子どもを守るために研修医が知っておきたい
虐待を防ぐ支援の手
インタビュー 小橋 孝介
2020.05.18
【interview】
子どもを守るために研修医が知っておきたい
虐待を防ぐ支援の手
小橋 孝介氏(松戸市立総合医療センター小児科 副部長)に聞く
親の体罰禁止を明記した改正児童虐待防止法と改正児童福祉法が2020年4月に施行された。2019年1月に起きた千葉県野田市の女児虐待死事件のように,しつけを口実とした体罰が虐待を引き起こすケースが後を絶たないことが背景にある。社会全体での解決が求められる児童虐待問題について,医療機関が子どもを守るために果たす役割は大きい。
厚労省が2019年3月に公表した「医師臨床研修指導ガイドライン――2020年度版」において,医療機関向けの虐待対応プログラム「BEAMS」(MEMO)などの受講が義務付けられた。研修医が児童虐待を疑うケースを初期診療で実際に診た場合,どのような対応が必要になるか。医師が身につけたい児童虐待対応の知識と技術について,BEAMSの作成にも関与した小児科医の小橋孝介氏に聞いた。
――痛ましい児童虐待死事件の報道が相次いでいます。
小橋 明るみに出る虐待は,氷山の一角にすぎません。虐待事例になりかねない危うい状況に置かれて苦しむ子どもが,虐待報道の背景に多く隠れているからです。医療機関は重篤な虐待を受けた子どもを救う最後の砦としてだけでなく,虐待予防の重要な役割も担います。
――小橋先生が,虐待対応のチーム作りや啓発に関与するようになったきっかけは何ですか。
小橋 初期研修中,児童虐待による死亡事例を経験したことです。当時私の指導医だった国保旭中央病院小児科の仙田昌義先生と共に,院内虐待対応チーム(Child Protection Team:CPT)の立ち上げに携わりました。子どもと家族の健康を守りたいとの思いで,当院にも2009年にCPTを作り,さらに「BEAMS」も作成段階から関与しています。
転倒・転落,誤飲・誤嚥も虐待の徴候ととらえる
――医療機関における虐待対応の現状をどう見ていますか。
小橋 虐待の認知数は著しく低いと言えます。本邦の児童相談所に寄せられた2018年の児童虐待相談対応件数は約16万件。このうち医療機関からは3500件余りで2%にとどまり,学校等からの7%と合わせても10%に届きません1)。それに対し米国では医療機関10%,教育機関19%の割合です2)。医療機関はアンテナをもっと高くし,虐待に該当しそうなケースを拾い上げる必要があります。
――明るみに出る児童虐待事例は氷山の一角とされる背景は何でしょう。
小橋 死亡や重症事例として顕在化する前から始まっている虐待が,数多くあるためです。医療機関が主に対応するのは危機対応を要する虐待です(図)。明らかに暴行を受けたとわかる外傷がある,あるいは食事を与えられずに痩せ細った状態で搬送されれば,誰もが異変に気付けるでしょう。ところが,虐待は初め,怒鳴ったりたたいたりすることから始まり,だんだんとエスカレートするものです。
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図 医療機関に求められる早期の介入 |
――重篤化する前のリスクに気付く必要があるのですね。
小橋 はい。医療機関には支援的対応を必要とする段階での介入が求められます。そこで大切になるのが,チャイルド・ファーストの視点です。子どもを中心に考えれば,しつけと称した暴力も虐待に他なりません。他にも例えば,乳児が転倒・転落した,幼児が誤飲・誤嚥を起こしたなどで来院した場合も,偶発的な事故と片付けるのではなく,家庭内で事故が起こるリスクがあった事実に目を向けなければなりません。子どもの安全・安心が阻害されていないかを基準に考え,家の中の事故も広い意味で虐待ととらえ対処すべきなのです。
虐待を見過ごし帰した子どもの5%が死亡,25%は再受傷も
――研修医はローテーションで救急科や小児科を回ります。支援的対応を必要とする子どもや家族を診る機会も多いのではないでしょうか。
小橋 毎日出会うといっても過言ではありません。18歳未満人口からみた虐待対応件数を踏まえると,外来に子どもが100人来ればおよそ1人はすでに通告対応されている計算です。中には,気付かないまま帰している可能性もある。虐待を見過ごし家庭に帰してしまった場合,5%は死亡,25%が再受傷し重症となるとされます(『ネルソン小児科学 原著第17版』)。
当院では,救急外来を受診したケースのうち,第三者による目撃のない家庭内の事故は,行政に全例情報提供をしています。そのうちの約3割が,既に別の機関から「心配な家族」として情報が寄せられていたことがわかっています。
――どのような徴候から,「ちょっと心配」と気付けばよいのでしょう。
小橋 子どもに対する家族の接し方や言動,スタッフに対する態度です。子どもの具合が悪いのに付き添いの母親がずっとスマホを触っていたり,診察室で子どもに急に声を荒らげたりするなどが挙げられます。医療者に攻撃的な行動を取る親のいる家庭では,児童虐待による子の死亡リスクが17倍に跳ね上がるとも言われています3)。
――研修医も注意深い観察が求められそうです。
小橋 病気やけがで子どもを病院に連れて来るのは家族の緊急事態であり,脆弱な家庭環境が露呈する場面でもあると心得ておくことです。昨今の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による社会的な影響も見逃せません。地域の支えのもとでなんとか保っていた子どもの安全が,COVID-19による外出自粛や学校の休校などによって脅かされる事態となり,海外では実際に,児童虐待の増加が報告されているからです。来院した子どもの身体症状だけではなく,家族や地域社会なども含めた広い視野で対応に当たらなければなりません。
日常診療の他にも,乳幼児健診や予防接種,学校健診など,子どもや家族に接する機会の多い私たちは,支援的対応が必要と思われるケースに気付き,子どもの安全・安心を守る役割を担っていく必要があります。
客観的な視点で冷静に診察を行いたい
――研修医がもし,虐待を疑うケースに出会った際,どう行動すべきですか。
小橋 注意したいのは,診察室は犯人捜しの場ではないということです。プロフェッショナルとして普段の診察と同様,冷静かつ客観的な情報把握に努めましょう。病歴聴取では社会的背景を確認し,身体所見を取る際は普段の生活では付くことのない外傷に注意することです(表)。
表 周辺状況から児 |
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