共に人間のあらゆる感情の宝庫であり,さまざまな形で肉体が,時にはあからさまに晒されていることもあります。愛や苦しみが可視化され,そして生と死が隣同士に存在する場所です。

 博物館や美術館で展覧会の企画・構成・運営などを司る専門職を学芸員といいます。英語ではキュレーター(curator)。これはcureとcareを語源とする造語です。ここからもアートと医学,特に人間を中心とした医学との関係の深さが伝わると思います。

森永 「人」をさまざまな面からみて扱う医学とアートには,大きな共通点があるのですね。

 はい。芸術作品鑑賞ではこれまで,美術史や技法などの知識や情報が必要だとされてきました。しかし科学と同様に,芸術に関する知識や情報も日々更新されています。そのため,知識だけを頼りに作品をみていると,思わぬ勘違いをしてしまう可能性があります。また,知識を得た途端に,私たちは作品を理解したつもりになって,それ以上見たり考えたりしなくなることもあります。知識は諸刃の剣なのです。

 一方で対話型鑑賞は,以下で示すように,まずじっくりと自分の目で作品を隅々までみて,気付きや疑問について考え,それを他の人とシェアしながら協働で作品の意味を生成していこうという鑑賞方法です。以上を繰り返し行います。

みる:意識して隅々までみる
考える:直感を大切にし,同時に自分がそう思った根拠を作品の中に見つける
話す:発見や疑問等を的確な言葉にして他者に伝える
聴く:意識してその人が言わんとしていることをも聴く

 ただし,「作品鑑賞は一人で黙って行う」と思っている多くの方々は最初戸惑います。そのため,コミュニケーションの整理役として私たちはナビゲーター(ファシリテーター)を一人置きます。

森永 議論を進行するファシリテーターの役割も重要ですよね。

伊達 ええ。ファシリテーターは話の整理だけでなく,参加者が作品をよりみて,考えを深めるための問い掛けも行います。対話型鑑賞では,あらかじめ答えの決まった「閉じた問い」ではなく,「あなたにはどうみえていて,どう感じ,どう考えたのか」という「開かれた問い」から始めます。参加者の主観的な解釈を聴いた上で,根拠となる客観的な事実について「どこからそう思う?」や,それを踏まえてさらに解釈を展開させる「そこからどう思う?」などの問い掛けを行います。これらの問い掛けを交えて参加者同士の対話を行い,より深い理解や気付き,解釈を促します。

 ここで深められる注意深い観察や根拠に基づく思考,複数の仮説の検証,他者の語りへの傾聴力などは,医学教育にもつながる部分ではないでしょうか。

対話型鑑賞で身につけられる代表的な10項目

森永 現在,私は医学部内で対話型鑑賞を取り入れた実践授業を行っています。鑑賞を通じて言語化能力を訓練し,各自の観察力を育むきっかけとすることを狙いとしています。

 医学教育に対話型鑑賞を取り入れた理由は,医学生や研修医と接する中で医学的知識とは異なる,主体的に「みる」「考える」「話す」「聴く」能力の不足を感じたためです。最近では,医学教育でもグループ学習が増えています。しかし,医学の専門性の高さゆえに依然として知識伝授型の一方的な授業が多く,観察や対話から主体的に情報を集めて問いを立案する教育の場が非常に少ない実情があります。

伊達 いざ現場に出れば医療は患者さんやその家族,多職種も含めた医療チームで取り組むのが大原則であり,コミュニケーション力が欠かせないのではないでしょうか。

森永 その通りです。多様な社会背景や複雑な因子を持つ患者さんと接する中で主体的に情報を探り,チームでディスカッションしながら最適解を求めデザインする能力がますます必要になります。対話型鑑賞の医学教育への導入によって,観察力,洞察力,言語化能力,コミュニケーション力,そして協働で取り組むことの重要性などを学ぶことができると考えます。

伊達 言語化の能力には,語彙力以外も含まれます。その場や状況に最も適した表現を選んで用いる能力も大切だと思います。それは医療現場ではカルテ記載や病状説明などに如実に現れるのではないでしょうか。

森永 そうですね。その他にもプレゼンテーションや紹介状など,その場に即した言葉で説明するタイミングは多岐にわたります。語彙力の問題に留まらず,自身の感情や感覚と実際に紡ぐ言葉を擦り合わせる能力も必要です。

 言語化能力を含め,対話型鑑賞で身につけられる代表的な10項目を以下に示しています。医学とアートとの近接性を考えると,医学教育や医療現場でも生かせる部分があると思います。

①知的探究心の刺激
②集中と目的意識のある観察力
③体系的かつ論理的な見方
④創造的解釈
⑤問題解決能力
⑥言語化能力
⑦基礎的コミュニケーション
⑧多様性の受容
⑨協働で行う作品の解釈と再解釈
⑩自己対話力

森永 人を相手にする以上,医療現場は数値や言語で表されているものが全てではなく,数値化できない部分や非言語コミュニケーションを観察し評価することが必要です。そうした情報を受け止めて読み解く問題解決能力も,対話型鑑賞で身につけてほしい点です。

 そして医療現場で多く遭遇する,決まった正解がない問題にこそ,解決に取り組むプロセスが重要になります。そこに医学教育で対話型鑑賞を取り入れる大きな意味を感じるのです。

伊達 より正確に言えば,「正解がない」というより「問いが無数にあるために正解もまた無数にある」のです。正解とは,物事をある側面からみた時の特定の問いに対する答えでしかありません。無数の問いがある中で,今自分がどの問いに取り組んでいるのか,どの問いを問うていないのかを考えることが重要なのです。そのように“現在地点”をはっきりさせる力も,対話型鑑賞で身につけることができます。

森永 ありがとうございます。看護学部で授業をされている伊達先生が授業で意識しているポイントはありますか。

伊達 みることの大切さを強調しています。「みる」には「見る」だけではなく,観察の「観る」,看護の「看る」,診察の「診る」「察る」などがあります。みることの複雑さや難しさを理解した上で,みたことを感じて,考えて,言葉にする。他の人の語りを聴き,対話する。これはチーム医療を行う上でも,患者さんとの関係を形成する上でも,とても大切なことです。

 どんな立場でどのようにものをみているかを考えることも重要ですね。「私たちは自分の視覚に騙されていないか?」と考える。みえない人ではなく,みえる人にこそ死角があるのですから。

伊達 ええ。授業では,「なぜそう思ったのか?」という問いを用いて,自分が無意識のうちに使っている認知の枠組みを意識させることを重視しています。「医学」や「看護」など1つの枠組みだけに当てはめて物事を判断すると,視野が狭まり重要なポイントを見落とす危険性があります。

森永 参加者同士が対話する中で,1つの見方に留まらずに異なる見方の可能性を常に意識し,広い裾野を見渡せるようになることが期待できますね。

客観性のある共感力を鍛えるために

森永 対話型鑑賞を通してさまざまな見方ができるようになれば,相手の気持ちや考え方に対する共感力が自然と身につくのではないでしょうか。

伊達 その通りです。ただ,「共感」とは単に相手の考えや感情に同調,同情することではなく,相手がそこに至った認知の枠組みやプロセスを理解しトレースできるようになることを指します。

 作品を鑑賞することは自己との対話でもあります。作品を美しいと感じた時,その作品が「美しい」のではなく,「その作品を美しいと感じる自分の価値観」を認識しているのです。アート作品を鑑賞した時の自分の感覚を客観視して論理的に分析することでメタ認知能力が身につき,それが共感力を鍛えることにつながります。

森永 共感力を鍛えるためには,どのようなトレーニングが必要でしょうか。

伊達 鑑賞と同様に,状況をより正確に描写するように勧めています。例えばある患者さんを嫌な人だと感じたら,それはその人が「嫌な人」なのではなく,「その人を嫌だと感じる価値観が自分にある」のです。医療従事者は,そう思ってはいけないと否定したり,逆に「そんな人もいる」と割り切ったり飲み込んだりしがちです。しかしそう感じる価値観が自分にあることを認めた上で,「どこから嫌だと思うのか?」「どんな嫌さを感じるのか?」をさらに描写してもらいたいですね。

 それで「わがままだから」と描写したとします。そこにはまだ主観的な評価が入っています。さらに「どこから?」と問うと「要求が多い」となるかもしれない。「多い」も主観ですが,もし他の人より明らかに要求が多いなら,「自分にはそのように感じられるような仕方でこの人が要求しなければならないのはなぜだろう?」という問いが立ちます。そうなると,それを理解しようとして,改めて観察したりかかわったりすることができます。

 ここで「わがままだから」という自分の主観を相手の原因にすると問題の解決になりません。「わがまま」はその人の行動の原因ではなく,行動に対して自分が抱いた結果だからです。

 その人のものの感じ方や行動原理を論理的に分析して構造を理解することが大切です。

森永 臨床現場における共感とは,客観性・論理性も保ちつつ,目の前の患者さんの気持ちを想像し,寄り添うという高度な“いたわり”なのですね。これは医師や看護師をはじめとする医療従事者には対話型鑑賞を通してぜひ身につけて欲しい能力です。

森永 本日は医学とアートとの共通点を通して,医学教育における対話型鑑賞の意義と可能性について再確認することができました。貴重なお話ありがとうございました。

(了)

座談会を終えて

医学教育の中で,医学とは一見無縁に見えるアート作品を扱うことには疑問があるかもしれません。しかし,アート作品はそもそも言語化できない対象に対するアプローチの結晶です。そして医学も自らの観察や対話で得た定式化できない情報からさまざまな洞察を得て医療の質の向上につなげる営みは,アート作品に対峙し読み解く際の姿勢に近いものがあります。対話型鑑賞は言語化能力の訓練になり,問いを立て自ら試行錯誤しながらアプローチする姿勢や観察力も涵養できます。さらに作品やグループでのやり取りを通して多種多様な視点や価値観の気付きにもつながり,ますますコミュニケーションが重視されるこれからの医学教育の題材として最適ではないでしょうか。対話型鑑賞やそのエッセンスを取り入れた手法は,わが国の医学教育においてブルーオーシャンであり,その導入による今後の医学教育の未来に大きく期待します。

(森永康平)


森永氏による対話型鑑賞の実践の様子は「Antaa~つながる力~」にて7月17日(金)に公開予定。

参考文献
1)Med Educ Online.2019[PMID:30810510]


ふく・のりこ氏
1991年米コロンビア大教育学部美術教育学科修士課程修了。ニューヨーク近代美術館での研修員を経て,インディペンデント・キュレーターとして活躍。2004年から京都造形芸術大(当時)にて対話型鑑賞プログラム「Art Communication Project)」を開始。09年同大にアート・コミュニケーション研究センターを設立。同年より現職。

だて・たかひろ氏
2009年甲南大大学院人文科学研究科修士課程にて心理学修了後,09年からアート・コミュニケーション研究センターにて研究員として勤める。10年より現職。17年より関西医大看護学部の非常勤講師を兼任。

もりなが・こうへい氏
2011年筑波大医学部卒。16年より現職。19年から獨協医大で臨床実習前の学生に対し,対話型鑑賞の手法を中心として診療に必要な能力を高める授業を開講している。今年度より京都芸術大の学際デザイン領域に進学し,芸術修士(MFA)取得をめざす。医療分野でのアートを用いた教育で言語化能力やコミュニケーション能力の向上をめざし,20年にミルキクを創業。