医学界新聞

患者や医療者のFAQに,その領域のエキスパートが答えます

寄稿 大村 健二

2020.05.18



【FAQ】

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

今回のテーマ
Refeeding症候群

【今回の回答者】大村 健二(上尾中央総合病院外科 外科専門研修センター センター長)


 慢性の低栄養状態の症例に対し栄養の投与を開始した際,発生する可能性がある重篤な病態がrefeeding症候群です。なぜ低栄養状態の症例に栄養を投与することがいけないのか。その発生機序と生じる代謝異常を理解することは,この重篤な病態の予防に極めて重要です。

■FAQ1

 Refeeding症候群はどうやって発見されたのでしょうか。また,どのような病態なのでしょうか。

 Refeeding症候群は,長期間持続した高度の低栄養状態の患者さんに,栄養を投与することが原因で発症します。

 Refeeding症候群であったと思われる病態の記録は,古くからあります。戦国時代の長期にわたる兵糧攻めで降伏し,その後に食糧を与えられた兵士の多くが死亡したとの記述が残っています。近代医学の観点からの詳細な記録が残されているのは,太平洋戦争の末期にフィリピンの密林で数か月に及ぶ潜伏生活を送り,その後に投降した日本兵に認められたものです。奇異に思った連合国の医師は,日本兵捕虜24人を詳細な観察下に置き,その結果を論文にして報告しました1)

 Refeeding症候群でみられる臨床症状のうち,低リン血症,低カリウム血症,低マグネシウム血症は,急速に進行するため注意が必要です(静脈栄養開始後12時間で,血清リン値が基準値の上限以上から同じく下限以下に低下する症例を経験します)。

 低リン血症は危険な状態にもかかわらず,血清リン値が基準値の下限をやや下回っても症状を呈しないせいか,リンの値が基準値以下であることに臨床医が慣れてしまっている感があります。しかし,血清リン値がさらに低下すると末梢組織は低酸素状態となり,ATPの産生障害,乳酸アシドーシスが進行します。この病態を知らずに栄養の投与を続けると,心停止を来しかねません。

 さらに,低マグネシウム血症によって倒錯型心室性頻拍(torsades de pointes:TdP)が生じると突然死を来す可能性がありますので,低マグネシウム血症にも十分な注意が必要です。また,これらの電解質異常を伴わず,急速に進行する全身の浮腫と胸水,腹水の貯留を認めるrefeeding症候群のタイプもあります。

Answer…長期間持続する低栄養状態の患者さんに栄養を投与することでrefeeding症候群が生じます。低マグネシウム血症などの臨床症状がみられ,状態が急速に悪化して心室性不整脈や心停止を来すことがあります。

■FAQ2

 Refeeding症候群はなぜ発症するのでしょうか。その機序を教えてください。

 低栄養状態ではインスリンの分泌は減少し,グルカゴン優位な状態が持続します。また,カテコールアミンや副腎皮質ホルモンなどのいわゆるcounter regulatory hormoneの分泌も亢進します。肝臓のグリコーゲンは早期に枯渇し,このようなホルモン環境では解糖系と脂肪新生は停止します。また,脳や赤血球にグルコースを供給するため,肝臓と腎臓における糖新生が亢進します。この糖新生の基質はほぼ全てて体たんぱく由来のアミノ酸で,主な供給源は骨格筋です。細胞内のグリコーゲンやたんぱく質の枯渇・減少は,肝臓や骨格筋などの細胞質量(body cell mass:BCM)の減少をもたらします。飢餓状態では,脳は次第にケトン体を利用し始めますが,その切り替えには時間を要します。そのため,筋たんぱくの崩壊,BCMの減少が持続します。なお,長期の飢餓状態では体たんぱくの合成と分解はともに抑制されます。しかし,そのような「適応」が進行しても窒素平衡は常に負で推移します。

 さて,このような状態で急速な栄養の投与を行うと,どのような変化が生じるのでしょうか。まず,グルカゴン優位からインスリン優位なホルモン環境へと切り替わります。投与(摂取)されたグルコースは肝細胞内と筋肉内に取り込まれ,グリコーゲンに合成されて行きます。さらに,グリコーゲンプールが満たされると脂肪新生が開始されます。また,インスリンの作用で体たんぱくの合成が亢進します。低栄養に対する適応には時間を要しましたが,低栄養状態に栄養を投与した際の変化は短時間に生じます。そのため,BCMの増加が急速に進行するのです。

 ここで,細胞内液と細胞外液の電解質濃度を比較してみましょう。リンやカリウム,マグネシウムは細胞内液のほうが著しく高い濃度です()。そのため,BCMが増加した場合に起こるリンやカリウムの細胞外液から細胞内への移動は,細胞外液内(血清内)のこれらの濃度を急速に低下させるのです。

 電解質組成(『新・栄養塾』53頁より)

Answer…長期間の低栄養状態が続くと,身体の「適応」が進みます。この状態で急速な栄養投与を行うとBCMが急増し,電解質異常が生じます。

■FAQ3

 Refeeding症候群の高リスク症例では,どのように治療方針を立てれば良いのでしょうか。

 Refeeding症候群の高リスク症例に対する各種検査と栄養管理の施行方針をに示します2)

 Refeeding症候群の高リスク症例の治療方針(文献2より)

 まず,栄養の投与を開始する前に血清電解質値,肝機能,腎機能,心機能などを確認しておきます。また,慢性の低栄養状態ではビタミンB1の欠乏準備状態にある可能性があるので,あらかじめビタミンB群を投与します。

 栄養投与経路は経口摂取を原則とします。フィリピンの日本兵捕虜の間には食思不振や下痢が高頻度にみられました。体内に入ったら危険なものを拒否している反応とも解釈できます。強制栄養では,このような生体を守る反応が機能しません。

 リスクを有する症例に栄養投与を開始した後は,臨床症状と血液生化学検査値,および水分・電解質出納を慎重にモニターします。また胸水の出現に注意を払うため,胸部単純X線写真を適宜撮影します。体重を毎日測定し,その推移に注意することも重要です。

 高リスク症例では,4~7日以上かけて目標投与量まで上げることが推奨されています。また,超高リスク症例では,さらに時間をかけるのが安全とされています。Refeeding症候群に陥るリスクを有した症例に対して,栄養投与量の増加を急ぐ必要は全くありません。入院後の低栄養が主因となり生命に危険が及ぶ可能性は極めて低い一方で,急速な栄養の投与は致命的になり得るのです。

Answer…各種検査値の確認とモニタリングをしっかりと。栄養の投与量は少量から開始し,慎重に増加します。増加を急ぐ必要はありません。

■FAQ4

 Refeeding症候群を発症したと考えられる場合の治療法・対処法を教えてください。

 Refeeding症候群を発症したことが疑われる症例では,ただちに栄養の投与を中止する必要があります。栄養の投与によって生じた異化から同化への急速な代謝の変化が原因ですので,まず同化を停止させることが肝要なのです。また,refeeding症候群では時に高血糖がみられるため,インスリン使用下に静脈栄養が施行されている場合には低血糖に十分な注意が必要です。血糖値に注意しながら輸液速度を徐々に減じて行きます。

 栄養の投与を中止するとともに,生じている病態の正確な把握と異常の補正を行います。まず動脈血ガス分析と血液生化学検査を施行し,その結果をみて酸塩基平衡や電解質の異常を補正します。リンの補充にはリン酸水素ナトリウムやリン酸2カリウムなどのリン酸製剤を用います。また,マグネシウムの補充には硫酸マグネシウム製剤を,カリウムの補充には塩化カリウム製剤を用います。さらに,電解質異常の有無にかかわらず異常な体重の増加,水分の貯留を認めた症例には水分とナトリウムの制限が有効です3)

Answer…ただちに栄養の投与を中止。検査結果をみて電解質や酸塩基平衡の異常を補正します。

■もう一言

 低栄養状態で入院した患者さんが低栄養の一層の進行によって命を失うことはありません。一方で,急速な栄養の投与で命が危うくなる可能性があることを忘れないでください。

参考文献
1)Ann Intern Med. 1951[PMID:14847450]
2)Head Neck Oncol. 2009[PMID:19284691]
3)Clin Nutr. 2010[PMID:20584564]


おおむら・けんじ氏
1980年金沢大医学部卒。同第一外科に入局し,消化器外科を専攻しながら代謝・栄養の研究に従事。2006年金沢大病院内分泌・総合外科科長,臨床教授。08年厚生連高岡病院外科診療部長,10年山中温泉医療センターセンター長などを経て,13年より現職(栄養サポートセンターセンター長を併任)。近著に『新・栄養塾』(医学書院)。

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